*4.休日のツトメ ②
「だぁーくそっ! ここもか!」
そう言って、荻村は乱暴に壁からポスターを引き剥がした。ベリッだかバリッだかの破れた音がしたが気にしない。そのままぐちゃぐちゃに丸めて持っていたバケツに投げ入れた。
「んだよ、ミッシェルのヤツ勝手にベタベタ趣味の悪りぃもん貼りやがって!」
「ま、まぁまぁ荻村。ミッシェルも悪気があったわけじゃないだろうし」
なだめるように言った鳴海を荻村は睨み付けた。
「俺は悪意を感じるよ。だいたいこんなの、貼ったミッシェルがやるべきことだろうが」
『なんで俺がこんな面倒なことを』とブツブツ言いながら、やはり力任せにポスターを剥がす荻村に鳴海は苦笑する。
「まぁミッシェルだけじゃ多すぎて無理だからな。ちょうど予定のない俺らが助っ人になっちまったんだろ」
「貼ったのはミッシェル一人だろ。そんなもんあいつ一人にやらせときゃいいんだよ」
まぁそれもそうなのだが。言われたのでやるしかない。
隣で次のポスターを剥がしにかかった鳴海に、荻村は視線だけ向けた。
「予定がないのに呼び出されたのは俺らだけじゃないがな」
「……まぁ、な」
含みのある荻村の言葉に鳴海は言葉を濁す。
実はここ数日の間で、怪我をしたり倒れたりする教師が何人かいたのだ。偶然ならばいいのだが、全員がその時のことをあまり覚えていないとなると、少々おかしい。それで一応念のために、本来予定のない教師の大半は不審者の探索や、防犯トラップの魔術を増強しているのである。
そしてあぶれた荻村達はミッシェルのポスターをひたすら剥がす任務が与えられた。なんともやりがいも意味も感じない任務である。
「まぁ儀式の日も御厨がなかなか帰って来なくて放課後まで待ってたけど、結局御厨には何もなかったしな」
「気にしすぎだったんだろ。面倒事はないに限――」
携帯のバイブ音に荻村は作業を止めて、ポケットに手を突っ込んだ。ろくに相手も確認せずに電話に出る。
「はい、荻村」
『愛と美の神・ミッシェルだよ!』
途端に嫌そうな顔をして荻村は携帯を耳から離した。対して、携帯からもれるミッシェルの声は大変嬉しそうだ。
『いやぁ~ポスターを剥がすと聞いた時は本当にショックだったんだけどね。今は気分がいいよ』
「そうか。用がないみたいだし切るぜ」
冷めた声の荻村を無視してミッシェルは続ける。
『今、新しい私のBeautifulポスターを貼りなおしているところなんだ☆』
「あぁ、そ――はぁぁあああぁ?!」
頷きかけて、荻村は慌てて携帯を耳に当てた。鳴海は笑顔のまま絶句する。
「ミッシェルてめぇ! なに仕事増やしてんだよ?!」
『なんせ私は愛と美の神だからね。みんな私をいつも見ていたいだろう?』
「いねぇよ、そんなヤツ。勘弁してくれ、お前が関わるとめまいがするんだよ」
『あぁ、そうか。君は私の美しさにめまいを起こしてしまうんだね』
「頼むから日本語で会話してくんねぇかな? 話通じてないんだけど」
『Mr.荻村は照れ屋さんだな。まぁ明日にでも余ったら私のポスターあげるから』
「いらねぇ! ミッシェル、今どこにいるんだ? そのポスター全部渡せ、燃やすから」
『どこって、私はみんなの心の中にいるよ』
ぶちっ
荻村の堪忍袋の緒が切れる音を、鳴海は聞いた気がした。
*―――――――――――――――――*
「あー……なんか俺ちょっと気が滅入りそう」
涼都はポツリとそうもらすが、聞いてくれる人は誰もいない。げんなりを通り越してげっそりしてきた涼都は、思いっきり校内を全力疾走していた。
もちろん原因はアレである。
カタカタカタ
奇妙な軽い音を立てつつも、すさまじい速度で追いかけてくるのは――骨だ。
チラッと涼都は再度、視線を後方へ向けた。やっぱり、何度見ても骨だ。よく理科室とかで人体模型の隣にでも置いてあるような、人骨の模型みたいな。それが執事の服を着て、ひたすら無言で涼都を追いかけて来ている。
ホラー以外の何物でもない。
(しかも走る振動で頭蓋骨揺れてるし)
涼都は自分が今、ジャージだったことを心の底から感謝した。おそらく制服ならここまで軽快には走れなかっただろう。涼都は走りながら片手で顔を覆った。
「巨大ウサギの次は骨かよ。ほんっっと勘弁してくれよな。俺、こんなんばっか」
というか、だ。
(あの骨は一体なんなんだ?)
とりあえず、廊下でバッタリ会うなり追いかけてくるから逃げているが。
(模型?)
模型なのか? アレが? 動くのに?
