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Black*Hero  作者: 沙槻
第1幕 第3章
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*3.午後の暗雲 ⑤


「涼都さん……と、杞憂」


 灰宮は地面に座り込んだまま、一階の窓からこちらを見る二人に視線を向けた。しかし、何故二人が一緒にいるのだろうか。いや、今の問題はそこではない。

 灰宮は頭に乗った雑巾を叩き落とした。


「ち、違っ……こ、これは」

「灰宮、もしかしてイジメられてんのか?」


 涼都が残念そうな表情で尋ねた。


「灰宮家の令嬢ともあろう者が情けないな。目も当てられん」


 同じく、杞憂も残念そうな表情に憐れんだ眼差しで灰宮を見ている。思わぬ所を見られた恥ずかしさに赤くなりながらも、灰宮は窓際に駆け寄り、訂正した。


「違いますっ! これは掃除用具を倉庫に持って行く途中でですね!」

「わかった、わかったから。俺は何も見てないから」


 涼都さんが、目を合わせてくれない。


「ちょっと石につまずいて、持っていた物全部落としちゃってですね! それでこんなことに!」

「灰宮のお嬢さん、貴女……」


 そこで杞憂は、呆れた表情から真顔になった。


「本当に、どんくさいな」


 へこんだ。

 ド直球な杞憂の言葉を気の毒に思ったのか、涼都が慰めるような声音を出した。


「どんくさいは言い過ぎだろ。災難に好かれるタチなだけだって。な、灰宮」


 フォローに回っているようだが、全然フォローになっていない気がする。

 とりあえず、曖昧に頷いて話を変えた。これ以上、この話題で会話したくない。


「ところで、あの……なんで二人が一緒に?」


 一番、疑問だったことを口にした灰宮に、二人は何か思い出したらしい。涼都が思いっきり嫌そうな表情で杞憂を睨み付けた。


「いや、杞憂がさ。いきなり意味のわからないことを言い始めてよ。こっちは忙しいってのに、マジ勘弁して欲しいよな」

「御厨が意味をわかろうとしないから平行線なんだろう。話を聞け」

「聞いたって。だいたい空気みたいなヤツってなんだよ? お前の頭の中が空気なんじゃねーの?」

「おい、口には気をつけろ。こっちはいくらでも貴様を潰せる立場にいるのだからな」

「潰せよ。潰せるもんならな」

「「…………」」


 険悪な空気になってしまった。涼都に至っては目が笑っていない。睨み合う二人に灰宮はどう口を挟むべきか迷う。


(そもそも、何でこんな仲が悪いのに今ここで一緒にいるのかしら)


 とにかく、二人の気を逸らすためにも灰宮が割って入った。


「それで、結局なんなのかしら?」


 その声で灰宮がいることを思い出したようで、涼都が困った表情を浮かべる。


「杞憂が昼に変なヤツとすれ違ったらしくてな。いや、俺もよくわかんないんだけど……空気がどうのとか」


 しまったわ。自分から説明を求めておいてなんだけど、よくわからない。

 こちらの困惑が伝わったのか、杞憂が舌打ちして説明し直してくれた。


「すれ違ったヤツがどうもおかしくてな」

「おかしい?」

「あぁ。空虚なんだが得体が知れなくて、底無し沼のように嵌ったら二度と抜け出せないような……あれは、ただの人間じゃないぞ」


 うん、意味がわからない。

 理解に苦しむ涼都の顔を見るに、自分の理解力が足りないわけではないようだ。

 涼都が心配そうに杞憂を見た。


「やっぱりお前、病院に……」

「人の話を真面目に聞け! 貴様なら少しは役に立つかと話を持ちかけてみれば! もういい!」


 一方的にブチ切れて、一方的に去った杞憂を、ただ灰宮と涼都は見送るしかなかった。


(一体、なんだったんだろう)


 呆然とする灰宮と残された涼都は、しばしその背中を眺めていた、が


「あ、そーだ。灰宮、手出せ」


 思い出したように言いながら、窓枠を越えて涼都の手が差し出された。灰宮はハッとする。

 これは……


「あの、今は財布ないし、手持ちがちょっと」

「カツアゲじゃねーよ!」


 違うらしい。しかし、そうじゃないなら何なのか。

 怪訝な表情の灰宮に涼都はため息をついた。


「手の甲見せろよ。怪我してんだろ、昼に」


 灰宮はハッとする。

 そういえばそうだった。灰宮達が絡まれた昼の騒ぎ、あれを収めたのは涼都だった。


「あ、昼休みはありがとうございました」

「だから礼はいいから怪我見せろっつってんの」


 そう言う涼都が実に面倒そうなので、灰宮はおとなしく左手の甲を差し出す。

 その手を何の躊躇もなく涼都はつかんで、両手で包み込んだ。大きく、性格に反して繊細な手は温かくて、ダイレクトに体温が伝わる。


「えっ……あの」


 慌てるより、涼都が手を離す方が早かった。

 思わず目を逸らした灰宮は手の甲が目に入って、驚く。血は止まったものの、はっきり付いていた傷が消えているのだ。


(もしかして治癒魔術?)


