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Black*Hero  作者: 沙槻
第1幕 第2章
32/58

*2.愛と美の神、降臨 ②


 里見さとみに会った。


 その言葉に、鳴海はピクリと反応する。里見さとみといえば、この学園の教師では一人しかいない。


「里見って、あの里見先生?」


 一応、確認の意を込めて鳴海が尋ねると、荻村は嫌そうな顔で頷いた。

 そうか、あの里見か。鳴海はなんとも言えない表情で、苦笑する。


「あ―……俺あの人苦手なんだよね。荻村が機嫌悪いのってそれ?」


 荻村は頷いてタバコを取り出した。


「朝っぱらから、いろいろつっかかってきやがったんだよあの野郎」


 まさに思い出すだけでムカつくんだろう。何せ、荻村が研修中の時から、里見とは折り合いが悪い。

 荻村はぐしゃっとタバコの箱を握り潰した。中のタバコはまだ吸えるんだろうか、などと、どうでもいいことを考える。


「しかも、うちのクラス担当で歴史だ。あいつ、もう御厨に目つけてるみたいだな」


 荻村は忌々しく言いながら、タバコの煙を吐き出す。鳴海はそれを黙って聞いていた。


「御厨はあんな傍若無人で自信過剰で偉そうだが、一般常識と節度は保っている(と思う)。礼儀というものは多分持ってるだろうし、自分の力に酔わない……自分自身をしっかり持つタイプだ」


 鳴海は荻村の言葉にへぇと感嘆の声をもらした。


「まだ入学式からそんなにたってないのによく理解してるんだな」


 荻村はそれには答えずにタバコをふかす。


「とにかく、御厨と里見はそりがあわねぇ。断言したっていい。そのうち絶対、アイツら何かやらかすぞ」


 『あー面倒くさっ』ともらした荻村に、鳴海は笑みを浮かべた。なんだかんだ言ったって結局は生徒のことを心配しているのだ。


「お前マジで先生向いてるぜ」


 鳴海がそう言うと、荻村は嫌そうな顔をする。


「やめろよ、面倒くせぇ。もう最近息するのすらめんどいんだよ、俺」


 それはマズいと思う。

 御厨だったら『じゃあ一回死んでくるか』くらい軽く言いそうだが


「まぁとにかく里見には要注意だな」


 と、鳴海は簡単に締めくくった。



*─────────────────*



 朝の、一限目が始まる前の休み時間。1―Fの我が教室で杞憂は頭痛を覚えた。


「杞憂さん、聞きましたぁ? この前、財布取り返すの手伝ったくれた、あの綺麗系な顔の人──御厨くん、ブラックカードらしいんですよ!」


 犬なら尻尾をぶんぶん振り回していたであろう藍田は、杞憂に笑いかけながら、そう報告した。それを、杞憂は自身の席で腕を組み、半目で机上の物体を眺めて聞く。

 藍田は、席に座る杞憂の机の前にしゃがみ込み、机に両手を掛けて顔だけ覗かせていた。その姿は、やはり小型犬のようだ。しかし、問題はそこじゃない。

 杞憂は机上のソレを指さした。


「藍田。それ以前に、お前は違うクラスなのに、どうしてさも当然のような顔で俺の教室にいるんだ。そして、この机の上の物体は何だ」

「えへへーこの前、杞憂さんから、りんごもらっちゃったじゃないですか。だから、お返しにデコポン持ってきたんですよ」

「デコ、ポン……だと?」


 これが?!と、杞憂は目を見開いて机上の物体を見つめた。

 オレンジ色の、人の拳より大きめで頂点にこぶがある丸い果実は、確かにデコポンに見えなくもない。けれど、それが大きな口を開けて舌を伸ばし、呻き声を上げているとなると、もはや別の生命体である。

 ゴォオオォというデコポンからのデスボイスに、杞憂の周りから離れた所でクラスメイトがひそひそ話して、こちらを見ている。


「魔界産のデコポンなんですよ。おデコから、デコポンが1時間に1回生まれるんです。ちょっと断末魔の悲鳴上げますけど、お昼には皆で1個ずつ食べれるぐらい増えるかなーって。たまーに、爆発するんですけど、その果汁が結構おいしいらしいんです」

「直ちに持って帰れ。そして捨てろ。二度と持ってくるな」


 ダン、と机を叩いてデコポン(魔界産)を石に変えた杞憂は、クラスメイトの安堵の声と藍田の残念そうな悲鳴を聞いて額を押さえた。朝から疲れること、この上ない。

 ため息をついて、杞憂は窓の外へ視線を投げた。


(ブラックカード、か)


