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第32話 陰なる牙

ベルルとハルファスは、王宮内にある一室に通されていた。


2人とも暗く沈んだ表情で、侍女が持ってきた飲み物に手をつけることもできずにいた。


王宮は王族の私的なスペースである。


ベルルの『王宮に伺いたい』というメッセージ。


それは、公の場では話せない内容であることを意味していた。


その意味を取り違えず、国王は盗聴対策を備えている部屋を指定していた。



ほどなくして、国王トゥエルが部屋に入ってきた。


ベルルとハルファスは、立ち上がり国王を出迎える。


国王は、ベルルだけがいると思っていた。


そこへハルファスの姿をみつけ、声をかける。



「おお、そなたもいたのか、ハルファス。


久しいの。変わりないか?」


「はい。あまりの厚遇に感謝しております」


「そうか、それはなによりである。


して、話とはなんじゃ?」



国王は、ソファーに腰掛けると、2人にも座るよう促す。



「まだ裏はとれておりませぬ。


しかし、内容はこのベルルの手に余る非常に重大な事項を抱えております。


それゆえ、、陛下のご判断を仰ぎたく参上致しました。


詳しい内容は、ハルファスより説明させていただきます」


「ベルル閣下もおっしゃいましたが、まだ推測の域を出ないものであります。


その点については、ご容赦いただければと思います」


「ふむ…まぁ、よい。続けよ、ハルファス」


「ありがとうございます、陛下。


私が最初に疑問を覚えたのは、いま現在も帝国が国境を守りきっていることであります。


サイオンでの戦より、1年が経ちます。


そもそもサイオンでの戦が勃発したのは、帝国が財政難に陥ったための暴挙だと考えております。


その帝国が、いま我が王国と鉄の国の両国から攻められているのです。


1年も戦闘状態を保っていること事態が不思議に思えてなりません。


帝国は、”一体、どうやって兵糧をまかなっているのか?”と。


諜報部の報告によれば、帝国の臣民は飢えに苦しんでいるとあります。


しかし、1年間も2カ国との大きな戦線を保てば、豊かな国であっても疲弊するでしょう。


本来であれば、餓死者が溢れかえり、反乱などの戦線保持ができない現象が現れるはずです。


が、それもありません」


「確かに、そうよのう」



国王も疑問に思ったのか、顎に手をやる。



「この疑問に対して、兵糧の流れに着目して検討を致しました。


帝国の為政者の立場にたって、様々な方法で兵糧の入手方法を検討致しました。


結論と致しまして、ただ1つの方法を除いて、全て不可能であると判断致しました」


「ほお、逆にいえば1つだけ方法があるということじゃな」


「はい。それは…我が王国からの流出です」



国王の眉間に皺が深く刻まれる。



「そなたは、我が国に裏切り者がいると申すのか」



厳しい声色にも動じず、ハルファスは続ける。



「はい。それ以外に、帝国は兵糧を手にすることはできません。


国内からの流出という仮説を前提としたとき、どこかにその兆候が現れるはず。


1つの国が戦争を維持できる程の大量な兵糧の流出です。


これが税収に現れないというのは、ありえません。


そこで、過去5年間の我が国の税収について、調査致しました。


昨年は、王女殿下の領地における税収が大きく落ち込んでおります。


が、これはサイオンでの戦によるものと思われます。


それ以外には、今年に入っても特に変化はなく、安定した税収を得られております」


「そなたは何が言いたいのじゃ?


特に問題なかったということじゃろう?」


「いえ、陛下。


不自然なのでございます。


王子殿下の領地では、現在、帝国と交戦中です。


敵軍と激しく交戦しながら、税収が安定しているというのは、いささかできすぎております。


そこで、王子殿下の領地から上がってくる税収の内訳を過去5年に遡って調べてみました。


先ほども申し上げましたが、全体の額としては変化はありません。


ですが、今年だけは、貨幣での納税が多く、例年と比べ、農作物での納税が少ないのです」



ハルファスは一息入れると、再度言葉を続ける。



「農作物による納税が少ないのは、兵糧として使用したと考えれば自然かもしれません。


しかし、それを補う貨幣はどこから来たのでしょうか?」



ここまで聞くと、国王も眉間に手をやり、渋面となっていた。



「タリス王子と帝国が農作物の取引をしていると言いたいのじゃな」



そう一言いうと、国王はしばらく黙り込む。


ハルファスの推理を否定する材料を探しているのであろう。



「じゃが、そんなことをして何になるというのじゃ」


「確かに農作物の売買だけであれば、あまり意味はありません。


私欲を肥やそうにも、取引した貨幣を税としてきちんと支払っております。


多少の利益は出たとしても、そこから莫大な富は得られないはずです。


ということは、農作物の取引が本来の目的ではないということです。


本来の目的は、もっと深いところにあると考えております」



国王は、渋面を作りながらも、先をつづけるよう促す。



「非礼を承知で申し上げます。


タリス王子の目的は、王位であると考えております。


王太子殿下とタリス殿下は、3つしか歳が変わりません。


王太子殿下が御即位の後に、王位につける可能性はないといって良いでしょう。


しかし、帝国がタリス王子の即位を後押しするとしたら、どうなるか。


コンコード王国創建以来の大規模な内乱になるでしょうが、この戦に勝つ可能性はあるわけです。


なにもせずに王位を諦めるよりも、王位をつかめる可能性に賭けているのかもしれません。


一方で、帝国としては通商条約の大きな改善を条件として王子を後押ししていると考えられます。


仮に王子が負けたとしても、内乱により王国はかつてない痛手を負っています。


帝国の包囲網は崩れたうえ、王国へ侵攻するなり、再びサイオンを抑えるなりできます。


どちらに転んでも、帝国にとって損のない選択肢しかありません」



室内を沈黙が支配する。


しばらくして、助けを求めるように、国王が言う。



「ベルル、そなたはどう思う?」


「信じたくはありませぬが、こやつの言うことに反論することもできませぬ。


ただ、こやつの推理が正しかったのならば…


すでに相手は牙を剥いて動き出しているということになりますな」



国王は、苦痛をこらえるような顔になっていた。



「事は重大である。


軽々に動くことはできぬ。


なんとか裏づけをとってまいれ」


「かしこまりました」



ハルファスも眉間に深く皺が刻まれていた。


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