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Black*Hero  作者: 沙槻
第1幕 第1章
26/58

*1.兎?いいえ、宇崎です ⑤


 学園長室は、そこまで広いというわけではなかったけれど、やはり豪華だった。入って中央に机が縦に伸びる両側には、綺麗な光沢を放つ革製のソファが置かれている。その奥の、見るからに重厚な木のテーブルの向こうに学園長は佇んでいた。

 すらりとした肢体に、肩甲骨辺りまで伸びた焦げ茶色の髪は、窓からの光を受けて美しく輝いている。切れ長の涼しげで鋭い目をした容貌は冷たい印象を受けながらも美しく、入学式挨拶で男子がざわついたのも頷けた。しかしその顔は今、もの凄く険しいものになっているが。


(うわー、超不機嫌だよ)


 やはり半r――宇崎の言葉が聞こえていたらしい。そんな殺気すら放つ学園長の傍らでは、水木がヤッホーと言わんばかりに呑気に手を振っているが、とりあえずスルーしておこう。それでも色々気にしないのはさすがというか、理事長である彼はさも可笑しそうに腹を抱えて笑っていた。


「あははははは! おっかないオバさんだって! 言うよね、彼も」


 ちょっとはフォローしようとか思わないのか、コイツ。

 更に眉間のしわが増えた学園長に、水木は全く気にした様子はない。ぶん殴られてもおかしくないが、理性が強いのか精神的に大人なのか学園長はため息で済ませた。


「まぁ、別に間違ってないですから。お姉さんと呼んで欲しいなんて思ってません」


 開き直っちゃったよ。


(まだ、お姉さんで通じると思うけど)


 何となく哀れんだ目を向けてしまったらしい。鋭い目で睨まれてしまった。


『おっかねぇオバさんには気をつけな』


 まぁ確かに、宇崎のいう『おっかねぇ』の部分は否定しない。


「まぁとりあえず座って座って」


 言いながら、水木は長机の両側にあるソファーの右側に座る。学園長も席を立ってわざわざ水木の隣に座ったところを見るに、涼都は向かいのソファーに座らないといけないらしい。


(向かいあって話すのかよ。嫌だな)


 何より水木の顔を見なきゃいけないのが。それでも渋々座った涼都に、学園長は軽く咳払いすると重々しく口を開いた。


「今日あなたを呼んだのは他でもない、昨日の一件のことです」


 まぁそうだろうな。

 涼都は無言で頷いた。


「だいたいの話は担任の荻村先生から聞きました―…けれど、詳しくはまだ把握していません。 まずは詳細を聞かせてもらえますか?」


(めんどくさ)


 思わず口に出しかけて、何とか涼都は踏み留まった。さすがに水木にするように気安い態度では、今後の学園生活に支障が出かねない。

 涼都は(一応)真面目に詳細を話すことにした。



*―――――――――――――――――*



 儀式を済ませた杞憂きゆうは、教室に戻ることなく廊下に佇んでいた。まだ儀式中で誰もいない廊下は静かで、まるで時が止まったかのようにも思える。

 ちょうど開いていた窓に腕を乗せ、杞憂は何となしに外を見やった。ここから見えるのは、向かいの校舎と中庭だけで、上に広がる澄んだ薄い青空が穏やかだ。

 目の前を透明な羽の魔界の蝶が飛んでいった。


「平和だな」


 見た目だけは。

 そう心の中で付け足し、ぞんざいに杞憂は鼻で笑い飛ばした。

 その周りを、また蝶がひらりと舞う。


 ――桜華魔術学園。

 伝統ある日本最古の魔術学園であり、そこは外界を仕切るように結界に覆われている。全寮制の魔術学校は少なくないが、この学園のように強固な結界が張られている所はここしかないだろう。


(誰が結界を張ったのかは不明で、創設以来、その結界は張られっぱなしだ。もしかすると、誰も解除も補強もやり方がわからない程の代物なのかもしれない)


 それはつまり、と杞憂は周りを飛び交い始めた蝶々を叩き落として考えをまとめた。

 例え教師だろうと理事長や学園長であろうと、結界を通ることを許されるのは、結界が『時と人により』通ってよいと認めた者のみということだ。

 いくら卒業や長期休暇でも結界に弾かれれば、例え家族の危篤だろうと出ることは出来ない。もちろん、外からこの学園へ入ることも許されない。

 それではまるで――


(籠の鳥みたいじゃないか)


 杞憂は舌打ちして眉を寄せた。髪に止まった蝶を手で払いのけ、つぶやく。


「……だから嫌だったんだ。この学園に来るの」


 っていうか。


「だーーーーーっ!! うざったい!! なんなんだこの蝶々の大郡は!」


 周りに誰もいないのをいいことに、杞憂は全力で癇癪かんしゃくを起こした。

 人が真剣にシリアスやっているというのに、空気も読まずにやってきた蝶々の群れは、杞憂にまとわりついて離れなかった。払っても払ってもやってくる蝶に、本気で火をつけようとした時である。


