63,昔々の家族の夢
どうも調子が悪い。体が重い。異世界に行った疲れがとれていないのだろうか。誰かに頭の中を覗かれているような不快感がある。絆に言われた言葉が頭を回る。ぐるぐる。お兄ちゃんが苦手。お兄ちゃんが怖い。そっかぁ、仕方ないよ。卑怯者の私が嫌い。そっかぁ、でもそんなことないよ。ああ、昔はかわいかった。今もかわいいけど。妹だからね。家族だからね。僕の家族は絆だけになっちゃった。シグ? いやいや違うよ。シグは家族じゃなくて同居人。元がつくけど。元気にしてるかな。相澤くんはどうしただろうか。勇者の相澤くん。きっと波乱万丈異世界ライフを送っているに違いない。あっはっは、たーのしそーう。あの後、瀬川先生はどうしたかな。もしかしたら今でもフリーズしてたりして。寒そうだな。少しは慣れればいいのに、ああいうの。こういうの。あばばー。眠いから寝ます。おやすみなさい。
***
夢を見た。
「あなたはお兄ちゃんなんだから、絆のことを守るのよ」
「きずなって? だれ?」
「これから生まれてくる赤ちゃん。貴方の妹よ」
「きずな、絆、僕のいもうと……。わかった、まもる」
「よろしくね、お兄ちゃん」
「うん、おかあさん」
「おとうさん、いもうとって、かわいい?」
「ん? ……そうだな、かわいいと思うぞ」
「そっかぁ。はやくあえないかな、たのしみ。僕はおにいちゃんだから、絆のことまもるの」
「そうか、お前は頼もしいな」
「……おとうさん? げんき、ない?」
「いや、そんなことないさ。お父さんは元気だから、心配すんな」
「うん……」
「……本当に産むのか」
「なによ今更。もちろん産むわよ?」
「そう、か」
「なぁに? まさか、この子を殺せって言うの?」
「そうじゃない。そうじゃないが、その、あの子のことを考えるとな……」
「……ちゃんと、分け隔てなく育てるわよ。私にしたら、どっちも私の子供だもの。あなたからしたら、無理な話かも知れないけど」
「俺だってそうするつもりだ!」
「なら、いいじゃない。……等しく、育てればいいのよ。どっちを優遇するとかしないとか、そんなこと無しに」
「ああ、そうだな」
「……ごめんなさい、あなた」
「……」
「あの時は、本当にごめんなさ……」
「おとうさん、おかあさん……」
「っ!? ま、まだ起きてたの? 駄目じゃない、早く寝ないと」
「トイレ……」
「そ、そうか。ほら、トイレはこっちだぞ」
「ん……。ねえ、なんのおはなし、してたの? おかあさん、ごめんなさいしてた……わるいことしたの?」
「……っ、そ、れは」
「お母さんはな、ちょっと、悪いことをしたんだ。でも、ちゃんとごめんなさいをして仲直りをした。だから気にしなくてもいい」
「………………うん」
昔々の夢を見た。
もう朧気で曖昧であやふやな、こんな夢でないと思い出せないような記憶。
絆が生まれる前。偶然聞いてしまったあの人達の会話が妙に頭に残っていた。それから、いつだったっけ? 出生の秘密を知ったのは。
ああ、そうそう。僕が五歳、絆が三歳のときだ。まだ幼い子供では理解できないことがたくさんだったけど、母親が父親を裏切ったということは分かった。
ませた子供だな、自分。どこからそんな知識を手にいれたんだよ。テレビかな?
そういえばあの頃だっけ、幼稚園で「気持ち悪い」って言われたのは。失礼だな、僕はこんなにも普通なのに。気持ち悪いって言うなら、君らと僕のどこが違うのかきちんと説明してほしい。「普通」の参考にするから。
いやいや、別に普通ぶってるわけじゃないって。ただ僕の普通と他人の普通が異なっているから、だから知ろうとしてるだけだよ。
そう、僕は普通なのだ。宇宙人と同居するのも、異世界に行くのも、友達が実は勇者だってことも、全部全部普通だよ。何を騒ぐことがある。瀬川先生とは分かり合える気がしない。どうでもいいけど。
あ、目が回る。
昔々の兄妹の会話が呼び起こされる。
「お兄ちゃん」
「なに?」
「お父さんとお母さん、いつも私のお願いは叶えてくれるけど、お兄ちゃんのお願いは『我慢だよ』って言ってるよね。なんで?」
「んーとね。お兄ちゃんだから、かな」
「どうして? 私、お兄ちゃんのこと好きだから、お兄ちゃんのお願いも叶えてあげてほしいのに」
「ふーん。絆は良い子だね。でも、僕はいいんだよ」
「どうして? ねえ、どうして?」
「……秘密にしててね。僕と絆は、血が繋がってないんだ」
「……えっ?」
「絆は父さんと母さんの本当の子供だけど、僕は違う。どこかで拾われたんだ。だから、いいんだよ」
「……よく分かんない」
「それで良いよ」
たしか、僕が秘密を知ってから一年後。
僕は絆に嘘を吐いた。しかも中途半端な。
母親が父親を裏切った、だなんて、まだ幼い妹に知らせたくなかったのかもしれない。
今思えば、こんな嘘なんて言わずに適当に誤魔化せば良かったのだろう。それをしなかったのは何故だろうか。
どうせその内知ってしまうことだろうから、と思っていたからだろうか。僕自身がその事に対して特に何も思っていなかったからかも知れない。
まあ、今更言っても遅いんだけどね。仕方ない、仕方ない。
だから、このとき吐いた嘘のお陰で僕ら兄妹の仲が拗れてなんとも気まずい状況になってしまったのも、仕方ないことなのだ。
「……お兄ちゃん」
「何?」
「バレるような嘘なら、吐かない方が良いわよ」
「そうだね」
ああ。本当に、そう思うよ。
***
目が覚めた。
不快感は、まだ治まっていなかった。




