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Black*Hero  作者: 沙槻
第1幕 第2章
35/58

*2.愛と美の神、降臨 ⑤


「でもここの食堂って、銅以上はタダになるからいいよね」


 それには涼都も大いに賛同だ。

 この学園内で銅……ブロンズカードから上というのは、教職員であり、食堂、売店では支払いが免除されているらしい。まぁ、後でまとめて給料から天引きしているとも言えるが。


 しかし、それだと銅、銀、金、黒を持つ生徒も当てはまってしまうのだが、そこは成績優秀なご褒美ということで黙認されているらしい。まぁ涼都はどちみち特別枠の特待生らしいので、金銭面は全て免除になるから関係ないのだが。


「それにしてもホンットにこの学園、隅から隅まで金かかってるよな」


 凝ったアンティーク調の椅子やらテーブルに目をやると、東は首を傾げている。


「そう? こんなの俺の家にもけっこうあるけど」

「てめぇそれ自慢してんのか」


 そりゃ四大一門は名家中の名家だから、中世の城みたいな家なんだろうけど。


「今度、君を家に招待でもしようか。俺の親友として」

「誰が親友だよ。完全にふざけてんだろ」

「じゃ友達」

「…………誰が?」


 憮然とした顔から一転、真顔で真剣に尋ねた涼都に東は『え~』と不満そうな声をあげる。涼都も不満そのもので息をついた。


(コイツに友達認定されるなんて絶対嫌だ)


「涼都って本当に照れ屋だよね」

「今度はお前の顔面にケーキ投げるぞ」


 いや、東なら階段から蹴り落とすぐらいやっても構わないな。


(よし、今度やってみよう)


 そう涼都が心の中で危険な決意を固めた時。

 ふと、東が立ち止まった。


「どうした? 買い忘れでもしたか」


 つられて足を止めた涼都は続けて『急に止まんなよ』と文句を言いかけたが、東の視線を追ってやめた。東同様、そこへ視線を定めたまま、涼都は文句の代わりに東へ問う。


「なんの騒ぎだ?」


 涼都の左側遠方、ちょうど券売機の近くに人だかりができていたのだ。

 涼都の問いには答えずに、東はいつもの笑顔のまま騒ぎの中心を探るような眼差しで見つめている。対して、涼都はつまらなさそうに視線を向けているだけだ。何せ、聞こえるのは男女の怒鳴り声である。


(どうせアレだろ、アレ。別れるとか別れないとか浮気がどうとか)


「痴話ゲンカか? アホらし……行くぞ」


 嘆息して歩き出した涼都に、東も後を追うように足を踏み出した。どんな騒ぎだろうと、外野の涼都や東が口を出すようなモノではないだろう。

 そう思ったのだが。


(――……ん?)


 ピタリと涼都は立ち止まった。

 あまりにも急に止まったので後に続いた東が、涼都にぶつかりそうになったが気にしない。


(この気配、それにこれは)


 涼都は目を細めて再び人だかりに視線を投げた。


「魔術を使った形跡が残ってるな」


 ほんの少し引っかかる程度だが、この独特な違和感は魔術のものだ。東もそれを感じ取ったらしい。


「そう言われてみれば、確かに」


 どうやら、ただのケンカではなく魔術が絡んだケンカのようだ。よく聞けば内容も痴話ゲンカっぽくなさそうである。放っといて、このままランチタイムに突入してもよさそうなものだが。

 涼都と東は一瞬、視線を合わせ、同時にそこへ向かい始めた。


「ホント、この学校っていろんな騒ぎがあって楽しいな」

「そうだろうね。君、いま心の底から面白がっている顔してるよ」

「そう言う東も興味津々だろうが」

「まぁ否定はしないけど。マズい展開になったら止めに入りなよ? 恋愛と美の女神さん」


 そこで涼都はピタリと足を止めると、東に鋭い視線を向けた。


「――東、俺はそんな命名は認めねぇからな。次言ったら頭はたくぞ」


 声のトーンが落ちた涼都に不吉なものを感じたのか、黙って東は涼都から視線を逸らす。

 息をついて、涼都は騒ぎの中心へと真剣な目を向けた。



*―――――――――――――――――*



 灰宮がやっとのことで野次馬をかき分けると、身長が高くスラッとした美人である友達、遠子とおこが怒り狂っていた。


「なんなの、あんたたち! いたいけな後輩から金ふんだくるなんて、先輩の風上にも置けないわね!」


 鬼の形相で叫ぶ遠子の前には、嘲笑を浮かべる上級生が数人、後ろには1人の男子生徒が倒れている。


(……そうことね)


 その光景に灰宮は状況を理解した。どうやら、遠子はあの倒れている男子生徒が上級生に絡まれているところを助けたらしい。

 灰宮は複雑な表情を浮かべた。彼女はどうも正義感が強すぎて困る。相手は先輩、遠子は1人で女の子なのだ。しかも普通のケンカならまだしも、魔術が使える上級生相手では勝手が違う。いくらなんでも相手が悪すぎた。

