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Black*Hero  作者: 沙槻
第2幕 第1章
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*1.雨が運んでくるモノ ②


 ミッシェルが正直な感想を言えと言うので、俺は机に肘をつき真顔で「部屋に帰りたいです」と答えてやった。


「…………」


 部屋でなくとも、とりあえずじっくり一人で考えられる場所に移動したい。いや、ミッシェルがいなければこの際どこでもいい。

 コイツのせいでシリアスな感じが台無しだ。


(せっかく人が珍しく真剣に考えてるのに)


「おや、そうかい。私の美貌は部屋に帰りたくなる程に輝かしいものだったのか。君はなかなかいい感性をしているね」


 本当、こういう風にのんきで楽天的で見事に見当違いな方向にポジティブなミッシェルが、羨ましくなる。涼都はろくに答えもせずに遠い目をした。


(なんかミッシェルがいるだけで、ものすごく疲れるな)


 一気に負のオーラが漂い始めた涼都に(元凶の)ミッシェルは、薔薇を片手にウインクした。気持ち悪いことこの上ない。


「でもね、部屋に帰ったら駄目だよ」


 当たり前だ。


「あのな、誰も本気で言ってな――」

「今日は無闇に外へ出ない方がいい」


 そう言ったミッシェルの声が思いのほか真剣で、涼都は少々驚いた。

 先ほどから感じている不快感。ミッシェルだってこの学校の教師だ。エリート学園の教師であるからには、それなりの実力はあるに違いない。ならば


 何か、察していることでもあるのか?


 涼都はいつもより真面目な表情で尋ねた。


「『外へ出ない方がいい』って、どういう意味だ?」

「うん? だって、この雨だよ。外へ出たらせっかくのヘアスアタイルが崩れてしまうじゃないか」


 ズッコケそうになった。瞬時に真剣な表情から力が抜ける。紛れもない脱力感が涼都に盛大なため息をつかせた。


「――あぁ、そうだな」


 なんとか、絞り出すように言う。

 あぁ、もう本当に。


(コレに一瞬でも期待したのかと思うと、自分が馬鹿みたいだ)


 もうミッシェルに淡い期待は持つまい。


「困ったことに湿気でいつもより髪がうまくいかなくてね。少々跳ねてしまった所もあるんだけど。え? それはそれで魅力的だって? もう、そんなの当たり前じゃないか」


 俺には見えない誰かと会話しているミッシェルに、涼都は再度、ため息をついた。

 とりあえず、こいつを一本背負いで床に叩きつけたい。


「おや? 恋愛と美の女神。ため息はよくないよ。せっかくのキミの美貌が――」

「だぁからその呼び名はやめろって言ってるだろうが!」


(さっきから女神、女神うるせぇ!)


 思わず拳に力が入りすぎて、うっかりアッパーカットをキメかけた時だった。


「うわぁ!」


 すぐ近くで上がった悲鳴に、ピタリと涼都の動きが止まる。アッパーカットをキメ損ねた分、涼都は凶悪、いや、いささか鋭すぎる眼差しを隣の席へ向けた。


「どうした、速水」

「い、いや……あの、花が」

「花が、咲いているじゃないか!」


 涼都の不機嫌オーラにたじろいだ速水の声を遮って、ミッシェルが悲鳴じみた声を上げる。涼都は怪訝な表情を浮かべて鉢植えを見た。

 確かに、ミッシェルの言う通りさっきまで蕾しかなかった鉢植えの花が全て咲いている。どす黒い茎にぴったりな黒くて大きな花だ。しかも何故かウゴウゴと奇怪な動きをしていて、速水が悲鳴を上げたのも何となくわかった。

 けれど


「な、なぜこの花が満開に」


 ミッシェルのこの驚きようはなんだろう──咲いちゃいけないのか?

 これには東も怪訝な表情を浮かべた。


「あの、何か問題でも?」


 東の問いかけにミッシェルはやや神妙な顔をする。何故か芝居がかって見えるが気にしない。ミッシェルは質問した東ではなく、どうしてか涼都を真っ直ぐ見て言った。


「いや、この花はね。あるモノを感知した時だけ咲くという、珍しい植物なんだよ」

「あるモノ?」


 ビシッと涼都を指差して、ミッシェルは叫んだ。


「そう! 邪悪なモノだ」

「邪悪って俺のことか!」


 言いながら、力いっぱいミッシェルの手をなぎ払った。真っ直ぐこっちを見るから何かと思えば。


「ちょっとしたジョークじゃないか」


 もうこいつは無視だ、無視。


「邪悪、ね」


 そう言ってこちらを見た東に涼都は舌打ちする。


「俺が邪悪ならお前だって邪悪に分類されるからな? 東」


 にっこり笑う東に、涼都は冷笑で睨みつける。その空気に耐えられなかったらしい。速水が花をのぞきこんで場違いに明るい声を出した。


「いや~よく見ると可愛いじゃないか。ねぇ?」

「あ」


 短く、ミッシェルが声を発したと同時。涼都はその花から薄気味悪いものを感じて、とっさに速水の襟首をひっつかむ。鉢植えから距離を取ろうとしたが、遅かった。

 一瞬で視界が真っ白になる。

 甘い香りが鼻をついた。その瞬間に、涼都はクラッとする。喉に激痛が走ってむせるように咳き込んだ。


「あぁごめん。言い忘れてたけどその花、30cm以内に近づいたら、直径1mの範囲で毒霧吐くんだった」


 そんなこと言い忘れんなよ!

