第4話 新月の散策
かつて、この大陸全土は魔道師が治める単一の王政国家であった。
現在よりも遥かに進んだ魔法文明は、魔法を扱う者とそうでない者とを大きく隔てた。
端的にいえば、魔道師とそれ以外の奴隷しかいない国であった。
魔道師の人口は少なかったが、圧倒的な魔法の力をもって国の統治を成し遂げていた。
あるとき、魔法を扱う素養は、魔道師以外の各種族にもあることがわかった。
そこで、国家統治の基盤を守るために、魔道師たちは魔法の独占を保持するようになった。
魔法に関する知識を各一族の秘伝とするようになったのだ。
悠久の時が流れても、魔法に関する知識の秘伝は徹底されていった。
だが、その結果、魔道師は自身の一族に伝わる魔法の知識しか持たなくなっていった。
このことにより、個々の魔道師の弱体化が進んでしまった。
かつては、現在の魔道師を越える存在だった為政者たち。
それが全員、今で言う魔法士程度の力しか持ちえなくなっていったのである。
魔法の絶対的な力をもって国の圧政を布いていた古代魔法王国。
為政者たちの弱体化により、徐々に広まっていった反乱を力で治めることができなくなっていた。
各地で反乱の火の手が上がったが最後、あっという間に燃え尽きるように滅ぼされてしまった。
奴隷として悠久の時間、冷遇されてきた各種族の怒りはすさまじかった。
古代魔法王国の為政者たちは文字通り、一人残らず殺されたのであった。
こうして自由を手に入れた各種族だったが、平和までは手に入れられなかった。
古代魔法王国を滅ぼすという点では共闘していたが、決して一枚岩ではなかったのだ。
種族間で対立し争い、それと同時に種族内でも実権をめぐって争う。
そんな長い混乱の時代を経て、大陸を分ける4つの国が形成され、現在に至る。
エルフのみで形成し、大陸西部の森林地帯に樹立した『風の国 シルフ』
ドワーフを中心とした妖精たちが、大陸北部の山岳地帯に樹立した『鉄の国 アイロニア』
人間のみで形成し、大陸東部の高原地帯に樹立した『帝国 エンフィニア』
人間と亜人が手を結び、大陸南部の平原地帯に樹立した『王国 コンコード』
ハルファスたちが仕えている王国コンコードにも、古代魔法王国の遺跡はいくつも残されている。
宮廷魔術団が所有し、研究している古文書も、これらの遺跡から発見されたものである。
古代遺跡から発見されるものは、国宝とされる程の価値がある。
発見されるアイテムは「アーティファクト」、書物は「古文書」と呼ばれ、厳重に保管される。
稀にトレジャーハンターなどが発見したものは、とびきりの高値で市場に出回っていた。
仮に、古代遺跡やアイテムなどを発見したとしても、彼らは王国に仕えている身である。
当然、その所有権は王国に帰属することになる。
だが、それでも誰もがまだ見ぬ古代遺跡を発見するというのは、ロマンあふれる冒険といってよかった。
彼らの行動は、思い出の場所の再訪が主な理由である。
だが、それでもちょっとした冒険気分を味わいながら、ハルファスたちは学院の裏山に入っていく。
この夜は新月で月明かりもない。
裏山に入ると数メートル先も見えない暗闇だった。
「スパークル・ジェムス《光球》」
ハルファスは、先頭を行くシャックスの足元に魔力で生成された光の玉を呼び出す。
ハルファスは、『策士』などという謎の属性である。
しかし、ハルファスも魔法を扱う修練を行ってきているので、通常の魔法士程度の魔法は扱えた。
「助かるわ」
そう礼を言うシャックスとは違う感想をもったサブノック。
「お前の属性って、やっぱり謎だわ。
魔法を使えるなら魔法士の属性も表示されると思うんだけどなあ」
サブノックの指摘は、ハルファス自身も考察を重ねてきた点である。
『策士』の属性の本質とは、なにか。
魔法も使える属性なのか、それとも魔法士の派生的属性なのか。
あるいは魔法士の知られざる上位種なのか。
ハルファスは、自身が魔法的才能について通常以上のものをもっているとは思っていない。
そのため、魔法士の上位種という可能性はないと考えている。
したがって、魔法も使える属性、もしくは魔法士の派生的属性であると考えている。
しかし、その答えは誰も知る由もないので、返答も歯切れの悪いものになる。
「『策士』という属性について、ある程度の仮説は立てているが…
実は、私自身なんとも答えを出せずにいる」
誰も答えを出せない話題はそこで打ち切られ、代わって昔話に花が咲いていく3人であった。
和やかに山道を歩いていたハルファスたち。
だが、突然シャックスが『止まれ』と身振りで合図を出す。
阿吽の呼吸で、物音を立てないように立ち止まった2人にシャックスが小声で伝えてくる。
「消そうとした痕跡があるんだけど、複数の人間の足跡が進行方向に向かって続いているわ。」
同じく小声でサブノックが尋ねる。
「ハルは、どう思う?」
「うむ…。この周りには人工的な施設はない。
であるから、普通であれば山菜でも取り来るしか用がないだろう。
しかし、足跡の痕跡を消そうとしているところをみると、山菜を採りにきたわけでもあるまい。
判然とはしないが、あまり表立って言えるような理由で通った者たちではなかろう。
諜報士相手とはいえ、消そうとして見つけられるということは、つい最近の足跡であると考えられる。
進行方向にしか足跡がないとなると…
この山を越えていこうとしているのか、あるいはどこかに野営しているのかのどちらかであろう。
仮に野営をしているとすれば、この辺りではあの洞窟以外には野営に適した場所はないであろう。」
一呼吸置いて、ハルファスは再考する。
「好ましくない理由で、複数人の者が野営していると考えられる場所…
そんなところに、このままただ向かうというのはありえない。
しかし、応援を呼ぶほどの危険なことなのか…
あるいは洞窟で野営しているかも、まだ判断できない。」
再度、一呼吸置いて、ハルファスは言葉を続ける。
「申し訳ないが、シャックス。
盗賊団に類する者たちがいるという前提で、物陰から洞窟の様子を見てきてくれないか。
ただし、少しでも危険だと感じたら、絶対に引き返してきてくれたまえ」