*4.休日のツトメ ⑥
からから、からから……
引きずるような音を立てて、骨が追ってくる。
カラカラと軽い音が近づいてくるようで、暗闇の中をひたすら走った。
けれど、ソレは信じられない程のスピードで俺を追ってきている。
カラン……
自分のすぐ間近で聞こえた音に、俺は走りながら振り返った。鼻の先に在るのは、吸い込まれそうな空洞で暗い目をした骸骨、それは。
「吉田さん!」
自分の声で目が覚めた。
「…………」
ここ数日、すっかり見慣れた寮の天井に涼都は安堵の息をつく。
なんだ、夢か。
ぼんやりする頭でゆっくりと身を起こすと、軽く頭を振った。どうやら、ちょっと横になるつもりが爆睡してしまったらしい。
(しかも見る夢が吉田さんとか)
どんだけ夢見悪いんだ、自分。まぁ、今日で一番印象が濃いのは吉田さんなのは認めるが。
苦い表情で頭を押さえ、涼都はそばの壁に目を向けた。その壁の向こうは東の部屋である。
(まさか聞こえなかったよな?)
夢にうなされて叫んだ声が隣人に筒抜けだったら、それはそれで恥ずかしいんだが。
(別に、いいか)
東だし。
勝手に締めくくって涼都はカーテンをめくった。まぶしい程に差し込むのは、夕日だ。その光に目をすがめ、涼都はカーテンをしっかり閉めた。
枕元の目覚まし時計を見ると、17時02分を指している。
ビックリだ。
昼に即席の炒め物を食べてからの4時間は爆睡していた計算になる。
(疲れてんのかな、俺)
確かに、心労はあっただろう。なにせ、朝っぱらから現場をあさった後に骸骨と鬼ごっこである。
思い出した涼都は乾いた笑みを浮かべ、リビングに出た。
リビングのカーテンは開きっぱなしで、夕日の光が窓から床に落ちている。
涼都はそっと窓の外をのぞいた。そこに広がっているのは桜華学園の校舎で、奥には大学のキャンパスが、その手前には高等部の校舎が見える。
涼都は嘆息して近くのイスに腰かけた。頭をよぎるのは、あの騒ぎのこと――
「里見が関与してるのは、間違いないんだけどな」
小さくつぶやいて、涼都は里見を思い浮かべる。
涼都特製の練り香の香りから、魔界の扉付近へ使い魔のコウモリを放って様子を見ていたことは間違いないのだ。あの時点で、魔界の扉が開いたことを知る教師はいなかったのだから当然里見は怪しい。
(まず、俺の名前を名簿かなんかで見て『天城涼都』と疑った里見は、本物かどうか見極めたかった。そこで俺の机に天城の名前を使ったメモを入れて、一年校舎裏の林へ呼び出し、魔獣への対応を見た──と、もっともらしい仮説を立てたのが金曜日の放課後だったんだけど)
いざ現場で何か出ないかと探しに行けば、どうも事態はそれだけじゃ済まないらしい。
一年校舎裏の林やその辺りの植物や空間を管理している、大木に組み込まれた魔法陣。その魔法陣があの騒ぎの時だけ一時的に停止されていた。それであのかなり不安定な空間が出来たわけなのだが。その魔法陣を一時的に停止させたのが、里見ではないようなのだ。
普通、魔術を使えば必ず魔術の痕跡というものが残る。料理をすればにおいが残るというのと大して変わらない。あの魔法陣には、魔術の痕跡が奇跡的に微量ながら残っていた。それはいいのだが、問題はそれが天城家のものではなかったことだ。
天城家で育てられたのだから、痕跡を感じとれば、さすがに天城家かどうかぐらいは分かる。里見は分家といえども天城家の人間。痕跡を感じとれば涼都にはわかるはずだ。
しかし、魔術の痕跡は天城家、つまり里見のものではなかった。つまり、だ。
あの不安定な空間を作り出したのは里見ではない。里見は、その不安定な空間を利用しただけに過ぎないのだ。となると、また面倒なことにそいつは何者で何を目的としてそうしたのか、次々と問題が出てきてしまう。
(里見の協力者とかだったら楽だけどな)
『なるほど、涼都はもうだいたいの目星がついてるんだ?』
ふと、東の言葉を思い出して、涼都は顔をしかめた。
目星はあんまりついてないのだが、いろいろ探るのも面倒だし、ぶっちゃけ何で被害者側の俺様がそこまでしてやんなきゃなんねぇの、みたいな葛藤もある。
ということで。
(タルいから里見に直接きこう)
かなり単純かつ簡単な方法に落ち着いたのだった。最初からそうすれば、わざわざあんな朝からジャングルみたいな林に足を運ばなくともよかったのに。
(というか、現場といえば)
『御厨。朝、あの騒ぎの現場に行ったらしいな。メンドいから短く終わらすが──やめとけよ、危ないから。絶対に近づくな』
昼前、別れ際に荻村からの言葉を思い返して涼都は軽く首を傾げた。なぜ荻村が、涼都が林に行ったことを知っているんだろう。
林で会ったあの教師か?
