*4.休日のツトメ ⑦
前回の話:どこぞの理事長から電話がかかってきたが、そんなもの知るか。
躊躇も迷いもなく通話を切った涼都は、そのまま携帯を投げかけた。が、新品の傷一つない携帯だと思いだして踏みとどまる。代わりに舌打ちが出た。
水木のヤツ、勝手に人の番号手にいれやがって。
着信履歴も消してやろうとしていると、再び着信が鳴った。
ピリリリリ…
ピリリリリ…
ピリリリリ…
ピリリ、
「うるさい! 黙れ、腹黒古タヌキ!」
『…………』
イラッとした勢いで、つい水木に対して思ってた言葉が出てしまった。
「…………」
『…………』
「…………水木?」
『御厨くん。僕の番号は登録してくれたかな?』
おぉ。何事も無かったかのように、というか、さっきの丸々なかったことにして会話続行してきたよ。
涼都はその図太さに免じて、ちゃんと会話に対応した(ため息まじりに)。
「で、わざわざ俺に電話までして何の用?」
『いや、特に用事は――わぁぁぁぁ待って待って違います! 違うから切らないで!!』
涼都が迷いなく電話を切ろうとしたのが伝わったらしく、慌てて水木が訂正する。涼都は先ほどより、数段低い声で応じた。
「だから、なに?」
『御厨くん、唐突で悪いんだけど。魔獣騒ぎの犯人教えてくれない?』
「…………」
とっさに、言葉が出なかった。
魔獣騒ぎ、犯人……?
単語が頭の中を意味もなく飛び交って、涼都は小さく笑みをこぼす。やはり、タヌキだ。それも相当に腹が黒いやつ。
人というのは、予想だにしないことに対して、素が出やすい――とっさの嘘やでまかせはしづらいものだ。水木のやつ。言い出すタイミング、口調、さっきの気の抜けそうな軽口のやり取りまで全部計算して言いやがった。涼都がとっさに、本当のことを口走るように。
「犯人って……あの騒ぎは事故だろ? 犯人もなにもねぇよ」
時間として数秒の沈黙。その後に言うにはすっとぼけ過ぎたセリフだ。涼都が即答しなかった時点で、肯定しているも同然だった。
あの魔獣騒ぎはただの事故ではないと。
電話の向こう、で水木がかすかに笑ったのが聞こえた。
『そうだったねぇ。でもさぁ、あそこまで仕組まれたように進まないと思うんだよね。事故なら』
「そうかなぁ。信じられないような偶然の連続で起きるのが事故ってもんだ。こんな複雑な筋書きしないだろ。事件なら」
言い返しながら、涼都は鼻で笑ってやる。それに水木は柔らかい口調で答えた。
『ふーん。あくまで君は事故を推すんだ?』
「アンタこそ、そんなに事件にしたいか? 暇人が」
『…………』
「…………」
やれやれ。どうも、水木と話すと腹の探り合いになっていけない。
涼都が嘆息すると、気を取り直すように、水木が沈黙を破った。
『いーけどね。最初からキミが教えてくれるなんて思ってないし』
「なら最初から俺に話をふるな」
涼都は深いため息をついて通話時間を見る。4分42秒。電話代はかけてきた水木持ちだが、いい加減、面倒くさくなってきた。
『あぁそうそう。あの時の空間、不安定どころか崩壊寸前だったらしいよ。生きててよかったね』
しかもなんかサラッと重要なこと言ったし。
『たまたま五行の関係で閉まってよかったね。下手したらキミ、時空の狭間に落っこちてたかもよ――本当、悪運強いよね』
これは探りを入れているのではなく本気で言っているようなので、涼都はあえて口を滑らせた。
「悪いけど、そこらへんの悪運だけのヤツらと一緒にしないでくれる?」
『はいはい。御厨くんが強気なのはわかってるけど、いくら何でもあの落ちてた缶や、火がついてたまた ま転んだ寅吉は幸運な偶然としか――』
ピタッとそこで水木は言葉を止めた。
「…………」
しばらく考えるような沈黙の後、『まさか』という信じられないと言いたげなつぶやきが聞こえてくる。
『もしかして。君、ああなるように芝居して――扉が閉まるくだりは全部、わざと?』
それに答えることなく、涼都はニィと口の端を持ち上げた。
*―――――――――――――――――*
(涼都、誰と話してるんだろう)
東は隣の部屋からもれてくる声に、思わず壁を凝視した。内容までは聞こえないが、誰かと話しているような涼都の声は聞こえる。相手の声が聞こえないので、電話だろう。
さっきから結構、長々と話している。
(まぁ、どうでもいいか)
興味を失った東は壁から視線を外すと、窓の方に目を向けた。
