*2.桜華魔術学園 ②
講堂の中は既に生徒で溢れかえっていた。バスや電車ではピンとこなかったが、こうして集まったところを見ると、その生徒の多さを実感する。
「すごい人だな。えーと、A組は」
さっと涼都が視線をめぐらせると、すぐに整列されたイスの後ろにA~Lまでの立て札を見つけることが出来た。ついでに、余計なモノも見つけてしまったが。
「やぁ、遅かったね」
「……あぁ」
思わず、ため息をつきかけた。そこには壁に寄りかかりながら、にっこりと笑う東の姿がある。見つけなけりゃよかった。
涼都は、歩み寄ってくる東に冷めた目を向けた。
「東、一応聞くけど、俺を待ち伏せてたのか? ストーカーって呼ぶぞ」
「やだなぁ。ストーカーなんて、人聞きが悪いじゃないか」
あ、待ち伏せのところは否定しないんだ。
遠回しに待ち伏せ行為を認めた東は、さらりと話題を変えた。
「それより、涼都は何組だったの?」
その問いに、理事長は眉を寄せた。
待ち伏せしていた事を『それより』で片付けられたこともそうだが。まさか、そんなことを聞くためだけに涼都を待っていたわけではないだろう。
促すよう黙って視線を向けた涼都に、東は声のトーンを落として付け加えた。
「杞憂はF組みたいだよ。君は、杞憂に目つけられてるからね。同じクラスになったら、相当面白いことになるな、と思って」
「あーそういうことね。っていうか、お前今普通に言ったけど面白いって何だ、面白いって!」
「冗談だよ、冗談」
簡単に言うが、涼都としてはとても冗談には聞こえない。内心の思いが、つぶやきとして口に出た。
「こいつとは絶対、同じクラスになりたくねぇ」
「何か言ったかい?」
「いや、どうせなら、杞憂とお前が同じクラスになった方が楽しいんじゃねぇのってさ」
(俺が、な)
わざと茶化すように言った涼都に、東は首を振る。
「四大一門同士は、同じクラスにならないよ。よけいなケンカ始めたら、教師も生徒もたまったもんじゃないから。涼都、残念だったね」
なるほど、道理で他人事な訳だ。しかしそれなら、
「お前も残念だったな」
涼都はそこでニヤリと口をつり上げ、鼻を鳴らした。
「俺はA組だ。杞憂とは別のクラスだぜ」
一瞬、東が笑顔のまま固まった。あれ、何この反応。
(もしかして)
激しく嫌な予感がした涼都に、東は笑う。
「いや、奇遇だね。俺もA組だよ」
瞬間的にクラッときた。
涼都はふらつきそうになった頭を、なんとか手で押さえつけた。思わず天を仰いでしまう。
「………マジで?」
「うん、マジだよ。これはこれで面白いね」
誰かコイツをこの笑顔ごと消し去ってくれ。
結局、涼都は東と一緒にA組の列に加わり、入学式を迎えるハメになる……最悪だ。
*―――――――――――――――――*
薄暗い、講堂のステージの裾。
入学式の舞台裏とも言えるこの場所を、荻村はただ制服を戻すついでに立ち寄っただけだった。それでその姿を見つけられたのは、果たして運がいいのか、悪いのか。まぁ、報告の手間が省けた点においては運がよかった。
中心に立ち、教師や生徒を指示を飛ばすその人物に、荻村は簡単に今朝の騒動を報告する、と。ものすごく深いため息をつかれた。
「つまり、杞憂家と灰宮家が絡んだいざこざに貴方はただ黙って見てただけだ、と。そういうことですね」
「――――まぁ、そうとも言える」
わざとらしく視線を逸らした荻村に、彼女は肩甲骨辺りまでのストレートな髪をかきあげ、疲れた表情を浮かべた。
橘スミレ
詳しくは知らないが、20代という若さでありながら異例の大出世をした、桜華学園の高等部学園長だ。理事長がトップであり、その下に高等部学園長の橘と、大学の学園長が従う、イメージ的には教頭のような立場だ。桜華学園のナンバー2である。
そんな橘は、女性にしては背も高く、キリッとした顔立ちが涼やかで、眉目秀麗という言葉がぴったりだ。そこに、唯一難点があるとすれば
「貴方それでも教師ですか、荻村先生。クビにしますよ」
