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Black*Hero  作者: 沙槻
第1幕 第4章
46/58

*4.休日のツトメ ⑤


 こいつは一体、俺のことを何だと思ってるんだ?


 俺は百倍返しが基本だぜ、なんてのは冗談だったのに、何故かあっさり信じられてしまった。

 しかし、じと目で訴えかけた涼都の視線などお構いなしで、東は思い出したように手を打った。


「あ、そういえば。今日、食堂やってるみたいだから一緒に昼食でも――」

「断る」


 言われる前に即答した涼都へ、東はめげずに再度、提案する。


「残念だな。じゃ今から君の部屋に遊びに」

「来るな」


 有無を言わさない否定の連続に、さすがの東も嘆息する。


「涼都ったら、本当に照れ屋なんだから」

「本気で言ってるんなら、俺も本気で殴りにいくからな。というか、お前ついて来るなよ」


 歩き出した涼都は、同じく歩みを進めた東を睨んだ。


(しまった。東に声かけるんじゃなかった)


 杞憂といる内に方向転換すればいいものを。涼都は心の底から東に近づいたことを後悔して、ため息をついた。一方、東は普段通りに涼都へ笑いかける。


「部屋が隣なんだから、帰る方向が同じなのは仕方ないじゃない。で、今まで学校で何してたの?」

「…………」


 誰も、学校に行ったなんて一言も言っていない。

 ふとした瞬間に、そういう事を不意打ちで言ってくるから嫌なんだ、コイツは。とりあえず、無駄とわかりながらすっとぼけてみる。


「学校? なんでここで学校が出てくるんだよ。っていうか俺がどこで何してようが、お前には関係ねぇだろ」

「涼都は寮内にはいなかったみたいだし。涼都のことだから学校でも忍び込んで、何か調べてたんじゃないかなって。例えば――魔獣騒ぎのこととか」


 バレてる。

 涼都は思わず、舌打ちした。コイツは変に鋭いからやりにくくて仕方ない。

 涼都はそのうんざりした心情を隠すことなく、むしろ全面に押し出した。それに東はにっこりと微笑む。


「君さ、感情豊かなのはいいけど、もうちょっと抑えてくれないかな。結構傷つくんだけど」

「東がそんな繊細なわけないだろ。で、何? そうやってむし返してくるあたり、お前もあの騒ぎに何か引っかかるもんでもあったか?」


 軽く流して本題へ戻した涼都に、東は頷いた。傷つく云々の話は引っ張るつもりもないらしい。


「もともと気になってはいたんだよ。あの魔獣騒ぎが―…おかしいことだらけだからね」


 おかしいことだらけ。

 その言葉に涼都は視線だけ、東へ向ける。部屋まで歩きながら、つまり寮の廊下で話すにはなかなか、シリアスな感じになってきたな。


「だってね、涼都。新入生が魔術を使ったぐらいで魔術学園の空間が揺らぐのもおかしいし、それで魔界の扉が開くのもタイミングよすぎだし、更に魔獣が出てくるのはもっとタイミングがよすぎでしょ。それにあの手紙」


 そこで意味深に言葉を切った東に、涼都は眉を寄せて視線を前に戻す。反対に、今度は東が涼都へ視線を向けた。


「君があの手紙に呼び出された林で、すぐに魔獣騒ぎが起きた。これはいくら何でも偶然で済ますわけにいかないでしょ」


 そうだった。あのメモを受け取ったのは涼都だが、その事実は東も知っている。ゴールドカードで天才児と呼ばれる東がその事実を関連付けて考えれば、


「君をあの場に呼び出して魔獣に襲わせる。これがあの騒ぎについての俺なりの見解だけど」


 という涼都と同じ結論に至るのは当然だった。

 涼都は再度、ため息をつく。


(本当に、コイツはやりにくい上に面倒だな)


