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Black*Hero  作者: 沙槻
序幕 第2章
12/58

*2.桜華魔術学園 ④

「呪いだ」


 涼都りょうとは小さくつぶやいた。声のトーンはむしろ重く、表情もあり得ない程引きつっていたが。

 とりあえず、涼都は歩く速度を早めた。チラッと腕時計に視線を落とし、何気なさを装う。


 午後7時48分


 あれから東に『食堂で一緒に食べない?』なんて言われて仕方なしに夕飯を終え、とにかく風呂に入ろうと5階の男湯に向かった。さすがに東も『一緒に風呂に入らない?』なんて気味の悪いことは言わないらしく、涼都は一人、大浴場で疲れを癒して来た。そりゃもう、東がいないだけで何故か肩が軽いようにも思われたぐらいだ。

 なのに、外に出た瞬間そんな気分も全てぶっ飛んだ。なぜなら、その元凶は風呂用品の入ったカゴ片手にさも当然と入口の横に立っていたからだ。


(なんで、ここに杞憂きゆうがいるんだよ!)


 涼都はそっと背後を振り返った。東の呪縛から逃れたと思ったら今度は杞憂か。

 杞憂の髪がパッと見でも少し濡れていて、カゴから水滴がしたたるところを見るに、どうやら風呂上がりらしい。同じく風呂上がりの涼都とは、時間帯的にどう考えてもさっきまで同じ浴場にいたと嫌でも推測できる。

 こんな所で、顔面にケーキを投げつけた上に魔術バトルを繰り広げた相手に出くわすとは。悪い呪いがかかっているとしか思えない。


(まぁもっとも?)


 浴場スペースが広すぎて杞憂なんて全くわからなかったが。それは杞憂も同じみたいだ。


(俺には気付いてねぇみたいだし。さっさと帰ろう)


 そう、涼都が踏み出した瞬間だ。


「おい、右斜め3cm前」

「はぁ?」


 いきなり杞憂から意味不明な単語を投げかけられ、涼都は振り返った。その瞬間、


「うおぅわっ!」


 涼都は声を上げてしゃがみこんだ。それと同時に頭のスレスレ上空を、ものすごい勢いで物体が通り過ぎ、近くの壁に激突する。メキ、だかバリ、だかの破壊的な音階を奏でて勢いよく砕けたのは、プラスチックのカゴだった。ついでにぶちまけられたのは中の風呂用品である。

 涼都は風呂用品入りカゴを投げつけた杞憂を睨んだ。


「おい! お前なにしてんだよ、危ねぇだろが!!」


 それに、杞憂はこちらを見もせずに偉そうに腕組みしながら言う。


「何を言う? 危ないのはそっちだ。右斜め3cm前に植木鉢があるだろう。俺がカゴを投げなければ、貴様はそれに引っかかってコケてたんだぞ」

「コケるよりカゴに当たる方が危ないわ! お前バカじゃねぇの?!」

「何だと? 貴様、俺を誰だと思って……」


 ムッとして、やっとこちらを向いた杞憂の言葉が止まった。涼都を見るなり目を大きく見開くと、まるでゴキブリでも見たかのような表情を浮かべる。『嫌なヤツに会った』と、その口が動いたのが涼都にはハッキリとわかった。失礼極まりないヤツだな。つーか、


「自分がカゴ投げた相手が誰かわかってなかったのかよ? 俺じゃなかったらヤバかったぞ」


 運悪く頭に当たりでもしたら、真っ先に医務室行きだ。しかし、当の本人は涼しい顔で言った。


「この俺が危ないと警告してやったんだ。それだけでもありがたく思え」


 誰かコイツを無人島に連れて行け。そのうち真面目に死人が出かねない。

 涼都は舌打ちして杞憂に『床に転がる風呂用品その1・ボディソープ』を投げつけた。


「警告どころか、何かの殺意しか感じなかったよ! 口で言えばいいだろ!」


 杞憂は眉を寄せて、ボディソープをキャッチする。


「あと一歩で鉢に足を引っかける所だぞ。歩いてる最中に、次の一歩を踏み出すなと口で言って止まる人間がいるのか」


 淡々と言った後に、杞憂は驚く程アッサリと告げた。


「口で言って止まらないなら、強制的に止めるまでだ」

「止めるって何? 息の根?」


 真面目にゾッとした。

 軽く引きつった涼都に、杞憂は苛立たしそうに舌打ちする。


「もっとも、お前だとわかっていたら止めずに黙って見てたがな! 派手に転べばよかったのに」

「ははははは! お前がどうこうする前に鉢のことならとっくに気づいてんだよ! バーカ、バーカ」

「馬鹿はお前だ馬鹿!」


 杞憂は涼都が投げつけたボディソープをまたもや投げてきた。涼都はそれをキャッチすると、今度は自分の風呂用品入りカゴを杞憂に投げつけてやった。

 さすがに、杞憂もギョッとして避ける。砕けはしないものの何かのパーツが破損した音がした。


「っ……お、前っ! 危ないだろう!? 当たったら、どうしてくれるんだ!」

「自分のこと棚に上げてよく言うよ! 先に投げたのお前だろ!」

「お前は俺の善意にケチつける気か!?」


 飛んできた自分の風呂用品を避けながら、涼都は更に杞憂へ何個か投げる。


「だからアレは善意じゃなくて殺意だろうが! 本っ当~に、お前バカだな!」


 投げては、投げ返し。

 二人の間では言葉だけでなく、風呂用品や私物の携帯やら黒、茶の財布やらが空を飛んでいた。

 杞憂はうざったそうに低い声を出す。


「お前に言われたくはない! 第一、鉢に気づいていたんならもっと離れて歩け! 倒れて汚れでもしたら、公共の迷惑だ!」

「迷惑? お前の方が迷惑だろ。今日のバスで暴れ回ったの忘れたわけ?」

「いや、俺は君たちの今の行為の方が、公共の迷惑になってると思うな」

「「あぁ!?」」


 割って入った声に、思わず涼都は杞憂と同時にそちらに目を向けた。するとそこには、風呂用品カゴ片手ににっこり笑う顔が一つ。


(げっ……)