このニコリともしない、厳しい表情と気の強さだろう。
「文句なら、俺を行かせたヤツらに言ってくれ」
小言に慣れた荻村は聞くのも面倒だと、手をひらひらと振る。それに、橘は眉をひそめた。
「だいたい、貴方は教師としての自覚が――」
「ないんやけど」
「は?」
いきなり割って入って来た声に、橘と荻村は同時にそちらに目を向けた。そこには、上着を片手にネクタイを緩めながら、男子生徒が一人、息を切らせている。
「制服はしっかり着なさい。というか、誰がいないんですか? まさか」
そこで言葉を止めた橘の顔は、やや引きつっていた。荻村はサッパリわからないが、男子生徒は橘の言いたいことがわかったらしい。
「そのまさかや。挨拶するはずの生徒会長がおらん」
「………………」
それは、やばい。
深いため息と共に、橘は片手で顔を覆う。
「じゃあもう代理でいいわ。原稿はあるんだから、そこら辺にいる生徒で誰か行きなさい」
「えーもういいやん。めんどいから無しでええやろ」
「いいから、早く決めなさい!!」
なんとなく、荻村は橘に同情したのだった。
*―――――――――――――――――*
壇上で長々と話している人々を見ながら、涼都はぼんやり考えていた。
『四大一門同士は同じクラスにならないよ』
その東の言葉通り、東はA組、杞憂はF組、灰宮はK組だった。壇上で、学園長というには若く美しい女性の登場に、男子生徒が色めき立つ中、涼都だけは小さく舌打ちをした。
(これから一年間、東と同じクラスか)
嫌な予感しかしない。どうせ同じなら、あんな胡散臭いヤツより灰宮の方が断然よかった。
(そういや、灰宮と言えば……)
涼都は先ほどの灰宮の質問を思い出す。どこかで会ったことがないかと聞かれれば、もちろんないのだが。
(初めて会った気がしないのは、確かだな)
でも、会ったとしたら一体いつだろう。
そう涼都が考え始めた頃だった。
『ズルは無しや。これで穴埋め決まるからな。いくで、ジャンケンッ』
何だ!?
突如響いた声に、講堂の人間、全員が口をつぐんだ。
『冗談じゃねぇよ。俺は居合わせただけだ。絶対行かないからな!』
『行かせられるかぁぁあ! お前とりあえずシャツ着ろや、露出魔!』
『待ち待ち待ちぃ! マイク、マイク入ってる! 切れっ』
……プツッ
マイクが切れる音がして、徐々に講堂がざわめきに包まれる。裾の方でマイクの電源が切れてなかったようだが。
(なんでジャンケン? しかも、穴埋めって何の?)
めちゃくちゃもめてたんだが、何事だろうか。面白ければ退屈しのぎになって最高なのだが。
「東、今のって――おい。どうした?」
東を見ると、彼は脱力というか、穏やかな笑顔はどこかへ飛んでいってしまったように疲れた表情をしていた。深刻そうに、ため息をついて、東は片手で顔を覆う。
「気にしないで。まだ声だけで済んで、よかったと思ってるから」
「はぁ?」
さっぱり意味不明で、ますます疑問が募ったのだが、当の東が正常じゃないので、追求するのは止めておく。
『えー……失礼しました。次は理事長の挨拶です』
何気なく目を向け、涼都は二度見した。
「!!」
思わず、ガタリとイスを鳴らして立ちかけて、なんとか抑える。
(あれって――水木?)
理事長、そう呼ばれ、そこに立っていたのは、確かにあの日、涼都に推薦状を届けに来た男だったのだ。
*―――――――――――――――――*
「え? 理事長?」
「そう、その理事長だよ。何か知らねぇの、お前」
入学式の後、1-Aの教室に向かう途中で、涼都は成り行き上仕方なく一緒に歩く東に尋ねた。『理事長の事何か知らないか?』と。
しかし、さすがに東も詳しくは知らないようで『さぁ?』と肩をすくめた。
「そうか、ならいい」
涼都をこの学園に誘った張本人。
理事長自ら動くのなら、少なからずとも意図するものがあったはずだ。
(それが理事長の独断なのか、学園自体の意思なのかは知らねぇけど)
ま、退屈だけはしなさそうだ。
涼都は気持ちを切り替え、たどり着いた教室に足を踏み入れた。