62,家族は大切に
リビングのテーブルを囲んで座った。僕の正面は叔母さん。右斜め前は叔父さん。そして僕の右隣に絆。奏太くんは自分の部屋に引きこもってしまった。僕と同じ部屋にいたくないのだろう。
話題は、僕と絆の親のこと。
「あの事故から、もう七年、八年かしら?」
「八年ですね」
「そう。もうそんなに経つのね。……絆ちゃんは、兄さん達……ご両親のことを覚えているかしら」
「はい。優しい人達、だったと思います」
「絆ちゃんのこと、大事にしていたものねえ」
「……そうですね」
「叔母さんね、絆ちゃんのこと、今では実の娘のように思っているの。これからもよろしくね?」
「……はい」
「あの人達、絆を大切に大切に育てていたよね」
「そうだったわね。……お兄ちゃんは」
「そういえば、兄さんが亡くなる前に言っていたわ。『最近、息子が怖い』って。どういうことかしらね?」
「さあ? そんなことを言っていたんですか。どうしてでしょうねえ」
「……お前、あまりそういうことは」
「でも、あなた。この子は……」
この人は何が言いたくて、こんなことを話しているのだろう。はっきりと言ってほしい。
「……面倒くさいな」
「なにか言ったかしら?」
「いいえ、別に。気のせいですよ」
「あら、そお? なら良いのだけれど」
「……叔母さん。お兄ちゃんにそういうことするの、止めてください」
「絆ちゃんは優しいのね。でも、貴女が気にすることはないのよ?」
「そうだよ、絆。無理することないよ」
「お兄ちゃん……」
「えーっと、話ってそれだけですか? なら、帰ってもいいでしょうか」
「……あの家、なんだけど」
「はい?」
「貴方が今住んでいるあの家、売りに出さない?」
「は?」
「来年は高校を卒業して、その後は大学に行くんでしょう? そのための資金を作った方がいいと思って」
「……」
「ね、そうしない? 兄さん達の遺産も、そろそろなくなるんじゃないの?」
「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です。……両親の遺産、まったく手をつけていませんので」
「……え?」
「大学も行きません。卒業後は働こうと思ってます」
「お、お兄ちゃん? そんなこと、今まで全然言ってなかったのに、いきなり」
「言う必要もなかったし、聞かれなかったからね。遺産は絆にあげるよ。あの家も、その内ね。手続きが面倒そうだけど」
「えっ……!?」
最初からこうするつもりだった。なんて訳ではない。なんとなくバイトを始めて、なんとなく遺産には手をつけなくて、なんとなく絆にあげようと思った。それだけだ。
叔母さんが家を売れと言ったのは、僕が素直に渡すと思っていなかったから、売ったその後にまた買い戻す気だったのだろう。そんな手間をかけてまで僕を追い出したいのか。
「……あら、そうなの。自分の立場がようやく分かったということかしら」
「はあ、まあ」
「それなら、もう帰ってもいいわよ」
「そうですか。それじゃあ、お言葉に甘えて」
「……お兄ちゃんは、それでいいの?」
「いいよ、別に。どうでもいい」
「……っ! ……ああ、そう。どうでもいいのね」
「うん。じゃあ、帰るよ。ばいばい、絆。叔母さんと叔父さんも。奏太くんにもよろしくと伝えてください」
「ええ、分かったわ」
「……お兄ちゃん、駅まで送る」
「え。いや、別にいいよ」
「いいから、行く!」
「あ、うん、はい」
慌てて追いかける。
僕の数メートル先を歩く絆。並ばずに歩いていると、まるでストーカーのようだ、となんとなく思った。
その時、絆が立ち止まった。僕との距離が一メートルほどに縮まったところで僕も立ち止まった。
「どうかした?」
「……なんで、なの?」
「え」
「なんでお兄ちゃんは、あんなこと言われて平気なの? 私とお兄ちゃんの扱いの差、なんで気にならないの?」
「それは、しかたのないことだし」
「しかたなくない!」
「……」
「……私ね、お兄ちゃんのことが苦手よ」
「うん」
「全部どうでもいいって思ってるくせに、私には優しくするお兄ちゃんが嫌いとすら思う」
「だろうね」
「でもね、そんなお兄ちゃんに甘えて自分を守ってばっかりの私自身が一番嫌い。卑怯者の私が、嫌い」
「そんなことない。絆は卑怯者じゃないよ」
「嘘。そんなこと思ってないくせに」
「嘘じゃないよ。僕はね、絆にだけは嘘を吐かないんだ」
「嘘よ」
「違う」
「違わない。昔、私に嘘を吐いたでしょう?」
「……あれは」
「嘘つき」
「……………………。あれは、絆を傷つけるつもりはなかったんだけどね」
「知ってるわ。むしろ守ろうとしてくれたんでしょ」
「……」
そんなつもりもなかったけど。
でも、そうか。絆はそんな風に思っていてくれたのか。
……ふうん。
「ねえ、絆」
「なに?」
「僕は絆が言ったように、大抵のことはどうでもいいと思っている。両親のことも、叔母さんのことも、叔父さんのことも、奏太くんのことも、相澤くんのことも、瀬川先生のことも、シグのことも、どうでもいいんだ」
「……」
「そんな僕が、一番どうでもいいと思っているのはなんだと思う? また、僕が一番どうでもよくないと思っているものは?」
「……さあ」
「前者は僕で、後者は絆だよ」
「……っ」
「絆はかわいいかわいい妹だ。だから、他よりも大切」
「妹、だから……」
「もしも絆が妹でもなんでもない赤の他人だったら、きっと僕は君のこともどうでもよかった」
「……」
「僕は自分のことがどうでもいい。生きようが死のうが、どうだって。だから、唯一大切な絆に僕のものをあげるよ。両親の遺産とかね」
「……」
僕がそう言い終わると、絆は何故かうつむいてしまった。どうしたんだろう。呆れたようにも、悲しんでいるようにも見える。けど、きっと気のせいだ。呆れはともかくとして、悲しむ理由はない。
「絆、どうかした?」
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「私、お兄ちゃんのこと、苦手よ」
「うん」
「……お兄ちゃんが、怖い」
「うん、知ってるよ」
「……。どうしてそんなに自分に興味がないの?」
「興味を持てないからだよ」
「妹だから、私に優しくするの?」
「そうだよ」
「お父さんとお母さんのことは?」
「あの人達は、もうどうでもいいよ。死んだから」
「生きてたら?」
「家族だし、まあそれなりにどうにかするよ」
「……やっぱり、私、お兄ちゃんと全然似てないわ」
「うん、だよね。血縁関係は半分だけだし」
「………………。帰る」
「あ、そう。ここまで送ってくれてありがとう」
「……」
絆はうつむいたまま僕の方を振り返らないで帰っていった。結局、何が言いたかったんだろう。
ま、いいや。僕も帰ろう。




