目を合わせてはいけない
皆さんは子供の頃に「知らない人と目を合わせちゃだめ」と言われませんでしたか?
私は、それとは別に祖母からも言われたことがあります。
「動物とも無闇に目を合わせちゃなんねぇんだ」
祖母は昔から霊感が強くて親族の間では有名でした。
「特に死にかけた動物は怖いんだ」
そんな祖母の話は、とても怖くて、私は苦手でした。
田舎に行くのが嫌で嫌で仕方なかったのを覚えています。
そのためか年を経るごとに、祖母とは疎遠になっていきました。
私は南里絵毬、15歳。
高校に入って二か月、春からの生活にも慣れてきた今日この頃です。
高校でテニス部に入部した私は、通学手段をバスから自転車に切り替えた。
うちの部は本格的で練習は厳しく、下校が遅い時間になることが多かったからだ。
バスより自転車の方が、時間の融通が利くものね。
その日は中間テスト前で練習が早く切り上げられ、日が暮れる前に帰宅出来た。
家の近くまで来た帰り道。
渋滞で有名な五差路を通り過ぎたところで違和感を覚える。
(対向車が来ない…?)
そうなのだ。
渋滞で有名な夕方、そして五差路へ向かう方向。
なのに車が1台も来ないなんて有り得ない。
(事故でも有ったのかしら)
そのまま自転車を走らせて行くと、カーブの先が見えてきた。
すると道路の中央付近、対向車線寄りにビニール袋のような物が風に靡いている。
(誰かが買い物袋でも落としたのかな……?)
どうやら避けたいのだけど、車通りが多くて避けられず停まってしまっている。
狭い道なので、あの袋を避けようとすると、どうしても対向車線にはみ出ないといけないようだ。
(落とした人は取りに戻らなかったのかしら、いい迷惑ね)
だけど、近づいて行くと、その考えが間違いだったと分かる。
アレは買い物袋なんかじゃなかった。
アレは……猫だ。白い猫。
ビニール袋が靡いて見えたのは、あの猫が車から逃れようと必死に前足を動かしていたから。
恐らく、すでに一度轢かれているのだ。
下半身は倒れたまま、全く動いていない。
上半身だけで必死に逃げようとしている姿にショックを受けて、私もどうしていいか分からなくなった。
「ど、どうしよう……」
ふと目を先に向けると数台先にバスが見える。
黒と青の色が特徴の市営バスだ。
あのまま進めばバスのタイヤは間違いなく猫のいる位置を通るだろう。
呆然として動けないでいると
「……あ」
猫と目が合ってしまった。
猫の目には恐怖が満ちていた。
――――動物とも無闇に目を合わせちゃなんねぇんだ。
――――特に死にかけた動物は怖いんだ。
突然、祖母の言葉が頭に蘇った。
私は恐ろしくなって、急いでその場を離れた。
決して振り返らないよう自分に言い聞かせながら。
その日は散々だった。
食事は喉を通らないし、夜は中々寝付けない。
翌朝、眠い目を擦りながら学校へと自転車を走らせる。
違う道を通りたかったけど、物凄く遠回りになるし、バスを使うなんて以ての外だ。
(バスだって、この道を通るんだもの!)
覚悟を決めて先を進むと、問題の場所が見えてきた。
(このカーブの先……)
意を決してその場所を見る。
すると、そこには何も無かった。
怖かったけど、道路脇に猫の死体が置かれていないかも確認した。
けれど、それも無い。
(良かった、きっと誰かが助けてくれたのね)
安心した私は先を急ぐことにする。
車に注意しながら車道を走ると、ふとソレが目に入った。
そこ――道路の中央付近、昨日の場所――には、ぺちゃんこになった、猫と思われるモノが張り付いていた。
「――――まり、絵毬!」
「……え? 凛ちゃん?」
何時の間にか、私は学校の教室にいた。
親友の凛ちゃんに声を掛けられて気が付くなんて。
どうやって来たのか記憶が全然無い。
「どうしたの、ぼーっとしちゃって?」
「あ、うん……あの……実はね――」
一人で抱えているのが辛くて、凛ちゃんに事のあらましを話す。
「――うわ、最悪」
「ご、ごめんね?聞きたく無かったよね、こんな話」
私が凛ちゃんだったら、やっぱり聞きたくなかったと思う。
「それはいいけど、災難だったわね。そんな場面に出くわすなんて」
「……うん」
「テスト前だけど一日くらい良いよね、今日は遊んで帰ろう?早く忘れるのが一番よ」
