第21話 竜殺し
窓から差し込む陽光が暖かくベッドの上に降り注ぐ。
サブノックは、ザイード砦の医療室で安静を命じられていた。
幸い、ドラゴンに負わされた左腕の傷は、回復魔法の効果もあって元に戻るとのことであった。
「さすがは獣人族、信じられない回復力だ」
とは、砦に医療班として専従している僧侶の言葉であった。
ザイード砦に運び込まれた際には、重症で一人で動くこともままならなかった。
が、今では退屈をもてあましていた。
安静中に、今回の勲功として、ルンデールより3千人長への昇進が言い渡されていた。
前回、1千人長へ昇進した際には、その若さや実績の無さから、不満を漏らした兵たちもいた。
しかし、今回の昇進では、誰一人として不満を漏らすことは無かった。
ただでさえ、実力主義を重んじるルンデール兵たちである。
「竜殺し」
そう渾名されることとなったサブノック。
そんな彼に対して、尊敬のまなざしを向ける者があっても、嫉妬の目を向ける者はいなかった。
安静にしていることのほうが、戦よりも苦痛に感じているサブノック。
彼は今、まだ戦場にいる親友へ思いを馳せていた。
「戦に出ることなどより、古文書を解読することに喜びを感じる男だ。
万が一にも、戦で死なせたくはない。
あいつを無事に王都へ帰すためにも、早く戦場に復帰しなければ」
そのハルファスは、戦場で奔走していた。
苦心の甲斐あって、度重なる魔物の軍勢を打ち払うことには成功していた。
しかし、ハルファスは黒衣の騎士が現れなくなったことに違和感を覚えていた。
「罠なのか。それとも前線に出れない事情でも発生したのか」
黒衣の騎士が現れなくなってから、サイオン砦への補給は完全に遮断されていた。
このまま、サイオン砦が兵糧攻めで落とせれば良いとは思うものの、一抹の不安を感じていた。
ドラゴンの出現から1ヶ月ほどたったある日。
ハルファスの悪い予感が呼び込んだわけではないが、帝国側からの攻め手に変化が現れた。
攻めてくるのは、魔物の軍勢であることには変わりは無かった。
が、前線では魔法による火柱が何本も立っていた。
「ファイアー・ピラー《火柱》!?」
それは魔術師以上が扱う高難度の火系魔法であった。
魔物の進軍を防いでいた柵が次々と焼き払われ、前線は魔物と歩兵の乱戦になっていた。
東側本陣の右翼を担う遊軍にいるハルファスは、魔物たちの後方に回り込んだところだった。
「ホーク・アイ《遠視》」
ハルファスは、帝国側の魔術師を急いで探す。
このままでは、東側本陣に広範囲魔法を仕掛けられてしまう。
そうなれば、東側の王国軍は壊滅を免れ得ない。
肉眼で捉えられないと判断したハルファスは、探索の方法を切り替える。
「マジック・ディテクション《魔力探知》」
魔力の光を探っていくと、明らかに大きな光源を見つけた。
ハルファスは、右翼遊軍の1千人長へ声を張る。
「斜め左前方に注意!
オークキングの後ろに魔術師発見。
早急に排除すべし」
右翼遊軍の1千人長は、頷くと隊へ号令をかける。
「斜め左前方へ突撃!
魔術師に魔法を使わせるな。
可能なら、そのまま殺せ。
あのオークキングが目印だ!」
右翼遊軍の突撃に気づき、攻撃魔法が放たれる。
遊軍の前方に火柱が上がる。
しかし、ハルファスは同じ魔法が放たれると読んでいた。
「アイス・ウォール《氷壁》」
周りの魔法士にも指示を出し、一緒に氷壁の詠唱を終えていた。
5人の魔法士が作り出した氷の壁が火柱をなんとか抑え込む。
その隙に遊軍は火柱を迂回し、オークキングを目指す。
自らの元へ突撃してくる部隊を少数と判断したのか、相手は難度を下げた魔法で手数を増やしてきた。
火球が次々と降ってくる中、王国遊軍はオークキング目掛けて突撃し続ける。
遊軍の先端が、オークキングに近づいた。
ここで、ハルファスは再び他の魔法士たちに魔法の詠唱を指示する。
「サイレンス《静寂》」
5人がかりで相手の魔法を封じようと試みたが、強大な魔力によって静寂の魔法が打ち消される。
「諦めるな!
魔法を封じれない以上、火球を迎撃することに専念すべし」
ハルファスの呼びかけに、魔法士たちが氷のつぶてを放ち、火球の魔法を迎撃し始める。
と、遊軍の先陣が魔物の軍勢ごと暴風に吹き飛ばされる。
「ストームまで使えるのか!
しかもこの威力、ただの魔術師ではないな…」
暴風によって、ハルファスたちと魔術師を隔てるものがなくなった。
そこには、フードを目深にかぶったローブ姿の者がいた。
再び、ハルファスたちの後方に火柱が上がる。
このままでは、遊軍は壊滅する。
そう感じた瞬間、ハルファスの思考が加速する。
時が止まったかのような感覚に囚われながら…
ハルファスは、相手を、周りを、地形を、天候を観察し、分析し、思考する。
刹那、ハルファスに思考の閃きが舞い降りる。
まだ太陽は高い位置にあり、その陽光がまぶしく降り注いでいる。
その陽光は、戦士の甲冑に反射し、魔物の影を地面に濃く落とす。
しかし、前方の魔術師には影が存在しない!
「遠隔魔法かっ!」
魔術師本体は、この戦場にいないと仮説を立て、その対策を練りだす。
そして、周りの魔法士たちに再び指示を出す。
「あの魔術師に向かって、一斉に吸収の魔法を放つ!」
一瞬、魔法士たちだけでなく戦士たちも理解が追いつかないが、1千人長が後押しする。
「魔法士たちよ!一斉に吸収の魔法を放てー!」
指揮系統が生きていたおかげで、魔法士たちが動き出した。
「アブソリューション《吸収》」
5人が放った黒い霧の渦へ魔術師から立ち上る紫色の光が吸い込まれていく。
そして、段々と魔術師の姿が薄くなっていく。
効果に確信をもった1千人長が、魔法士たちを鼓舞する。
やがて魔術師の姿が消えると、そこには一体のホブゴブリンが立っていた。
「あのホブゴブリンが、遠隔魔法の触媒を持っているはずである!」
ハルファスの叫びに1千人長が応じる。
「あのホブゴブリンを最優先で殺せ!突撃ー!」
逃げようとしたホブゴブリンに騎馬が追いつき、ランスで胴体を貫く。
更に追いついたハルファスが、その死骸の傍に落ちていた魔石を見つけ、杖で叩き壊す。
魔術師の攻撃を右翼遊軍が引き付けている間に、左翼遊軍と東側本陣が挟撃を仕掛けた。
これにより、魔物の軍勢を完全に追い詰めていた。
そこへ更に右翼遊軍も加わり、魔物たちを殲滅することに成功する。
戦場のそこかしこで、勝鬨の声が上がる。
ハルファスは、1千人長から労いの言葉をかけられていたが、満足な対応ができなかった。
思考を加速させた影響か、酷い頭痛に襲われていたのである。
それでも1千人長は、上機嫌にハルファスの肩を叩き、陣へ戻っていくのであった。