 正直、今日一番に心の底からげんなりした。やっぱり俺は悪い呪いにかかっているらしい。


「東」


 呼ばれて、東は笑みを深くした。いつの間に来たのかは知らないが、立ち位置と様子からして風呂上がりではなく、風呂に入りに来たようだ。激しくうざったいことに、そのまま手でも振ってきそうな雰囲気である。

 対して、涼都の言葉に器用に片眉を上げたのは杞憂だ。


「『東』だと? お前、設楽と知り合いなのか?」


 その問いかけに、東はボソリとつぶやいた。


「あぁ、やっぱり電車で俺の姿は見えてなかったんだ」


 確かに。

 かろうじて聞き取れた涼都は、大いに同意した。

 今日の電車のあの騒ぎで、ケーキ投げ事件から東は涼都の隣にずっといたのだが、怒りからかその姿は認識されていなかったらしい。もし、視界の端にでも見ていれば少なくとも知り合いかどうかなど聞かないだろう。

 涼都は自分の風呂用品を拾いながら、適当に答えた。


「まぁ東とは知り合いっちゃー知り合いだ」

「知り合いだなんて他人行儀じゃないか。涼都ったら恥ずかしがり屋なんだね」

「グラウンドに埋めるぞ」


 低い声のトーンに、東もさすがにこれ以上はヤバいと思ったのか、杞憂に矛先を変える。


「ところで、杞憂。君一体何してるんだい?」

「別に何も。視界に入れたくもないモノが入ったせいで、予定も大きく狂いそうだ」


 涼都は最後に拾い上げた携帯を、危うく杞憂に投げつけそうになった。舌打ちして杞憂を睨みつける。


「元はと言えばお前のせいだろうが。俺様の貴重な時間を返せ、泥棒」

「ずいぶん仲がいいね、君たち」

「どこがだ」


 クスクスと笑う東は、絶対にこの状況を面白がっているに違いない。涼都はため息をついて携帯をジャージのポケットに突っ込んだ。そして、拾い集めた風呂用品入りのカゴを持ち上げ、歩き出す。


「ま、とりあえず俺はもう帰るわ。なんか疲れたし」

「おや、それは大変だったね」


 まるで他人事のように言っているが、主に元凶は東、お前だ。


(そこのところ、自覚してるのかしてないのか……)


 涼都は肩をすくめ、ため息をついて東を追い越した。すると


「おい」


 杞憂に呼び止められ、涼都は足を止めた。本来なら杞憂に呼び止められようが東に呼び止められようが、無視するところだが。


「何だ」


 振り返りもせず、短く尋ねた涼都に杞憂も短く言った。


「明日の朝8時30分。1年校舎裏に来い」


 無言でチラリと視線を向けた涼都に、杞憂はスタスタと歩いて来て、追い越した。


「………………」


 背後で面白がるようにニヤッと笑う東は置いといて、涼都は思う。出入口に佇む杞憂は誰かを待っているようにも見えたのだが。


(結局、何するためにあんな所で立ってたんだ?)



*―――――――――――――――――*



 灰宮は、5階の自販機からミルクティーの缶を取り出した。


 午後8時20分


 窓の外は、もうすっかり暗くなっている。夜空に浮かぶのは月だけだが、それさえも今は分厚い雲に覆われている。その何気ない窓の景色に灰宮はふと、何かを感じとった。


(妙にざわついてるわね)


 虫の鳴き声がうるさいとか、木々が風にざわめいているとか、そういう意味のざわめきではない。この魔術学園自体の空気がざわついているのだ。

 もっとよく気配を感じ取ろうと灰宮は目をつむって、耳を傾けた、すると。


「ごめんなさい! 本当にすいませんでした!」


 突然、響いた声に、灰宮は危うく缶を落としかけた。


(な、なに?)


 ただならぬ空気を感じて、灰宮は声のする方へと足を忍ばせる。するとそこでは


(杞憂――と、誰かしら?)


 杞憂の前に立っていたのは、遠目でも可愛らしい顔立ちとわかる少年だった。男子の制服を着ていなければ、確実に女子と間違えただろう。

 灰宮は目をこらして二人を見、目をみはった。よく見ると少年は傷だらけで制服もすでにボロボロになっている。しかも彼は泣いていた。ポロポロと大粒の涙を流して、焦げ茶色の折りたたみ財布を開くと、数枚の紙幣を取り出しす。


(……………え?)


 杞憂に差し出した。灰宮はあまりのことに硬直する。


「藍田」


 半分、呆れたような杞憂の声に少年、藍田はビクッとする。


「すいません。今、は……これしかっ」


 藍田は更に号泣してしまった。今にも崩れ落ちそうな藍田から、杞憂は無表情のままソレを受け取る。


「――クズはとことんクズだな」


 言った杞憂の声はあまりにも低く、冷たくて。

 すっと杞憂がこちらに視線を向ける頃には、灰宮は間一髪でその場から駆け出していた。慌てて、自分の部屋に帰って鍵をかけると、ドアを背にしゃがみこんだ。鼓動がやけに早くて、胸が痛い。

 見てはいけないものを見てしまった気がする。

 今のやり取りはどう見ても――――

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