*1.兎?いいえ、宇崎です ⑦
水木は、涼都を真っ直ぐ見ている。まるで、涼都の反応や感情を探るように。
「君は、幼い身でありながら、知識も魔術もすでに郡を抜いていた異端児。そして、何故か三年前に一族の前から姿を消した少年。四大一門筆頭、天城家の次期当主──天城涼都」
「…………」
沈黙の後、涼都は嘆息した。
「脚色し過ぎだ。俺はそんないいもんじゃなかったよ。つーか、まず頭に元を付けろ。元・次期当主。俺はもう、あんな堅苦しい家とは縁切ったんだよ」
天城家は涼都を『次期当主』としたものの、ある事情から名前も性別すら他の家に公表することはなかった。今の水木の話では、その『次期当主』が涼都だったと知っているだけだ。
涼都は低い声で水木に問うた。
「で? 知ってるのは、それだけか」
それなりに真剣にきいた涼都に、水木は薄く笑んで一言。
「さぁ? どうでしょ」
ぶん殴りたい。
イラッとした涼都は、舌打ちして水木から離れた。
(東なみに面倒くさいヤツだな。コイツ、これ以上は何も答えるつもりありませんってか)
いま言ったこと以上の何かは、確実に知っているだろうに、話すつもりがないのがありありと態度から見て取れた。このタイプはこれ以上踏み込んでも、のらりくらりとかわすだけ。こっちが無駄に気力を消費するのは目に見えている。
(これじゃ、天城家の次期当主だった俺をこの学園に引き込んだ理由も答えないな)
今も笑ってるだけで、明らかに口を割る気すらないのが見え見えで、なんか腹立つ。どこかの誰かを彷彿とさせた。
(口割らないなら、鉄拳で頭叩き割ってやろうか)
ひそかに拳を見つめて、それもいい案かもしれないと思う。
とてつもなくスッキリするに違いない。俺が。
「…………」
無言で見つめる涼都の視線に、何か、うすら寒いモノを感じたらしい。
水木は少々引きつった表情で、いきなり話題を変えてきた。
「そ、それにしても君ったら全然驚かないし、慌てないしさ。もしかして、全部予想済みだったの?」
仕方なく、涼都は拳を下ろして話に乗ってやる。話進まないから。
「予想も何も、『御厨涼都』宛に推薦状が来た時点でおかしいだろ。偽名なんだから」
まぁ、それもそうだ。この世に『御厨涼都』など、存在しないのだから。
あまりにも根本的な指摘に、水木もやや面食らった表情をしている。が、すぐに彼は『ふーん?』と意味深な笑みを浮かべた。
「推薦状の宛名を見た時から、僕が君の正体を知ってることに気づいてたんだ。ならどうして、この学園に来たの?」
何故、隠していた自分の正体を知る、胡散臭い人間の誘いに乗ったのか。涼都を利用するため、天城家の手先として涼都を捕まえるため、何かを企んでいるのではないか。
何であれ、誘いに乗っても涼都には得なことなど、何もない。巻き込まれるだけだ。しかし、一度は断ったものの、最終的に涼都はここに来た。
それは何故か。
涼都はニヤリと不敵に笑って、思いっきり見下した口調で言ってやる。
「お前になんか教えてやんねぇよ、バーカ」
「…………」
水木、さすがに絶句。
生徒に真正面から馬鹿と言われて、それなりにショックらしい。涼都としては、ストレス解消の八つ当たり以外の何物でもないが。
それなりにスッキリした気分になり、涼都は水木そっちのけで水盆に近づいた。
――儀式
カードは、その実力に見合った色に変化し、名と共に魔術師協会に登録される。たいていは最低ランクの透明だが、四大一門あたりなら中級魔術を修めているので白だろう。
魔術師見習いは透明か白しかない。その上は魔術師の緑で、初心者魔術師といったところ。そして青、赤、銅、銀、金と階級があるわけだが、その中でも銅から上はかなり優秀で、教員試験を受ける資格ももらえる。
金ともなれば、学園長や理事長レベルで、その基準は『時空魔術が使えること』。時間と空間を扱う魔術は、数ある上級魔術でも最高峰の難易度で、四大一門でさえ使えない人間は少なくない。
ショックからようやく立ち直ったらしい水木は、微笑んで涼都に声をかけた。
「まぁ、君の実力だと金は確実だろうね」
涼都の存在を知る者としては、当然の言葉だろう。答える代わりに、涼都は口の端をつり上げる。
「あの名家の御曹司だ。当然、時空魔術は使えるんでしょ? ここで僕から提案が──」
水木の話を聞き流して、涼都は底に沈められたまだ透明なカードを確認すると、水盆に微量な魔力を加え始めた。
「『開け』」
静かな、いつもよりずっと澄んだ低い声。その涼都の声に呼応するかのように、水盆の水が透き通った桜色になった。
水盆が、協会と繋がったのだ。
「えっ……ちょ、御厨君? まだ僕、話の途中で」
勝手に儀式を始めた涼都に、水木は慌て出した。
涼都は無視して、よどみない動作で左手薬指の付け根を噛んで出血させ、水盆に垂らす。紅い血が、水中に落ちて底に沈んだカードに付着した。
「『我、血を以て汝と契約せん』」
声が響くと同時に、足元の魔法陣が光を帯びる。
窓もないのに、ふわりと風がおきて、四隅のろうそくを吹き消した。
しかし、それも一瞬。