「凛ちゃん……ありがと」
放課後は凛ちゃんといっぱい遊んだ。
遊んでいる間は、猫の事も忘れていられた。
一人になると思い出すことも有ったけど、考えないようにすることは出来るようになった。
中間テストが始まると、勉強に忙しくなり、思い出すことも無くなった。
テスト期間が終わっても、日々の忙しさに追われて、本当に忘れていることが多くなった。
そして夏休みに入った頃。
私は悪夢に魘されるようになった。
そこは家の近所、生まれ育った町内。
でも人影はない。
いるのは私一人。
家に戻ろうと歩いていると、黒い猫が現れる。
でもその大きさが異常だ。
動物園で見た虎やライオンくらい大きな猫。
そう、虎やライオンでは無いのだ。
大きさこそ同じくらいだが、それは“猫”だった。
それがゆっくりと私に近付いてくる。
怖くなった私は逃げた。
大きな黒い猫は走らない。
でもゆっくりと私に向かってくる。
私はどこをどう走ったか、自分でも分からないくらい出鱈目な道順で走った。
何とか振り切ったと安心していると、目の前の路地から大きな黒猫が姿を現した。
「ひっ」
短く悲鳴をあげて、再び私は逃げ出す。
猫は、ゆっくりと追いかけて来た。
感情の乗らない無機質な目で私を見ていた。
逃げ切ったと思っても、必ず猫は現れた。
路地の先から、時にはブロック塀の上から。
体力の限界を迎え、もう逃げられないと私の心が折れた。
すると猫は真っ直ぐ、でも変わらずゆっくりと私に近付いてくる。
体は動かない。
疲労だけじゃない、これは金縛りだ。
私は動けなくされていた。
動けない私は黙って近付いて来る猫を見ている。
でも何かがおかしい。
何がおかしい?
大きさだ。
さっきまでより、更に大きくなっている。
私に近付いて来るほどに猫の大きさが増している。
もう私の目の前にまで来た猫は、バスほどの大きさにまで膨れ上がっていた。
(潰される!)
そこで目が覚めた。
起きた私は、息は荒く汗びっしょりだ。
寝直す気になれない私は、こっそりとシャワーを浴びながら考えた。
あの夢は怖いけれど、不可解な点がある。
夢の最後、なぜ私は“潰される”と思ったのだろう。
普通は“食べられる”と思うものなのではないだろうか。
(やっぱり……そう言うことなのかな……)
頭の冷静な部分が自分に告げる。
きっと私は、あの猫に呪われたんだ。
死の際に目が合ったから。
どうすればいいのか分からない。
私は心が絶望に染まるのを止められなかった。
毎晩見る悪夢に、私は身も心も窶れていた。
そんなある日、祖母が田舎から出てきた。
祖母は、じっと睨むように私をしばらく見つめると
「何があったか言ってみな」
そう問い質してきた。
私は祖母に全てを話した。
ここ数日、悪夢を見ていること。
悪夢の内容。
そして、あの出来事も。
全てを聞き終えた祖母は、深い溜息を吐くと
「やっぱり、そんな事になってたのかい。……絵毬、これを持ってな」
そう言って、小さな鈴を取り出した。
「……鈴?でもお婆ちゃん、これ鳴らないよ?」
祖母から鈴を受け取りながら、私は疑問を口にする。
そう、この鈴は振っても鳴らないのだ。
中に何も入っていないようなので、当たり前と言えば当たり前だけど。
「いいから、肌身離さず持ち歩くんだよ!分かったね!」
「う、うん、分かったよ、お婆ちゃん」
祖母の剣幕に反射的に頷いた私は、ミサンガのようにして鈴を手首に巻き付けた。
その日の晩、少し期待して眠りに就く。
でも、その期待はすぐに失望に変わった。
そこは家の近所、生まれ育った町内。
でも人影はない。
いるのは私一人。
家に戻ろうと歩いていると、黒い猫が現れる。
でもその大きさが異常だ。
動物園で見た虎やライオンくらい大きな猫。
そう、虎やライオンでは無いのだ。
大きさこそ同じくらいだが、それは“猫”なのだ。
それがゆっくりと私に近付いてくる。
怖くなった私は逃げる。
大きな黒い猫は走らない。
でもゆっくりと私に向かってくる。
(いつもと同じだ、何も変わらない)
いつもと同じように動けなくなった私に猫が近付いて来る。
どんどんと大きくなり、潰されそうになった時
――――チリン。
鳴らない鈴が鳴った。
ハッとする。
それで身体が動くことに気付いた。
(金縛りが解けた……?)