 実を言えば、それは昨日から知っている。杞憂は既に学園内や寮内に情報網を張り巡らせ済なのだ。大きなニュースから、噂程度のことまでお見通しである。

 御厨のことを聞いたときこそ、驚愕にしばらく声も出なかったが、反面、納得もしていた。


 あぁ、アイツはそういうやつだったな。


 杞憂は低く喉で笑い、唸るようにつぶやいた。


「俺のように上手く隠せばよかったものを。馬鹿なやつだ」


 “学園”に囚われても、知らないからな。



*─────────────────*



 1限目、魔術。

 まだ始まるまで、少し時間がある。先ほどあみだを作っていたクラスメイト達は、今では魔術の話題で持ち切り……と思いきや、今度は違うことに白熱していた。


「いいか。魔術は荻村と鳴海、錬金は荻村、武術は鳴海が担当だ。それを除けば残る授業は魔学と薬草学、歴史の3つしかない」

「そうだ、そこに俺たちはかけている」

「絶対に女、女、男だ!」

「いいえ! 男、女、男よ」


 どうも、担当教師の性別を予想しているらしい。

 男子達は力強く主張した。


「すでに魔術、錬金、武術は男で決まってんだ! 後の残り3教科とも女教師じゃないと割に合わない!」


 さすが、男子高生らしい言い分だ。下心丸出しである。しかし、女子も負けていない。


「それなら、私達だって残り3教科とも男教師がいいわよ! しかも全部種類の違うイケメンを希望!」


 これも、女子高生らしい意見かもしれない。

 ここまでくれば、どちらもいっそ清々しくさえ思う。つーかコイツら本当に何やってんだ。

 涼都は呆れて自分の席から、その討論の様子を眺めていた。クラスメイト達から視線は外さず、涼都は隣の席に呼びかける。


「……なんか用?」


 さっきから、東がこちらに笑顔を向けていたのは、視線と空気でわざわざ見なくともわかる。どうでもいいけど、無言で微笑みかけるのは止めて欲しい。気持ち悪いから。


「せいぜい死なないように気をつけなよ」

「……………」


 涼都は思わず、クラスメイトから東に視線を向けた。そこにはいつもの笑顔があるが、内容が何か怖い。


(何、それはアレか? 気をつけないと俺がお前を殺しちゃうぞ☆ みたいな)


 涼都は真剣に尋ねた。


「殺人予告かなにか?」

「そうかもね」


 肯定しちゃったよ、この人。

 涼都は思わず眉をひそめた。こんな堂々とした殺人予告は初めてだ。いや、こんなの何回もあったら困るけど。

 果たして流すべきかどうか涼都が考え始めると、東が笑って付け足した。


「勘違いしないでね。俺は君に警告してるんだよ」

「警告?」


 昨日から忠告だとか警告だとかこの学校はそんなんばっかりか。うんざりした涼都に東は続けた。


「そう、警告。この前、君に言った話は覚えてるかい? 儀式の前に言ったやつ」

「あーハイハイ。あの出る杭は打たれるって話な」


 東が涼都の部屋に不法侵入をした時のアレである。テストとかでは嫉妬のあまり潰さるとかどーのこーのという話。


「それね。テストの時期が一番多いけど、普段の生活でもよくあることなんだよ」


 なんかシリアスゾーンに入ってきたな。

 涼都は黙って先を促した。


「設楽家でも才能への嫉妬からか、授業中に事故に見せかけて先生に殺されちゃった人いたから」

「………………」


 今恐ろしいことサラッと言ったぞ、こいつ。

 引いた涼都に東は微笑んで締めくくった。


「俺もゴールドだしブラックの君はもっと注意しないとね」


 俺はそんなことを笑顔で言うお前に注意しないといけないと切実に感じられたんだがな。

 なんとも言えない表情の涼都に、東は『ね』と小首を傾げるが1マイクロも可愛くない。

 そこで、ついに白羽の矢が立った。


「御厨と設楽はどうすんだ。どっちにどれだけ賭ける?」


 涼都と東はそろって前の黒板に目を向ける。するとそこではクラスメイト全員参加の賭けが始まっていた。


『担当教師の性別当てよう! ウキウキれーす★』


 黒板に書かれたポップな字に、東が珍しく笑顔のまま固まる。


「誰だこのセンスの悪いタイトル考えたの」


 思わず突っ込んだ涼都に『だよね~』と大爆笑が巻き起こるが、結局主犯は誰なのかわからない。


(しょうがねぇな)


 参加してやるか。

 黒板に集まるクラスメイトの元へ歩き出した涼都に仕方なく東も席を立った。


 賭ける番号は1から4まで、

1、男男男

2、男男女(順番は関係無し)

3、男女女(順番は関係無し)

4、女女女

 と、全てのパターンが網羅されていた。


「まぁ、俺達男子の希望は4だけど実際なさそうだしな」


 そう言ってため息をつくのはさっき猛然と男子高生の主張をしていた方で、女子高生の主張をしていた方も肩をすくめている。


「そうよね。1だったらこのクラス担当教師はみんな男になっちゃうし……それもなさそうよね」


 確かに、1も4も可能性としては低そうだ。普通に考えてあり得そうなのは2か3。

 涼都がどれにしようか黒板を見ていると、東が尋ねた。


「でもこれ当たったら何かあるの?」


 その東の疑問に声を上げたのはクラスメイトでも、もちろん涼都でもなかった。


「あみだの次は賭けかよ。ホンットお前ら平和だな」


 授業に来た荻村と鳴海だ。荻村は疲れた表情でうんざりしているし、隣の鳴海は何だか楽しそうに黒板を見ている。

 そんな彼らの登場に、クラスメイトと俺達の行動は早かった。すさまじい速度で黒板を消して、ガタガタと音を立てながら着席する。わずか5秒で美しくなった黒板を前に静かに座る生徒達、そして笑いかける東。


「あ、先生。いらっしゃったんですか」


 まるで何事もなかったかのような振る舞いに、荻村と鳴海も唖然としていた、が。深くため息をついて荻村は弱々しく言う。


「魔術の授業っつっても、最初はHRの延長で自己紹介から始めようとも思ったんだがな」

「必要なさそうなくらい仲がいいな、お前ら」


 うなだれる荻村と笑顔の鳴海、まるで正反対な二人の様子だが涼都は少し違和感を感じた。


(ちょっとピリピリしてるような)


 二人が何か警戒しているような気がしたのは、気のせいだろうか。

 とにもかくにも、1限は無事に始まった。

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