 治癒魔術は中級でも難しい方だが、ブラックカードの涼都なら使い慣れていそうだ。

 灰宮は慌てて涼都を見た。


「そんな、治癒魔術を使うほどの傷じゃ……」


 治癒魔術を使えば、それなりに体力や魔力を消費する。故に治癒魔術を使うのは、致命傷を負った時や、どうしても治す必要がある時が多い。

 灰宮の傷は綺麗に切れてはいたものの、縫う必要もない程度の軽症だ。わざわざ涼都が自分の魔力を削って治癒する必要もない。


 たぶん、申し訳ない気持ちが全面に出ていたのだろう。涼都は苦笑した。


「俺が勝手にやったことだから気にすんな。綺麗な手してるんだから、あんまり傷つくるなよ」


 『じゃあな』と言わんばかりに軽く手を挙げ、涼都は背を向け歩き出す。

 灰宮は立ち去るその背を見つめて……脳天に激痛が走った。


「っ痛!」


 頭を押さえると同時に黒板消しが足元に転がる。


「スイマセン! 窓から落としちゃったんですけど大丈夫ですか?!」

「…………はい」


 怪我しないのは、無理かもしれない。



*―――――――――――――――――*



 涼都は屋上へ行く途中の階段に腰かけた。時計に目を落とすと、まだ掃除が終わるまで15分程度ある。ため息をついて涼都は軽く天を仰いだ。

 天井に彫られているのは薔薇と円の模様。薔薇と円はこの学園の至るところで見る模様で、この天井も例外ではないらしい。


「ローズ・クラウン……ね」


 つぶやいて、失笑した。

 確かに、理事長がこの学園に深く立ち入るなというのもわかる。


(ただ、こうも丸出しだと少し気になるが……)


 それよりも。


「気分悪くなってきた」


 薔薇の模様を見ていたら、あのナルシスト教師が思い出されたのだ。


『愛と美の神と呼びなさい』


 寒気がして天井から目を逸らした。いけない、いけない。無かった方向で、と手を振って頭の中からミッシェルを追いやろうとし、ふと涼都は動きを止めた。


(そういえば、やっぱりどこかで会ったような気がするんだよな、ミッシェルに)


 最初はあのポスターのせいだと思ったが、違うようだ。あんなに強烈な人間、会ってもそうそう簡単に忘れられるものじゃないのだが。


 かなり昔に会ったような。何だか嬉しいような、悲しいような、切ないような、それでいて……ひどく懐かしい。


 この既視感には、覚えがある。

 確か、学園行きのバスに乗る前にすれ違った人間にそう感じたのだ。あの時にすれ違ったのがミッシェルなのかとも思ったが、違う。今日、あれから何度かミッシェルを見かけたが、既視感を覚えたのは最初だけだった。どうやら、この既視感は最初に会った瞬間にしか感じないらしい。

 結局、涼都はあの時すれ違ったのが誰かいまだにわからないままだ。


(まぁ別にわかんなくても困らないけど)


 『それより』と涼都は、今度こそミッシェルのことなど完全に頭から追いやって、腕を組んだ。


(里見があの魔獣騒ぎに一枚噛んでるのは明らかだな)


 おそらくあのメモを涼都の机に入れ、あの場へ誘い込んだのは里見で間違いないだろう。

 桜華学園はクラス数もある上に人数が多い。400人以上もいる新入生の中から、涼都の名前と席を把握出来るのは同じクラスの生徒か、それとも……名簿と座席表を持つA組の教科担当の教師ぐらいのものだろう。


 クラスの生徒も教師も、涼都をあの場へ呼び出す動機と目的が見当たらないが、里見だけは違う。

 里見は天城家の人間だ。天城涼都の名前を知っていてもおかしくはない。ましてや名簿に御厨涼都とあれば、天城涼都と疑うのも当然だった。

 それにメモの最後にあった亜神。東は『アジン』と読んだが『アガミ』が正しいはずだ。なんせ『アガミ』ならローマ字にしてAGAMI、GとMを入れ替えればAMAGI『アマギ』になる。


 里見は天城の名を使って呼び出し、適当な騒ぎを起こして涼都の実力を見極めようとしたのだろう。それなら、今回の魔獣騒ぎにだいたいの辻褄は合う。

 しかし、涼都は腑に落ちない顔で息をついた。


「それはそれで、おかしいんだよな」


 確かにメモで呼び出し、涼都の力を確かめようとしたのは里見で間違いない。

 けれど、たかが涼都が天城家の御曹司か確かめるためだけに、あんな大掛かりなことをするだろうか? 実力なんて儀式をすればわかるのに?

 しかも魔獣なんて、たまたま居合わせたのが四大一門でなければもっと大惨事になっていたはずだ。もしかして、他に何か絡んでいるのか。


「…………」


 涼都はしばし沈黙し、目線を上げた。


(やっぱり、明日調べてみる必要があるな)

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