(しかしアンデットっていう感じでもないし)
考えながら涼都は廊下を曲がり、ふとその先に誰かが歩いているのが見えた。涼都と違って制服だが、上着は脱いで片手に持っている。後ろ姿ながら、その生徒に涼都は激しく見覚えがあった。
「宇崎!」
宇崎雪人。数日前に会ったばかりの彼は、涼都の声にだるそうに振り返る。
「あ? なに……ぎゃぁああぁあ!」
涼都の後ろのモノに眠気も全部持ってかれたらしい。素晴らしいスタートダッシュで逃げ出した。それを涼都は何とか肩をつかんで食い下がる。
「待て待て待て! 逃げんなよ」
「逃げるに決まってんだろ! 何でお前が吉田さん引き連れてんだよ?!」
吉田さん?
「…………」
数秒間の沈黙の後、涼都はため息をついて宇崎を見た。
「吉田さんって……お前、あんな骨に名前つけてんのか?」
「違ぇよ! 何だ、その憐れんだ顔は。吉田さんってのがアレの名称なんだよ!」
意味がわからない。
とりあえず涼都は根本的なことを尋ねてみた。
「あの、吉田さんってなに?」
その質問に、何故か宇崎は視線を窓の外に逸らす。
「何って、吉田さんは吉田さんだろ」
「吉田さんっつーか、丸々全部ただの骨だろーが!」
一体こいつは何をもって吉田さんと認識しているんだ?
涼都が睨むと、宇崎は息をついてチラッと背後を見る。そして面倒そうに髪をかきあげた。
「吉田さんはな。生徒会の余興というか、暇つぶしで人骨模型に魔術をかけて動けるようにした凄い骨だ。以来、学校に置いているらしい」
「要するにただの悪ノリの産物じゃねーか!」
「うるせぇ! 文句は俺より当時の生徒会に言えよ!」
それはそうか。
涼都は振り返って吉田さんに目を向けた。
見てる。見てるよ、めっちゃ速いスピードで追いかけながら、めっちゃこっち見てるよ。いや、目なんてないけど。
涼都はやや速度を上げて、宇崎に尋ねる。
「というかさ、吉田さんって何してるわけ? 何で追いかけられてんの?」
魔術で動けるようになったのはいいが、宇崎の説明ではいまいちこの状況の理解が出来ない。何故か、シャツのボタンを外しながら宇崎が答える。
「吉田さんは普段、学内の清掃をしてるんだ。高等部以外に大学でも掃除してるから見れるのはラッキーだぞ」
追いかけられてる時点で、全然ラッキーじゃないんだけど。
宇崎はニッと意地の悪い笑顔を涼都に向けた。
「ま、たぶんお前のことゴミだと思ってんだろ」
「はぁ?」
涼都は思わず宇崎を二度見する。今、なんかさりげなく酷いこと言ったぞ。
(こういうところはやっぱり東の血縁なのか)
忘れていたけど、東の従兄弟――って。
(あれ? じゃコイツも設楽家、四大一門の人間ってことか)
見えない。
ジッと怪しいモノを見る目になった涼都に、いつの間にか半裸になった宇崎はたじろぐと、きいてもいないことを弁明し始めた。
「いや、ゴミってのは別に比喩的な意味じゃなくてだな。吉田さんは、データに無いものをゴミとして認識して掃除してんだよ。新入生のデータはまだ入れられてねぇから、データにないお前をゴミだと思って追いかけてんだろ?」
あぁ、そういう意味か。涼都は納得してから、大きな脱力感におそわれた。
「データに無いものはゴミって。そんなんじゃ池の鯉とかでも回収してきそうだな」
「あぁ、たまにビックリする物を持ってくるぜ
で、まさに今、その『ビックリする物』に涼都は仲間入りしようとしているワケだ。
(つーか、ゴミってことは)
一応、答えは分かりながら、きいてみた。
「ちなみに、回収されたらどこに連れて行かれるんだ?」
「そりゃあ――焼却炉だろ」
「………………」
「………………」
焼 却 炉 。
二人は無言で速度を上げた。
(冗談じゃない。絶対嫌だ)
「宇崎、俺が捕まったら絶対お前も道連れにしてやるからな」
「断固、拒否する」
キッパリ断って、宇崎は振り返って吉田さんとの距離を見る。そして、いきなり涼都の手首をつかんできた。
「ちょっ」
「とりあえず、まくぞ。こっちだ」
さすが2年生。校内のことはたいていわかっている。
宇崎は涼都を連れて強引に曲がると更に速度を上げた。涼都もそれに振り切られないように着いて行くと、その先にあるのは一つの扉だ。
(なるほど、あの中に逃げ込むのか)
珍しく涼都は感心したのだが、宇崎は隣で不吉なことをつぶやいた。
「どうか、鍵がかかってませんように」
「…………え?」
もし鍵がかかっていれば、行き止まりなのだが?
涼都は顔を引きつらせて、宇崎と共に扉へ突撃した。