直後には、まるで何事も無かったように、ろうそくに火が灯った。
数秒、真剣な表情で水盆を見ていた涼都は、水が元の色に戻るのを見て軽く息を吐き出す。これで、魔術師連合日本支部協会への登録(儀式)は完了した。
涼都は水盆の中で色の変わったカードを見て、笑う。
(やっぱりな)
どこか人の悪い笑みを浮かべた涼都は、水盆からカードを抜き取り、水木を振り返った。水木は涼都のあまりにも突然の行動に、あっけにとられている。かなり間抜けな姿だ。
が、涼都がカードを水木の目の前に出すと、それは驚愕の表情に変わる。
「どうやら、金じゃないみたいよ?」
「なっ……」
ろうそくの光に照らされたカードの色。それは紛れもなく彼の髪の色と同じ――漆黒だった。
ブラックカード
金より上の、魔術師として最高ランクの色だが、どんな優秀な者でも、黒になることはほとんど無い。なぜなら、黒になる条件が『古代魔術が使えること』だからだ。
水木が信じられないというような表情で、カードを凝視する。しかし、いくら見てもカードの色は黒だ。
「そんな……古代魔術は失われた魔術のはずなのに」
古代魔術。
それは、その名前の通り魔術創世記時代に使われていたもので、現在では体質の進化とかで使えない。いわば、ロスト・マジックというやつだ。
そんな古代魔術が使える者にのみ変わる黒色のカードに、水木は大きく息をついて天を仰いだ。そうして、衝撃が抜けたのか『古代魔術が使えるなんて、きいてないよー』とつぶやく。
(そりゃ聞いてないだろ。言ってないんだから)
しかし、ロスト・マジックといっても、現代人は全く今では使えないわけでもない。
涼都はカードを胸ポケットに入れながら言った。
「失われた魔術って言っても、魔術師連合の本部には使えるヤツいるだろ」
古代書を解読すれば、魔術の方法はある程度わかる。あとは、古代魔術が体質に合っていれば使うのは可能だ。涼都が言うように、世界魔術師連合の本部には、古代魔術を使うブラックカードを持つ者も存在している。
しかし、だ。
それが魔術師連合本部や長老みたいな人間ならまだしも、島国の高校に入ったばかりの新入生となれば話は別だ。
しかも涼都はまだ15歳。
水木は深く息を吐いてから珍しく真顔になった。
「設楽家の御曹司、設楽君はゴールドカードでも『百年に一度の天才だ』で終わるけどね。君は――」
「なに、アイツ金なの? マジでか。学校来なくてよくね?」
思いっきり話の腰を折った涼都に、水木は半眼になったが無視した。
「設楽君の希望で学校に来ることになったみたいだけど、まぁそれは今置いといて。君は四大一門でも名家の出でも――」
(東、あいつは確かにタダ者じゃないとは思ったが金か。ってことは)
「水木、お前と同じレベルってこと?」
「ねぇ、お願い。話聞いて」
顔を上げると、水木が今までにないぐらいに暗い表情を浮かべていた。
仕方ないので聞いてやることにする。
「いいかい。ただでさえ、この学園は四大一門までにはいかなくとも、ほとんどが名家の生徒なんだよ。その中で君は一応、庶民っていう設定でしょ?」
「設定って何だ、設定って」
「名家なら小さい頃に英才教育を受けているから、優秀でもゴールドカードでもまぁまだわかるんだけど」
今度はこっちが無視されたが、中断させるのも面倒なので放っておく。
「でも、まともな教育を受けられないただの庶民が、ブラックカードとなると……連合本部や日本支部、学園の人間は君の出生や経歴まで事細かに調べるよ」
まぁ正論ではある。
涼都は偽名で入学した上、ややこしい事情まであるのだ。調べられたらマズイ、そう水木は言いたいのだろう。しかし、涼都は平然と笑顔で言い切った。
「んなもん、お前が調べさせないようにすりゃいいだろ」
一瞬、水木が何を言っているのか分からないという表情をした。
「…………え」
まだよく意味をのみ込めない水木を、涼都は鼻で笑う。
「よく考えてみろ。俺様をここに入学させたのはお前だぞ。俺が入学して起こる問題はお前が全部処理すべきだろ」
「…………」
水木、絶句。
一見スジが通っているようで、そうでないような。
涼都は更に畳み掛ける。
「ちょうどアンタ理事長だし、学園内の人間なら権力振りかざすなり、圧力かけるなり、クビにするなり何でも出来るだろうが」
なかなか危ない涼都の発言に、水木が弱々しく反論した。
「いや、でもね。いくら僕でも学園内ならまだしも、連合や日本支部はどうにも…」
「そこまではいいよ。別にちょっとやそっとの調査じゃわからないぐらい、いろいろ細工してあるし」
「いや、なら別に学園内の人間に圧力かけなくてもいいんじゃないかな」
一応、無駄とわかりながら口をはさんだ水木に、涼都はさっくり言う。
「周囲の人間から自分の身元調べられて学園生活送るんじゃ、俺が気分悪いだろーが」
きっぱり言われて、水木は思わずといったように天を仰いだ。
追記2016/05/30
前話に引き続きこの話の前半までが、転載時に飛んだ部分になります。
よりにも寄って主人公の大事な部分を抜かすとか……自分アホすぎますね、すみませんでした。




