*2.桜華魔術学園 ①
桜華学園
その学園は、高校から大学の一貫校であり、その優秀さと同時に全寮制のマンモス校としても知られている。同系列の姉妹校としては盟華、聖華、永華、蝶華学園があり、どこの学園も一貫校で桜華と同じく超がつく程エリートであり、マンモス校として有名だ。永華だと+αで超金持ちがつくし、蝶華だとスポーツがつく、もちろん桜華だと魔術がつくが、それは一般には知られていない。
どの学校もマンモス校で寮もあるからか、学校の敷地はかなり広く、一部では川や森があるなんて噂もある。その中で、桜華魔術学園は噂の通り、川や森がある学園のひとつだ。普通の高校と違って魔術を学ぶのだから、自然の環境や、実験室や薬草を育てる温室などの設備も完備しているだから、でかくなってしょうがない。
まぁ、つまりはそういうわけで、涼都もどれくらい広いかはわかっていたつもりだった――が。
「でっけー」
涼都はうんざりしたように、半ば呆れた様子でつぶやいてしまった。学園に着き、入学式に出るべく第1講堂まで歩いている最中である。バスもあるのだが、それなりに道も知っている東もいたことだし、混雑していたのでやめたのだ。
歩きながら、校舎や寮を見ているが、本当に大きいというか、豪華というか。さすがに、どこぞの映画にでてくるような『城じゃん、これ!』という感じではない、普通に綺麗で華美な校舎だった――が、何しろでかい。
「大きい学校だよね。大学も同じ土地内にあるみたいだけど、高等部とは区切ってあるみたい」
隣で、どこから出したのか校内パンフレットなるものを読みながら、東は器用にすれ違った生徒を避けた。ぶつかればよかったのに。
そんな涼都の思いに気付いたのか、東はにっこりと笑いかけた。
「肝心のクラス分けだけど。クラス編成は、実力関係なくA~Lまでの12クラスあるみたいだよ」
「12クラスって……1クラス何人いるんだよ?」
「確か、40人って聞いてたけど」
「40人?!」
となると、今のこの少子化において、一学年480人、全校生徒1440人の計算になる。なかなか、というか、かなり多い。
「もちろん、そんだけいるんなら教室も広いんだろうな。というか、お前なんでそんなに詳しいんだよ」
「入学のしおりに書いてあったけど。まさか君、読んでないの?」
「読む訳ねぇだろ。俺様がルールだ」
言い切ると、東は苦笑しただけで何も言わなかった。そのまま会話も途切れ、涼都は学園の通りに咲き連なる桜を見上げる。綺麗だが、どの桜も五、六分咲きといった感じで、葉桜になってしまっているのが残念だ。
「桜華の桜は、3月が最盛期だからね。満開が見られるのは来年かな」
涼都の視線を追った東が、丁寧に説明してくれる。それに、涼都が相づちを打とうと口を開きかけた時だ。
「五分咲きでも、やはり桜華の桜は美しいですね」
ふいに響いた少女の声に、二人は振り返った。
「おや、灰宮のお嬢さん」
東はにっこりと笑う。振り返ると、そこには美しい少女が微笑みを浮かべて立っていた。
灰宮 千里――太陽の光を反射して銀色にも見える灰色の髪を風に揺らし、舞い散る花びらの中、桜のように淡く微笑んで佇んでいる。電車の中では、杞憂のアホに注意するために険しい顔をしていたが、こうして笑っている顔を見るとやはり美人である。
「こんにちは、東さん。先程はお騒がせして申し訳ないわ」
「仕方ないよ。それに、俺は何もやってないしね」
確かに、コイツはただほくそ笑んで、つっ立ってただけである。よく考えてみなくとも、東がさっさと話をつけなかったから、涼都が尻拭いさせられたのだ。
いや、まぁ確かにケーキ片手に喜んで介入しにいったのは、俺だけど。
「それに、感謝するなら、杞憂のアホ面にケーキをぶちまけてくれた、彼じゃないかな」
おい、今なんかアホ面とか、さらっとブラックなこと言ったぞ、コイツ。
涼都としては、今の発言はとても気にかかるのだが、灰宮は特に気にもしていないのか『それもそうね』と頷いて、涼都に向き直った。
「涼都さんでしたよね? あの時は助けて頂き、どうもありがとうございました」
「…………」
普通に下の名前で呼ばれて、普通に言葉に詰まった。
東は知人だからと思ったが、どうやら灰宮は初対面でも下の名前にさんづけで呼ぶらしい。まぁ呼び方など、慣れてしまえばどうでもいい。涼都は軽く流すことにした。
「どういたしまして」
言いながら、自然と苦笑が浮かんだ。
なにせ、灰宮は四大一門なのだ。涼都がケーキ投げをしなくとも、灰宮ならどうにでもなったに違いない。従って、わざわざ礼を言われる程のものでもないと思い、涼都は笑って付け足した。
「ま、俺はああいう類いのヤツが嫌いなだけだ」
「同族嫌悪ってヤツかい?」
「アレと一緒にすんじゃねぇよ」
冗談じゃない。
思わず、脳裏に浮かんだ杞憂の姿に、涼都が舌打ちすると、灰宮が感心したように言った。
「ずいぶん、東さんと仲が良いのね」
「誰がこんな胡散臭いヤツ、友達にするかよ」
