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Black*Hero  作者: 沙槻
序幕 第1章
4/58

*1.Let's Go 桜華 ③


 そして今、現在。


「あー……やっぱり、あんな賭けに乗るんじゃなかった」

「何ボヤいてんだ、お前」

「いいから、持ってるモンみんな出しやがれ!」


 何だか、めちゃめちゃ面倒な事になっている――てゆーか。


「誰だ、お前ら」


 涼都りょうとはさも面倒くさそうな表情で舌打ちした。せっかくケーキ屋を切り抜けたと思ったら、いきなりこれか。

 バスに遅れたらどう落とし前つけてくれんだ、なんてケーキ屋を脅したから、一瞬ケーキ屋の差し金かとも思ったが……


「お前その制服! 桜華学園の者だろ?」


(どーやら全然関係ないみたいだし)


 涼都は深いため息をついた。

 ビビりまくった店長がケーキをタダでくれて『ちょっとラッキー』とか思ってたのに、気分が最悪だ。

 もともとそんなに良くなかった気分が、一気に急降下した。


「ここ一帯は(オオトリ)学院、碓氷(ウスイ)様のシマだぞ」


 どこで誰だソレ。


(いや。鳳学院なら聞いたことはあるな)


 確か鳳学院と言えば、桜華学園や桃園女学院と肩を並べるエリート男子校だ。しかし残念ながら、不良も多く治安が悪いので有名だ。

 右から2番目のヤツが、ふんぞり返って言った。


「桜華の者がここを通りたきゃ、荷物全部置いて行くんだな」


 せめて財布だけでよくね?


「今はいないが、碓氷様の役に立てるんだ。ありがたく思えよ」


 だから碓氷って誰だ? つーか、この中にいないんかい!


(もう付き合ってらんねぇ)


 フッと涼都は唇の端をつり上げた。さぞかし凶悪な笑顔に見えただろう。

 なんたって今の俺は、機嫌が悪い。


「お前ら、俺を誰だと思ってんだ?」

「あぁ?!」


 パチン

 指を鳴らして、涼都はニヤリと笑う。


「俺様だ」


 言って、目の前の男を払い除けて通り抜ける、と。


「「ぎゃあぁぁぁあっ」」


 背後で、複数名の野太い叫び声が響き渡った。

 あースッキリした。



*─────────────────*



「あいつらのせいで、時間ギリギリだったじゃねぇか」


 ぼやきながら、涼都はバスの窓から流れる景色を眺めていた。

 桜華学園行きの臨時バスである。これに乗るために、わざわざあんな通りを通ってあんな目にあった訳だが、さすがは天下の桜華学園。新入生のためにバスまで出すとは親切だ。親切すぎて逆に気持ち悪いが。


(ま、人があんまりいなくて快適でいいか)


 視線を辺りに巡らすと、自分を入れても5、6人しかいない。臨時バスは何本も通っているので、分散されているのだろう。この様子なら、学園に着くまで安眠出来そうだ。

 涼都は通路側の座席に置いたカバンに肘を乗せ、静かに目を閉じた。




うたた寝のつもりが、いつの間にか本気で爆睡していたらしい。


「もしもし、君」


 品のある、おっとりとした声が降ってきて、涼都は目を覚ました。

 顔を上げると、そこには茶髪の少年が穏やかな笑みを浮かべて立っている。背も高く、顔も整っていて、何だかいかにも育ちのいい王子風な外見だった。


「何?」


 起きた直後の、ぼんやりした頭をかきながら出た声は低く、かすれてしまった。その様子は、さながら無愛想な非行少年のようだったが、彼は上品な笑みを崩さない。


「ゴメンね。安眠中に起こしちゃって。でも、ここしか席が空いてなかったんだ。隣、いいかな?」


 その言葉に辺りを見回すと、片手で数えるぐらいしかいなかったのに、満席になっていた。

 どんだけ爆睡してたんだ、俺は。


「どーぞ」


 簡単に答えて隣に置いた荷物をどかすと、彼はにっこりと微笑み


「ありがとう」


 と言いながら腰を下ろす。

 その上品かつ優雅な身のこなしに、涼都はピンと来た。


(どっかの金持ちのご令息か)


 この見るからにキラキラした高貴なオーラに口調、間違いない。さほど興味もなく、涼都は胡散臭さそうに隣で微笑むその笑顔を眺めた。

 8割方、こういう笑顔を浮かべるヤツは何か裏がある。


(まぁ、俺には関係ないだろうから別にいいが)


 たいして彼に関心の無かった涼都は、そのまま目を閉じようとした。しかし


「君、名前は?」

「んあ?」


 いきなり尋ねられて、涼都は閉じかけた目を再び開いた。ねぼけた顔で見やると、彼は笑顔を更に深くして続ける。


「俺は設楽したら あずま。君は?」

「――御厨みくりや涼都」


 涼都は最小限、短く答えた。

 彼は、涼都の名前を聞いてやや目を細める。知っている家名と照らし合わせているのだろうが無駄だ。この魔術界において御厨の家名なんか存在しない。


(御厨は偽名だからな。それよりコイツ……)


 涼都は再度彼へ目を向けた。

 彼が着ている白のシャツに灰色の上着、黒のネクタイに灰地に黒のラインチェックのズボンは、涼都も着ている桜華学園の制服だ。

 そう、当たり前のようだが、彼も桜華学園の新入生。どうせ同じ学校なんだから、名前くらいどう転んだっていずれ知ることになる。


(それを、このタイミングで聞くということは)


 自己紹介のついでに、学園まで話して暇つぶそうってパターンか? だったら、俺を寝かせて欲しい。

 ケーキ屋では軽く軟禁されるわ、手荷物全部置いていけと絡まれるわで、既に散々な目にあっているのだ。


「…………」


 なんか思い出したら、疲れてきた。

 ため息をついて、涼都はチラリと隣へ目を向ける。――設楽したら あずま


(やっぱこいつ、お坊ちゃんだったな)


 魔術師の中にも、エリートしか出さない一流一門がいくつかある。その中でも特に知られているのが天城あまぎ設楽したら灰宮はいみや杞憂きゆうの四家だ。これを総称して、四大一門と呼ばれている。

 四大一門は権力、実力、全てにおいて他の一族を凌駕りょうがしている。その中でも特に天城あまぎは有名で、実質トップといってもいい。

 『設楽したら家』本家の名字ということは、こいつは設楽家直系のお坊ちゃんという訳だ。そのお坊ちゃんは花のような微笑みを向けた。


「じゃあ涼都」


 いきなり呼び捨てかよ。

 内心、ツッコミを入れた涼都だったが、次に東が言った言葉に、思考が停止した。


「崖から落ちたことってある?」

「はぁ?」


 いきなり本当に何を言い出すんだ、コイツ。

 そう涼都が思った時だった。

 バスが


「え?……う、嘘」


 という他の生徒の上ずった声にも止まることなく、


「ッギャヤャヤヤャャ!!」


 という悲鳴と共に――崖から転がり落ちて行ったのは。


 バスは真っ暗な谷底へ、それはもう真っしぐらに落ちていく。

 一瞬、この歳で俺の人生も奈落の底に叩き落とされた気分になった。

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