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Black*Hero  作者: 沙槻
序幕 第3章
16/58

*3.不思議の国の兎さん ④


 灰宮はいみやは微笑んで手を差し出した。


藍田あいだくん、立てる?」


 それに藍田は自分で立ち上がると、ぐいっと涙をぬぐって笑う。


「杞憂さんに謝らないと」

「杞憂、杞憂って、うるせぇな」


 背後からの声に、灰宮と藍田は同時に振り返った。すると、そこには先ほど杞憂にやられて気絶した三人の男子生徒が立っている。どうやら長話をしている内に、意識を取り戻したようだ。


「四大一門の杞憂がそんなに偉いのかよ。四大一門なんて皆、たいした事ないんだろ」

「何か問題を起こしても、家の方がもみ消してくれるもんな」


 口々に言い嫌な笑みを浮かべて、歩み寄ってくる。本人がいないからか、ずいぶん強気な発言だ。杞憂に気絶させられた人の言うセリフじゃない。


「確かに、杞憂は時々やり過ぎてしまうけど……それで四大一門全体を評価されたくはないわね」


 前に進み出た灰宮に、藍田は慌てて腕をつかみ止める。


「あのっ危ないですよ! この人達は攻撃魔術が使えるんです!」

「大丈夫よ」


 にっこりと笑うと、藍田は目を丸くする。前をまっすぐ向き、臆することもない様子の灰宮に、男子生徒達は気分を害したようだ。


「女だからって容赦はしないぞ。『草原の風、水面の葉、日の」


 詠唱し始めた男子生徒に、他の二人もそれぞれ違う魔術の詠唱を始める。それを見た藍田は、だんだん顔が青ざめていく。今日か、昨日か、はたまた両日かは知らないが、少なくとも一度はこの魔術をくらっているらしい。


(風の魔法と、水の魔法。それに氷の魔法ね)


 どれも初歩的な魔法だが、(四大一門を除いて)入学したてで使える者も少ない。さすがは桜華に入学しただけはある。


 ピシッ


 頭に直接響くような音に、灰宮は顔を上げた。しかし、どこにも異常な点は見当たらない。


(気のせいかしら?)


 いや、違う。さっき杞憂の魔術を無効にした時もヒビの入るような音がしていた。


(これは一体……?)


「いけ!」


 その声に灰宮は思考を止める。

 考えこんでいる場合じゃなかった。次々と飛んで来る攻撃に、灰宮は手の平を前方に突き出す。その瞬間、パンッといい音を立てて魔法が消えた。


「なっ……」


 あまりにも予想外だったのだろう。

 三人とも、藍田でさえ、驚いた表情で灰宮を見た。見えないように結界を張っただけだが、効果は抜群だ。


「容赦はしなくて結構よ。四大一門を軽く見られた上に手加減されたなんて、我が一族に顔向けが出来ないわ」

「我が、一族って……まさか」


 少年が先ほどの藍田より青ざめた顔で灰宮を見る。灰宮は頷いて結界を解いた。


灰宮千里はいみやせんり。四大一門『灰宮』の者です」


 その言葉に全員が固まった。藍田には自己紹介する暇も無かったので、驚いた顔で見ている。しかし、それでおめおめと帰る彼らではなかった。三人の内の一人が冷や汗を流しながらも強気な笑顔を浮かべる。


「灰宮家だから何だっていうんだ。『氷山の女神に捧ぐ千の」


 やや強めの魔術詠唱に灰宮は身構えた。魔術としては初級でも破壊力はそれなりのモノである――が。


(何? これ)


 ピリピリとした感触に、眉を寄せた。空間が不安定に揺れている。

 灰宮は辺りに目を配った。目には見えない。見えないけれどこれは。


(魔術と共鳴している?)


 空間が魔力に反応して、共鳴しているのだ。共鳴の振動に耐えきれずに、ピシピシと何かが壊れる音がする。


(これ以上魔術を使うのは危険だわ)


 灰宮は声を張り上げた。


「今すぐ魔術を中止して!」

「はぁ? 何を言って」


 パリンッ


 遅かった。

 まるでガラスでも割れるかのような音がした、その瞬間。ゾッとする程の強い気配に灰宮は目を見開く。


(これは……魔獣の気配!)


 反射的に体が動いた。

 とっさに藍田と他の男子生徒に結界を張る。しかし自分にまでは間に合わなかった。

 気がついたその時には、視界が真っ黒になった。



*―――――――――――――――――*



 春日かすがは低くうめいた。


「あーやっべぇ。遅刻する」


 とりあえず全力で1年校舎横を走っているが、間に合うかどうかはわからない。

 春日は2年のクラス担任だ。そして向かう2年校舎へは、1年校舎の横から回った方が近いのである。隣の林の中を走れば1年校舎の窓から丸見えにならずに済むのだが、そんな余裕はなかった。

 そういう訳で、春日は校舎にも入らずに砂利道を爆走している。


(それに校舎内を走ったら、また京極きょうごくあたりにきつく言われるからな)


 以前、さんざん怒られたことがある春日だ。何故同じ教師なのに怒られなきゃならないのか疑問ではあるが、それだけは嫌だ、経験したくない、もう二度と。

 だから急がなきゃいけないというのはわかっている。けれど春日は足を止めていた。


「この気配は」


 魔獣!

