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第19話 緑竜

ハルファスは、補給部隊と魔物たちとの戦いについて、新たな2つの献策を行っていた。


1つは、東側本陣を攻められることを想定し、突撃を抑え込む柵を設置しておくことである。


歩兵たちに長槍を持たせ、力押しで柵に押し寄せてくる魔物を安全圏から確実にしとめる策である。


もう1つが、東側本陣の左右に展開する遊軍に魔法士を帯同させることである。


柵によって、より密集する魔物たちに対して魔法を打ち込むことが有効と考えたからだ。


また、黒衣の騎士が放つ火球に対する迎撃体勢を布くためでもある。



献策の時点での懸念材料であった黒衣の騎士もサブノックが抑えてくれた。


おかげで、これらの策は見事にはまり、魔物たちは壊滅に近い状態に陥っていた。


補給部隊に対しても遊軍が迫っており、今回の戦いは決したかに思えた。



そんな時、柵の向こう側…累々と積まれた魔物たちの屍を囲うように青白い魔方陣が浮かんだ。


その眩い光が収まると、そこには巨大な魔物が現れていた。


緑の鱗に覆われた巨体に大きな翼。


鋭い爪を振り回しながら、牙をむき出しに咆哮する魔物。



「ド…ドラゴン…」



王国軍の兵士たちは、一様に信じられないものを見たという表情を浮かべる。


そして、ドラゴンの咆哮を耳にすると戦意を完全に失う。


兵士たちは散り散りに逃げ出し、指揮系統が大いに乱れた。



ハルファスは、ドラゴンの咆哮が秘める魔的効力になんとか対抗しきる。


そして、すぐさま乱された戦局について思考をめぐらせる。



僧侶が随伴していないため、バトルソング《戦歌》による戦意の立て直しも図れない。


かといって、通常の装備でドラゴンの鱗を傷つけることは難しい。


戦場を見回すと、魔法士たちがドラゴンの咆哮への抵抗に成功していることが分かった。



「とにかく足止めをして、被害を抑えることを優先しようではないか」



ハルファスが魔法士たちにそう声をかけると、応じた者それぞれが詠唱に入る。


自らもバインド《拘束》の詠唱に入ろうとしたハルファス。


その視界の端で、黒衣の騎士とサブノックがドラゴンに向かっていく姿を捉えた。




ドラゴンの姿を見つめ、黒衣の騎士ベリアルは不愉快な顔をする。



「小賢しい老いぼれめ。余計な真似をしよって」



小さく悪態をついたベリアルであったが、なにかを思いついたのか口角を上げる。



「これは盟約に基づく命令に支障をきたす事態だな」



サブノックへ振り返ると、ベリアルは楽しげに声をかけた。


「一騎打ちは、この辺にしておこう。


サブノックよ。


そなたが恐れぬとあらば、ともにドラゴンを討ちに行かぬか」



一瞬、罠である危険性を考えたサブノック。


が、罠など仕掛けずとも、一騎打ちで殺そうと思えば殺せたはずと気づく。


罠ではない以上、自軍に損のない申し出であるとサブノックは判断した。



「承知」



サブノックが短く答えると、ベリアルは笑みを浮かべる。


すぐさま、2騎は並んでドラゴンのもとへ向かう。




ドラゴンは、餌である生物が密集している場所を見つけるとそちらへ向かおうとしていた。


邪魔な柵を爪で破壊しようとドラゴンが腕を振り上げた。


その瞬間、ドラゴンの足元を拘束する光の輪が何重にも現れた。


苛立たしげに翼を羽ばたかせるが、思うように動けない。


怒りにまかせてブレスを吐く動作に入るドラゴン。


まさにその時、ドラゴンの足元に2頭の騎馬が走りこむ。


わずか2頭の騎馬など無視しようとしたドラゴン。


しかし、足元と翼の根元を深く切り裂かれ、ドラゴンが怒りの咆哮を上げる。


口からは吐き損ねた炎が溢れ、怒りに燃える目を騎馬に向ける。



ドラゴンの翼の根元を切り裂いたベリアルは、そのまま反対側へ回む。


そしてさらに、もう1方の翼の根元へも深く切りつけた。


足元を切り裂いたサブノックは、その勢いのまま、胴体に刺突を仕掛ける。


2人の魔剣は、ドラゴンの鱗の硬さなど微塵にも感じさせない切れ味を見せていた。


魔法士たちも必死の形相でバインドの詠唱を続ける。



ベリアルがドラゴンの尾の先を切断すると、怒りにまかせて振り回した爪がサブノックに迫る。


間一髪、魔剣で受けるが、乗っていた馬ごと吹き飛ばされる。


騎馬は事切れていたが、獣人族の頑健さが幸いし、サブノックは左腕を負傷しただけで済んでいる。


そのまま右手で魔剣を構えながら、気合の声とともに駆け出す。


その姿を満足そうに見ながら、ベリアルが何度も翼に斬りつけ、左の片翼を切り落とす。



そんなベリアルに向かってブレスを吐く構えを見せるドラゴン。


その隙を逃さず、サブノックが胴体に再度刺突を仕掛け、力任せにそのまま切り裂いていく。


ドラゴンは、痛みのあまりにブレスを天に向かって放つ。


大きな隙を見せたドラゴンの喉元にベリアルが刺突を食らわせ、そのまま強引に首を薙ぐ。


ベリアルの攻撃により、動きがなくなったドラゴンの喉元をサブノックも切りつける。



ほとんど接合部分が無くなった首が、後ろへ傾く。


すると頭の重みで更に後ろへ垂れ下がり、その勢いのまま、ドラゴンが倒れ伏した。


動かなくなったドラゴンを見て、ベリアルは口元を歪める。



古竜エルダードラゴンでも、老竜エイシェントドラゴンでもない、ただのドラゴンだ。


所詮、こんなものか。


ただ、少しはあの老いぼれに意趣返しができたか」



ふん、と鼻を鳴らし、ベリアルがそのまま去っていく。



魔法士たちもドラゴンの死を確認すると、腰を抜かすようにへたり込む。


ハルファスも座り込みたかったが、サブノックが心配でヨタヨタと近寄っていく。



「無事か、サブノック」


「ああ、なんとかな。左腕は折れちまったようだが、なんとか生きてるよ」



ドラゴンの咆哮で、東側本体、遊撃隊ともに兵士が逃げ出していた。


そのことにより、逆に王国軍の被害はほとんど出ていない。


魔法で足止めされているとはいえ、騎士2人でドラゴンを倒す。


そんな奇跡を起こしたことが、被害を食い止めた最大の要因であった。



さすがのサブノックも、もはや自力では歩けず、ハルファスに肩を借りながら帰陣するのであった。

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