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Black*Hero  作者: 沙槻
第2幕 第1章
51/58

*1.雨が運んでくるモノ ③


 5限目開始の鐘が鳴るまであと10分程の頃。

 次の時間帯に緊急で行われる会議のため、荻村は同僚達と共に会議室へ向かっていた。


「…………はぁ」


 隣で、この世の終わりのような顔で春日がため息をつく。荻村は他人事ではないような気がして、頭を押さえる春日に労いの言葉をかけてやる。


「いや、お前はよくやってるよ。ただお前が担任しているクラスの生徒がいけねぇんだ」

「そうだよな。子供の性格は3歳で決まるらしいし、ありゃ俺にはどうしようもねぇよな」


 春日の担任するのは2年のクラスだ。その生徒が、どうも問題を起こして学園長に呼ばれてしまったらしい。

 何をやらかすかわかったもんじゃない生徒二人を受け持つ荻村としては、やはり他人事として終わらせられない。


「春日、目の下にクマ出来てるぞ。そんなに仕事忙しいのか?」

「まぁ色々と調べもんがあってだな。完徹の上に生徒が問題起こしたとなりゃ一気に老け込みそうだ」


 確かにそれは辛い。

 しかし、そこで空気も読まずに素直な感想を述べたのは、同じく会議に向かう途中の教師だった。


「問題ったってアレだろ。上半身裸で走り回った挙句、すっ転んで学園長の胸にダイブしたんだろ。笑い過ぎて腹痛ぇんだけど。春日、お前んとこの生徒面白いな」

「黙れ」


 自分達より歳上の先輩教師になってない口をきいた春日は更に舌打ちした。そんな後輩の態度に先輩教師は、その反応すら楽しむように目を細めてニヤニヤと笑んでいる。確実にコイツは御厨と同じ人種だ。


(そういや、御厨と速水は今ごろまだ保健室にいるのか?)


 ミッシェルの鉢植えにやられて保健室行きになった生徒二人に思いを馳せて、やはり荻村は春日の姿が未来の自分と重なるような気がしてならなかった。問題は山積みである。

 荻村は話題を変えることにした。


「というか、なんで緊急会議なんて開くことになったんだ?」


 半分わかりながらも、すっとぼけて荻村は尋ねる。後ろで先輩教師が馬鹿にしたように鼻で笑ったが、あえて無視した。春日も空気のようにその存在は無視する。


「荻村だって気づいてんだろ。闇の気配が濃い―…うちの犬もうるさくて仕方ねぇよ」


 荻村は窓の外へ視線を投げる。雨は止まずに降り続けていた。


「嫌な予感がするな」



*─────────────────*



 友達、友達とうざいくらいに繰り返し言われているが、やっぱりコイツは友達なんかじゃないと思う。


「やっぱ君は殺したって死なないよね。しかも図太いし……まさにあの虫みたい」


 速水みたいに毒霧をまともにくらった訳ではないとはいえ、まず放課後まで帰って来ないと踏んでいたのか。保健室から教室に帰還した涼都を見るなり、東がしみじみとそう言った。

 それに何のためらいもなく東に拳を振り下ろすが、そんな涼都の行動などわかっていたように東はパーの形で拳を受け止める。

 パシィッといい音がした。


「東ぁ、それは何か? あの黒いデタラメな生命力の虫と俺が一緒だって言ってんのか?」

「誰も一緒だなんて言ってないさ。例えだよ、例え」

「へぇ、例え」


 出来るなら、例えでそんな虫を話に出さないで頂きたい。

 涼都は顔をしかめて東に冷たい視線を送った。クラスも同じで部屋も隣なのだから、せめて教室の中でくらいこの笑顔から離れたい。しかし残念ながら席も隣なので、結局離れられない。無限ループ地獄だ。

 涼都は深いため息をついた。


「おや、悩み事かい?」

「あぁ、どこかの誰かさんが俺につきまとうのを止めてくんないかなぁって」

「へぇ? 君、ストーカー被害になんて遭ってたの? 知らなかったなぁ。どう対処するつもりだい?」


 涼都は不敵に笑った。見ようによっては物騒な笑みである。


「心配ねぇ。ウザくなった時は丁重にお引き取り願うさ」

「丁重にって?」

「破滅の詠唱を唱えながら、邪悪なモノを殲滅する呪符を投げつけた上で雷撃、もしくは火炙りにする。もちろん鉄拳制裁もいとわない」


 東を真っ直ぐ見ながら真顔で言った涼都に、その『どこかの誰かさん』は薄ら寒いものを感じたらしい。『それは最早丁重とは言わないんじゃないかな』とつぶやいた東は顔をやや引きつらせて


