第22話 小康
「…触媒を破壊されたか」
窓がなく陽のささない薄暗い部屋に、くぐもった声が小さく響いた。
松明の明かりだけが揺らめいて、部屋の主の影を映し出す。
部屋には、フードを深くかぶったローブ姿の魔道師バレットがいた。
遠隔魔術により、サイオン砦の攻防に参加していたバレット。
しかし、そのからくりに気づかれ、要の触媒を破壊されてしまった。
「もう1度、ベリアルと話をつけてみるか」
そうつぶやいたが、頭を振る。
盟約に基づく命令が正確に実行されるほど、使役の力が及んでいないのだ。
「また暴走されても困る」
ベリアルが補給を成功させてから、2ヶ月以上が経過した。
それ以降の補給は、ことごとく失敗している。
砦の備蓄は万全とはいえ、そろそろ食料も乏しくなり、士気が落ちていることは間違いない。
サイオン砦にいる将軍マルバスは、定石を重んじ手堅い手を打つ人物である。
士気が落ちたとはいえ、無謀に討って出るなどという暴挙はしないという信頼はあった。
しかし、それも限界に近づいているであろう。
稀少な触媒である魔石をそうやすやすと使いつぶすわけにもいかない。
「限界まで供物を溜めるか」
バレットの見込みでは、あと1ヶ月が限界とみていた。
それまでに何度も魔物たちを突撃させ、その屍をもって再度ドラゴンを召喚する。
そして、自らも遠隔魔術によりドラゴンの加勢をする。
そう方針を定めると、バレットはその準備にとりかかるのであった。
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傷の癒えたサブノックは、ルンデールの執務室に呼び出されていた。
「良く来たな、サブノック。傷の具合はどうだ?」
「もう十分静養しました。明日からでも出陣できます」
ルンデールは、竜殺しの青年を目を細めて見やる。
「まずは、辞令からだ。
サブノック!
将軍ルンデールの名において、お前を3千人長に任ずる」
サブノックは、膝を折り、承諾の意を表する。
「ハルファスの策も、準備は整った。
もうひとふん張り頼んだぞ」
「かしこまりました」
「お前の竜殺しの剣技。
時間があれば、わしも手合わせしたいのだがな」
「とんでもありません。
俺1人では、到底倒せたとは思えません」
「…例の魔人か」
「はい…とんでもない武力でした。
魔法も扱うようですが、単純に剣の力だけでも圧倒的でした。
剣を討ち合わせている間、正直、何回か死を覚悟しました…」
「いま、その魔人は現れていないようだが…
代わりに高位の魔術師が現れたと伝えられている。
一体、どうなっているのか、戦局が読めずに困っておる」
「ハルファスを一度呼び戻してはいかがでしょうか?」
「うむ、それも考えたのだが…
あいつはあいつで、どうやら前線から離れられそうにないようだ。
件の魔術師を撃退したのも、ハルファスの策と指示であったと報告を受けている。
再度、その魔術師が現れた場合、ハルファスの不在は大きな穴になるやもしれん」
ハルファスの活躍を喜んでいいのやら、死線をかいくぐっていることに心配していいのやら…
そう悩んで、サブノックは苦笑した。
「もし、ハルファスが宮廷魔術団員ではなく、騎士であったなら俺は迷わず奴に剣を捧げます。
俺の竜殺しよりも、あいつが指揮官である方が、よっぽど敵の脅威でしょう」
「わしも、そこは思うところがあるのだが…
せめてザイードにいる間は、あいつの才能を活かせる環境を整えてやるつもりだ」
そんな話をしているところに、執務室にノックの音が響く。
「入れ」
「失礼します。宮廷魔術団所属のハルファスにございます」
噂をしていた人物が突然現れ、驚いて言葉を失う2人であった。




