*1.雨が運んでくるモノ ⑥
「あっ……ぶねぇ! 御厨、避けろ!」
言いながら鳴海が後ろへ跳躍するが、涼都は間に合わなかった。舌打ちしてとっさに結界を張る。それと同時に涼都のすぐ隣、先ほどまで鳴海が立っていた場所が──爆発した。
瞬間的に視界が灰色に染まり、鈍い爆音に顔をしかめて耳を押さえる。爆風には特に逆らうでもなく、身を任せた。
それが、いけなかったらしい。
(っうわー俺結界張っててよかっ……)
ごちん!
「~~~~~っっ!」
左肘、思いっきり壁にぶつけた。
爆風によろけた拍子に、一番痛いところをピンポイントでぶつけて、涼都は声も無くその場にしゃがみこんだ。
(痛ぇー)
右手で左肘を押さえるが、なんか痛い。地味にじんじんしてきた。
(あぁ、駄目。なんか俺、今のですげぇーテンション下がったわ)
なんかもう、部屋に帰りたくなってきた。
「御厨! 大丈夫か?!」
しゃがみこむ涼都を見つけ、慌てて鳴海がかけよって来る。その声とこの状況を再度確認して、涼都は現実逃避したくなった気持ちを無理矢理おさえつけた。じんじんする肘を押さえたまま鳴海を軽く睨む。
「大丈夫じゃねぇよ! 爆風のせいで俺様の肘が負傷中だ」
「そうか、怪我がなくてよかったぜ」
文句を言いながら立ち上がると、鳴海はホッとしたように微笑む。肘が負傷中だって言ってんのに、まるで聞いてなかったかのような綺麗なスルーだ。しょうがないから涼都もそれは流して話を進めることにした。
「つーか、何なのコレ」
ため息混じりに涼都は爆発した場所を指差す。
部分的に黒ずんだリノリウムの床は捲れ上がり、そこだけコンクリートが見えていた。小規模な爆発ではあったが、鳴海の退避や涼都の結界が遅れていたら、違いなくこの床と同じく悲惨な末路をたどったに違いない。
鳴海は困った表情で黒ずんだ床を見つめた。
「あー…これの修理代、俺が払わなきゃいけねぇのかな?」
「そんなん今はどうでもいいんだよ、センセイ」
忘れているかもしれないが、まだアンデットは目の前にいるのだ。ぶっちゃけ目がないからどこ見てんのかは知らないが、様子見のようにじっとこちらを見つめているような気がする。
そんな中で余裕なのか、もうその存在など忘れたのか、修理代を算出し始めた鳴海の隣で、涼都はアンデットに目を向けた。
(一体どういうことだ?)
アンデットの核は眉間にある。
それは周知の事実であり、もちろん鳴海は眉間だけを爆発させるつもりで魔術で攻撃した、はずだった。しかしその瞬間、爆発したのはアンデットの眉間ではなく鳴海のいた空間である。それが指し示す事実は一
つしかない。
「魔術がはね返された?」
涼都がつぶやくと、鳴海がため息混じりに天を仰いだ。
「どうも、そうとしか考えられねぇな。あまり信じたくないけど」
「それは俺も同じだ。でもさ、アンデットってそんな反則な能力あったっけ?」
尋ねながら、いやそんな能力はなかったはずだと自分の知識が否定する。確か、アンデットは自己修復機能があるだけの魔物なはずだが……
黒くなった床を見つめて鳴海が遠い目をした。
「俺の知らない内に魔術を跳ね返す能力がついていたとは驚いたぜ」
どうやら現実逃避らしい。
一応、涼都もノっておいた。
「あぁ、魔物も進化するんだな」
「その内、骨格標本から筋肉標本に進化するかもしれないぜ? 凄い速度で走れるようになるとか」
それは最早アンデットではなく、ただの学校の七不思議のアレである。
「…………」
ほぼ同時に嘆息して、二人は現実逃避の旅から舞い戻った。
「で? あれマジでなんなワケ?」
まだこっちを(多分)見ているアンデットに涼都は軽く腕を振った。鋭い風がアンデットに飛んでゆくが、途中で鏡にでも反射されたようにこちらに戻ってくる。涼都は一歩横にずれて、返ってきた風の魔術を避けた。背後の白い壁が、破壊音と共に深くえぐられる。
(へー…本当に戻ってきたよ)
「御厨。頼むからわかってて校舎壊すのは止めてくれよ?」