見ると巨大な黒猫は消えていた。
(助かった……)
「お婆ちゃん、ありがとう」
翌朝、私は心からのお礼を祖母に伝えた。
(今まで苦手とか思っていて、ごめんなさい!)
口にこそ出せないけれど、今までの事も心の中で謝った。
「気にせんでいい。婆ぁが孫を助けるなんか当たり前だ」
祖母は何でもないように言いますが、呪いを跳ね除けるなんて凄いことだ。
私のお婆ちゃんは凄い人だったのだ。
八月、夏休みの登校日。
きちんと睡眠を取れるようになった私は登校した。
でも自重して、バスでの登校だ。
教室に入ると凛ちゃんが声を掛けてくる。
「絵毬、窶れちゃってるけど、登校しても大丈夫なの?」
「うん、これでも大分良くなったんだよ」
凛ちゃんには全部話していた。
悪夢に魘されていた時期、携帯に出なくなった私を心配して、家まで様子を見に来てくれたからだ。
「絵毬のお婆ちゃんって霊能者なのね……じゃあ、もうアイツの出番は無いかなぁ」
「何の事?」
「私の知り合いにね、そう言うのに詳しいのがいるのよ」
「へぇ〜」
うちのお婆ちゃんみたいな人が他にもいるんだ。
「心配だったから、ソイツに話しちゃったんだけど、もう済んだって言っておくわね」
「え?」
「まずいことになってるかもしれないから、すぐに会わせろって言われたんだけど」
「……え!?待って、凛ちゃん――」
――ガラッ
「みんな席に着けー!出席取るぞー!」
そこで担任の先生が教室に入って来てしまった。
何時の間にかHRのチャイムが鳴っていたようだ。
出席を取った後は一通りの連絡事項と、夏休みの残りも無事に過ごすように告げられて終わり。
凛ちゃんの話も気になるけど、ずっとお休みしていたテニス部にも顔を出さないと怒られてしまう。
「最後に、ここ最近一部の地域で交通事故が多発しているから注意するように」
そんな事を考えていたら、先生が交通事故の注意を促した。
「特に南里は家の近所だから気を付けろよ〜」
ドキリと心臓が跳ね上がった。
(うちの近所で交通事故が多発?……まさか!)
凛ちゃんも同じことを思ったのだろうか。
「先生、そんなに事故が多いんですか?」
真面目な顔で先生に問い質した。
「ああ、ここ数日だけで六件も死亡事故が起きているようでな」
「そんなに?」
「それもなあ――――
――――大型のバスやトラックに轢き潰されるっていう、痛ましい事故ばかりだそうだ」
私は最後まで話を聞くことが出来ず、逃げるようにして教室を飛び出した。
後ろで凛ちゃんが私を呼んでいたような気がするけど、気に掛ける余裕など無かった。
殺される。
猫に呪い殺される。
悪夢なんて、あの猫にとって遊びでしかなかったんだ。
猫は捕った獲物を弄ぶって言うじゃない。
あの悪夢は、それだったんだ。
バス停でバスを待つ間も、気が気じゃ無い。
どうして私は自転車で来なかったんだろう。
不安ばかりが増していく。
イライラしながら待っていると、ようやくバスが来た。
安堵して、ほっと息を吐くと違和感に気が付いた。
(なんで停まろうとしないの?)
普通なら、もう停まろうと速度を落とすはずの距離なのに、そのままのスピードでこっちに走って来る。
(通過しようとしてるの?)
――まさか!私が見えていない?
その考えが正しいかのように、バスは真っ直ぐ私に向かって来た。
「きゃあぁぁ――――」
悲鳴を上げた。
でも、すぐに声が出なくなった。
金縛りだ。
怖いのに、逃げたいのに、体が動かない。
目も逸らせない。
もう目の前までバスが来た――――死
――――チリン。
鈴が鳴った。
“キキキィィ――――!”
派手な音を立て、バスが急ブレーキを掛けながら停車した。
バスは私のほんのすぐ前で停まっていた。
ドキンドキンと心臓が音を立てて煩い。
運転手さんが何か言っていたけど、私の耳には入って来ない。
(お婆ちゃん、お婆ちゃん、お婆ちゃん……)
――助けて!助けて!
私は心の中で、ひたすら祖母に助けを求めていた。
バスから降りると、私は周囲を見渡した。
(大丈夫、何もいない)
安堵して先を急いだ。
家の近所まで来たところで、ふと視線を感じる。
見ると路地から猫が出て来た。
白い猫だ。
目が合った。
見たくないのに目を逸らせない。
金縛りだ。
すると――
――――猫が嗤った。
(ひっ!)
