*1.Let's Go 桜華 ⑥
「だから、そんな笑顔で言われても、全然ヤバく感じられねーつってんだろ」
「でも、本気で気をつけた方がいいよ。今の杞憂は、君の隣にいる俺にまで気がつかないくらい腹たててるんだから」
涼都は適当に頷いておく。別に油断してる訳じゃないが、どう考えても杞憂には負ける気はしないのだ。その杞憂は、怒りに震える口を開いた。
「俺にひれ伏せだと? お前、自分が俺に何をして何を言ったか、わかっているのか?」
「わかってるさ。この世界は実力が全て、強い者が偉い。それを全部理解した上で言っているんだ。俺がこの世で1番偉いってな」
杞憂が、ピクリと反応した。そして、ハッと鼻で笑い飛ばされる。
「つけ上がるのもいい加減にしろ。それは何だ? つまり自分がこの世で1番魔術で優れているとでも言うのか!?」
涼都はあっさりと頷いた。
「あぁ、俺様がこの世で1番魔術師として優れている」
堂々と、まるで宣言でもするように涼都は笑う。
「本当に、いい度胸しているな。お前――名は?」
涼都は余裕の笑みと共に、高らかに言い放った。
「御厨涼都。覚えとけ、この世で1番偉い人間の名前だ」
唐突に杞憂の笑みが深くなる。
「そんなに言うんならその実力――見せてみろ!」
言うや否や、杞憂はゴウっと手の平に炎をまとった。今まで静かに聞いていた周りも、これには悲鳴をあげる。バス転落、衝突事故(?)、杞憂の魔術第一弾と悲鳴続きで、この車両に乗り合わせたヤツらは特に災難だと思う。
涼都はため息をついて、顔をしかめた。自分で言うのも何だが、面倒な事になってきた。このままだと、涼都や東、灰宮はいいとしても、他の生徒に被害が及びかねない。
「っていうか、電車の中で火はマズいんじゃね?」
つぶやくが、誰も聞いちゃいない。東を振り向くが、やはり彼は面白そうに成り行きを見ているだけだ。……そのまま俺の盾に使ってやろーかな、アイツ。
「別に俺は構わないけどよ。周り、もうちょっと考えよーぜ」
仕方なく、杞憂に向き合ってダルそうに言った涼都へ、杞憂は冷笑した。
「お前はこの世で一番の使い手なんだろう? だったら、被害を出さずに止めてみろ」
「……俺に挑戦するつもりか? おもしろいな」
静かに、涼都は微笑んだ。先ほどの杞憂のものより、ゾッとするくらいの冷笑で。一瞬だけ、杞憂が手を止める。
「大丈夫だぜ? お前ごときに本気なんて出さないから」
「!」
挑発されるのも限界だったのだろう。杞憂はなんのためらいもなく、炎に包まれた手を突き出した。その手から勢いよく飛んできたのは、火の玉だ。
「どうだ? この魔術はレベルは低いが、破壊力は抜群だ! 避けたら周りの人間が燃えるぞ!」
マジで投げてきちゃったよ。
「しょうがねぇな」
涼都は小さく舌打ちをすると、飛んでくる火の玉に向かって、指を鳴らした。すると、今まで飛んでいた火の玉がピタリ、と空中に止まる。
「なっ……」
火の玉は涼都の周りで、確かに動きを止めていた。その火の光を受け、明るくなった顔を杞憂に向けてニヤリと口元をつり上げる。
涼都が再び指を鳴らすと、まるで嘘のように火の玉が――消えた。
「!」
杞憂が驚きに目を見開く。
「やるね」
笑ったまま完全に傍観する東は無視して、涼都は意地の悪い笑みを浮べて言った。
「俺様は天才魔術師だ」
杞憂は考えるように、ただ黙って睨みつけていた。しかし、これには黙ってない連中もいるようだ。
「なっ……お前、よくも杞憂さんを!」
杞憂の子分達が涼都の前に進み出た。冷静さを取り戻した杞憂とは打ってかわって、今にも殴られそうな雰囲気である。
「ただじゃ済まないぞ、お前!」
違った。『殴られそう』じゃなくて『魔術で攻撃されそう』だった。
「おいおい」
微量だが電撃をまとった拳を振り上げた子分の一人に、涼都は渋い表情を浮かべる。ここは電車の車内という以前に、異空間の中なのだ。魔術で創られた異空間というのは、総じて不安定で、素人の他の魔術の力が加われば、崩れてしまう危険性がある。
涼都はもちろん、杞憂もそこら辺はしっかり心得て魔術を使ったので大丈夫たが、この子分の場合は違う。
「止めろ!」
杞憂の制止は耳に届かなかったのか、それを無視して子分は涼都に拳を降り下ろした。同時に、ふわりとベールのようなものが車内に広がって、涼都の表情が驚愕に染まる。
(これは――結界?)
子分は無視して、辺りを見回した時だ。
「痛っ!」
拳を押さえ、カシャンッと何かが床を滑る。同時に、魔術も打ち消されたたようだった。
さすがに何か助けようとはしてくれたらしく、涼都の隣まで来ていた東がつぶやいた。
「――携帯?」
「危ねーな。異空間で魔術なんて使うなよ」
携帯を拾ったのは、長身で黒縁メガネのボサボサ頭をした少年だ。その少年をしばらく見て、杞憂が舌打ちした。足元に転がる少年Aの首根っこを掴んで、子分達に冷たく言う。
「席に戻るぞ、馬鹿」
「は、はい」
ゾロゾロと杞憂軍団が去る中、少年は携帯から涼都と東へ視線を向けた。
「御厨涼都、だったな。その隣の、あんたは?」
「設楽東です」
穏やかな笑顔を浮かべた東に、少年は疲れた表情で携帯をポケットに突っ込んだ。
「なるほど、設楽家に灰宮家、そして杞憂家とは。初日に豪華なもんが見れたな」
「その『豪華なもん』に、御厨涼都の魔術もつけ加えとけ」
少年はやや非難がましい目を涼都へ向けた。
「止めに入ったと思って黙って見てたんだが、まさか挑発するとは思わなかったよ」
同じく杞憂が去っていった車両のドアへ歩き出した少年に、今度は涼都が非難がましい声を出した。
「全部人に丸投げして、見物決め込んでたヤツがよく言うよな? それでも、桜華の人間かよ」
「だから、ちゃんと助けてやったろ」
面倒そうに言いながら、車両のドアをくぐっていった少年に、涼都は肩をすくめて自分の席へと歩み出す。
とりあえず、これでやっと安眠できそうだ。