「わかってるって。それより、何かこいつに心当たりはないのか? まさか本当に進化したわけじゃないだろ」
「あぁ、心当たりならある」
「だよな、あるわけ――え? 心当たりあんの!?」
返ってきた意外な言葉に涼都は危うく流しかけた。
鳴海は足元に落ちている手の平サイズの瓦礫を拾いながら言う。
「聞いたことならある。この学園は様々な魔物の、突然変異を起こした亜種を封印して資料として保管してあるって話だ」
「なるほど。亜種か」
人間でも魔物でも魔族でも、生物においての突然変異はつきものだ。魔術師でよくあるのは、古代人の体質に生まれたために現代魔術は一切使えず古代魔術のみ使えるという『先祖返り』がある。
魔物の場合は、能力の範囲が広くなったり、消えたり、はたまた出来なかったことが出来るようになったりと多様のパターンがある。このアンデットは突然変異のおかげで魔術をはね返す能力がついたといったところだろう。
鳴海は拾った瓦礫の石ころを弄びつつ、首を傾げる。
「確か、こういう類いの物は備品室の奥にでも多重の封印をして仕舞ってあるはずなんだが……何かの拍子で封印が解けちまったのかな?」
その鳴海の言葉のどこかに、涼都は何か違和感というか、引っかかるものを覚えた。が、それについて深く考える暇はない。そろそろこのアンデットを撃破しないと速水が大変なことになりそうだ。
「突然変異ってことは、核が眉間という決まった位置にあるかもわからないな。本来の自己修復機能もあるかわかんねぇし」
「それを今、確かめるさ」
そう言うと、鳴海は先ほどから弄んでいた瓦礫を振りかぶり、次の瞬間にはアンデットにぶん投げていた。彗星のごとに投げられた瓦礫は見事、アンデットの眉間にヒットして『ごきゃ』だか『ごしゃ』だかわからない嫌な音を立てる。
同時に、アンデットが床に崩れ落ちた。
「核は変わらず眉間でいいみたいだな」
言いながら、鳴海は軽々と倒したアンデットを飛び越えて走り出す。それに涼都も続いた。
「なるほど。アレがはね返すのは魔術だけだから、物理的な攻撃は効くってことか」
魔術攻撃が効かないのは厄介だが、それで倒せるならまだ楽な方だ。ただ2mの骨の眉間にどう攻撃を仕掛けるかという疑問が残るが。
(思わぬ時間をくったな。速水、無事だといいけど)
「ぎゃああぁあぁぁ!」
突如、響いた悲鳴に涼都と鳴海は足を止めた。直後に曲がり角から男子生徒が駆けてくる。いや、駆けてくるのはいいけど。
「骨も一緒かよ」
否、アンデットに追いかけられていなければ駆けてはこないだろう。制服を見るに一年生、授業中に校内をうろついていた生徒のようだ。
「瓦礫、持ってくればよかったな」
つぶやいた鳴海が逃げてくる生徒とは逆方向、アンデットの方へ走り出す。涼都は走って来た生徒の腕をつかんで一応、労ってやった。
「よく無事で済んだな。オメデトウ」
「あれ? 君……この前の」
きょとんとして涼都を見る生徒は男子の制服を着ていなければ完璧に女子に見間違う容貌をしている。その顔に涼都は見覚えがあった。
(こいつ、確か魔獣騒ぎがあった時にいた杞憂の子分の)
「えーと、あーあれだ」
「?」
「あのー…アレ? 誰だっけ?」
「藍田です!」
あぁ、そうそう、藍田だ。
「あの、僕の方があなたの名前知らないんですけどっ! というか、何故こんな所に?」
藍田は軽く無視して、涼都は一人納得して頷き、周囲を見回す。
掃除用具のロッカーでもあればよかったのだが、ここには手洗い場くらいしかなかった。鳴海が今、対峙しているのは三体。それを考えるとこれが一番何とかなりそう――か?
(まぁ、ちょっとぬれてるけど鳴海なら大丈夫だろ)
「あの?」
手洗い場の石鹸を二つ、ネットから外した涼都をけげんな表情で藍田が見ている。
「鳴海」
気にせず、涼都はアンデットとバトルを繰り広げる鳴海に呼びかけ、石鹸を投げた。
「滑るかもしんないけどそれで何とかして」
「十分だ。ありがとうな」
笑って受け取った鳴海の言葉に偽りはなかった。




