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Black*Hero  作者: 沙槻
序幕 第1章
5/58

*1.Let's Go 桜華 ④


「ッギャヤャヤヤャャ!!」


 そう泣き叫ぶ生徒の声と共に転落していくバス。毎年恒例、桜華学園行きバス名物その1だそうだ。

 事前に渡された制服の上着が重力に従って一瞬はためき、荻村おぎむらは軽く顔をしかめた。知ってはいたし聞いてはいたが、この浮遊感。


(気分悪くなってきた)


「監視っていうから、座ってるだけで楽だと思ったら……どーりで他の教職員はやらねぇわけだ」


 学園行きの臨時バスには必ず事故やケンカおっ始めるバカ共のために、生徒に紛した教員が乗り込むことになっている。そのために、わざわざ年齢まで魔術で若返らなきゃいけないのが面倒だが。


「くじ引きで負けなきゃ、こんな面倒くせぇ事はやってないんだけどな」


 ため息混じりにつぶやくが、周りは当然それどころじゃない。荻村おぎむらはボサボサの髪をかきあげ、辺りを見た。絶叫、号泣、念仏まで唱えているヤツがいる。


(まぁ普通、泣くよな)


 自分の乗るバスが転落したら、人間そうなるのが当たり前だ。しかし、なにげなく周囲を見回していた荻村の視線が、ある一点で止まった。


「へぇー面白いな」


 平然と腕を組んで、のんきに窓の外をのぞいている黒髪の少年。


「冷静だね」

「お前もな」


 ツッコまれ、優雅に微笑んでいるのは、隣に座る茶髪の少年だ。


(あいつら……)


 いずれも驚くほど整った顔立ちをしているせいか、ずいぶんこのバス内で浮いて見えた。ニ人だけ持っている雰囲気が違う気がする。荻村はもっと目を凝らそうと軽く身を乗り出した、が。

 ドン!と、突き上げるような衝撃と共に、バスが地面に降り立ち、体勢を崩した荻村は眼鏡が飛んで行って舌打ちする。


「桜華学園行きバス名物その2だな」


 衝撃で床に落ちた黒縁メガネをかけ直し、ズラリと前に並ぶバスに目を向けた。



*―――――――――――――――――*



 相も変わらずに真っ暗な空間だが、バスの前にはぶつかりそうな程近くにバスが見える。その前にも、同じように、ずらっとバスが一列に並んでいるのかもしれない。


「なぁ、何これ。やっと地面ついたと思ったらバスの行列か?」


 あずまを見ると、彼は崖っぷちから転落した時もピクリとも崩さなかった笑顔をこちらに向けた。


「何で俺に聞くの? 俺だって君と同じ新入生だよ。わかる訳ないじゃないか」

「崖から落ちることは知ってたくせに、よく言うよ」


 じゃなきゃ、あんな『崖から落ちたことある?』なんて聞く訳がない。桜華学園はエリート校だし、学園に設楽したら家の知り合いでもいるのだろう。東はふっと遠い目をした。


「まぁ、見てればわかるって」

「やっぱ知ってんじゃねぇか」


 そう涼都りょうとが言ったとほぼ同時、ガクンとバスが大きく揺れ、信じられないことに、そのまま前のバスに突っ込んだ。

 ガシャン、という不吉な音と共に、崖から落ちた時よりかは控え目な悲鳴があがる。その次の瞬間には後ろのバスが突っ込んできた。そりゃもう盛大に。

 ガッシャァァン!

 天井からパラパラと崩れ落ちた正体不明の粉と、かなりぐちゃぐちゃになったバスに涼都は静かに言った。


「……なぁ、もうこれ」


 もうこれ、事故じゃね?


「大丈夫だよ、これ名物だから」

「いや、どう見ても事故だろ。前のバスに突っ込んでるし、後ろのバスも突っ込んで来たしさ」


 そう主張しても、東は隣でほくそ笑んでいるだけだ。ぶん殴るぞ。

 涼都の微かに上がったイライラボルテージに気がついたのか、東が話題を逸らすように車内を指差した。


「ほらほら見なよ。始まった」


 黙って見回すと、バスだった内装が別のもの、電車のものになったのだ。バスとバスの衝突部分は車両の結合部に、座席も通路の左右に二人用座席へ次々と変わって、数十秒の間で完全に電車になってしまった。