『あぁ、そうそう。春日がお前の仮札の効力に首傾げてたぞ。今度教えてやれ』
春日とか知らないヤツの名前を出されても、涼都にはサッパリなので教えるも何もない。ちなみに、あの仮札は涼都の魔力とよくなじむ清水に半年浸した特別な紙で出来ているから効力が長いのである。
まぁそれはおいといて。
(細かいことはよくわからないけど、朝っぱらから林に教師がいたってことは、だ)
学園側もあの騒ぎについて調査しているのは確かだろう。
「俺は平穏な生活が出来ればいいだけ――」
ピンポーン
「…………」
思わず、涼都はしかめっ面を玄関に向けた。
ピンポーン
続けて鳴ったその呼鈴に、しばらく無言で待機する。呼鈴=東=迷惑という図式が、既に頭の中で成り立ってしまっている涼都である。
(東か? 東なら――)
ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポー…
「あぁぁぁ、うっせぇ!」
次の瞬間、涼都はダッシュした後、足で思いっきり蹴り開けていた。同時に
「ふぎゃっ」
という悲鳴と、ドア越しにかなりの手応えを感じる。
これは、たぶん東ではない。
「…………」
涼都はゆっくりと、ドアから顔を出して辺りを見回した。
誰もいない。
ドアノブをつかんで開けたままの体勢で、涼都は怪訝な表情を浮かべる。そして、なんとなく廊下の床に目を向けてぎょっとした。
「!」
血が、点々と落ちている。
涼都はしばらく黙ってそれを凝視した後、そろりとドアの表面に目を向けた。
「……わぁ」
ドアにも血痕がついている。
涼都は思わず視線をさ迷わせて、気がついた。点々と落ちる血の横に小包がちょこんと置いてある。
「…………」
なんとなく、涼都は察した。
ここの寮には荷物を届ける配達員というのがいて、ウサギやら猫やら犬やら狐やらと、姿はファンシーだが身長はみんな180cmという不気味な配達員なのだが。どうも、その配達員の顔面にドアをヒットさせてしまったらしい。
配達員の姿こそないが、届けられた荷物を見るにそういうことで間違いないだろう。
「悪い!」
荷物片手に、適当に叫んで涼都は部屋に戻ることにした。
血は、そのままにしておく。涼都はどうも、血が好きではない。いや、好きなら、それはそれで問題だけども。
(朝にでも清掃員が綺麗にしてくれるだろ)
人任せにして、涼都はさて、と小包に目を向けた。あるのは宛名の『御厨涼都さま』のみで、差出人の名前も何もない。
不審に思いながらも、涼都は包みをあけて納得した。
「水木か」
携帯の箱に涼都は数日前のやり取りを思い出す。確かに、儀式の部屋で壊れた涼都の携帯を弁償すると言っていたが、まさか本当に送ってくるとは。
(なにか仕掛けとかないよな?)
最新の携帯を取り出して、涼都はまじまじと見つめてしまう。
何せあの水木だ。真新しい携帯と見せかけて、魔術界の怪しいグッズ品ということもあり得そうである。
「…………異常はないなぁ」
調べても普通の携帯で、涼都はなぜか言い知れぬ不安を覚えた。あいつが果たして、普通の物を俺に送ってくるだろうか。
疑問は尽きないが、割り切ることには定評のある涼都である。
「とりあえず、パソコンからデータ移すか」
貰えるものは貰うことにした涼都が、携帯片手に立ち上がった時だ。
ピリリリリ…
初期設定のままの着信音に、涼都は眉を寄せた。
今のタイミングで電話?
不審に思いながらも、涼都は携帯を耳に当てる。
『やっほー水木だよ。それ、僕の携帯の番号だから登録――』
ブチッ
何の躊躇もなく涼都は電話を切った。




