*1.Let's Go 桜華 ③
そして今、現在。
「あー……やっぱり、あんな賭けに乗るんじゃなかった」
「何ボヤいてんだ、お前」
「いいから、持ってるモンみんな出しやがれ!」
何だか、めちゃめちゃ面倒な事になっている――てゆーか。
「誰だ、お前ら」
涼都はさも面倒くさそうな表情で舌打ちした。せっかくケーキ屋を切り抜けたと思ったら、いきなりこれか。
バスに遅れたらどう落とし前つけてくれんだ、なんてケーキ屋を脅したから、一瞬ケーキ屋の差し金かとも思ったが……
「お前その制服! 桜華学園の者だろ?」
(どーやら全然関係ないみたいだし)
涼都は深いため息をついた。
ビビりまくった店長がケーキをタダでくれて『ちょっとラッキー』とか思ってたのに、気分が最悪だ。
もともとそんなに良くなかった気分が、一気に急降下した。
「ここ一帯は鳳学院、碓氷様のシマだぞ」
どこで誰だソレ。
(いや。鳳学院なら聞いたことはあるな)
確か鳳学院と言えば、桜華学園や桃園女学院と肩を並べるエリート男子校だ。しかし残念ながら、不良も多く治安が悪いので有名だ。
右から2番目のヤツが、ふんぞり返って言った。
「桜華の者がここを通りたきゃ、荷物全部置いて行くんだな」
せめて財布だけでよくね?
「今はいないが、碓氷様の役に立てるんだ。ありがたく思えよ」
だから碓氷って誰だ? つーか、この中にいないんかい!
(もう付き合ってらんねぇ)
フッと涼都は唇の端をつり上げた。さぞかし凶悪な笑顔に見えただろう。
なんたって今の俺は、機嫌が悪い。
「お前ら、俺を誰だと思ってんだ?」
「あぁ?!」
パチン
指を鳴らして、涼都はニヤリと笑う。
「俺様だ」
言って、目の前の男を払い除けて通り抜ける、と。
「「ぎゃあぁぁぁあっ」」
背後で、複数名の野太い叫び声が響き渡った。
あースッキリした。
*─────────────────*
「あいつらのせいで、時間ギリギリだったじゃねぇか」
ぼやきながら、涼都はバスの窓から流れる景色を眺めていた。
桜華学園行きの臨時バスである。これに乗るために、わざわざあんな通りを通ってあんな目にあった訳だが、さすがは天下の桜華学園。新入生のためにバスまで出すとは親切だ。親切すぎて逆に気持ち悪いが。
(ま、人があんまりいなくて快適でいいか)
視線を辺りに巡らすと、自分を入れても5、6人しかいない。臨時バスは何本も通っているので、分散されているのだろう。この様子なら、学園に着くまで安眠出来そうだ。
涼都は通路側の座席に置いたカバンに肘を乗せ、静かに目を閉じた。
うたた寝のつもりが、いつの間にか本気で爆睡していたらしい。
「もしもし、君」
品のある、おっとりとした声が降ってきて、涼都は目を覚ました。
顔を上げると、そこには茶髪の少年が穏やかな笑みを浮かべて立っている。背も高く、顔も整っていて、何だかいかにも育ちのいい王子風な外見だった。
「何?」
起きた直後の、ぼんやりした頭をかきながら出た声は低く、かすれてしまった。その様子は、さながら無愛想な非行少年のようだったが、彼は上品な笑みを崩さない。
「ゴメンね。安眠中に起こしちゃって。でも、ここしか席が空いてなかったんだ。隣、いいかな?」
その言葉に辺りを見回すと、片手で数えるぐらいしかいなかったのに、満席になっていた。
どんだけ爆睡してたんだ、俺は。
「どーぞ」
簡単に答えて隣に置いた荷物をどかすと、彼はにっこりと微笑み
「ありがとう」
と言いながら腰を下ろす。
その上品かつ優雅な身のこなしに、涼都はピンと来た。
(どっかの金持ちのご令息か)
この見るからにキラキラした高貴なオーラに口調、間違いない。さほど興味もなく、涼都は胡散臭さそうに隣で微笑むその笑顔を眺めた。
8割方、こういう笑顔を浮かべるヤツは何か裏がある。
(まぁ、俺には関係ないだろうから別にいいが)
たいして彼に関心の無かった涼都は、そのまま目を閉じようとした。しかし
「君、名前は?」
「んあ?」
いきなり尋ねられて、涼都は閉じかけた目を再び開いた。ねぼけた顔で見やると、彼は笑顔を更に深くして続ける。
「俺は設楽 東。君は?」
「――御厨涼都」
涼都は最小限、短く答えた。
彼は、涼都の名前を聞いてやや目を細める。知っている家名と照らし合わせているのだろうが無駄だ。この魔術界において御厨の家名なんか存在しない。
(御厨は偽名だからな。それよりコイツ……)
涼都は再度彼へ目を向けた。
彼が着ている白のシャツに灰色の上着、黒のネクタイに灰地に黒のラインチェックのズボンは、涼都も着ている桜華学園の制服だ。
そう、当たり前のようだが、彼も桜華学園の新入生。どうせ同じ学校なんだから、名前くらいどう転んだっていずれ知ることになる。
(それを、このタイミングで聞くということは)
自己紹介のついでに、学園まで話して暇つぶそうってパターンか? だったら、俺を寝かせて欲しい。
ケーキ屋では軽く軟禁されるわ、手荷物全部置いていけと絡まれるわで、既に散々な目にあっているのだ。
「…………」
なんか思い出したら、疲れてきた。
ため息をついて、涼都はチラリと隣へ目を向ける。――設楽 東
(やっぱこいつ、お坊ちゃんだったな)
魔術師の中にも、エリートしか出さない一流一門がいくつかある。その中でも特に知られているのが天城、設楽、灰宮、杞憂の四家だ。これを総称して、四大一門と呼ばれている。
四大一門は権力、実力、全てにおいて他の一族を凌駕している。その中でも特に天城は有名で、実質トップといってもいい。
『設楽家』本家の名字ということは、こいつは設楽家直系のお坊ちゃんという訳だ。そのお坊ちゃんは花のような微笑みを向けた。
「じゃあ涼都」
いきなり呼び捨てかよ。
内心、ツッコミを入れた涼都だったが、次に東が言った言葉に、思考が停止した。
「崖から落ちたことってある?」
「はぁ?」
いきなり本当に何を言い出すんだ、コイツ。
そう涼都が思った時だった。
バスが
「え?……う、嘘」
という他の生徒の上ずった声にも止まることなく、
「ッギャヤャヤヤャャ!!」
という悲鳴と共に――崖から転がり落ちて行ったのは。
バスは真っ暗な谷底へ、それはもう真っしぐらに落ちていく。
一瞬、この歳で俺の人生も奈落の底に叩き落とされた気分になった。