 涼都はへぇ、と感嘆の声を上げた。


「なるほどな。まずはバスでバラけて生徒かき集めて来て、集まった所で電車にしちまう訳だ。効率的だな」


 やり方だいぶ粗いけど。

 涼都の言葉に東は一瞬目をまたたいて、感心したように言った。


「意外と頭の回転はいいね」

「意外ってなんだ?!」

「そうだよ。このバスも電車も、最初から魔術で出来た産物だから変幻自在。こうやって毎年新入生を最終的にひとまとめして、異空間で繋げられた道を突っ走って行くのさ」


 今、キレイに無視しやがったコイツ。


「あーあーそうですか」


 朝から変に巻き込まれまくった疲れと睡眠を邪魔されたイライラで、涼都はだいぶ投げやりな言葉を返した。もう、どうでもいいから寝かせてくれ。

 しかし、そんなおざなりな涼都の対応にも東は全く気にしてないらしく、会話を続行してきた。


「ところで涼都、君は魔術が使えるかい?」

「あ?」


 今度は何を言い出すんだ、という顔をしたらしい。東は苦笑して答える。


「ほら、バスを繋げて電車にしちゃったでしょ? ということは、この電車には、新入生全員が乗ってる訳じゃない」

「まぁ、そういうことになるな」


 それに何か問題でもあるのだろうか。東はやや言いにくいのか、少し声のトーンを落とした。


「少々、やっかいなのが乗ってるみたいでね」

「やっかい?」


 涼都は首を傾げた。何だ、ソレ。また俺をトラブルの渦に巻き込むつもりか?

 東は小さくため息をつく。


「いるんだよね」

「何がだよ」


 もったいづけた言い方で少々苛立って聞いた涼都に、彼は微笑みながら答えた。


杞憂きゆうのご令息がさ」

「杞憂の?」


「そ、俺と同い年でね。 今年は灰宮はいみや天城あまぎの令嬢、子息もいるし。まぁ、天城のご令息は、『体が弱い』って理由で、入学拒否したらしいけどね」

「ふーん……で? 杞憂きゆうのご令息がどうかしたのか」


 涼都は天城という単語に一瞬目をすがめたが、すぐに脱線しかけた話を元に戻した。


(体が弱い、ね)


 なかなか、苦しい理由だ。

 軽く失笑した涼都をどう思ったか、もしくは杞憂のご令息とやらを思いだしたのか。東は苦笑して言った。


「俺は何回か杞憂と灰宮、天城にも挨拶しに行ったことがあるんだけどね。 また灰宮のお嬢さんはすごくいい人で、いかにも優等生ってカンジだったけど……」

「けど?」


 先を促した涼都に、東は軽く肩をすくめた。


「杞憂のお坊ちゃんはひどく自尊心が強くて、自分の権力をかさに着て威張り散らすような人でね。 俺なんか、いきなり電撃くらわされたよ。なんとか結界張ったから良かったけど」

「あー、いるな、そういうやつ」

「だから心配でね。 今にも、車両のドアから子分でも引き連れて、出て来るんじゃないかって」

「ま、出て来てもお前なら、全然問題ないんじゃないの?」


 いきなり電撃されても、とっさで作った結界くらいで何とかやり過ごすくらいだ。断然東のほうが優秀そうである。東は軽く息をついて笑った。


「まぁそうなんだけどね。いきなり問題起こすのもマズいでしょ?」

「まぁ平和が1番だよな」


 涼都がそう言うと同時に、前の車両のドアが開く。その途端、この車両に入って来たのは、制服を乱しながら突っ走って来た少年一名とそれを追いかける少年何名か。その後にゆったり歩いて来るのは整ったハーフのような顔立ちの少年だった。その少年を見て、東もにっこりと笑んだ。


「平和って、長くは続かないものだよね」

「何か面倒そうな雰囲気漂ってきた」


 げんなりして涼都はつぶやいた。こっちは寝ようとしてたってのに、ホント勘弁してほしい。

 少年――多分、杞憂のご令息とその子分らしき何名かと、それに追われる少年。何があったか知らないが、いきなりただならぬ空気になった車内はざわめきに包まれた。


「待て!」

「こっちに来るな!」


 つい『そっちこそ、こっち来んな』と思うようなやり取りをしながら、どんどんこちらに近づいて来る彼ら。その杞憂少年とやらに、涼都は眉を寄せた。

 何か、懐かしいような、既視感を覚えたのだ。バスに乗る前にも覚えた、あの既視感と同じ類いのものを。

 知らずのうちに、見入っていたらしい。涼都は、東に肘でつつかれ、我に返った。


「涼都、俺と場所変わって。通路側にいたんじゃ横を通った時に気づかれて、ろくな事にならないよ」


 もう既に、ろくな事になってない気もするが。これ以上の面倒はごめんなので、涼都は無言で応じた。東を窓際に押し込める。

 杞憂+子分に追われているらしい少年Aは、どれほどの間走っていたのか、力尽きて子分につかまってしまった……ちょうど俺の2列ぐらい前で。

 それに後から歩いて来た杞憂は、バカにしたような笑みを浮かべた。


「この俺、杞憂きゆう 未来みらいにたてつくとは、いい度胸だな」

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