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Black*Hero  作者: 沙槻
第1幕 第1章
23/58

*1.兎?いいえ、宇崎です ②


『あんた名前は?』


 新入生の生徒名簿を前にそう尋ねたのは、制服のシャツを大胆にあけた、緩んだネクタイをかろうじてぶら下げている、際どい格好の男子生徒。その姿が涼都の脳裏に走馬灯のようによぎり、思わず指をさしそうになった。


(そうだ。入学式の受付してたヤツ!)


 いま目の前にいる半裸は、涼都の受付をした生徒だったのだ。


(どうりで見たことがあると……だいぶ濃い印象だったもんな、こいつ)


 そうかそうか、と現実逃避のように涼都が納得していると、しびれを切らしたのか教師が魔術を放ってきた。


「いい加減に服着ろ! そして止まれ!」


 最もである。が、しかし


(人がいるところで放つか? 普通)


 放たれた魔術に、涼都は顔をしかめた。それは捕縛の魔術で、細い紐のようなもので人や動物をつかまえるのに有効ではある。しかし、術者がノーコンだったら、周りも巻き込みかねない。

 反射的に引いた涼都だったが、対する宇崎は動じるどころか、そんな涼都を見てニッと笑った。


『途中で何があっても首を突っ込むなよ。何があってもだ』


 ふいに、担任の忠告が思い出されたが、もうこの時には遅かった。


「おいっ! おま、ちょっ」


 宇崎は涼都が逃げるよりも早くその腕をつかむと、無理やり魔術の盾にしてきたのだ。


(でもこれは、首を突っ込んだんじゃなくて、巻き込まれた、が正しいよな)


 そんなどうでもいいことを考えている内に、涼都の目の前に細い光の紐が迫ってくる。


「悪ぃな! ご愁傷様!」


 宇崎はそう笑った走って行く―…が、ここで引き下がる涼都ではない。


「てめぇがな!」


 涼都はぐいっと宇崎を自分の横に引っ張り出した。

 反撃を予想していなかった宇崎は驚愕の表情を浮かべる。そして、ぐるり、と巻き付いた紐に2人は固まった。


「………………あ」

「げっ…………」


 その光の紐は見事に、涼都の手首と宇崎の手首をくくりつけていたのだった。――何? 先生、わざと? それとも嫌がらせ?

 たまらず、涼都は叫んだ。


「何これ、いじめ? それとも何かの罰ゲーム!? っざけんじゃねぇぞ!」

「それはこっちのセリフだ! 何っだこれ! 真面目に嫌なんだけど!」


 それは涼都も同じである。

 まるで合コンの王様ゲームの失敗例みたいになった手首を、涼都は指差した。


「元凶が何言っちゃってんの? そんな格好でうろつくてめぇが悪いんだろ?! だいたい、なんっで上半身裸なんだよ!」

「うるせぇな! これが俺の自然体なんだよ! 脱いでないと落ち着かねぇんだ」


 え?

 勢い120%の爆弾発言に思わず涼都が見ると、宇崎はやっと追いついた教師の顔面を蹴り飛ばした。タイミングが悪かったのか、蹴られた青年は綺麗な弧を描いて宙を舞う。

 先生、ノックダウン。

 涼都は哀れみの目をその教師に向けたが、宇崎は目もくれずにふんぞり返る。


「っていうか、もう全裸がいいんだ、俺」


 いやいやいやいや。

 そんな、真顔で淡々と言われても困る。


「お前……露出狂?」


 恐る恐る尋ねた涼都に、宇崎は首を横に振った。

 ああ、よかっ―……


「俺は気がつくと、いつも裸なだけだ」


 よくねぇぇぇ!


「かんっぺきに露出狂じゃねぇか! 変態!」

「変態呼ばわりすんな! 俺は誰にも迷惑かけてねぇ」


 なに言っちゃってんの、コイツ。


「現在進行形で、この俺に迷惑かけてますけど!?」


 すると突然、宇崎はビクッと体を揺らした。涼都にではない。まるで、恐ろしい化け物でも見たかのように視線をあいこちに、さ迷わせている。

 急に様子の変わった宇崎に、涼都はけげんな表情を浮かべた。


「おい、どうし――」

「逃げろ! 光の速さで逃げろ!」

「え? ちょっ…」


 反論するより速く走り出した宇崎に、仕方なく涼都も走るしかない。だって、まだ手首の捕縛魔術、解けてないし。

 宇崎の表情と走る速度からして、先ほどよりだいぶ必死で走っている、いや、何かから逃げている。


(一体何を見つけたんだ? 後ろからは何も追って来ないけど)


 涼都が再度振り返った瞬間。


 ガッシャァァァァン!


 凄い音で、通り過ぎたばかりの窓ガラスが砕けた。

 何かに狙撃されてるのか!? というか怖ぇ!


