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天神様の子供  作者: 馨
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開花宣言

短い話ですが、お付き合い頂けると嬉しいです。

 師走には珍しくごろごろと不穏な音を響かせる空を見上げ、真子まこは顔を顰めた。

 白衣に緋袴という簡素な巫女服はあまり寒さをしのげず、真子は寒さから逃れる様に緋袴の裾を翻して足早にこの神社の主がいる本殿へと向かう。

 本殿に足を踏み入れると空間を仕切った几帳の向こう側には還暦を迎えたくらいの束帯姿の男がいくつも巻物を広げていた。

 「父様」

 真子に声を掛けられて男は顔を上げる。

 真子が父と呼ぶ男はこの神社の祭神、かの有名な学業を司る天神菅原道真公である。

 「怖い顔をしてどうした」

 「雷の音がしています。光高様がいらっしゃる様です」

 顔を顰めたまま用件を告げると、道真は部屋の外へ意識を向けた。

 「おや、本当だ。もうそんな時間か」

 「光高みつたか様がいらっしゃるならちゃんと教えておいて下さい。心臓に悪くて生きた心地がしません」

 「すまんすまん」

 部屋中に広げていた巻物を道真が片付け始めたので、真子も文句を言いながら片付けを手伝う。

 「雷嫌いは相変わらずか」

 「嫌なものは嫌です」

 間髪入れずにすげなく答える真子に道真は肩をすくめ、苦笑を浮かべた。

 真子は笑われた事が恥ずかしかったのかそっぽを向いてぶつぶつと文句を言っている。

 「私だって情けないと思いますよ?拾い子とはいえ、天神の娘が雷嫌いなんて皆のいい笑いものになっていることも重々承知しております。ですが、それでも怖いものは怖いんですもの」

 余程恥ずかしいのか早口で捲し立て、一言も噛まずに言い切った。

 「お前はお前のままで良いよ。雷が恐くても、お前は私の自慢の娘だ」

 真子の丸い頭を道真の節くれ立った手が優しく撫でる。

 「だが、あまり嫌っては可哀想だよ」

 道真の言葉に真子はきゅ、と眉根を寄せた。

 その刹那、

 「!!?」

 一層激しく雷が空で轟き、真子は驚いて道真にしがみついた。

 「父様……!」

 震えてしがみつく真子を落ち着かせる様に道真は真子の頭を撫でてやる。

 「いらっしゃった様だな」

 道真が立ち上がり、真子も道真にしがみついたまま着いて行く。

 唇を真一文字に引き結んでなんとか恐怖に耐えようとしていたのだが、体は情けなくぷるぷると震えている。

 道真が戸を開けると、本殿前の庭の真ん中に一人の青年が立っていた。

 すっと背が高く、均整の取れた体躯。艶やかな黒髪を短く切りそろえ、涼しげな印象を与える顔つきをしている。深い夜の色を溶かした様な紺色の着物を着ていた。

 一見は普通の人間の青年だが、髪の下から覗く黄金の瞳が彼が人ならざる者だと証明いていた。

 二人の姿を見た青年は黄金の瞳を細めて笑った。

 「お久しぶりです道真殿、真子殿」

 「ようこそお越し下さいました光高殿」

 雷を引き連れてやって来たのは、かつて道真の無念を晴らす為に力を貸した雷神だ。呼び名は光高と言う。


 真子は赤ん坊の時、神社の境内に置き去りにされていた所を道真に拾われ、人の身で神に育てられるという数奇な運命を辿ることになった。

 その為幼い頃から様々な神様達との親交があるのだが、道真と最も縁の深い雷神だけはどうしても苦手だった。

 道真の後ろにぴったりと付いて出来るだけ光高から距離を取ろうとする真子を光高は苦笑を浮かべている。

 本殿に戻り、道真と光高は向き合って座る。

 「さて、今日はどうされましたかな」

 袖を翻して道真と光高が向かい合って座る。

 真子は静かに部屋を出ようとしたのだが、光高に止められた。

 「真子殿にも同席願いたい」

 妙に思ったが断る訳にもいかず、真子は光高よりできるだけ距離を取って妻戸の近くに腰を下ろした。

 昔真子が神社の近くで遊んでいた時に光高が来訪し、引き連れて来た雷が遊んでいた真子の近くの木に落ちてしまった。

 耳を突き破る様な轟音と身を震わせる大きな衝撃、そして目を灼く様な激しい閃光。

 蝶よ花よと大事に育てられた真子にとっては世界が壊れるかと思う程の衝撃であった。

 道真が何度も取りなそうとしてくれたのだが、幼子の記憶に一度刻まれてしまった強烈な恐怖心を払拭することは出来ず、それから光高に会うと反射的に道真の背に隠れてしまう様になった。

 「今日は折り入ってお頼みしたいことがあって参りました」

 男らしくいきなり本題を切り出す光高。

 「私は真子殿を神妻として迎え入れたく思っております。そのお許しを頂きたく参りました」

 光高の言葉を真子は理解することができず、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしてぽかんと口を開けている。

 「……はい?」

 ようやく絞り出せたのは二文字の短い疑問文だった。

 「真子殿を私の生涯の伴侶として迎えたいと申しました」

 真子の動揺にも全く動じない光高は微笑を浮かべてもう一度ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 なんとか言葉の意味は理解出来たものの、すんなりと受け入れられるものではない。

 何で、と自分の中で答えを探そうにも答えは一向に見つからない。

 平成の世と言えど、神の世界は昔ながらの日本そのままだ。父親が全ての裁量を下す。道真ならこの話は恐らく断りを入れるだろう。そんな打算が真子の中にはあった。

 だが、明里の父、道真は娘より時代を先取りしていた。

 「それは私が決めることではありません。真子の人生ですので真子自身に選ばせます」

 「え!?」

 予想していなかった父の宣言に娘はすっとんきょうな声を上げる。それに対し、道真は凪いだ水面の様な瞳で真子を見据えた。

 「お前の幸せはお前にしか分からない。お前の思う様に道を選びなさい」

 生まれて初めて父に突き放された様な心地がした。

 「私からの返事は以上ですが、光高様、異存はございますか」

 「ある筈もございません。真子殿のお心が伴ってこそだと始めから覚悟しております」

 光高への返事は真子の意思を以て決定しなければならない。自分勝手にも人に嫌われることが怖かった。

 父が判断するということは一切の責任を父が負うということになる。

 責任を人になすり付けようとしていた自分に気付いた真子は自分の心根の醜さに愕然とする。

 「返事はいつまでも待ちます。ゆっくりと考えて下さい」

 突然人生の帰路に立たされ、真子はただただ途方に暮れるだけだった。


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