声が出ない。
悲鳴を上げたいのに、上げられない。
白い猫は嗤いながら、ゆっくりと近付いて来る。
(お婆ちゃん!)
心の中で叫んだ。
――――チリ…ン。
微かに鈴が鳴った。
今までの鳴り方とどこか違うけれど、それどころじゃない。
動けるようになった私は駆け出した。
すると手首に巻き付けていた鈴が落ちて転がり、そのまま側溝に落ちていった。
(あ、……落ちちゃった、拾わなきゃ)
――だめ! あれはもう拾えない!
けれど躊躇したのは一瞬で、私は鈴を拾うのを諦め、そのまま家へ向かって走った。
(お婆ちゃんなら、きっと何とかしてくれる!)
息が苦しかったけれど、必死に走った。
「お婆ちゃん!」
家に帰ると、すぐに祖母を呼んだ。
でも返事が無い。
居間には母もいない。
「お婆ちゃん?」
祖母がいるはずの客間に入ると――
「――ひゅー、ひゅー、かはっ……」
そこには、苦しみながら自らの喉を掻き毟っている祖母と
「母が苦しんでいるんです!早く救急車を!――お婆ちゃん、お婆ちゃん、しっかりして!」
祖母を介抱しながら必死に携帯で救急車を呼ぶ母がいた。
呆然とした。
何が起こっているのか分からない。
理解したくないのかもしれなかった。
外に視線を感じた。
見れば窓の外で猫が嗤っている。
邪悪な笑み。
私は家を飛び出した。
目的地なんて無い。
ただ恐怖に駆られて、闇雲に逃げているだけ。
(お婆ちゃんでも適わなかった)
後ろは振り返れない。
振り返れば、あの猫が嗤っているようで、怖くて見れない。
なのに、あの猫は目の前の曲がり角からスっと姿を現す。
「ひっ」
すぐに反転して別方向へと逃げ出す。
けれど少し先で、また猫が姿を見せる。
(弄ばれてる)
そうは思うけど、だからと言って他に出来ることも無く、私はただ逃げるだけ。
すると目の前に踏切が見えた。
嫌な予感がするけれど、前に進むしか無い。
意を決してと言うよりも、恐怖に駆られて私は足を踏み出した。
“カンカンカン――”
渡っている途中で踏切が鳴った。
(いけない、早く渡らなきゃ)
そこで足が止まった。
金縛りだ。
まさに線路の真上で体が動かなくなった。
私の心が絶望に染まる。
視線の先では、白い猫が嗤っていた。
(誘導されたんだ……)
気付いても手遅れ。
電車が凄い速度で近付いて来る。
でも、きっと運転手さんに私は見えていないんだ。
あのバスの時のように。
でも私の手には、もうお婆ちゃんの鈴は無い。
(もうだめなんだ……私は死ぬんだ……お婆ちゃんまで巻き添えにしちゃった。ごめんなさい、お婆ちゃん)
私がそう諦めた時――――
“パンッ”
耳元で手を叩く音が聞こえた。
「こっちだ」
そして男の人の声。
そのまま手を引かれた。
「あれ、体が動く……」
そのまま踏切を越えると電車が通り過ぎていった。
(助かった……?)
ほっと安堵の息を吐く。
「安心するのは早い。奴はもう六人喰って力を付けている。これ以上喰われたら手に負えなくなる」
私の手を引きながら、その人が言う。
私と同年代の男子だった。
「でも、どうすればいいの?」
「今なら、まだ俺が輪廻へと送ってやれる」
「え?」
「元は奴も犠牲者と言えるしな」
確かに、あの猫は交通事故の犠牲者だ。
人間に被害を受けたと言えるのかもしれない。
そんな事を考えていると彼が動きを止めた。
見ると白い猫が視線の先にいた。
「ひっ」
ゆっくり、こちらへと近付いて来る。
あの嗤いを顔に貼り付けて。
「に、逃げなきゃ!」
「じっとしてろ、すぐ終わる」
そんな事を言われても、怖くて仕方がないのに彼は動こうとしない。
手を掴まれているので、私も逃げられない。
空気が質量を持ったかのように重く感じる。
そこで彼が猫に向かって声を掛けた。
「お前も災難だったな、その恨みは俺が引き受けよう」
猫の脚が止まった。
「今なら間に合う、疾く黄泉路へと向かえ」
猫は、じっと彼の表情を伺っている。
すると次第に、あの邪悪な笑みが消えていった。
彼は、私の手を放すと、猫に向かって歩いて行く。
そのまま、そっと猫の頭を撫でた。
「――――にゃあ」
そう一声鳴いてから、猫はゆっくりと消えていった。
「終わったの?私、助かったの?」
