*1.兎?いいえ、宇崎です ⑥
前話の要約:俺に訊きたいことがあるんなら、何でも訊けば~?(答えるとは言っていないけどな(嘲笑))By涼都。
ぐっと口を一旦閉ざした水木に、涼都は嫌に楽しげな笑顔を浮かべた。
(何でも訊けばいいさ。こっちに都合が悪いことは全部『知りませーん』で通せばいいんだからな)
水木は気を取り直すように咳払いをして涼都を見る。
「じゃ、まず根本的な所なんだけど。何で君と設楽君、杞憂君、その他の面々は林にいたんだい?」
「杞憂と一悶着あったからな。俺は杞憂に呼び出されて、東は面白がってついて来ただけ。ま、俺が杞憂に会う前に、杞憂に喧嘩売った先客がいたわけだけど」
一瞬、『亜神』のメモが頭をよぎったが、さすがにそれを言うのはやめた。なんせ、それを言ってしまえば今回の件が事故ではなく事件になってしまうから。そして涼都も『自分は全く関係ない』という主張が出来なくなる。
(気をつけないとな)
ここでうっかり失言でもあれば、変な探りを入れられるかもしれない。それは勘弁だ。
涼都の説明に水木は納得したらしく、頷いた。
「なるほどね。というかさ」
「何故、魔界の扉が閉まったんですか?」
まるっきり水木を無視した学園長に、涼都は視線を投げた。どうも先ほどから大人しいとは思ったが、何やら考え事をしていたらしい。
その内容に、思いっきり遮られた水木も不思議そうな表情をする。
「そういえば、魔界の扉が自主的に閉まるなんて聞いたことないな」
二人の問うような、答えを求める視線を受け、涼都は薄く笑い小首を傾げてみせた。
「さぁ? 知らなーい」
「……あのね」
頭を抱えた水木とは対照的に、学園長は淡々としている。
「閉まる前に何かしたのではないですか? もっと詳細を聞かせて下さい」
面倒くさい。
涼都はため息混じりに言った。
「だから、寅吉の頭に火がついて、俺の左から走って来てだな。消火しようと水泡出してる内に空き缶に……だぁ! 面倒くせぇ! 紙貸せ、紙!」
色んなことが同時に起こり過ぎて、言葉で説明するのが辛くなってくる。渡された多分いらないであろう書類の裏側に、涼都はペンを走らせた。地面と扉、扉の向かってすぐ左に涼都、その更に左に寅吉、二人の間(涼都寄り)に空き缶を書く。
「この状態で、俺は消火のために水泡を出していて」
言いながら、涼都の絵に水と書いて丸で囲った。
「それで、寅吉がこの空き缶踏んで、転けて、こう、扉の左から右へ飛んでった訳だ」
寅吉の絵から扉の右側まで大雑把に矢印を引いた。
「扉が閉まったのは多分この時ぐらいだったと思う」
雑な図に学園長も水木も見入っている。二人とも顔が真剣だ。なんか怖い。
最初に口を開いたのは水木だった。
「うーん。これ、さ。もしかしてこの扉の上に、枝か木の葉が茂ってたとか」
図の扉の本当に真上を指差した水木に、涼都は眉を寄せて記憶をたどった。
そういえば。
「そういや、あったかな? 多分枝があった気がする」
涼都の答えを聞いて水木が扉の上に枝を書いた。それを見て、学園長がハッとする。
「これは……」
「そういうことだろうね」
何がそういうことなのか是非とも教えて欲しいのだが。頷く合う二人に涼都は口をはさんだ。
「で、何かわかったの?」
涼都の声に学園長はペンを取った。図の涼都が先ほど書いた『水』の字にペン先を乗せる。
「まず、水。そして対称側に火」
扉の右側、寅吉の頭の『火』の部分まで『水』から線を引く。黙って見ていた涼都の目が、ほんの少し細められた。ペン先は紙に乗せたまま、学園長は更に続けた。
「そして足元に缶、金属である『金』」
寅吉の『火』から斜め左下に転がる空き缶『金』へ線が引かれる。次からは、水木が続けて言った。
「次は扉の上に伸びた枝の『木』、そして大地の『土』」
その言葉通りに空き缶から扉の上の枝へ、そこから扉の右斜め下の地面に線が引かれ、最終的に出発地点の『水』に戻ってきた。その五つの要素をたどって引かれた線はまさに。
「五芒星」
そう、あの時確かに五芒星が扉の前に浮かび上がって閉じたのだ。
涼都はやっと納得したように息をついた。
「なるほどね。五行の相剋か」
五行は万物の元素である『水』『火』『金』『木』『土』のことで、その互いの関係には相生や相剋がある。この五芒星は相剋関係を表したものだ。相剋は、平たくいえば相手を打ち滅ぼしていく関係。扉を封印するには持ってこいだ。
水木が納得というより、感心の声をあげた。
「不安定な空間で、扉の前にだけ相剋の関係が出来上がる。これが栓になって一時的に扉がしまったんだね」
「五芒星の部分だけは全ての要素が揃い、関係している。非常に安定した空間が出来ることで、より強い抑止力になる──五行封印と呼ばれるものです」
そこで、まだ図に見入っていた学園長は涼都を見た。
「その場所に『金』となる空き缶があって、偶然ついた『火』がふさわしい場所にあった。全て、どの要因も欠けては封印は成り立たなかった。奇跡です」
重々しい学園長とは反対に水木は明るく言う。
「君、悪運ちょー強いね」
一瞬、本気で殴ろうとしてしまった。いかんいかん、暴力沙汰はマズい。
(今のは無視だ、無視)
そう涼都が自分に言い聞かせていると、学園長が呆れたように水木と涼都を見る。
「とにかく、事情はわかりました。説明ありがとうございます――さて、これからなのですが」