 肌がざわついてチクチクする上に寒気すらする。


「この感じは間違いない。でも何でこんな所で」


 とにかく、春日はそちらへ向かおうと林へ足を踏み出した。

 魔獣の気配に血の匂い、極めつけにデカイ石まで飛んで来て――


(ん? なんで石?)


 認識したと同時、避ける間もない。

 気がついたら、ガンッと頭に強い衝撃が走って春日は意識を失った。



*―――――――――――――――――*



「ちょっ、おまっ……あ、危ねぇだろ!」


 涼都は地面にしりもちをつきながら叫ぶ。対してウサギ(仮)はふてぶてしい態度で鼻を鳴らした。


「お前に投げたんだよ。ったく、避けんじゃねーよ」


 そう言って兎(仮、次から省略)は残念そうに舌打ちする。涼都は寒気が走った。


「避けるわ! 拳ぐらいの石だぞ? 当たったらどうすんだ!」


 何がコイツの機嫌に障ったのかは知らないが、いきなり石を投げられて涼都の心臓は大きく跳ねた。しかし兎は軽い調子で言う。


「当たっても死なねぇ。ま、投げたのが鳴海なるみ葛城かつらぎ、春日あたりならヤバいだろーがな」

「誰が投げても危ねぇよ!」


 涼都がわめく隣で、東は平和そうに思案している。


「春日、聞いたことあるかも」

 ※つーか投げられて当たった人(現在、気絶中)


「で? お前は一体何の生物だ」


 さすが杞憂だ。流れも無視して、普通にきいてきやがる。長々と正座で兎の説教を聞くハメになった涼都は、その答えに初めて耳を傾けた。


「俺は学園側に錬成されたウサギの寅吉とらきち。学園内の森や林の管理をしている一匹だ」

「え? 兎なのに寅なの」


 今まで流して聞いていた東も、そこには突っ込まざるをえなかったらしい。涼都はちょっと言ってみた。


「ピョン吉なんてどうだ?」

「今度こそ鉛玉飛ばすぞ、ガキ。俺は不思議の国の兎がモチーフなんだよ。そんな変な名前には死んでもなりたくねぇ」


 瞬間、三人に衝撃が走った。


「冗談だろう?」

「不思議の国の兎がモチーフなの?」


 苦い顔の杞憂や驚きで目を丸くした東の隣で、涼都は顔をしかめる。


「何が不思議の国だ! 魔界の兎みたいなナリしやがって! 今すぐ不思議の国に謝れ!」

「お前が俺に謝れ。名誉毀損で訴えるぞ」


 こめかみに青筋が浮いた寅吉に、涼都が更に言い返そうとして口を開いた時だ。


「!?」


 全身が寒気に襲われて涼都はふらついた。何とかその場に踏み留まってその感覚をやりすごす。


(これは……)


「涼都?」


 不思議そうな顔をした東の横で、寅吉がつぶやいた。


「勘のいいガキだ」


 遅れて、東と杞憂がハッとする。林の奥から歩いて来ていたものに気がついたのだ。


「……魔獣」

「クーシー、か?」


 呆然としてつぶやく東のやや後ろで、ゾッとしたように杞憂が腕を抱いた。

 それは大きな犬だった。牛ぐらい大きな犬。その黒い毛が不気味に輝いていて口からは赤い血がしたたっていた。クーシーの語源は『犬の妖精』だそうだが、とてもそんな可愛いものには見えない。


「何で魔獣がいるんだよ」


 涼都は言いながら距離をとった。魔獣なんて召喚しないとお目にかかれないはすだ。

 寅吉は苦々しい表情で舌打ちする。


「この林は空間が不安定なんだよ。魔術の魔力の衝撃で空間が割れて、魔界の門が開いたんだろ」


 それで出てくるのがクーシーとは運が悪い。

 涼都はギリッと拳を握りしめる。杞憂の魔術を止めた時に気づくべきだった。あの時、涼都は本能的に魔術で空間に歪みが生じたのを察知していたのだ。


「涼都、どうする?」


 さすがの東も笑顔を引っ込めて尋ねた。

 この場合、とりあえず出てきたもんは仕方ない。


(手っ取り早く結界で封じるか、あっちの門を開けて強制送還するか)


 そう、思案していると。微かな血の匂いが、した。ハッとして涼都は顔を上げる。

 目の前のクーシーなんかそっちのけで、林の奥に目を向けた。


「涼都?」


 東が不思議そうに見てくるが、涼都は目を細めて沈黙した。


「えーっと、涼都くん?」


 ピクリともしなくなった涼都に、東が遠慮がちに声をかけた時。


「寅吉、ついて来い!」

「あ? ちょっ……」


 寅吉の腕をつかんで涼都は走り出した。それに慌てたのはもちろん東と杞憂だ。


「御厨!」

「ちょっと涼都、どこ行くの!?」

「悪い! クーシーはお前らに任せた!」


 言うだけ言って、涼都は走り抜けた。それを見送る東は唖然とした表情を浮かべ、杞憂はやや引きつった顔をクーシーに向ける。


「どうするんだ、コレ。って、おい!」


 涼都とは反対方向に移動し始めたクーシーに二人は慌てた。

 なにしろ、その先には校舎しかない。

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