第1話 就職
精緻な造りをした石畳でできた道が、真っ直ぐ延びている。
その道に沿って植えられた様々な樹木が咲き誇る。
時折吹く優しい風が、木々の花弁を可憐に散らしている。
緩やかな陽光が、池の水面を温かく照らしている。
学び舎から次々と出てくる若者たち。
建物を出た瞬間、大地の祝福を感じるかのように一様に目を細めていた。
そして、春の祝福に満ちている道を真っ直ぐに歩いていく。
この日は、王立学院の卒業式が執り行われていた。
卒業証書を受け取った卒業生たちは、そのまま王城へ仕官の手続きに向かう。
期待と不安…それでも生き生きとした目をした若者たちで道は溢れていた。
「なんだ、俺はてっきりおまえが主席だとばかり思っていたぞ」
燦燦と陽光にも劣らない輝きを放つ金髪。
黒く日焼けして鍛え上げられた肉体。
そして、見る者を惹きつける何かをもった美丈夫の獣人族の青年。
その彼が、隣を歩く友人にそう声をかけていた。
「サブノック…
君は私を随分高く買ってくれているようだが、周りの評価は決してそうではないようだぞ」
声をかけられた青年は、黒髪黒目の人間族。
背もそれほど高くなく、細身な身体ではあるが、知的で整った顔立ちである。
彼を良く知らない人から見れば、その表情は無愛想に見えるかもしれない。
そんなハルファスが、苦笑しながら答える。
「何言っているのよ。学院のみんなは、高いを評価しているわよ。
なにしろ『斜め上の天才』なんて呼ばれてたもんね。
先生方がずいぶん嘆いてたわよ。『ハルファスが主要科目に少しでも集中してくれていれば』って。
『そうしたら、学院創立以来の成績を修められたはずなのに』って。」
そんな合いの手を入れたのは、黒髪に尖った耳が特徴的な小人族の美少女だった。
彼女は、美しく大きな黒目をキョロキョロさせながら、二人の周りをちょろちょろと歩いている。
「ありがとう、シャックス。
でも、私の記憶が確かならば…
学院の皆から与えられていた我が渾名は『変人』だったはずだ」
彼らがこの日卒業した王立学院は、王国の仕官養成所である。
一般教養から、剣術、魔術など、様々なジャンルの教育を受けられる。
学生は、自分の資質をより良く伸ばすために、自由に科目を選ぶことができる。
ただし、卒業に必要な単位は定められている。
卒業単位を定めることで、一通りの教育は必然的に受けることになる仕組みになっている。
また、この制度を取り入れたのは、本人も気づいていなかった才能を見出す場合もあるからである。
ここ、コンコード王国で仕官するためには、王立学院を卒業していることが必要となる。
それは騎士を目指す場合でも、文官を目指す場合でも変わらない。
そのため貴族の子弟は、必ずこの学校に入学することになる。
逆説的にいえば、貴族の子弟以外はいない学校ということである。
正確に言えば、ほぼいないということであるが。
現に、この日の卒業生もたった3人を除いて全て貴族の子弟であった。
たった3人であっても、例年よりは多いくらいである。
その珍しい例外である彼ら3人もまた仕官の手続きをしようとしていた。
学院の学び舎を出て、仲良く一緒に王城へ向かっているところである。
貴族以外は、まず入れない王立学院。
平民の身でそこを卒業しているだけあって、3人ともに優秀であることは間違いなかった。
獣人族のサブノックは、剣術系科目では過去にない優秀な成績を修めている。
小人族のシャックスは、情報収集系科目を中心として、特待生の名に恥じない優秀な成績を修めている。
一方、ハルファスはといえば…
卒業に必要な単位数の関係で、魔術系科目を中心とした履修をしていた。
が、その履修に対しては、当たり障りない程度の努力しか払っていなかった。
彼が執心したのは、『戦術』科目であった。
学院在籍中、その研究に没頭し卒業試験もこの科目を選択していた。
しかし、この『戦術』科目は基礎受講科目であり、本来注目を浴びることのないものである。
確かに、いろいろな分野において『戦術』というものが有用であることは間違いない。
そのため、王立学院においても基礎科目として組み込まれているのである。
ではなぜ、マイナー科目として追いやられているのか。
その理由として、仕官の際に行われる『判定の儀』が大いに関係していた。
王立学院の卒業生が行う仕官手続きの中に、この『判定の儀』がある。
『判定の儀』とは、受験者の適性を見る試験である。
受験者には、魔法の水晶球による判定結果を受けて作成される仕官証の発行がなされる。
この魔法の水晶球には、強力な判定魔法が込められている。
水晶球に手をかざした者のステイタスを読み取り、その情報が属性として仕官証に表示される。
この一連の仕組みが『判定の儀』である。
ここで表示された属性を元に配属先が決められる。
そのため、王立学院の学生たちは希望する配属先に応じたステイタスを伸ばそうと努力するのだ。
伸びるステイタスに応じた訓練や研究を行うので、人気のある科目は限られてくる。
属性は、ステイタスの上昇により、上位の属性に変わったり、複数の属性を得る場合もある。
が、そういった人々は所謂『達人』や『名人』と分類されることになる者たちであった。
通常、学院を卒業した時点でのステイタスでは、得られる属性は5種類しかないとされている。
『戦士』
『魔法士』
『召喚士』
『諜報士』
『僧侶』
この属性を得るためのステイタスの上昇に、あまり効果を持たない。
一般的にそう認識されているため、『戦術』科目はマイナーとなっていた。