どこか疲れたような学園長の言葉を遮り、水木がそれはそれは明るく言った。
「儀式、始めようか」
*―――――――――――――――――*
儀式のため一時的に用意された部屋に入った瞬間、唯一の同行人である水木を涼都は睨みつけた。
「どういうつもりだ、あんた」
そのあまりの直球な言葉に、水木は笑みを浮かべる。
「困るなぁ、そんな意味深な質問されたら。誰かが聞いてたらどうするの?」
涼都は心底、馬鹿にしたように鼻で笑った。もちろん、本気で馬鹿にしている。
「ハッ……よく言うぜ。誰が聞き耳立てても聞こえないように結界張ってあるくせに」
しかも四重に結界が張られているのだ。聞こえるも何もない。
肩をすくめて、水木が付け足した。
「更に、この部屋には電気製品や精密機械の機械類も駄目にする優れものがあるからね」
その言葉に涼都は眉を寄せた。
ちょっと待て、それって。
「精密機械って……携帯も駄目になるってこと?」
「あっ! そっか、そうだよね。携帯も精密機械だもんね――って、もしかすると君」
言葉が続かない水木に、涼都はゆっくりとポケットから携帯を取り出した。
一応、画面をタップしてみる。画面が真っ暗な上に全く動かなかった。
「あー……壊れちゃった、ね」
どこか乾いた笑顔を浮かべる水木を、涼都は再度、睨んだ。
「最初に言えよ! 部屋に入る前に!」
アドレスは部屋のパソコンに入れてあるからまだショックは浅いものの、大事なデータや画像が入っていたらどうするつもりなのか。
涼都は舌打ちして、携帯をポケットに突っ込む。さらば、去年買ったばかりの携帯。
さすがに悪いと思ったのか、水木が取り繕うような笑顔で言った。
「ごめんね。普通、儀式の部屋ってそこまでしてないもんね。でも、ほら、それは弁償するから、ね?」
「何が『ね?』だ。当たり前だ」
最新の、めちゃめちゃに高いヤツを買ってもらおう。
横目で水木を見て、ため息をついた涼都は軽く部屋を見回した。窓は暗幕で覆われ、四隅には燭台に灯った火が風も吹いていないのにゆらゆらと揺れている。部屋の中心に置かれているのは金属製の水盆だった。床には複雑な魔法陣。
涼都は、まだ携帯を壊してオロオロしている水木に視線を戻した。
「で、俺をわざわざ呼んだのは何が目的だ? 本題があるんだろ」
水木が薄く笑んだ。その表情は涼都に推薦状を差し出した時と同じ、どこか読めないものだ。
「当たり。僕はこの目で儀式を見て、君の力を確かめたかったんだよ。御厨涼都の、いや――――天城 涼都の実力を、ね」
反応を見るように視線を投げた水木に、涼都はふっと笑んだ。
(やっぱ知ってたか)
魔術界における四大一門が一つ、天城家。俺は、そこの人間だった。自分の中では過去形のつもりだが、世間的にはそうでないだろう。
涼都をここに引き込んだのは、水木本人なのだ。むしろ、涼都の正体を知っていて当然である。
(まぁ、今回は下の名前がそのままだしな)
心当たりのある者なら、簡単に『天城涼都』だとわかるだろう。水木はわずかに目を細めて、涼都を見た。
「何で知っているかは、聞かないんだね」
「ま、知られたもんは仕方ないからな。俺、結構天城からは恨み買ってるし? 鬼ごっこ中だから、多少情報を流しても俺を捕まえたいヤツは山ほどいるよ」
それより、だ。
涼都は口元に笑みを浮かべたまま、鋭い目で水木を見すえた。
「どこまで知っているかが、俺には問題だが?」
そう、俺には本名を隠さねばならない事情があるのだ。その中には、一族でも上層部しか知らされていないトップシークレットのものがいくつかある。一族の恥とも言えるその事情を、天城の人間が外部にもらすことは絶対にあり得ない。
もしそれを天城家と接点が無さそうな水木が知っているならば、果たしてその立ち位置は何なのか。
(腹の探り合いでもするか?)
チラリと視線を投げた涼都に、水木は普段通り人懐っこい笑顔で答えた。
「どこまでって……そうだな。まず君の一族『天城』だけど、天城家は名家中の名家、あの四大一門の筆頭だ。この日本魔術界においての頂点が天城家といっていい」
確かに、その話には誇張も偽りもない。
四大一門、筆頭──天城家。
天城、杞憂、設楽、灰宮という名家揃いの四大一門。その筆頭と呼ばれるのが天城家だ。
筆頭といっても、元々はあいうえお順に並べた時に天城が頭に来るからとか、そんな理由ではあるみたいだが、確かに少しばかり、他の家より抜きんでている点があるところは否めないらしい。
思わず、あからさまに嫌そうな表情を浮かべた涼都に、水木は苦笑混じりに続ける。
「実際、あの一族はすごいよ? 分家だろうと『天城家』を名乗る者は、高校卒業までにブロンズ、もちろん本家の子供は入学時、遅くとも卒業までにはゴールドを所持している」
そんなことは涼都どころか、魔術界の人間なら百も承知だ。
涼都は息をついて水木を睨みつけた。
「誰がそんな天城家情報を言えって──」
「そして君は本家『天城』を名乗ることを唯一許された御曹司サマだ」
「っ!」
息をのんだ涼都に、遮った水木は薄く笑ったまま続けた。
「分かりづらいかい? じゃあ、こう言い直そう。君は――『天城家、次期当主』の天城涼都だ」
追記2016/05/30
本当に申し訳ないですが、ここから次話前半まで転載時に抜けた内容が入ってきます。
めっっっっちゃ大事なところ飛ばしました、すいません。




