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Black*Hero  作者: 沙槻
幕間
20/58

*1.夕闇の思惑 ①


 夕闇が濃くなってきた。

 赤い夕日は地平線に落ち、空も雲も赤く染め上げている。この、桜華学園の校舎や寮でさえも赤い。特に寮の8階、西側のフロアーの窓からこぼれる日は眩しかった。杞憂はその光に目を細め、共同スペースのソファで日の当たらない場所に腰かける。


「それで、どう思う」


 携帯片手に通話相手へ呼びかけると、やや遅れて返答が返ってきた。


『どう思うって……えーと、その、な、鳴海先生だっけ? そんな知らない人の話とか魔獣の話されても知らないッスよ』


 思わず杞憂は舌打ちする。


「まだ殴り足りないようだな。俺が言ってるのは、そんな個別の話じゃない。全体を客観的に知った上で、お前がどう思うかきいている」


 最初の部分がよけいだったらしい。相手の返答はおおいにズレた。


『あ、そうっすよ! 杞憂さん、いきなり殴るとか酷くないすか?! 一応、藍田のフォローにまわれなかったのには理由があって――』


 ピッ


 杞憂は終話ボタンを押して、思いっきり顔をしかめた。とりあえずアイツを殴ると心に決め、携帯をポケットにしまう。そして、半分疲労感のこもった声でつぶやいた。


「何か、引っかかるんだがな」



*―――――――――――――――――*



「引っかかるね、その話の流れ。それじゃまるで杞憂がいい人みたいじゃないか」


 杞憂にまつわる事情のあらましを説明した直後の東の感想は、ひどいものだった。

 7階の涼都の部屋。そこに、やはり何の遠慮もなく上がりこんだ東は差し込む夕日の光を受け、淡く笑む。テーブルの向かいに座る東へ、涼都は視線を向けた。


「やっぱりお前、杞憂に恨みでもあんのか」

「ないよ。杞憂ってけっこう中途半端だからね。ツメが甘いから、こんなことになるんじゃないかな」


 絶対、コイツ恨みあるよ。

 黙って茶を飲む東に涼都は一人、確信した。しかし、東はその話を引きずるつもりはないようで、あっさり質問の方向を変えてくる。


「でも、何で涼都はそんな事情があるってわかったの? 当事者から説明されてないんだよね」


 だから本当にそんな事があったのか、言い切れない部分は確かにあるのだが。それでも、大部分はあたっているはずだ。

 涼都は自分の茶を飲んで、軽く息をついた。


「昨日からの杞憂の行動や灰宮の話でだいたいの予想はつく」

「予想がつくって……どこがどう予想がつくのさ」

「色々だよ、色々。説明すんの面倒なくらい色々」


 東はキョトンとした顔をするが、涼都は最終的に投げやりな調子で放り出した。それに、東は少し考えた後、呼びかける。カタン、と静かにカップを置く音がした。


「涼都」


 返事もせずに東を見るとヤツは真顔で真剣に言った。


「君、何も考えてないようで結構考えてるんだね」

「ケンカ売ってんのか、てめぇ」


 真顔で何を言い出すのかと思えば。


(何も考えてないって何だ?)


 遠回しに悪口を言われた気がする。


(そういや、昨日も『意外と』頭の回転がいいとか何とか言われた気が……)


 やや険しい目になった涼都に、東は輝いた笑顔を浮かべた。


「まぁそれはおいといて」

「おいとくのか? おいていいのか?」

「俺が一番気になるのは――」


 おいといていいらしい。つーか、徹底的に無視されている。


「あの林で魔獣が出たことかな」

「!」


 疲労半分、後の半分は『サッサとこいつ帰んねぇかな』と思っていた涼都は、そこで初めてまともに東を見た。


「何か引っかかるのか」


 涼都の問いに東は力無く首を振る。


「いや。鳴海先生にきいたんだけど、学園内で魔術を使って魔獣が出たことはないらしいよ」

「まぁそりゃそうだろうな」


 ここは桜華魔術学園。魔術を学ぶ学校の敷地内だ。新入生の初級魔法ぐらいの威力で空間が歪むなんてあり得ない。東が引っかかるのはその部分のようだが、どうも具体的にここが変というものがあるわけではないらしい。

 どこか釈然としない表情を浮かべている東に、涼都はだるそうに髪をかきあげた。


「今までにないくらい空間が不安定だったってだけだろ。気にすることでもねーよ」


 言いながら涼都はペットボトルからカップに茶を入れる。すると東がさりげなく自分のカップを涼都の手元に置いた。入れろってか。


(ということはまだ帰らねぇの? コイツ)


 『やっぱり早く帰ってくんねぇかな』と強く思いながら涼都が茶を注ぐが、悲しくも東は会話を続行してきた。


「君が言うその『今までにないくらい不安定な空間』で、よく扉を封印できたね」

「封印の札はいつも持ってんだ。閉まったのはアチラが自主的に閉まったんだよ。よくわかんねーけど」


 ペットボトルのフタを閉めながら涼都はどうでもよさそうに言った。対して、東はどうでもよくなさそうに問いかける。


「本当にそれ、自主的に閉まったのかい?」


 一瞬、涼都は動きを止めて東を見た。

 いつになく真剣な瞳で真っ直ぐ東の、その向こうまで見通すように。それに東も笑顔のまま、涼都の顔を真っ直ぐ見た。


「東」


 トン、と茶を注いだ東のカップを彼の前に置き、涼都は言う。


「今日の寮の夕飯っていつからだ?」

「………………」


 涼都は東の向こうにある時計を見たままで、そんな涼都に東は何とも言えない表情を浮かべた。


「夕飯は午後6時からだよ。というか涼都、君さ、話聞いてる?」

「おー聞いてる、聞いてる。扉は自分で閉まったんだよ。俺はその瞬間にたまたま札貼っただけ。かわいそうなのは寅吉だよな」


 パンチパーマの哀れな兎を思い出したらしい。東はくすりと笑う。


「見たかったなぁ、それ」

「ま、燃やした俺がかわいそうとか言える立場じゃないけどな」


 涼都は軽く遠い目をした。

 寅吉、最後までパンチパーマのことについて誰にも触れられなかったな。東は未遂だし、杞憂はどうでもよさそうで荻村に至っては気付いたかどうかも危ういもんだった。


(あれはあれで残念だよな)


 もともとどこか残念な兎だったけど。


「そういえばその話だと、コウモリは結局全滅できたの?」


 中途半端に寅吉のパンチパーマ事情と結果的に封印できたことしか説明していないゆえの疑問。それに涼都は先ほどの東と同じく何とも言えない表情を浮かべた。


「まぁ、だいたいのコウモリは俺が火振り回して消滅したし……残りは寅吉が火ついたまま走り回った時に消えたんじゃねぇの」

「え、結構あやふやだね。もし残ったコウモリが校舎にでも入って生徒に被害が出たら……」


 ずずっと涼都は茶をすすった。


「大丈夫、大丈夫。見た感じいなかったよ」

「そう? なら安心……」

「あぁ、でも。一匹ぐらいは取り逃がしてるかもな」


 東の言葉に被せるように言った涼都の言葉に、東はさも不安な表情を見せた。

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