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Black*Hero  作者: 沙槻
第2幕 第1章
52/58

*1.雨が運んでくるモノ ④


 夢も見ないほど熟睡していたというのに、涼都は次の瞬間、飛び起きていた。



 椅子が音を立てて鳴海の声を遮る。それに周りの生徒が怪訝な表情を向け、鳴海はチラリとこちらを振り返った。その問うような眼差しを無視して、涼都は真剣な表情で辺りを見回す。


(今の気配はアンデットか? なんで魔術学園にそんなものが……)


 意外と近いらしく、強く感じた気配にこの前のクーシー同様、涼都は寒気すら覚えた。


 アンデットは魔界の魔物だ。もとは種のような形をしていて、土に植えて水をやると一気に成長して半日後には立派な化け物になる。植物なのか骨なのかハッキリさせてほしいところだ。

 ガイコツそのものの外見で腕力による破壊力も強いが、おそらく中級クラスの生徒なら身を守ることが出来るだろう。しかし……


 涼都は顔をしかめた。


 アンデットは水を与えて育つ。ヤツは、水を与えれば与えるほど強力で頑丈に育つのだ。そして今日はどしゃ降りの雨。さぞかし強力で頑丈な骨太君になっていることだろう。水と相性のいいアンデットにとって、この天候は条件が良すぎだった。

 けれど、いくら強くなってもアンデットはアンデットでしかない。退魔法を習っている2、3年生は対応出来るだろうし、1年生でも教師がいればいくら危険な魔物でも身の安全は確保できる。


「御厨、どうかしたのか?」


 そう尋ねた鳴海の表情は硬かった。鳴海もアンデットの気配に気づいているのだろう。むやみに生徒に言えば混乱を招くから、あえて平静を装っているのだ。


「いや、別になんでも――」


 合わせて、何でもない振りをしようとした涼都の言葉が止まった。

 目の前の席は空席のままだ。

 ミッシェルのせいで、涼都と一緒に保健室で寝込む羽目になったその席の生徒、速水は今も保健室にいる。


『なんだよ、保健室のくせに先生いねぇのかよ』


 毒霧で頭がくらくらしていたが、そこに教師がいなかったのを涼都はしっかり覚えていた。


(速水は保健室で一人じゃねぇか!)


 勢いよく席を立ち、涼都は何の迷いもなく駆け出した。


「涼都?!」

「おいっ! 御厨!!」


 東と鳴海が後ろでそう叫ぶが、涼都は全く気にも止めなかった。


「ちょっと待って」


 言いながら、東が涼都を追いかける。これに慌てたのは、もちろん鳴海だ。


「お前らどこ行くつもりだ!?」


 教室を飛び出した涼都と東に、鳴海は教室に結界を張ってから二人の後を追いかけた。



*―――――――――――――――――*



 第5会議室──そこに集まった教師の面々は荻村含め、狭苦しい室内でふんぞり返ったりスマホをいじったり、適当に会議らしきものをしていた、が。


 たいして白熱していなかった会議のやり取りが、ぴたりと止んだ。


 一瞬、動きを止めて次に目を向けた方向は皆バラバラだったが、表情は全員引き締まったものになっている。

 放送が流れたのは、そんなどこか緊迫した空気の中で、荻村がタバコの灰を灰皿へ落とした時だった。


『緊急事態です。高等部校舎周辺でアンデットが大量発生しています。この雨で厄介な相手になっていますが、落ち着いて対処をお願いします』


『授業に入っている教師はそのまま教室で生徒を保護、その他の教師は校内のアンデットの処理をして下さい』


 黙って荻村は目を細める。

 朝から漂う魔物の気配のせいで、わざわざこうして緊急会議まで開いたというのに、これでは全く意味がないではないか。当然、魔物がいるのを察知していた教師陣の反応は、実に普段通りだった。


「アンデットか。テンション下がるなぁ、アレ臭いし。魔物でもすごい美女だったら、僕は大歓迎なんだけど」

「あら? 美女なら、ここに沢山いるじゃないですか」

「それは冗談きついぜ。俺からすればアンタ達の方がよっぽど魔物に見えるね」

「それは重症だな。私が魔物なら、お前は害虫だ。即刻ヒールで踏み潰してやろう」


 そんな緊張感に欠けるやり取りをしながらも、アンデット撃退の指示に従って教師は次々と席を立ち、会議室を出ていった。最後の女教師の言葉に、言われた方は平然と『怖いねぇ』と肩をすくめる。椅子に座ったまま、彼は全く動く気配がない――コイツは、やる気がないのかもしれない。

 一方、何故か言われたわけでもないのに、その女教師の言葉に春日は横で身震いをした。気持ちは、わからんでもない。


「は、早く行こうぜ、荻村」


 返事の代わりに短くなったタバコを灰皿に捨てて、荻村は席を立つ。


「魔獣の次はアンデットかよ。ホント、一体どうなってんだろうな?」

「………」

「日にちもそんなに空いてねぇし。どう思う?」

「………」

「おい。荻村、どうかしたか?」

「ん? あ、ああ」


 考えるように沈黙していた荻村は、怪訝な表情の春日に目を向けた。


「なんでもない。行くぞ」


 短く言ってドアノブをつかむ。


「嫌な予感が当たったな」


 荻村が面倒そうに新しいタバコをくわえ、ドアを押し開けながらつぶやいた、その時だ。


 ガァンッ


「ぶっ……」


 いきなり、荻村は顔面を強打した。

 開けている最中のドアに何かぶつかったらしい、と理解が及んだのは、くわえたばかりの火もついていないタバコがポロリと床に落ちてからだ。


「――いっ!?」


 痛っっってぇ!!――正直、クラッときた。


「わりぃ!」


 謝るだけ謝って止まりもせずにバタバタと慌ただしく走る人影。その声に覚えがあった荻村は、思わずドアの入り口から乗り出して彼らを見る。


「鳴海?」


 声の人物――副担任である鳴海は、なぜか設楽と廊下を全力疾走していた。すでにだいぶ遠くを爆走している二人だが、その更に前に一人の男子生徒が疾走している姿が見える。


(あれは多分、御厨か?)


