*4.休日のツトメ ③
「だぁーっ邪魔!」
春日は力任せに目の前の草をなぎ払った。一部反動で戻って来た草が体を叩くが、気にせず春日は進む。
脱いだジャケットは左肩に担いだまま、辺りを見回した。もちろん場所は一年校舎裏の林、のはずなのだが。
春日は舌打ちしてぼやいた。
「手入れが行き届いてないにも程があるだろ」
草は伸び放題、枝は伸びっぱなしで、正直林というより森を歩いている気分だ。
(ここは確かあのジャンボ兎の管轄だったな)
ピンク兎の姿を思い出して春日は顔をしかめた。昔何故かアレが上から落ちてきて、春日は受け止めた上に骨折したことがある。
「……あんまり会いたくねぇ」
左腕をさすって春日は足を進めた。文句を言うのは後にしよう。
春日は最後の草むらをかき分けてそこに踏み込んだ。そこはひらけた場所で、複雑な魔方陣の中心には重
厚な扉がたたずんでいる。
未だに封印されたままの魔界の扉。
来週から本格的に修復に入るので、今のところはより強固な封印を施しているだけだ。魔方陣の線を乱さないように春日は慎重に扉に近づく。封印の魔方陣に、ベタベタと貼られた封印の札に春日は笑みをこぼした。
さすが桜華学園。魔方陣にしろ札にしろ、どれをとっても完璧だ。完全な遮断である。
春日は探るように目を細め、封印を担当した教師陣、直筆の札に目を向けた。
(封印を担当したのは貴島、百瀬、葛城、京極、荻村か)
人数的には5人じゃ少ないが、このメンツならむしろ十分すぎるぐらいである。おそらく来週から扉の撤去や空間の修復をするのもこの5人だろう。
春日はそれぞれの札の文字を眺めて、ふと目をとめた。
「これは」
一枚だけ担当した教師のモノじゃない札がある。
(そういえば、現場に居合わせた生徒が貼って一時的に封印したんだっけか)
それがまだ残っていたらしーー
「残っている?」
流しかけて春日は再度、札に目をやった。
(はがさなかったのか、アイツら)
生徒が貼ったのは、その場しのぎの仮札だと聞いている。普通の札は封印なら封印の札、防御なら防御の札、とその目的だけに特化しているもので、ものによっては半永久的に効力を発揮する。
しかし、仮札は正式な手順も踏んでいない上に札に込めた魔力も小さい。それゆえにとっさの防御や攻撃、封印など何にでもオールマイティーに使えるが、効力が短いのが仮札である。
習字でも文字を練習する時は安い紙やチラシの裏を使うが、清書をする時はちゃんとした高い半紙を使ったりするだろう。札もそのようなもので、要するに仮札と札ではモノが違うのだ。仮札の効力は長くもってもせいぜい1日がいいところ。
教師陣が改めて封印したのは効力が切れる少し前、つまり騒ぎの翌日のはずだ。そんな効力も切れかけている札など、京極や荻村はおいといて貴島や百瀬あたりは邪魔とか言って真っ先に剥がしそうだが。春日はタバコに火をつけて札を見つめた。
「なるほどな。まだ札の効力が切れてねぇのか」
驚いたことに、仮札が貼られて3日以上経った今でも剥がれずに効力が持続していたのだ。流れるような流麗な文字に凛とした魔力を感じるソレは、何故か存在感があって清浄な気さえ発している気がした。
春日は信じられない気持ちでつぶやく。
「これを、生徒が貼ったってのか?」
春日は先ほど丸めた資料を、ポケットから取り出して広げた。
「札を貼ったのは、御厨涼都」
御厨というと、
『ジャケットの襟に口紅ついてるよ』
名前と同時に芋づる式に呼び出された記憶に、春日は頭を押さえた。アイツか。
まぁ、確かにブラックカード所持者で特別奨学生の御厨なら、仮札を持っているのも、それでとっさに封印出来るのもわかるが。
(それにしても効きすぎだろ)
一体何をやったんだ、アイツは。
「そういや、荻村が担任だったな」
封印の作業に当たったのも荻村だし、後でそれとなく訊いておくか。そんな軽い心持ちで資料をめくって春日は瞠目した。資料の一番最後の行、そこにあるのは『情報提供者・御厨涼都』の文字。
「状況を説明したのも御厨なのか?」
それはつまり。
御厨は、いくらでも情報操作できる立場にいたってことじゃないのか?