 灰宮は気を引き締めて、足を踏み出す。


「あなた達、何をしているんですか?」


 その静かな灰宮の声に遠子はハッとしてこちらに目を向けた。


「千里」

「ここは食堂です。あまり騒ぎ立てるのは、周りの迷惑になると思いますが」


 柔らかい口調、柔らかい笑顔でそう言った灰宮にまず反応したのは遠子だ。

 遠子は自分の後ろに倒れている男子生徒を指差す。


「この人に、こいつらが強引にたかってたのよ! しかも断れば魔術で攻撃するなんて!」


 それは全面的に上級生が悪い。しかし彼らはそうは思っていないようだ。


「俺たち先輩に逆らうのが悪いんだよ」


 にやにやと笑って言った上級生達に、遠子はいまだに倒れたままの男子生徒をかばうように立ちはだかる。

 灰宮はその隣で上級生にそっと視線を向けた。


(バッチからして2年生ね)


 それなら、まだ灰宮でも何とかなるかもしれない。

 厳しい遠子の視線と灰宮の静かな視線を受けて、上級生達は一瞬ひるむ、が。彼らは笑みを浮かべて顔を見合わせると、その中の一人が手を軽く振った。


(魔術?!)


 認識すると同時、灰宮はとっさに遠子をかばって前に出た。その瞬間、手の甲に鋭い痛みが走る。


「痛っ……」


 見れば、左手の甲が切れてうっすら血が出ている。風の魔術だ。

 灰宮が黙って傷を観察していると、遠子がキレた。


「あんたら本当に最低! 女のコに傷つけるなんて! もう許さな――」

「ごめんね」


 遠子の言葉を遮ったのは灰宮ではなかった。

 すっと1人の男子生徒が灰宮と遠子をかばうように前へ出て来る。


「俺のせいで怪我させちゃってごめん。俺は大丈夫だから早く保健室行って」


 そう、こちらへ申し訳なさそうな顔をしたのは、先ほどまで倒れていた第一被害者の男子生徒だった。彼は平気そうな顔で先輩に向き直るとにこやかな笑顔を浮かべる。


「先輩、お引き取り願いますか?」


 その態度に上級生達は明らかに顔をしかめた。

 灰宮は危ないと直感する。彼らはまた傷つけるつもりなのだ。それも魔術で。

 上級生には見えないように、後ろ手で灰宮は護符を取り出した。


「何、先輩にそういうこと言っちゃうわけ?」


 そう言って手を動かした人数に灰宮は思わず苦い表情を浮かべる。


(二人がかり。この護符で防ぎきれるかしら)


 いや、何がなんでも防がなければ怪我人が増えるだけだ。灰宮は飛び出すタイミングをはかって、全神経を研ぎ澄ます。

 その時だった。


「東! てめぇ何しやがんだ!?」


 と、聞き覚えのある声が聞こえたと共に、突然、影が落ちる。

 思わず全員が上へ目を向けると……



 トレーが宙を舞って飛んでいた。しかも、昼食が乗ったまま、それはこちらに降ってくる。



「「ぎゃぁぁああぁ!」」



*─────────────────*



 現在のこの状況を、涼都はいまいち理解出来ていなかった。結構強い魔術が発動するかと思ったら、いきなり東がトレーを投げたのだ。しかも笑顔で。

 そんな凶行を理解出来るはずもない。


「お前、今投げたやつ昼食乗ってなかったっけ?」


 涼都は半ば呆然として東に尋ねた。疑問より確認の要素が強いこの質問に東は笑顔で頷く。


「そうだね。乗ってたよ」

「で、それをぶん投げたんだよな?」

「うん。投げたね」

「……誰かに当てた音が聞こえたんだがちなみに何乗ってた?」

「アツアツのうどんと石焼きビビンバ」


 俺がビビンバで東がうどんな―…って違う! そうじゃなくて!

 涼都は大きく舌打ちした。


「お前、何やってんの!」


 昼食乗ったトレーごと人にぶん投げるなんて正気か、こいつ。

 東は相変わらずムカつくほど笑顔だ。その笑顔がいつもより輝いて見えるのは気のせいなんかじゃないだろう。


「何って、君のマネだけど? 大丈夫、大丈夫。死にはしないさ」

「大丈夫な訳あるかぁあぁああ!」


 何を根拠に大丈夫だなんて言葉が出るのか不思議でならない。


「石焼きビビンバぶっかけたら火傷どころか殺人行為だよ! しかもマネって何?! 俺がやったのより数十倍酷いんですけど!」


 確かに俺はケーキを杞憂に顔面ヒットさせたことがある。だけどあれはケーキだし、拭けばいい問題であって東のように服もご飯まみれで、尚且つ火傷でもするような酷いことでは決してない。

 一緒にしないで欲しい。

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