ポツリとつぶやく。
「どうも、天気がよくないね」
言葉通り、空は雲に覆われて、今まさにポツポツと小雨が降ってきた。日中はまだ爽やかな青空が広がっていたのだが、夕日が沈んだ頃から、暗い雲が出てきたのだ。
東はリビングの椅子に腰かけると、テレビをつける。ちょうど、夕方の天気予報をやっているところだった。
『ルルルー♪ リリカのお天気情報こぉーなぁー』
思わず、テレビ画面を凝視してしまう。画面の中ではピンク色の髪を高い位置で結んだ女の子が、魔法ステッキ片手にポーズを決めていた。
「…………」
とりあえず、その勢いに圧されてチャンネルはそのまま無言で見ていると、天気予報キャスターのリリカが魔法ステッキを振って何やら言い始めた。
『リリカのお天気情報始めるよ』
『今日は全国的に晴れ模様! かと思いきや、実は雨雲がプンプン! 夕方から雲さんが貴方のもとに出現しまぁーす』
プンプン? 雨雲がプンプンって、どういう比喩表現なんだろう。
『明日は雨雲さんが更にプンプン! 全国的に大雨だよんっ。雷様にビリビリされないように気をつけねんっ』
何とも言えない表情で東はテレビを消した。とりあえず、明日は雷雨になるらしい。
今のはなかった方向で東は気を紛らわすため、違うことに思いを向けた。
「そうだ。明日こそ涼都と一緒に――」
涼都の姿を思い浮かべた瞬間、ピタリと東は言葉を止めた。先ほどの杞憂に言われた言葉が否が応でも思い出されたのだ。
『設楽、一体なにを企んでいる?』
そう尋ねた杞憂の目は鋭かった。
『どういうこと?』
穏やかな笑顔で答えた東は、次の杞憂の言葉に思わず表情をなくしたのだ。
『御厨を使って何を企んでいる?』
『使うって――』
『じゃなきゃ、アンタが特定の人間とツルむわけない。御厨はどうでもいいが俺には迷惑かけるなよ』
言い捨てた杞憂を思い浮かべて、東はふっと自嘲めいた笑みを浮かべた。
(涼都を使って、か)
「あながち、間違いじゃないかもね」
*―――――――――――――――――*
「あら?」
灰宮は足を止めた。すっかり暗くなった窓の外へ目を向ける。外をじっと見つめる目は真剣で、しばらくして灰宮は首を傾げた。
開いた窓の外はいつも通りのものに見える。けれど
「変だわ」
灰宮は窓に近づいて、軽く身を乗り出した。生い茂る木々に、頬をなでる風は冷たい。空にはまだ雨雲があったが、先ほどまで降っていた雨はやんでいる。
灰宮は眉を寄せて、窓を閉めた。
「妙に静かね」
春先だと言うのに、まったく虫の声がしない。雨音で気づかなかったが、雨がやむと、その静けさが目立つ。虫の声もしないし、草木のざわめきもない。あれだけ、新入生が入ってきて揺れてざわついていた学園の空気も、今は何故か異常なほど静かだった。
なぜ?
けげんな表情を浮かべて、灰宮は窓から離れた。考えながら、部屋へ向かって歩く。そんな上の空だったからか、
「あっすいませ――」
ぶつかった相手に灰宮は即座に謝った、のだが。
(あれ? いない)
確かに今、ポニーテールの女の子とぶつかったはずなのに。
灰宮は首を傾げて、部屋へ歩き出した。
*―――――――――――――――――*
夜の桜華学園高等部の屋上。
降っていた雨はやみ、今はどんよりした雲が空に浮かんでいる。屋上の地面は雨でぬれて所々、水溜まりを作っていた。その水溜まりを踏んで、ポニーテールの少女は顔をしかめる。
「最悪。靴の中に水入っちゃったじゃない」
文句を言いながら向かう先は屋上のフェンスで、そこに寄りかかっていた少年は暗い笑顔を浮かべた。
「遅かったね」
「寮の中を回ってきたから。ホントこの学園人多すぎ。うんざりする」
顔をしかめた少女に少年は『見なよ』と、向かいの校舎の一室を指差した。そこは中がごちゃごちゃしていて備品室のような部屋である。そこの窓が開いていた。風にのって中から白い砂のようなものが窓の外へ、校舎中にばらまかれている。
少女は安堵の息をついた。
「なるほど。急遽アレでいくのね?」
「明日は雨だし、丁度いいでしょ」
「でも、せっかく用意した舞台を勝手に使われて魔獣騒ぎなんて起こされたのよ。この方法で今度こそ邪魔は入らないんでしょうね?」
その問いかけに、少年は暗い笑みを浮かべた。
「大丈夫さ、きっと上手くいくよ――あの不安定な空間を作り上げた僕達なら」