 状況を見るに、ニ人は御厨を追っかけているようだ。


「ぎゃはははははは! 荻村だっせぇ~」


 後ろで座ったままの教師が、机を叩いて大爆笑している。先輩だが、とりあえず殴ってもいいだろうか。


「つーか、鳴海と一緒に走れるなんて、あの生徒すげぇな」


 ニヤニヤと荻村を笑いながら隣に来た春日は言った。張り倒したくなったが、なんとかこらえて荻村は頷く。

 鳴海は相当運動神経がいい。余裕の笑顔でそれについてこれる設楽もすごいが、御厨に至っては鳴海が追いつけない時点でどういう脚力をしているのか。

 まぁそれはその際おいといて、だ。


(とりあえず)


 いまだに爆笑する傍らの教師一名(春日)の頭を叩いて、荻村は自分の教室に向かった。


「いってぇ! 何すんだお前、俺、徹夜明けなんだぞ」


 知るか。



*―――――――――――――――――*



「なぁ、鳴海。今、なんかぶつかったろ?」


 走りながら、涼都は背後から追いかけてくる鳴海を振り返った。涼都が通ったすぐ後にドアがいきなり開いたので、思いっきり鳴海がドアに体当たりしてしまったのだ。


(あれは誰かの顔面にクリーンヒットした音だったぞ)


 つい先日、自分が寮の配達員の顔面にドアをぶつけたばかりなので、よくわかる。あれは確実に顔面ヒッ

トした音だ。今ごろは鼻血がダラダラ流れているかもしれない。

 しかし、鳴海は悪びれもせずに爽やかに笑んだ。


「誰だか知らねぇが、ちゃんと『わりぃ』って謝ったぜ!」


 いや、謝りゃいいってもんでもないだろ。


 涼都は名前も知らない被害者に同情しつつ、軽く息をはいた。校舎に充満していているのは、ツンとした異様な臭い――魔物の腐臭だ。


(今朝のは俺の気のせいじゃなかったってことか)


 その臭いに、東がわずかに眉を寄せて涼都に尋ねた。


「涼都! とりあえず聞くけど、どこに向かってるの?」

「決まってんだろ。速水のとこだよ」


 一瞬、東と鳴海は意味をつかみ損ねたらしい。怪訝な表情を浮かべてから、ハッとして顔を見合わせた。二人とも速水が保健室にいるのは知っている。しかし、先生がいないことは今の涼都の言葉で初めて知ったのだ。

 鳴海が苦い表情で額を押さえた。


「あのなぁ、御厨。そういうことは、もっと早く言ってくれ」


 疲れたような声に涼都は答えず、チラリと視線を投げかける。


(『早く言ってくれれば良かったのに』と鳴海は言うけど)


 もし涼都がそうしたら、鳴海は血相変えて教室を飛び出して行くだろう。遅かれ早かれ、アンデットの存在は知られるのだ。その時に副担任がいないのでは、クラス中がパニックになりかねない。それを涼都と東でなだめつつ、アンデットの撃退をするのはキツイものがある。だから鳴海を残して、何も言わずに教室を出ていったというのに。


(東はともかく、肝心の鳴海がこっちに来たら意味ねぇよ)


 先ほどの放送でアンデットの存在は露見し、鳴海が教室を出ていく時に張った結界もいつまでもつかはわからない。涼都はそれなりに真剣な表情で鳴海を振り返った。


「とにかく鳴海は早く教室に帰れ。速水のところには俺が行ってくるから」

「あれ、俺の存在は無視なの?」


 東は心底どうでもいいが、鳴海は教室を長く空けるわけにいかないだろう。しかし、鳴海の返答は実にアッサリしていた。


「A組なら心配いらねぇよ」

「心配いらないって」


 何ゆえ、そこまで断言できる?


「罠もあるし、アンデット撃退のために、他の教師や生徒会の役員が歩き回ってるからな」

「いや、それはさっきの放送で知ってるけど……つーか、罠?」


 不穏な単語に思わず振り返った涼都へ、鳴海は爽やかに笑いかける。


「教師や生徒会役員は、撃退はもちろんだが、まずは自習などで教師がいないクラス、サボって校舎内外で襲われている生徒を見つけて保護することが優先なんだ」


 罠の部分は綺麗に流されたが、一応納得した。東も『なるほど』と微笑む。


「それなら特に、1年生のクラスは優先的に教師の有無のチェックが入りますね。A組なら今ごろ誰かが保護しているかもしれません」


 確かに、それなら鳴海がこっちについてくるのも納得だ。それなら涼都達の方が危ないだろう。イロイロな意味で。だが、それならそれで、だ。


「じゃ保健室も誰かが保護してくれてるんじゃねぇの?」


 やや速度を緩めて鳴海に尋ねるが、彼は笑顔を引っ込めて首を横に振った。


「今日、保健室には代理の教師が入ることになっていた。チェックに入る教師は少ないし、誰かいると皆思ってるから行くのは後回しになるな」


 話を聞く限り、保健室に向かう教師は0のように思う。速水なら八つ裂きにされていても、おかしくはないのかもしれない。

 改めて想像してゾッとしたので、涼都は走るスピードを上げた。


 速水よ、無事でいてくれ。

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