(まさか学園長もそれを疑って、俺に調べさせるように言ったんじゃ……)
『あ、そう。看板なんてあったかな?』
思えば、こんな休みの日に立ち入り禁止の現場にわざわざ来たのも不自然だ。なにか現場で見つかったらマズイものでもあったのか? 何か回収するか隠滅するためにこんな……
そこで、春日はふっと口元を緩めた。
「な、ナイナイ。ないよ、それは無い」
あり得そうなことに思わず真剣になったが、さすがにそれはないだろう。それだとこの騒ぎを起こした犯人が御厨になってしまうではないか。
学園長が春日に調べさせるのは、御厨の話以外に情報がないからだ。今回の件は被害こそないものの、事故としては大きい。しかしながらそれを間近で見て感じて体験したのは新入生だけで、しかも全てを把握している生徒は誰もいない。
比較的、把握している御厨だって全てをわかっているわけではないはすだ。一応、状況説明は御厨がしたが、それも生徒一人の視点での話。御厨が見てないこと聞いてないこと、気がついてないものを春日が拾って補うのがこの調査の目的だろう。
ただの事故であればそれでよし。もし何か裏があれば……
春日はタバコの煙を吐いて電話をかけた。
「あ、荻む――」
『ミッシェル、てめぇ! そこにいろっつったろ?! 今どこにいるんだ!』
思いもよらぬ怒声に春日は耳をふさいで、顔をしかめた。ため息をついて、言葉を返す。
「アイツと間違えんなよ。春日だけど、ちょっと教えて欲しいことがあるんだが」
*―――――――――――――――――*
「っくしょん!」
涼都は鼻をすすって頭を振る。それと同時に周りでホコリが舞うが、ありがたいことに二度目のくしゃみは回避した。それに顔をしかめたのは宇崎だ。
「あんまりホコリ立てるなよ。こっちまでむずむずするだろ」
そう言って鼻をすする宇崎は、大変辛そうだ。お互い、こういう場所は駄目らしい。いや、好きな人もいないだろうけど。
今涼都がいるのは備品室その4だか5だかの一室だった。宇崎と共に突撃した部屋である。無事、吉田さんをまくことには成功したが、一番気にしていた鍵は……
「というかさ、あの鍵どうする? 壊したまんまなんだけど」
宇崎の言葉通り、かかっていた鍵を壊して中に入ったわけだが。おかげでぐるぐる手応えもなく回るドアノブを回しつつ、涼都は答えた。
「ま、不可抗力ってやつだ。このままでも大丈夫じゃね?」
「いや、大丈夫じゃねぇだろ。ここは結構高い備品とか入れてある場所だし、なんか盗まれたら俺らのせいになるぜ」
「そこまでわかってて、何で鍵がかかってる可能性の方が高いことに気付かねぇんだよ」
高い備品があると知っているなら、当然休日の今日なんかは鍵がかかっているとわかりそうなものである。その涼都のツッコミに、宇崎は気まずそうに視線を泳がせた。
「いや、ほら……吉田さんで慌ててたっつーか」
「別にいいよ。俺が魔術で直しておくから。ま、宇崎に助けてもらったのは事実だしな」
ドアノブ直すくらいしてやってもいいだろう。そう、涼都が魔術をかけようとした時だ。
「いや、やっぱりやらなくてもいいぞ、お前」
思いのほか真剣な制止の声に、涼都は舌打ちした。
「あのな。アンタ直したいのか、直したくないのかどっちなんだよ」
涼都が振り向くと、宇崎は何故か視線を逸らす。一体なんなんだ、コイツは。
「いや、ほら、あの……さすがに良心が痛むっつーか」
「あぁ?」
意味がわからない。
「ま、まぁいいんだよ、そのまんまでさ」
「あ、そう」
ため息まじりに涼都はそれだけ答えた。もうワケわかんないし、追求するのも面倒だから放っておこう。それより、だ。
涼都はチラッと宇崎を見て、その姿に呆れた声を出した。もはや恒例となってきた半裸である。
「あのさ、宇崎。いい加減シャツ着たら?」
「なんで?」
「なんでって……」
そんな当たり前のことを真顔できかれても困る。苦い顔をした涼都に宇崎は真顔のまま、堂々と言い切った。半裸で、だ。
「これは俺の正装だ!」
正装っつーか、上に何も着てないんだけどな。
涼都は今度こそ深いため息をついた。
(なんか、もう疲れた)




