*1.Let's Go 桜華 ②
喫茶店『ロマンニエ』
涼都の通う中学校に一番近いこの喫茶店は、さびれてはいるものの、マンモス校である学園が近くにあるためか、それなりに繁盛しているようだった。
扉からすぐの席に座った涼都は、頼んだ紅茶を口に運んだ。
「なるほどな。つまりアンタは桜華学園の教師で、たまたま俺の地区に推薦状を届けに来た、と?」
その言葉に、目の前の席に座った男は人懐っこい笑みを浮かべて肯定する。
「そうそう。あ、ちなみに僕はミズキといいます。君が僕の探し求めていた人だったなんてビックリだよ」
「まるで運命の恋人みたいな言い方しないでくんない? 俺はお前が教師だって方がビックリだよ」
間髪入れずにそう返しながら、涼都は勝手に脳内で水木と字を当てる。だいたいミズキといえばこの漢字だろう。
「はい。これが、うちの学校の推薦状。僕はしっかり届けたからね」
言いながら水木はどこから出したのか、白い封筒を涼都の目の前に置いた。
「………………」
涼都は無言で封筒を見つめる。普通の封筒とは少し紙の質が違っている推薦状は、まるで厚紙のようなしっかりした紙だった。
黙って目を細めた涼都に、水木は更に続ける。
「しかも君はめったに出ない学費全額免除の特待生だよ」
「――――へぇ?」
涼都は軽く挑戦的な笑みを浮かべて水木に目を向けた。
「まぁ、この俺を学園に引っ張り込もうってんなら当然だよな」
「君のその自信はどこからやって来るのさ」
軽口を叩いた涼都に、水木は少々呆れたように呟く。まぁそれはキレイに無視するとして、涼都は封筒をひっくり返して宛先を確認した。
『御厨 涼都様』
眉を寄せた涼都に気付かず、水木は言った。
「制服は後一週間ぐらいで届くし、教科書とかの必要なモノは――」
「俺は行くつもりはない」
「へ?」
あまりに予想外な事だったのだろう。
マヌケな声を上げた水木に涼都は言った。
「誰が通うと言った? 俺は辞退する」
「……理由、聞かせてもらえるよね?」
さすがに真面目な表情になった水木に、涼都はフッと鼻で笑った。
桜華学園といえば、名門中の名門校。どんなに頭がよくても桜華学園だけは受からない可能性があるとまで言われる学校である。普通ならば断る理由など毛程もない。むしろ泣いて喜んだっていい。
しかし、涼都は嬉しいどころか面倒そうに顔をしかめた。まるでこの話は終わりだとでもいうように席を立つ。
あっけにとられる水木を見下ろしてアッサリ言った。
「俺は俺の道を進む。なにより、今更その学校に通う意味がない」
少々おどけて言う涼都に水木は含みのある笑みを向けた。
「そうかな。意味はあると思うよ?」
「………………」
涼都は苦い表情で水木を見るが、水木は涼しい顔で笑っているばかりで言葉の真意はつかめなかった。
涼都は諦めてため息をつく。
「俺は帰る。あっちのカタもついたしな」
封筒には目もくれずに涼都は水木に背を向け、歩き出した。
「そのままじゃつまらないよ」
「あ?」
歩みを止めて振り向いた涼都に水木は笑いながら涼都を追い越し、店のドアを開けた。そこには何人かの黒服の男が倒れている。
水木は開けっ放しのまま涼都に目を向けた。
「僕これでもちょっと偉い方でね。僕への追っ手にカタをつけてくれたのは君だろう?」
思わず舌打ちする。
涼都は水木に道で倒れていた理由を聞かなかった事や訳アリだと言った事、『カタもついた』などと口にした事をおおいに後悔した。
「お前……本当にただの教師か?」
見透かそうと鋭い視線を向けた涼都に、水木は意味深な笑みを浮かべる。
「稀代の天才魔術師、御厨涼都くん。僕はどうしても君に入学してもらいたい。桜華魔術学園に。どうだい?」
水木は再度、涼都に白い封筒を差し出した。
「僕に賭けてみない……?」