プロローグ
「あの・・。起きてもらえます?」
起こすことを躊躇っているとしか思えないぐらいに控えめな音量で遠慮がちな声をかけられた。そして自分が寝ていたと初めて気づく、よほど疲れていたのかもしれない。
眠っている俺を確認していたのだろうか?まぶたを開くと目の前に俺の大嫌いな女が顔をのぞき込んでいた。
「ごめん。なんか疲れていたみたい」
大嫌いと言っても、それは昔の話。今は昔ほど嫌いじゃない、多分。
「大丈夫ですか?今日はやめます?」
ここでやめるって言えば、彼女はがっかりするだろうなって考える。今日を楽しみにしていたことを俺は知っているから。
「別に具合が悪いわけじゃないから大丈夫だよ」
なるべく優しい声で答える。彼女に顔に笑顔が広がって、俺は少しうれしくなる。いつからだろう、彼女の笑顔が好きになったのは?
「着替えて準備してくるから待っててもらっていいかな?」
俺は自分の部屋に戻って着替えをした。どうしてこうなったのかをずっと考えていても答えは出ない、彼女と出会わなければ自分はもっと自由に生きていたのかもしれない。
でも、そんなことを今更考えても仕方がない。帰ったら久々に弟にでも電話をしようと思った。
4年前、高校を卒業した俺は一流企業と呼ばれるところに滑り込むように就職した。運が良かったと思う、その会社に就職できたことは。
「娘の世話役と頼みたい」
社長室に呼ばれた俺はどんな辞令をもらうのだろうか、心待ちにしていた。一生、この会社でお世話になるつもりはなかったが、せっかく働くのだから有意義な仕事をしたい。
「といいますと?」
「君は2.3年で仕事を辞めると言っていたね」
「はい、学費を貯めたら大学生をやりたいと思ってます。2浪、3浪なら珍しくもないのでそれぐらいならまだ学校に馴染めると思いまして」
「それなら、今のうちにたくさんお金を貯めないといけないね。わかるかい?」
「ええ、わかります」
「会社のほうではなく、住み込みで私自身が君を雇おうと思う。もちろん、休日も与えるし、給料だって悪くない。君だって、期限や目的があるんだからがんばれると思うのだが」
決めるのは内容や待遇を聞いてからでも遅くはない。
「君にやってもらいたいのは娘が家にいる間は一緒に居てもらうことかな。外に出かけるときは一緒について行ってやってほしい。友達になってもらいたいってところかな」
「私は友達を作るのが苦手ですよ。奇跡的に相性がよくないときっと友達にはなれません」
「なら、大丈夫だ。奇跡的かどうかはわからないが君たちは相性がいいと思う。友達になれるほどに」
そして、おれは夕月に仕えることになった。