 霞む意識の中、涼都は強く思った。

 やっぱりあの時アッパーカットしとけばよかった!



*―――――――――――――――――*



 4限目が終わり、昼休みに入って5分経つ。しかしその間、灰宮は席から全く動けずにいた。

 体調不良である。


 まるで鉛のように全身が重く、鈍い痛みで頭全体が痛い上にとんでもなく胸がムカムカして気持ち悪い。クラクラと回転性のめまいがして遠くで耳鳴りが鳴っている。これに似た症状は今まで何度か経験したことがあるが、ここまで酷いのは初めてだった。

 こめかみを押さえてうつむいた灰宮を遠子が心配そうに覗きこむ。


「ちょっと本当に大丈夫? 顔色真っ青だよ。もう今日は帰ったら?」


 確かに遠子の言う通り、帰って寝た方が多少マシではあるだろう。しかし灰宮はゆっくりと首を横に振った。この症状の原因に、思い当たるものがあるからだ。


 『不浄』のモノ。


 魔界に住む魔族や魔獣、闇の魔術や呪いのかかった物など、『不浄』と呼ばれる負の力を宿したモノに灰宮は昔から敏感だった。灰宮家はそういうものを扱うことが多かったため、その気配を感じ取っては、その度にこういう症状に見舞われていた。その症状がここまで酷いということは、だ。


(単純に考えて、『不浄』のモノがこの学校内にたくさんある、もしくはいるってことになるけれど)


 ここは結界に守られた魔術学園である。しかもエリート学園として、教師も優秀だと周りから評判の学校だ。『不浄』のモノが蔓延し、それに誰も気がつかないなどという事態があるのだろうか。


(けれど、これは異常だわ)


 一度そこら辺の教師をつかまえて訊いた方がいいだろう。もしかしたら、退魔法の授業のために何か魔の物でもたくさん呼び出したのかもしれな……


「きゃあああああ!」


 すぐ近くの廊下でつんざくような悲鳴が上がった。遠子がそれにいち早く反応して廊下へ飛び出して行く。灰宮もそれに遅れながら、重い体を引きずるように続いた。

 しかし、廊下に出ようとした灰宮を遠子はやや青ざめた顔で制止する。


「千里、駄目だよ。絶対あんたは出たら駄目だ、目の毒だ」


 その言葉に灰宮が怪訝な表情を浮かべると、廊下がいっそう騒がしくなる。


「きゃぁぁぁ! 変態よ変態!」


 変態?


「警察に通報! 110番」


 110番?


 飛び交う言葉はだいたいそのような内容で、灰宮はひたすら首を傾げた。廊下に出て、その騒ぎの原因を目の当たりにしている遠子を見るが、ぴくりともせずに唖然としている。しかし、だんだん眉間にしわが寄り、苦々しい表情になっていく。


「あ、遠子ちゃんに千里ちゃん。購買でパン買って来たよ」


 普通に、騒ぎなど無視してひょっこり現れた希緒に遠子は苦い顔のまま尋ねた。


「なに、あれ?」

「さぁ? よくわかんないけどカッコいい人だよね。でも上半身裸とか寒くないのかな?」


 上半身裸!?


 さらっと言った希緒の言葉に灰宮は目を見開いた。


「いやいや、あんた何普通に流してんのよ。上半身裸で廊下歩いてるヤツがいたらそりゃもう犯罪でしょ!?」

「いや、でもカッコいいからいいかなぁって」

「よくないわ!」


 遠子と希緒のやりとりに灰宮は思わず、嘆息した。てっきり魔獣や魔物の類いでも出たのかと思って気構えたのだが、どうも違うらしい。


「くぉらっ! 待たんかい、宇崎! 変態って呼ぶぞ!」

「捕まってたまるか! あと俺は変態じゃない!」


 バタバタと風が吹くような速さで何かが通り抜ける。その光景を眺めつつ、遠子は疲れたようにため息をついた。


「間違いなく変態だわ」



*―――――――――――――――――*



 杞憂は急に立ち止まった。


「どうしたんすか。杞憂さん」


 同じクラスの子分が不思議そうな表情で足を止める。しかし杞憂はそれどころじゃない。

 確かめるように制服の上から胸元を叩くと、大きく舌打ちした。


「ペンダントトップを落とした」

「あぁ、杞憂さんがいつもつけてるやつ……ってどこ行くんすか?」

「もちろん探しに行くに決まっているだろう。お前はさっさと教室に戻れ」


 欠伸をして『ふぁい』と返事らしき言葉を発した取り巻きの一人を杞憂は睨みつけて、足早にもと来た道を戻った。どこで落としたかはだいたい見当がついている。


(やっぱり、あんな場所まで行かなければよかった)


 今朝、不穏な気配を感じて立ち寄った講堂近くのあの木。そこで杞憂は確かに何かを落としたような気はしていたが。


「全くだから雨は嫌いなんだ」


 文句を言いながら魔術で傘を出して、外へ出る。予想通り、ペンダントトップはその木の根本に落ちていた。

 それを拾い上げた瞬間。


 杞憂は背後に寒々とした殺気を感じた。


「……っ!?」

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