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天神様の子供  作者: 馨
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三分咲き

 真子は今年で十五歳となる。

 人の子は七歳までが神の眷属とされ、更にそこから七年の歳月を経て成人となる。

 成人になるということはその先の生き方を決めなければならない。真子もまたこれからの生き方を選ばねばならないのだ。

 神と深く関わってしまった以上人の世に戻ることは容易ではない。現に真子は十五歳にしては成長が遅く、既に人の時の流れから外れかかっている。

 人は自分と異なる異物を殊更嫌う。浮世離れした真子はたちまち排除されるだろう。

 真子に残されている選択肢は今の所二つ。 

 道真の元で道真の眷属として生きるか、他の神の元へ嫁いで道真との縁を結ぶかだ。

 神への信仰が希薄になりつつある現代でも、学問を司る神ということで多くの人からの信仰を集めている道真と縁を結びたいという神も少なくない。

 自分を拾い、育ててくれた道真の為ならどんな道でも進む覚悟はあったのに、まさか自分の意思で選ぶことになるとはこれっぽっちも思っていなかった。

 「真子は平成生まれなのに考え方は昔の女性みたいねぇ」

 そう言うのはこの神社に巫女として仕えているゆきだ。

 今年十六歳になる氏子の娘で、最近では珍しく見鬼の才を持つ為、道真や光高の姿を視ることができ、真子の事情を知る数少ない人間の一人である。

 「平安生まれの道真様の方がよっぽど現代人っぽいわ」

 冬の刺す様な空気の中、白い息を吐きながら雪は持っている箒を忙しなく動かす。

 「でも、私は、父様に頂いたご恩を返せればそれで良いのに」

 道真に拾われなければ真子はあの日死んでいたかもしれない。

 何の縁もない真子を拾い育て慈しみ、学問の神と称される彼は真子に世の中の様々なことを教えてくれた。

 「道真様はさ、別に恩を返して欲しいだなんて思ってないでしょ。だって子供を育てるなんて面倒極まりないこと、どんなに金を積んでも献身しても返せる恩じゃないわよ」

 人一人育てることは生半可なことではないと知識はあれど、真子はまだまだ理解が追いつかない。

 「あ」

 雪が短く声を上げたのでそれにつられて真子も顔を上げる。

 渦中の光高が参道を歩いて来るのが見えた。

 噂の本人が突然やってきて、真子は大いに慌て、そんな真子の様子を雪は面白そうに眺めていた。

 「こんにちは。寒い中大変だね」

 「こ、こんにちは……」

 いつもと変わらない光高に対し、いつも以上に彼への警戒心を剥き出しにしている真子。

 「じゃあ私あっちの方掃除してくるわ」

 「えっ!?」

 雪は戸惑う真子を気にも止めずそそくさとその場を後にする。

 「……えっと、父を呼んで」

 「いや、今日は真子殿と話がしたくて。この間は驚かせてしまって心ここに在らずといった感じだったから」

 真子の内心は見事に筒抜けだった様で、重ねて居たたまれなくなって俯く。

 「……立ち止まったままでは冷えるね。少し歩こうか」

 光高の提案に真子は無言で頷くしかなかった。


 光高が向かったのは神社の境内にある小さな甘味屋だった。

 古くから境内で甘味屋を営んでいる店で、今更神様の一人や二人来た所でこの店の者にとっては日常茶飯事である。

 「おまたせしました」

 光高が頼んだのは梅を使った和菓子とお茶だった。

 天神、菅原道真といえば梅。

 道真が愛情を注いだ梅の木が京を去った道真の後を追って九州まで飛んで行ったという飛び梅伝説はあまりにも有名である。

 この甘味屋をはじめ、神社周辺の店は梅に因んだ商品が多い。

 梅の花を模した薄紅の練り切りと、ほわほわと白い熱々のお茶を光高と真子の間にそっと置いて、店員は奥へ下がる。

 冷えきった指先に陶器の湯呑みからじんわりと伝わって来るあたたかさにほっと息をついて一口お茶をすすると口から鼻へとやわらかく爽やかな茶の葉の匂いに満たされる。

 練り切りを崩さない様丁寧に一口大に切って口に運べば、ほんのりと甘酸っぱい味が口にじんわりと広がって、幸せな気分も広がる。

 真子は昔からここの菓子が好きだった。

 「美味しいですね」

 「はい」

 食の力とは実に偉大である。

 あれほど苦手に感じていた相手と普通に会話できる程に。

 「真子殿は昔からここのお菓子が好きだったね」

 光高の言葉に真子の手はぴたりと止まる。

 「……父から聞いたんですか」

 真子が一方的に避けている為、菓子の話をする様な仲ではない。

 もう一度菓子に手を伸ばすのはどうにも気が引けてお茶に手を伸ばす。

 真子の問いに光高は苦笑を浮かべた。

 「君が小さい頃はよく連れて行ってくれってせがまれたものだから」

 ぐふ、と真子真子は飲んでいたお茶が変な所に入ってしまって咽せた。

 「ごほ、えっ!?ぐふっ……」

 光高は咽せて慌てている真子の背に手を伸ばそうとするが途中で手を引っ込めてしまう。

 何とか真子が落ち着いた所で話を再開する。

 「君は覚えていないかもしれないけれど、落雷事件の前までは僕によく懐いてくれていたんだよ」

 衝撃の言葉に正に雷に打たれた様な衝撃を受けた真子。光高の言う通り全く記憶にない。

 そもそも落雷事件は真子が五歳くらいの時の話だ。幼くて記憶が朧げなのと、落雷の印象が強過ぎて思い出そうとしても頭が真っ白になるだけだった。

 思い出そうとすればする程頭が混乱する。

 「……戻りましょうか」

 光高に促されて真子は覚束ない足取りで立ち上がった。

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