「ああ、そうだ」
彼が答える。
ほっとした私は、そこで大変な事を思い出した。
「あ、お婆ちゃん!」
そうだ。
祖母が死にそうになっていたのだ。
「そっちも無事だ。あんたの婆さんが死ぬ前に決着を付けなければならなかったからな」
そう、彼が言います。
「……どう言う事ですか?」
「あんたと、あんたの婆さんが七人目と八人目になるかもしれなかったからだ」
彼の言っている事が分からない。
“――――ぴろりろりん♪ ぴろりろりん♪”
そこで私の携帯が鳴った。
凛ちゃんからだった。
「もしもし――」
『ああ、やっと出た。絵毬?あんた大丈夫なの?征一は間に合ったのね?』
「せーいちさん?」
「俺だ」
なるほど、彼――征一さんは、凛ちゃんの知り合いだったのね。
「うん、助けて貰ったよ。凛ちゃんのお陰だね。本当にありがとう」
『う……あ、あんたが無事なら良いのよ、それで』
「うん、ありがと……」
凛ちゃんに簡単に報告をして、その後で征一さんに家まで送って貰った。
お婆ちゃんは、征一さんの言う通り、無事だった。
念のため、検査で一日だけ入院することになったけど。
後日、お婆ちゃんと二人で征一さんと凛ちゃんにお礼を言いに行った。
お婆ちゃんがどうしてもお礼を言いたいと言うので、凛ちゃんにセッティングして貰ったのだ。
一通り挨拶が済むと、霊能者二人は気が合ったようで、一般人には分からない話で盛り上がっていた。
「凛ちゃん、分かる?」
「全然」
「だよね〜」
かろうじて理解できたのは、七と八が実は縁起が悪い数字だと言う事くらい。
呪いによって人を殺すと、殺した数だけ力を得るのだけど、七人目でその力はピークに達するのだそうだ。
そして八人目で、その力が確定してしまうのだとか。
でも、その法則を利用して反対に力を削ぐ方法も確立されていて、反呪の儀式を受けた人を態と八人目の犠牲者にすることで邪霊の力を中和するのだそうだ。
もしその前に八人目の犠牲者が出てしまったら、人には手に負えなくなるみたい。
「だから、あんたらを急いで助ける必要があったんだ」
征一さんはそう言うけど、それって人身御供だよね。
もっとも、その事が転じて八と言う数字は縁起が良いとされるようになったらしい。
「末広がりだからじゃ無かったのね」
「それは理由の後付けか、真の意味を隠す意図があるんだろう。人身御供が必要などとは、普通は人には言えない事だからな」
一般的に七も縁起が良いと言われるのも同じ理由で、犠牲者を七人で留めておけば、まだ後があると言う意味が転じたからみたい。
また海外から輸入したジンクスにより普及したのだろうと征一さんは言っていた。
ちなみに征一さんは、マイナーな神様の加護を持っていて、今回のような事件をよく解決しているそうだ。
だから、こう言った話に詳しいのだとか。
マイナーとか言っているけどいいのかな。
「事実だ。数えるだけ無駄なほど数ある天神地祇の一柱だしな」
征一さんはそう言うけれど、だからと言って不敬にならない訳じゃないと思う。
「ちなみに、あんたが最後に狙われたのは、婆さんが護っていたからだ。奴も堅固な護りに手を焼いたんだろう、力を付けてから再度狙ったと言う訳だな」
やっぱり、お婆ちゃんが守ってくれていたんだ。
「お婆ちゃん、ありがとう」
「いいんだよ、結局護り切れなかったしな。それよりこれからは気を付けるんだぞ」
「うん。征一さんも、ありがとうございました」
「俺の事は気にしなくていい。ああ、そうだ。あんた中途半端に霊感があるから注意した方がいいぞ。あんたみたいなのは狙われやすい」
――今、何か不吉なことを言われた気がする。
「征一っ!あんたは何でそう余計なことを言うのっ!?」
「何だよ、注意を促しただけだろう。親切で言ってるんだぞ?」
「だから、それが余計なことだって、むっちゃんにも言われてるでしょ――――」
凛ちゃんと征一さんは言い争いを始めてしまった。
なんだか、楽しそうに見える。
仲がいいのね、二人とも。
ともあれ、こうして私の恐怖体験は終わりを告げた。
動物も人と同じように恐怖を感じたり、また呪うこともあるのだと知った出来事でした。
〜目を合わせてはいけない 完〜