「そういえば、朝の話の続きなんだけど。闇の気配が濃い感じしない? 邪悪っていうか」


 まるで話を逸らすかのように違う話題をふってきた。しかも、ちょっと真面目な方面の話題である。

 涼都は顔をしかめて答えた。


「ああ、闇の匂いがプンプンするな。正直、邪気に当てられたみたいに胸やけがするよ―…ただな、東。その話の前に確認したいことが一つある」

「なに?」

「東、お前さ。あの花が毒霧吐いた瞬間、一人でさっさと逃げたよな? 俺と速水をかえりみることなく、颯爽と」


 一瞬だけ間が空いた。その空いた間を取り繕うように、東がわざとらしい笑顔を浮かべる。


「嫌だな、そういうの被害妄想って言うんだよ」

「妄想っていうか事実だろ。俺の近くにいたお前だけ何の被害も無かったのが証拠じゃねぇか。ま、一番の被害者はいまだに保健室で寝てる速水だけど」


 涼都が保健室を出る時まで、酷くうなされていた速水の姿が頭をよぎる。これ以上ごまかすのは無駄と悟ったのか、東は降参したように両手を上げた。


「悪いとは思うけどね」


 一旦間を置いて、東は一点の曇りもない笑顔で断言する。


「だって、毒霧だよ? くらったら大変じゃないか」

「…………」


 涼都としては、毒霧をくらった人間を前にしてよくそんなはっきり言えるな、と心の底から不思議に思う。


「よーし、東。歯ァくいしばれ」


 紛れもない殺意がわいて涼都は本気で拳を握った。その瞬間。


 カァーン、カァーン……


 響いた鐘の音と、扉の開く音に涼都は舌打ちする。


「5限目始めるぞー」


 爽やか全開で教室に入ってきた鳴海を見て、涼都は嘆息しながら拳をといた。危ない、危ない。本気で殴りかかるところだった。

 一方、殴られそうになった東は普通に笑顔のままだ。本当に図太い神経をしている。


「おや、本気にしたかい? 大丈夫、ちょっとした冗談だから気にしないでよ」

「そうだな、俺もまだこの年で刑事事件は起こしたくない」

「君の冗談は笑えないな」


(冗談で言ってねぇし。つーか、お前の言う『冗談』こそ笑えねぇんだよ)


 そう、すぐそこまで出かけた反論の代わりに、舌打ちして涼都は先ほどの真面目な方の話題に答えを返した。


「朝に比べて闇の気配が濃くなってる。いくら何でも教師が気づかないわけねぇ。今ごろ何らかの手は打ってるはずだ」


 だから、俺たちみたいな新入生があれこれ言い合う必要はない。暗にそう言った涼都へ、東はもっともだと言うように頷いた。


「静かに。授業始めるぞ。はい、起立、礼……」


 着席した瞬間、涼都は堂々と机に突っ伏した。ふて寝するのだ。


(東の相手はやってらんねぇ)


 早く席替えになることを祈りながら、涼都はきつく目を閉じた。



*―――――――――――――――――*



 5限目が始まって数分後。


 授業中のため出歩く生徒はいなくなり、高等部の校舎において人影は見えなくなった。人影がなくとも、もし晴れの日ならばグラウンドでの魔術授業や講堂での武術の号令、各クラスから漏れてくる授業の声が聞こえてきただろう。しかし、あいにくの雨が全ての音を消し去っていた。聞こえるのは雨が地面を打つ音だけ。


 そんな、雨の中。

 青年は屋上の柵の上に座っていた。


 後ろで一つにくくった背中にかかる程度の長髪。端正な顔立ちはやや中性的だが、その体は細く引き締まっていて、町を歩けば確実に何人かの人間は振り返るだろう容貌である。

 しかしながら、傘をささずに雨にぬれるその姿は、まるで人形のような印象を受けた。


 黙って屋上から校舎を見下ろす青年の目には、何の感情も映してはいない。それは空虚で、だからこそ得体の知れない。下手に踏み込んだらもう二度と戻れないような、底無し沼を連想させた。

 口元には冷酷な笑みが張り付いてはいるが、やはりその感情は読み取れない。


「アンデット、か」


 つぶやいたその声も雨音にかき消された。



*─────────────────*



「前々から疑問だったのですが、だいたい貴方のソレは何なんですか? 趣味なんですか? それとも何かの嫌がらせですか?」


 学園長である橘の不機嫌な声が容赦なく、目の前の男子生徒に降りかかる。先ほどまで半裸だった男子生徒、宇崎はその刺すように厳しい声に動じることなく面倒そうに返事をした。


「趣味つーか、これは俺の自然体なんだって何回言ったらわかってもらえんの? オバサン」

「学園長と呼びなさい」


 彼の行動はいつものことだが、さすがに転んだという事情があっても半裸で橘に抱きついてしまったのは事実である。それで橘の堪忍袋の緒が切れても仕方ないだろう。

 水木は目の前で繰り広げられている最早、親子ケンカのようなやりとりをコーヒー片手に眺めていた。


(本当にうちには個性的な生徒が多いなぁ)


 個性的。

 そこで真っ先に浮かんできたのは先日の電話の相手、御厨涼都だった。

 ダメ元でつい最近の魔獣騒ぎについて尋ねた水木に、与えられたのは『扉を閉めたのは、彼がそうなるよう仕向けて偶然のように芝居を打った』という情報のみである。けれど、水木は思うのだ。御厨涼都はヒントとして、わざとそれを水木にバラしてくれたのではないか。


(もしそうならあの事件には何か隠――)


 その思考を遮るように、突然、学園長室のガラスが砕け散った。けたたましい音が鋭く水木の鼓膜を震わせる。全員が窓へ警戒の目を向け、ギョッとしたように目をみはる。


 窓ガラスを突き破って転がりこんで来たのは理科室にある骨格標本のような、見事な骨だった。2m以上の、見上げるような大きさの骨である。漂う腐臭に水木は思わず、顔をしかめた。


「アンデット」

「朝から校舎を不快な空気にしてくれたのはコイツが原因か」


 苦々しく吐き捨てるように橘がもらす。一瞬、水木と橘の視線が交差した。無言のアイコンタクトを取った橘は、宇崎に視線を投げる。


「あなたは今すぐ生徒会に報告を。あなたなら一人でも大丈夫でしょう。私はこの他にアンデットがいるのか、状況を把握して放送をかけてきます」


 前半は宇崎、後半は自分へかけられた言葉に水木は頷いてアンデットの前に進み出た。

 橘に背を押された宇崎は、やれやれといった様子で軽く肩をすくめる。


「別に俺が言わなくても、生徒会なら動き出してると思うけどな」

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