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Black*Hero  作者: 沙槻
第1幕 第1章
29/58

*1.兎?いいえ、宇崎です ⑧


 あぁ、そうですか。

 そう言わんばかりに脱力した水木はやや間を置いて、涼都に向き直った。


「わかった。それは僕が何とかしよう。全く……ホントは実力を直に確認するのもあったし、君もカードの色を工作してあげようと思ってここに呼んだのに」

「そりゃどーもご苦労さま」


 1㎜も気持ちのこもってない涼都の言葉に、水木は更にため息をついた。もし、涼都が望むならカードを白や緑程度の目立たない色に偽装してくれるつもりだったらしい。なにしろゴールドの東がいるのだから、涼都が緑でも青でも宇崎レベルの赤でも誰も気に止めないだろう。目立たない方が涼都にもいいはずだ。

 だが、残念なことに涼都はそういう性分じゃない。


「俺、派手な方が好きなんで」


 軽く笑って流した涼都は、帰ろうと踵を返した。水木も余計な仕事が増えたのだからもう涼都に用はないだろう。しかし、水木は涼都を呼び止めた。


「御厨君」


 ドアノブをつかんだまま、涼都は振り返る。そして少し、驚いた。

 水木は見たこともないほど真剣な顔で、真っ直ぐ涼都を見ている。


「確かに、君の言う通り学園に招いたのは僕だからね。君が少しでもいい学園生活を送れるように忠告しておくよ」


 忠告。

 その単語に涼都も笑顔を引っ込めて水木を見る。水木はそっと低くささやいた。まるで、秘め事のように。


「この学園と設楽東には深く立ち入らない方がいい。少しでも長く平和に生きたいなら」



*―――――――――――――――――*



「意味わかんねー」


 涼都は教室へ続く、誰もいない長い廊下を歩きながら息をついた。忠告してくれるなら、もっとわかりやすく言って欲しいものだ。


(深く立ち入らない方がいいって)


その深く立ち入らない方がいい学園に俺を呼んだのは、まさに水木なのだが。一体俺にどうしろというのだアイツは。


「そう言われると、立ち入りたくなるよなー」

「あら、何のお話かしら」

「この学園というよりか、理事長がいかに腹ぐろ……い…………って。灰宮」


無意識に会話しかけて我に返った。

教室までの帰り道、長い廊下の途中に灰宮が窓際に佇んでいた。窓からの夕日の光を受け、灰色の髪がキラキラと輝いている。その輝きを綺麗だなーと思いつつ、涼都は少し驚いていた。

水木の暗号じみた忠告のせいで、悩みすぎて全然近くを通るまで、というか声をかけられるまで気が付かなかった。その涼都の表情を見て、灰宮はくすりと笑う。


「ちょうど、涼都さんの教室の近くを通りかかったものだから。今朝のこともあるし、お話しようかと思って」


そうこともなげに言う灰宮は『今通りました』という顔で笑っている。しかし、周りに他の生徒が誰もいない現状を見るに、それは真実でもないだろう。


「もしかして随分と待たせ――うわっ!」


遮るように途中で何かを放られて、涼都はとっさにキャッチする。すると、それは真っ赤なリンゴだった。その、確かな固い感触と芳香に、涼都は目を瞬またたいた。


「……なんで、リンゴ?」

「涼都さんにソレ投げつけたの、杞憂だったわ。何でも、本家から大量のリンゴが送られたとかで。食堂への寄付の帰りに私達を見かけたみたい」


なんとなく読めてきた涼都は、不快に顔を歪めた。


「ほー……それで助け舟を出したはいいが、うっかり俺の頭に向かっていったと?」

「そう。当たれば清々したのに邪魔するなって怒られちゃった」


それは多分、杞憂にとってのついでが助け舟であり、本当は涼都に投げつけるのが本命だったからなのではないだろうか。

まぁ、なにはともあれ。


「追いかけてくれて、ありがとうな。杞憂相手の追いかけっこじゃ、儀式に間に合わなかったんじゃないのか? そのまま魔術バトルに発展したりとか」


なにせ、初対面でいじめっ子をいじめてたヤツである。灰宮相手に手を抜くような人間でもない。そんな涼都の懸念に、灰宮は穏やかに笑ってみせた。


「こちらこそ、上級生の相手をさせてしまって申し訳ないわ。でも儀式にも間に合ったし、バトルもしてないのよ。涼都さんが、心配することは何もないの」


ここに杞憂がいたなら「心配されるべきはター〇ネーターのごとく追い回され、魔界の蝶々の餌になりかけた俺だ!!」と主張しただろうが、それは涼都には知らぬことである。

それより、灰宮と会った今朝の状況を思い出して、ふと疑問がわいた。


「そういえば、何で灰宮はあんな所にいたんだ?」


一年校舎といっても外で、灰宮は内履きを履いていた。近くにあった非常口から出たのだろうが、どうして外へ出たのか。

首を傾げた涼都に、灰宮も少しだけ表情を曇らせた。


「たいしたことじゃないんだけど……裏の林に誰かが入っていくのが見えたの。あの場所、魔獣が出たばかりだし、少し気になって」

「誰かって、生徒か?」

「いいえ。私服だったし、教師だと思うわ。金髪で……あ、ほら、昨日、涼都さんや東さんが話していた副担任の先生じゃないかしら」

「鳴海が?」


今朝の鳴海といえば、元々ラビリンスだった学園の迷路を、更に迷宮入りにたたき落とした説明を涼都にしたばかりである。


(代理で急いでるって言ってたし、代理なのって2年校舎だっけか)