「涼都もそれに気づいていろいろ考えるか調べるかしたんじゃないかと思ってね。今日は君の見解を聞きたくって部屋に行ったんだけど」

「貼り紙を見て侵入は諦めた、と?」


 やや疑問形になったのは仕方ない。笑顔で頷く東に信用ならないものも感じながらも、涼都は追求しないことにする。今は、いかに脱線せずに話を進めるかの方が大事だろう。


「それで、何かわかったかい?」

「……微妙だな」


 言葉を濁した涼都に、東は珍しいものでも見るみたいな目を向けた。


「へぇ、君でもわかんないことあるんだ?」


 Yesとは非常に答えづらい。

 涼都はため息まじりに頭をかいた。


「微妙だって言ってるだろ。調べることは調べたし、わかったこともまぁある。ただ」

「誰がやったか断定するには及ばない?」


 苦々しい顔で涼都は黙り込んだ。東はそれを肯定と受け取ったのか、穏やかな笑顔で涼都の肩を叩く。


「まぁ現場で手がかりがなくても、あの手紙の差出人を探してみれば何かわかるかも」

「いいよ、めんどくさい」

「は?」


 涼都はうざったそうに東の手を払って肩をすくめた。


「俺は無駄な労力は使わない派だ。そういうまわりくどいのは無しだ、無し。もう飽きた」


 部屋が見えてきて、涼都は更に歩く速度を上げた。東はそれにほくそ笑んでついてくる。


「無駄な労力にまわりくどい、ね。なるほど、涼都はもうだいたいの目星がついてるんだ?」


 探るような東の視線とその言葉を、涼都は鼻で笑って流した。無言でドアノブをつかむと、東が冗談めかして言ってくる。


「あれ、俺には何も教えてくれないのかい?」


 涼都は舌打ちしてドアを開けると、面倒そうに一言。


「秘密だ」


 言い捨てて、勢いよくドアを閉めた。



*―――――――――――――――――*



 春日は6本目のタバコに火をつけようとして、動きを止めた。


「さすがに吸いすぎか」


 今の時刻は12時48分。朝から3時間半ですでに一箱の約半分を吸ってしまっている。


(考えに没頭すると、タバコの消費量がすさまじいな)


 この調子だと、今日一日で2、3箱はなくなりそうだ。春日は嘆息して、吸おうとした1本を箱に戻した。

 その間でも、頭の中にあるのは今回の魔獣騒ぎのことだ。


『草? いや、そんな森みたいに生い茂ってなかったぞ。むしろ枯れかけて元気ないカンジ』


 思わずこの歩きにくい草木のことを愚痴った春日に、荻村が言った話が引っかかる。改めて見ても、枯れかけて元気ないカンジの草などどこにも見当たらない。これは一体どういうことなのか。

 春日は林の奥へと足を進めた。相変わらず力強い草をわけながら進んだ先に在るのは一本の大木だ。一見すると普通のデカイ木に見えるが、実はここら辺の林や道の植木、雑草までも調整している特別な魔法陣を内包させた木である。

 つまり、この木が魔法陣の要であり管轄範囲内全ての植物をコントロールしているのだ。


 春日は大木の幹に手を当てた。すると、内包された魔法陣の術式が光の粒子として浮かび上がってくる。複雑な魔法陣の形に春日は眉を寄せたが、黙って両手を添えた。魔法陣から吹くかすかな風に髪をなびかせ、目を閉じる。

 春日が情報の読み取りを始めると、手から膨大な情報量がコードとして伝わってきた。その中でも、騒ぎがあった日の前後のみに情報を絞る。しばらく、三十秒程経った頃だろうか。春日の顔に複雑な表情が浮かんだ。

 そしてもう用はないと言わんばかりに、手を離して木から引っ張り出してきた魔法陣を元に戻す。仕上げに誰でも魔法陣を出せないように軽い封印を施して、春日は困ったような表情でたいして嬉しくなさそうにつぶやいた。


「あー…当たり、か」


 当たって欲しくない予感が当たってしまったのだ。春日は思わず舌打ちした。

 騒ぎがあった日の前日に、誰かがこの大木の魔法陣に干渉した痕跡がある。つまり一時的に、大木の魔法陣の発動が停止させられていたのだ。


 冗談じゃない。

 この魔法陣は範囲内の草木の調整をしているだけでない、安定した空間を一定に保つ役割も兼ねているのだ。魔法陣が停止すれば、範囲内の草木は枯れるだけでは終わらない。安定した空間を一定に保てなくなって、揺れに揺れて空間はかなり不安定な状態になる。空間のバランスが崩れて空間自体が保てなくなるのだ。

 それが、あの騒ぎの時の林の状態。そんな状態で魔術なんか使えば魔界の扉が開くどころか、空間が崩壊してもおかしくない。むしろ、扉が開いた程度で済んでよかったのだ。

 春日は納得して頷いた。


「それで、草がこんなジャングル状態なのか」


 騒ぎの時は草木への魔法陣が一時的に停止して枯れかけていたが、その後、再び発動した反動で栄養を取りすぎてこんな力強く草が伸びているのだ。

 実に厄介なことに、これら事実が示すことはただ一つ。


「あの騒ぎは単なる事故じゃねぇ」


 誰かが、故意に空間を不安定にさせてあの騒ぎを起こした、ということである。それが可能なのはおそらく、この学園の教師だけだ。

 裏があれば面倒だな、程度にしか思っていなかったが、どうも事態はそれ以上に深刻らしい。

 春日はガリガリと頭をかいて6本目のタバコに火をつけた。


「いろいろ調べる必要があるな、こりゃ」

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