第12話 戦端
大陸が4つの国に分かれて以来、これまでは大きな戦乱もなく小康状態を保ってきていた。
かといって、これまでも他の国と接する国境付近では小競り合いが繰り返されてきている。
そのため、各国ともに要所へ砦を築き、けん制・防御しあっていた。
唯一の例外は、エルフの国である。
かの国は、国土自体が迷いの森ということもあり、国境を守る砦などを設置していない。
が、エルフの国に接する他の国は、重要拠点に兵を常駐させている。
これまで保ってきた4カ国の小康状態が、帝国の急襲によって終わりを告げた。
帝国が誇る騎馬隊が、その機動力と大陸一と呼ばれる武力を遺憾なく発揮した。
鉄の国の国境を一気に突破し、砦を1つ落としたのである。
帝国によって落とされたのは、鉄の国と王国が接する国境を監視していた鉄の国の砦である。
今回、帝国があっさりと砦を落としたのには理由がある。
帝国が誇る騎馬隊の武力も勝因のひとつではある。
が、監視をしていない背後から攻められることができたことが要因として大きかった。
鉄の国の砦…サイオン砦は、なすすべもなく陥落したとのことであった。
このサイオン砦を帝国が占拠したことにより、王国と鉄の国とを結ぶ交易路が断たれたことになる。
帝国は、この交易路を押さえることにより、新たな収入源を得ようと考えていた。
またサイオン砦の付近の町では、交易路の中心として栄えている町も多い。
ここを直接支配することにより、莫大な税収と交易物を直接買い取ることも可能になった。
通常の占領地政策であれば、町の自治を認めるかわりに莫大な税をかけ、交易物を直接買い取る。
しかし、帝国は人間種以外との交わりを認めない。
当然、帝国の為政者は、町が貯えた財を略奪し、ドワーフなどの妖精族を追い出そうと考えていた。
だが、それを実行すれば、新たな収入源は途絶え、町々は帝国軍への反抗を強めることは明白だった。
そこで、サイオン砦を落とした将軍マルバスは、定石通りの手を打った。
町の自治を認め、適度な税をかけることで、反乱抑え、安定的な収入を得ることに成功していた。
そして、交易物は全て帝国が買い取ることを行った。
これにより、これまでよりも安く手に入れた物資を本国へ送ることができた。
さらには、王国に対して交易物への利益を乗せた転売をも考えていた。
鉄の国は、今回の帝国の急襲に対して、近衛兵と王都守備隊の人員を削って、サイオン砦へと派兵。
平行して、風の国との不可侵条約の再確認を求める使者を送ったところであった。
鉄の国としては、帝国に接する他の砦へも増員の兵を送りたいところである。
しかし、これ以上の増員にまわせる兵はなく、他の砦には厳戒態勢の指示を出すにとどめていた。
この兵力不足もあって、鉄の国は風の国との不可侵条約の再確認を急いでいた。
確認が取れ次第、風の国との国境を守る砦から、サイオン砦へ兵を割こうという計画であった。
しかし、もともとエルフとドワーフは犬猿の仲である。
また、エルフは森の外の世界については関心がない。
そのため、風の国は今回の件に関して、どの国に対しても中立であることを宣言した。
この宣言により、鉄の国は大きく兵を割く当てがなくなり、苦境に立たされる。
一方、王国にとっても、帝国の急襲は重大事件として扱われていた。
サイオン砦を占拠され、交易路を封鎖されることは、国益にかかわる重大事だからである。
しかし、帝国はサイオン砦を占拠しただけで、王国の国境を脅かす行為を一切行っていない。
そのため、王国がサイオン砦に手を出すには大義名分が足りなかった。
鉄の国からの要請さえあれば、サイオン砦を挟撃することもできる状況である。
しかし、王国には鉄の国からの要請が届かなかった。
実際には、当然、鉄の国から王国へ使者が送られている。
だが、帝国としては挟撃の危険を招くことになる鉄の国の要請を行わせるわけにはいかなかった。
帝国の厳重な防衛線に阻まれ、鉄の国の使者は国境を突破できずにいた。
また、風の国が中立を宣言したため、風の国経由で王国に連絡をとる手段も失ってしまった。
帝国は、サイオン砦の件をきっかけに王国と鉄の国が結びつくことを非常に恐れていた。
両国の同盟が成されれば、今回の計画が大失敗に終わるだけでは済まない。
帝国本土への侵攻を受ける事態にもなりかねず、サイオン付近の閉鎖は帝国にとっても重大事であった。
そのため、中立を宣言した風の国に対しても圧力をかけることを怠らなかった。
もし、両国の橋渡しをするのであれば、一気に風の国への侵攻を行うという脅しをかけていたのだ。
サイオン砦を占拠する帝国軍の兵力は、およそ1万。
一方、鉄の国の王都や砦から割き、サイオン砦奪還に向かった兵力は、総勢で8千。
そして、王国側の国境にあるザイード砦には、1万の兵が常駐していた。
両国が手を結べば、帝国軍にサイオン砦へ篭られたとしても、なんとか落とすことは可能となる。
しかし、この王国軍を動かすことはできない。
このままでは、帝国によるサイオン地方の実行支配が長期にわたり続くことになる。
そうなったとき、帝国がとった他国への侵攻という選択が、成功することになるのであった。