「何だ、今の!? ガラス木っ端微塵なんだけど」

「いいか、考えるな。風になれ。アイツに会ったら、もう二度と太陽を拝めないと思え」


 何か知らないが、絶対に会いたくないとだけは確信できる。


(なんか嫌な予感がするし)


 とにかく逃げ切るしかないらしいと、涼都は前を見て気がついた。

 嫌な予感的中。全く嬉しくないけど。目の前には、壁。悲しいことに加速はだいぶついていて、思いっきりぶつかると思われる。


「宇崎、前」


 顎でしゃくった涼都に宇崎は『はぁ?』と前を見て、ひくっと口元を引きつらせた。


(どうせ勢いを殺せないなら、しゃーないな)


 涼都はスピードを落とすどころか、更に加速する。もちろんスピードを落としにかかっていた宇崎は、手首がまだつながっているので当然引っ張られる。


「何やってんだよ!?」


 叫ぶ宇崎に、涼都はものすごく人の悪い笑顔を向けた。


「飛ぶぞ」


 瞬間、宇崎の顔に絶望が広がるが、その間にも涼都は開いていた窓枠に足をかけている。

 そのまま、二人は勢いよく外へ飛び出した。



*―――――――――――――――――*



 囲まれた上に背中には壁で、つまりは逃げ場がない。

 どうしてぶつかっただけで(しかもしりもちをついたのは灰宮の方なのに)こんな校舎裏で不良に囲まれなければならないのか。

 灰宮は自分を睨み付けている不良その1~3を見た後に、腕時計に視線だけ落とした。


(9時18分。私は女子でも後の出席番号だから、儀式にはまだ間に合うけれど)


 早めに切り抜けなければならない。多少、強引だとしても。

 密かに、灰宮は後ろで手のひらに風を集めた。


(突風を起こせばその隙に……)


「っの――馬鹿!」


 突然の罵倒。

 その声に、灰宮は魔法を中断して男子生徒を見るが、彼らが言ったわけではないらしい。しきりに周囲を見回している。しかしながら、人はいない。


「………………」


 全員に、妙な沈黙が訪れた。

 なんとなく、本当になんとなく、全員が上を向いてみる。すると、


「っああぁあぁあああぁ!」


 何やら、すごい形相で叫ぶ人影が、こちらへ向かって空から降ってきていた。


「わぁああああ!」


 こちらも叫んで、その場から全員が飛び退いたのは、とっさに危機を感じたからだろう。なにしろ人が空、いや、おそらく窓か屋上から落ちてきたのだ。

 だんだんと地面に近づくその人影に、灰宮は思わず目を閉じて耳をふさぐ。人が落ちる瞬間など見たら、一生のトラウマになること請け合いだ。先ほどまで灰宮に喧嘩を売っていた不良達も、これには全員が視線を逸らす。しかし、予想に反して聞こえてきたのは、ごく軽い音だった。そして


「よし、到着」


 聞いた事がある声だった。


(この声は……)


『あんま無茶すんなよ』


 昨日、別れ際にそう言って眉間にしわを寄せた、そう、あの人。

 灰宮は落ちてきた人物に目を向け、見開いた。漆黒の瞳と髪に、涼しげな目元、高い鼻梁に薔薇色の唇。その恐ろしく整った容貌には淡い笑みが浮かんでいる。凛々しく澄んだ空気をまとうその人は、何故か半裸の男子生徒と言い合いをしていた。

 御厨涼都。

 灰宮は、思わぬ知り合いの登場に声をあげていた。


「涼都さん?」



*―――――――――――――――――*



「てめぇは俺を殺す気か!?」


 着地と同時に怒鳴った宇崎に、涼都はうるさそうに耳を片手でふさいだ。迷惑そうな表情で宇崎を見る。


「死ななかったじゃん」

「死ぬんだよ! 4階から落ちれば死ぬの!」


 4階。

 言われて、涼都はそれが自分達が落ちた階だと気づくと、妙に真剣な表情で頷いた。


「そうか、4階だったのか。どうりで思ってたより高いはずだよ……死ななくてよかったな」

「本当だよ! ってか階数知らなかったのか!? お前怖ぇよ!」


 そういえば、涼都は学園長室に行くために4階に上がっていたのだった。普通に2階と間違えたが、そこは、まぁ無事だったからよしとしよう。


「着いたのが地表だっただけマシだろ」

「俺はどこか違う所に逝っちまうかと思ったよ」


 それは一瞬涼都も思ったことだが、言わない方がいいだろう。

 怒りを通り越してげっそりしてきた宇崎に涼都が口を開いた時だった。


「涼都さん?」


 聞き覚えのある声に、涼都は振り返る。


「――灰宮」


 そこには灰宮と、目を点にしたまま呆然としている男子生徒たちがいた。

 何、この状況? いや、こっちの状況も何コレ?だけども。

 涼都は灰宮が絡まれているのかと思ったが、灰宮だったら上級生でも魔術で追い払うだろう。

 じゃあ、


「知り合いか何か?」

「違うわよっ!」


 珍しく灰宮が声を荒げたぞ。


「いや。どう見ても絡まれてんじゃん」


 宇崎まで突っ込んでくるが、宇崎、お前はまずシャツ着ろよ。

 涼都は、あえて宇崎は見ずに言った。半裸と知り合いだと思われたくない。


「いや、四大一門の『灰宮』だぞ? こんな奴ら簡単に魔術でやっつけられるんじゃねぇの」


 それは限りなく事実だろう。

 涼都の言葉に宇崎は納得した声をあげるが、やっぱりその前にやることがあるんじゃないか? シャツ着るとか、ベルトの金具しめるとか。

 どう説明すべきか灰宮が戸惑う横で、男子生徒たちは怒りに染まった顔を涼都に向けてきた。どうやら『こんなヤツら』発言がお気に召さなかったらしい。入学早々、喧嘩を売ったっぽい。


「お前、一年か? どうやら口のきき方がなってねぇみたいだな」


 今さらながら面倒くさいことになるな、これは。

 涼都は灰宮に向き直った。


「とりあえず灰宮、お前はサッサと教室行け」


 涼都が苦い顔で言うと、灰宮は困ったような表情を浮かべた。

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