どこの代理だったかは忘れたが、とにかく1年校舎ではなかったような気がするし、あそこを通った方が校舎移動の時間が短縮できるのかもしれない。


「涼都さんこそ、どうして窓から降ってきたの?」

「あの時の事情説明で、学園長と理事長から学園長室に呼ばれてたんだ。あと、お願いだから一緒にいた変態のことは訊かないでくれ、というか忘れてくれ。リンゴやるから」


宇崎自体は悪いヤツじゃないが、半裸と行動していたのを思い出すだけでぞっとする。

自分の物ではない、むしろ灰宮が持ってきたリンゴを差し出した涼都に、灰宮は素直に頷いて手を伸ばした。そして、両手で包み込むように、リンゴごと涼都の手をぎゅっと握る。驚いて顔を上げた涼都に、灰宮は真剣な顔で言った。


「涼都さん、あの人――理事長には、気をつけて。絶対に、隙を見せちゃダメよ。この学園は、危険だわ」


『この学園と設楽東には深く立ち入らない方がいい。少しでも長く平和に生きたいなら』


理事長の忠告が蘇って、涼都は灰宮を見つめた。なんで灰宮が。どうして、そんなことを言うのか。

訊きたい言葉は、淡く儚げで、どこか哀しそうに微笑う灰宮の顔に、喉の奥に消えた。訊いても、きっと答えは返ってこない。

代わりに、涼都は全く違うことを尋ねた。


「ところで灰宮、怪我してないか?」


すんっと鼻を鳴らして尋ねた涼都に、灰宮は一瞬きょとんとして、可笑しそうに笑う。


「怪我なんてしてないわよ。涼都さんったら、心配性なの?」


そう悪戯っぽく笑った灰宮の微笑みは、まるで花が咲いたように美しかった。そこに、嘘も偽りもない。ならば


どこからなのだろう。


一瞬、血の匂いがした。


涼都は開いた窓の外――学園へ目を向ける。そこには、まるで血をこぼしたかのように赤い夕日が佇んでいた。




*―――――――――――――――――*




 変な手紙を机にダイレクト投函されたり、魔獣じみた魔界の兎に追いかけられたり、まぁ散々な日々だったが、更にまた謎が増えた気がする。

 水木といい灰宮といい、暗号じみた忠告でも流行ってるのかここは。肝心なところが、すっぽりと抜けていて、どうにも訳がわからない。


 たどり着いた教室の前で、涼都は深く息をつく。


(第一、東に関わるなって言われてもな)


 東の笑顔を思い出しつつ、涼都は教室の扉を勢いよく開けた。その瞬間、視界に飛び込んで来たのは。


「やぁ涼都、長かったね」


 たった今思い出した笑顔の東が、そっくりそのまま目の前に立っていた。


『設楽東には深く立ち入らない方がいい。少しで(略)』


 あの理事長は、忠告までしなければ涼都が東に立ち入るとでも思っているのだろうか。涼都はまじまじと東を見た後、ため息と共に大きく肩をすくめた。


「ナイな、それは無い」


 こんな胡散臭い人間、頼まれたって深く関わりたくない。


「……いや、無いって何が?」

「気にすんな。こっちの話」


 涼都はあっさり流して教室の扉を閉めた。


(にしても、何かコイツに会うの久しぶりだな)


 いっそのこと永遠に会えなければいいんだが。いや、それ以前に。


「お前何でまだここに残ってんの? もう儀式終わったんだろ」


 やや夕日で赤く染まりつつある教室にいる生徒は東しかいなかった。その他に教室にあるものと言えば、机とイスに黒板、教卓、ロッカーに荻村と鳴海ぐらいである。

 涼都の中で勝手に風景と化した荻村は、窓際でタバコをふかしつつ、ちらっと視線を投げた。


「帰って来たか。早く荷物持って寮に帰れ。教室の施錠出来ないから」


 要するに、鍵掛け当番の迷惑になったらしい。


「言われなくても帰るって」


 机に乗ったカバンを持つと、東が先ほどの涼都の質問に答えてくれた。


「一応、君に用事があってね」


 どうせろくでもない用事に違いない。適当に流そうと思ったが、そこで口を開いたのは鳴海だった。


「学園長室には無事、着いたか? 設楽から事情は聞いたけど昨日はホントに大変だったな」


 正直なところ、鳴海の説明で学園長室には辿り着けなかったのだが、まぁいい。涼都は頷いた。


「確かに昨日はハードだった。荻村がタバコ吸って優雅な時間を過ごす間に、俺達は魔獣と闘ってたわけだし」

「待て。それじゃ俺がろくでなしみたいじゃねぇか」


 慌てて荻村が割って入るが、たいして事実と相違ないだろう。一応、東が尋ねた。


「では、あの騒ぎの間、先生は何を?」

「パイプ椅子に座って、温かく生徒を見守っていた」

「要するに、ずっと椅子に座ってただけだろ」

「まぁそうとも言う」


 しれっと答えて、荻村は開いた窓の外に煙を吐き出す。その隣で、何やら書類の束を持つ鳴海は爽やかに笑った。


「ところで御厨はカード何色だったんだ? 荻村とは魔術師の色に変わるんじゃないかって言ってたんだけど」

「あぁ、黒だ」


 言いながらカードを見せた瞬間、東を含め全員が真顔になった。

 一番反応が早かったのは荻村だ。初めて見る真剣な顔で目を見開いている。


「な…嘘だろ。古代魔術が使――」

「えええぇぇぇっ!」


 荻村よりやや遅れた驚愕の絶叫を鳴海は上げるが。


「鳴海。書類、窓から落ちたけどいいのか?」


 鳴海が先ほど持っていた書類の束が、今では窓の外をひらひら舞っている。その落下地点は、池だ。


「わーっ! コピーとってないのに!」

「拾え! 今すぐダッシュで拾って来い!」


 何故だか、一瞬で混乱に陥った担任と副担任だった。

 これって俺のせい?

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