*1.Let's Go 桜華 ⑦
背後で車両のドアが閉まると、荻村はため息をついて車両の間のスペースに腰を下ろした。そして、ポケットに突っこんだ携帯を取り出す。
「これ、やっぱり完璧に壊れてる……よな?」
いくらタッチしても、画面は真っ暗なままだ。
「魔術に何の耐性もない、ただの携帯に無効の魔術帯びさせた上に、ぶん投げたんだぜ? 普通に壊れるに決まってんだろ」
「春日か」
荻村とは反対の車両からやってきた、焦げ茶の髪にそこら辺の路上でブレイクダンスでも踊っていそうな程ラフな格好の青年に、荻村は眉を寄せた。
「自分の車両見てなくていいのか。ってゆーか、何でお前は普通に若返りもせず私服なんだよ」
「制服足りなかったんだよ。俺だって、少しは高校生に戻りたいっての」
「だったら、俺と代わって欲しかったよ。ついでに車両の割り振りもな」
仏頂面で言う荻村に、春日は薄く笑った。
「確かに災難だったな、お前。それにしても」
そこで春日はへぇと感嘆の声を上げて、御厨涼都がいる方の車両を見た。
「御厨だっけ? アイツ、基礎の防護魔術をうまく応用したな」
荻村は無言で携帯を見つめた。
防護魔術――防護力が攻撃力より強い場合、相手の攻撃を防ぐ魔術で1年の1学期には習うものだ。範囲設定も出来、レベルが低いといえども応用すればどうにでもなる魔術でもある。
御厨がまず火を止めたのは、ちょうど自分の近くに火が来るだろう空間に範囲設定をして、火の持つ攻撃力と同じ防護力に調節した防護魔術を発動させたのだろう。攻撃力と防護力が同じなら当然火の玉はそこで止まる。
その後に一気に防護力を高くして火を消したのだ。
「ったく、入学式も始まってないのにこれかよ」
荻村はそうぼやきながらポケットの中を引っ掻き回す。
「近頃のガキはかわいくねーよなぁ」
春日の言葉に一票。
荻村はしばらくガサガサと探っていたが、やがて目的の物を引き抜いた。それは1枚の紙で『クラス割、教員割』と印刷されている。荻村は、グチャグチャになったソレを引き伸ばし始めた。
「それ、今日の朝にもらったやつだぞ。なんで、そんなぐちゃぐちゃになんだよ」
呆れた調子で言った春日に答えることなく、荻村は自分のクラスの生徒を確認する。そして、ゲッと言わんばかりに顔をしかめた。
「やっぱり、御厨と設楽は俺のクラスじゃねぇか」
「そりゃ立て続けに、災難ご苦労様だな」
どこか楽しそうに言った春日を荻村は睨んだ。
「御厨涼都と言や、今年度唯一の特別枠特待生」
どうやら一部始終見ていたらしい春日は、ため息混じりに続けた。
「全く、あんな面倒そうな問題児を特待生として受け入れるなんて、理事長もおかしいんじゃねぇの」
「なぁ、春日」
「んあ?」
「この携帯、支給品なんだが、やっぱり俺が弁償しないといけねぇかな?」
「お前、俺の話聞いてた?」
*―――――――――――――――――*
軽い風が、吹いた気がした。つぶっていた目を開けると同時に、東に揺さぶられる。
「涼都、起きて」
「ゆさぶんな! 傍観してただけの何の働きもしてないヤツに、俺の睡眠を邪魔する資格はねぇ!」
涼都は思いっきり、東の手をはたき落とした。せっかく、うたた寝のふわふわしたいい感じだったのに完璧に起きてしまったではないか。
「仕方ないでしょ。俺が助けに入ろうとしたら先越されちゃったんだよ」
「あーあれか」
涼都は携帯ぶん投げたボサボサ頭を思い浮かべた。ただの携帯に、無効魔術を無理やり帯びさせて無理やり魔術を消したヤツ。しかも、その前に結界まで張って、だ。何で、桜華の人間が学生の姿をしてたかは知らないが、さすがというか何というか。察知して早々に去った杞憂もさすがだが。
「ほら。涼都、見て」
東の言葉に、思考に沈んでいた涼都はハッとして顔を上げた。
「見えてきたよ……あれが、桜華魔術学園さ」