東より早く即答した涼都に、灰宮はふっと笑む。そして、チラリと涼都に目を向けた。それはどこか真剣な色を帯びていて、涼都は軽く首を傾げる。
「あ、あの……」
自ら切り出して、灰宮は目を伏せた。どこか戸惑ったような様子に、東も不思議そうな表情で口を開こうとする。しかし、灰宮の方が一瞬早かった。
「涼都さん。私、あなたとどこかでお会いした事ありませんか?」
「は?」
涼都は思わず聞き返した。
昔よくあったナンパの常套句にも聞こえなくはないが、灰宮の様子を見るに真面目に尋ねているようだ。
(灰宮のお嬢様に会ったことはないはずだが)
いや、知らず知らずに会った可能性は捨てきれないか。そう涼都が、記憶を漁り始めて、無言になったのを、何か勘違いしたらしい。
「いえ!! 無いですよね、私ったら変なこと聞いてしまって」
涼都の反応から、自分がよほど突拍子もないことを聞いたと思ったらしい。急に慌て出して、灰宮は踵を返した。
「あ、ちょっと」
そんな涼都の言葉も虚しく
「失礼しました!!」
灰宮は、お嬢様とは思えないくらいのいいダッシュで走り去ってしまった。
「…………………」
唖然と、伸ばした手もそのままに、灰宮の小さくなる背を見送る涼都に、東はポツリと言う。
「灰宮って、ちょっと天然入ってるんだよね」
それは、否定はできない。
そんなこんなで、灰宮が走り込んで行った白塗りの建物は、太陽の光を受けてまぶしく輝いていた。第一講堂である。
(伝統ある学園の建物にしては、新しいな)
さすが私立。
灰宮のことは一旦、横に置いて、涼都は感心しつつ講堂に足を踏み入れる。その瞬間、視界に飛び込んで来たのは、金髪の外人サンだった。
「さて、涼都。受付はあっちだよ……うわ」
「……あ?」
うめいた東に思わず涼都は歩みを止め、マジマジとその先のものを見てしまう。
(なんだ、コレ)
とりあえず、絶句した。
一瞬、人かと思ったが、どうやら等身大のポスターらしいその内容。そこには、薔薇をバックに薔薇を一輪持った白スーツの男がウインクしていた。
何故か、見ているだけで鳥肌が立ってくる。妙に寒くなった腕を涼都がさする隣で、東は珍しく苦い表情で感想を述べた。
「なんていうか、うん……個性の強い、ポスターだね」
「個性が強いっつーか、悪趣味以外の何物でもないと思うけどな」
しかも、わざわざ視界に嫌でも入る正面の壁に貼られているあたり、最悪だと思う。
『Welcome to 桜華』
そう申し訳程度に下においやられた筆記体の文字からするに、これは新入生に対する入学の祝いか何かの意味を込めたモノらしい。『私を見て!』という邪悪な主張しか込もってない気もするが。
東は笑みを浮かべたまま、どこか白々しい調子で言った。
「さて! 涼都、受付はあっちだよ」
編集点作りやがった、コイツ。
もしや、ポスターの件を丸々無かったことにしようとするつもりか。しかしながら、忘れ去りたい気持ちは、ものすごくわかるので、ひとつ頷き、涼都も便乗することにした。嫌なことは、忘れるに限る。
「とりあえず、少ない場所選んでバラけるか」
涼都が言うと、東は軽く手を振って、入口側の列に並んだ。よほどポスター側に並びたくないらしい。
(でも、動くの面倒くさいしな)
アレを間近で見るのは萎えるが、まぁいいや。
涼都は渋々、ポスター側の一番少ない列に加わった。そして、壁を向けばポスターが嫌でも目に入るので、自然と受付がある講堂内部の入口へ目を向ける。
玄関から下駄箱などのスペースには涼都と同じ新入生が並び、中に入る前に扉横の長机で新入生のチェックを出席を確認してもらっている。講堂の両扉は木でできていて、今は左右ともに開け放っているが、重厚な西洋風の造りで教会にでも来たような気分になる。
その中、受付をしているのは生徒で、愛想のいい者もいれば面倒くさそうにしている生徒もいたが、名前を言ってクラスを教えてもらうだけなので、すぐに順番は回ってきた。
「次のやつどーぞ」
ボールペンを回しながら、すこぶる面倒そうに言ったのは、受付の男子生徒で、近寄ると、なかなか整った顔立ちをしていた。美形というよりは、カッコいいといった容貌の男子生徒だ、がしかし。
暑いのか、制服のYシャツのボタンを2、3個あけて、緩んだネクタイをかろうじてぶら下げている、際どい格好をしていた。これだけボタンを外していれば、胸元がチラチラ見えて、女子は目をやる所に困りそうである。
「あんた名前は?」
「御厨 涼都」
「みくりや、ね……マ行か」
言いながら、手元にある名簿を何枚かめくって涼都の欄を探すと、ボールペンでチェックをつける。
「あぁ、あった、あった。A組だな。はい、次ぃ~」
軽くクラスを告げて、彼は大きく伸びをした。新入生だけで1400人もいるのだ。対して、受付は10人にも満たない。140人以上はこの作業を続けなければいけないのだ。それは疲れもするだろう。
その姿に内心、同情しながら涼都は横を抜けて講堂へと足を踏み入れた。