第72話 反客為主
---聞いたか?鉄の国が約束を破って、王国が困ってるらしいな。
---聞いた、聞いた。領土の譲渡だろ。
---王国は、旧帝国領を貰っても損するだけらしいじゃねーか。
---だから、鉄の国の耕作地帯もつけて王国に渡す約束だったんだろ?
---ああ。それを旧帝国領だけ押し付けて、それっきりらしいじゃないか。
---とんだ詐欺師だな!
---俺の聞いた話だと、旧帝国領の鉱山地帯まで手渡さないって話だぞ。
---ひでー話だぜ。鉄の国の良いとこ取りじゃねーか!
---『鉄の王は信義に厚い』って噂だったが、あれは嘘だったんだな!
---鉄の国の人間とは、安心して商売できねーな。
---ああ、どんな裏切りに遭うか、わかったもんじゃねーぞ。
ここしばらく、大陸中でこのような会話が交わされるようになっていた。
当然、鉄の国にもこの噂は響き渡っている。
草原妖精たちは、良くやったと喝采を送っていた。
が、ドワーフたちはこの話に憤っていた。
---帝国から攻められたとき、王国は見返りを求めずに我が国を助けてくれた。
---その恩を仇で返すとは何事だ。
鉄の国の王ドエルは、そのゴツゴツした指で眉間を押さえていた。
「これは一体どういうことなのだ、マルス!」
「王国に偽の情報を流されているようですな」
「わしを馬鹿にしておるのか?
何も知らんとでも思っているのか!」
「とんでもない。現状を端的に伝えたまでです」
「どうするつもりだ。
このままでは我が国の領土もかなり明け渡さねばならんぞ」
「そこをなんとかするのが私の仕事でございます」
「挽回の機会は、この1度だけぞ。
いくらお前の才が優れていようと責任はとってもらう。
…そのときはわしも責任をとることになるがな。
よいか、くれぐれも信義にもとるような真似だけはするでないぞ」
「かしこまりました」
国王からの直々の戒告を受けてしまったマルス。
にも関わらず、執務室に戻ったマルスの顔には笑顔が浮かんでいた。
その様子をみた文官が声をかける。
「恋文の返事がきたのですか?」
「ああ、来たよ。
思っていた以上の返事だ。本当に素晴らしい!
私の策にあえて乗った上で、更に仕掛けてくるとは。
ああ、私はどんな返信をするべきか。
胸に響くような返信をせねばな」
「…それは何よりです」
文官は、マルスの近寄り難い雰囲気にそう応えるのみだった。
「そうだ。例の連中にまた頼みがある。
使いを頼めるかな?」
普通の様子に戻ったようなので、文官は心の中で安堵しながら応える。
「それがギルドの連絡役と数日前から連絡がとれないのです」
「そうか…。
そこまですでに手を打っているんだね。
素晴らしい!そうでなくては!
ああ、どんな返事にしよう」
まるで陶酔するかのようなマルス。
その姿に、文官は恐怖を覚え、何も口に出せなくなっていた。
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一方、ハルファスは自らの執務室で悩んでいた。
「このまま終わらせてくれるような相手ではないはずである。
次はどんな手を打ってくるのか…。
後手に回るのだけは避けねばなるまい」
そんなつぶやきを聞きながら、アイーダは紅茶を差し出す。
この日は、紅茶の香りをもってしても、ハルファスの瞑目を妨げることはできなかった。
しかし、そんなハルファスに紅茶よりも強力な相手が部屋に訪れてきた。
「ハルファス、戻ってきているなら、なんで連絡をよこさぬ」
頬を膨らませながら入ってきたのは、ステファニーである。
「ステファニー…
それはすまなかった。少し立て込んでいてな」
「まあ、いい。
…今日はサブノックは来ておらんのか?」
少し顔を赤らめながらステファニーが聞く。
「ああ、最近は顔を見せに来ないな。
立場が立場だ。忙しいのだろう」
そういった傍から、部屋に飛び込んできた者がいる。
「ハルファス!
お前、風の国に冒険しに行ってたらしいじゃないか。
しかも俺も呼ばれてたのに、なんで置いてったんだ!」
「サブノック…
君は、今の王国の現状と君の立場を理解しているのかね?」
「そりゃあ、分かってるさ。
けど、俺がいなくても騎士団長のサディアス様がいらっしゃるからな」
「…全く分かっていないようだな」
「ステファニー殿下からも、この薄情者に言ってやってくださいよ」
サブノックから急に話を振られたステファニーの顔が真っ赤になる。
「私は、サブノックが王都にいてくれた方が嬉しいわ」
真っ赤な顔のまま、ステファニーがまっすぐ告げる。
「そんなあ、殿下まで冷たいことを」
「馬鹿か君は…
意味を取り違えているぞ」
ハルファスの指摘に、ステファニーは反対を向いてしまう。
さすがのサブノックも事情がわかったらしく、困った顔になる。
「どうせ出かけるなら、ステファニーの護衛で街中にでも行ったらどうだ?
屋台で買い物など、ステファニーはしたことないだろう?」
「ぜひ、行ってみたいわ!」
振り向きざま、勢い込んで言うステファニー。
「ほら、さっそく許可を取ってくるのだな。隊長殿」
サブノックは頷くと、気まずそうに部屋を出て行く。
その後姿をステファニーが上機嫌で見守っていた。
「ハルファス様も他人のことには気が利くのですね」
アイーダの渾身の皮肉が飛ぶ。
「何の話をしているのだ?」
しかし、ハルファスの鈍感さにはかなわなかった。