「自分の体にまとわりついている蝶を燃やしたりしたら、貴方、体ごと火だるまになるわよ」


 突然、背後から上がった声に杞憂は心臓が飛び跳ねた。反射で振り返ると、そこには困惑した様子の灰宮が立っている。

 杞憂はますます渋い顔をした。


「やっと来たな元凶。蝶々の好きな香りを俺につけたのはお嬢さんだろう」

「えぇ……ということは、私がさっき追いかけていた、涼都さんにリンゴを投げつけた犯人は、貴方だったのね」

「犯人!」


 心外と言わんばかりに杞憂は鼻息を荒くした。

 それもそうだ。必死で逃げるはめになった上に、灰宮が投げたチョークを避けたら、その煙には蝶々の好む香りが仕込まれていたのである。おかけで蝶々まみれになった杞憂は、それを目印に儀式を終えてから悠々とやってきたであろう灰宮を、指差して抗議した。


「俺は、本家から何故か大量のリンゴが嫌がらせのように送り付けられたから、食堂に寄付した帰りに余ったリンゴを持って歩いていただけだ! そうしたら、階下で見慣れた連中が絡まれているじゃないか」


 借りを作るのも悪くない。

 そう思って、杞憂はリンゴに目くらましの魔術を仕掛けて、窓から投下した。その隙に逃げた二人の前に表れて嫌味でも言ってやれれば清々する。

 日頃の鬱憤からか、御厨目掛けて投げつけたのは、まぁ認めなくはない。ぶっちゃけ、頭にでも当たればスッキリするとは思った。


「だが、それを発動させる前に、灰宮のお嬢さんが文字通り握りつぶしてしまったんだろうが。しかも、敵と認識して追いかけてくるなんて聞いてないぞ。上手くかわしたと思ったのに、何で背後から現れるんだ。ターミ○ーターか貴様は。あいるびーばっくか」

「…………えぇっと、その。ごめんなさい」


 素直に謝った灰宮は、なんとか状況を理解したようだ。香りを中和する匂い袋を渡され、ポケットにねじ込む。すると嘘のように周りから蝶がいなくなった。

 ため息をついた杞憂に、灰宮は申し訳なさそうに眉を寄せた。


「誤解して悪かったわ。校舎裏で魔獣が出たばかりだし、警戒し過ぎたみたいね」

「警戒し過ぎた、か。そう思うということは、あれがただの事故とは考えていないようだな」

「…………根拠が、あるわけじゃないのよ」

「充分だ。俺も何か引っかかって、校舎裏が見える場所を選んで通ったんだからな」


 まぁ、それで見つけたのはトラブルの塊だけだったが。

 そういえば、と杞憂は自然な流れで尋ねた。まるで世間話でもするように。


「それで、灰宮のお嬢さんは一体何が目的で、この学園に来たんだ?」


 灰宮の表情が固まった。


「な、んの……こと?」

「とぼけるな。桃園ももぞの女学院の進学が決まっていたはずだ。それが、何故この桜華にいる? 直前でバタバタと慌しく学校を変更したらしいじゃないか。何かあったんだろう」


 灰宮家の令嬢が桃園女学院に行くというのは、かねてから薄くない関わりがある四大一門なら知っていたことだ。しかし、それが何故か桜華の入試ギリギリになって桃園の合格をけったのである。何か灰宮家であったのは明白だ。けれど


「答える義務は、ないわ」


 灰宮は、まっすぐにそれだけ言った。その目の強さに、杞憂は内心で息をつく。これ以上の探りは無理そうだと判断し、杞憂はおざなりに答えた。


「まぁ俺に関係なければ、どうでもいいがな。お嬢さんはせいぜい御厨とでも仲良くしていればいいさ」

「り、涼都さんは関係ないでしょう」


 灰宮が言葉を詰まらせ、視線をさ迷わせる。それに何やらピンとくるものを覚えた杞憂は更に追求しようとして、やめた。

 心底、興味無い。


(御厨に関わっても、どうせ後で傷つくのはお嬢さんの方だろうに)


 杞憂は面倒そうに、全く違う話題を口にして話を逸らした。


「で、カードは何色だったんだ?」

「え? カード?」


 全く違う話題に、灰宮は少々面食らった顔でカードを差し出した。その色は、白。

 それに杞憂は、さも面白くなさそうに言った。


「俺も、白だ」



*―――――――――――――――――*



「俺は、シロだ」


 最後に言い切った涼都に、理事長も学園長もどう対応していいのかわからない表情を浮かべた。一瞬、間が空いた後に水木が慌てて言う。


「いや、別に心配しなくても、君が犯人だなんて思ってないし……ただ事情をね」

「俺もそんな心配はしてねぇよ。だから、話した通りの内容だ」

「は?」


 全く意味が分からないといった水木の様子に、涼都はふんと鼻を鳴らした。


「言われた通り事情は話した。これで俺がまっっったく昨日の事件とは関係ない、むしろ被害者だってことがわかったろ?」


 だからサッサと解放してくれ、と言わんばかりに涼都はふんぞり返った。それに学園長がつぶやく。


「いや、被害者の態度に見えないんだけど」


 聞かなかったことにする。

 話の流れが早すぎてついていけない水木は、涼都に待ったをかけた。


「いや、だいたいの事情はわかったよ。でもね、君の説明はあまりにもざっくばらんというか、要点だけっていうか――細かいこと、きいてもいい?」


 どうも客観的すぎたらしい。まぁ、わざとだけど。

 わざわざ訊かれてもいない詳細を話す義理はないし、あっちに余計な情報を与えることも避けたい。詳細を聞き出そうとする水木に、涼都は言った。


「実際、覚えてることも把握してることもこんぐらいなんだけど」


 まぁ、訊きたいことがあるならきけば?

 言外にそうも言った涼都は、薄く笑い嘲笑うように水木を見た。 

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