28,世界との相違
僕らは一目散に来た道を戻り始めた。さすがに異世界に墓標をたてるつもりはない。
「もー、逃げても無駄だって言ってるのにー」
「……っ」
「往生際が悪いですねー?」
「あーば!!」
足が動かない、光の鎖、腹に衝撃、浮遊感、背中の痛み。
吹き飛ばされたことに気付くのには少し時間がかかった。
「……かはっ、ぐ、うえっ、痛……っ」
「あらあら、随分ひ弱ですねー。よしよし、よくやりましたねーミュラ。あとでお肉あげますよー」
メリアさんの使い魔、ミュラの羽音が聞こえる。ミュラに吹き飛ばされたようだ。
「あらあら、随分とひ弱ですねー。最近は森に住んでるオークやホブゴブリンくらいしか相手にしてないのでー、力加減を間違えちゃったみたいですねー」
地面に寝転がった僕の頭の上で、悪びれずに言う声が聞こえる。が、それよりも何よりも腹が超痛い。吐き気がする。
どうやって吹き飛ばされたのだろうか。魔法で作られたであろう光の鎖で動きを止められたことは分かったのだけど。ミュラの体当たり?
「あーば、あーば! あばばばー!」
「それにしても、本当に珍しい魔物ですねー。ウチュウジン、でしたっけ? これなら悪魔と交換できますかねー。生け贄にぴったりですねー。うわー、ひんやりー。ぷるぷるー」
「っ、あばばば!」
僕に近寄ろうとしたシグを抱きかかえてメリアさんは言う。
というか生け贄?
「……ああ、けほっ、そういう感じか……」
アニメとかラノベにあるようなキラキラした魔法じゃなくて、黒魔術とかそっち方面か。
「……召喚には生け贄が付き物だからな」
「はい? なにか言いましたかー?」
「いいえ、別に」
「そうですかー。さてさてそれではー、貴方たちは使い魔召喚の生け贄になってもらいまーす」
「拒否権は?」
「ありませんよー、もちろん。この状況でそんなことが言えるなんて、逆に凄いですねー。よっぽど鈍感なんですねー」
失礼な。僕は鈍感なんかではないぞ。鋭敏というわけでも決してないが。
「あばばば! あーばー!」
「というかー、貴方のペット……居候でしたっけ? 居候のシグさんが私に捕まっているのにー、どうしてそんな態度なんですかー? さっきまでと全然雰囲気が変わらないじゃないですかー」
首をかしげながら問いかけられた。
どうして? ふむ。どうして、か。
「…………さあ?」
「……あーば?」
「はい? さあって、どうでもいいわけじゃないですよねー? なにか他に言うこと……」
「ありませんよ、言うことなんて。なにを言えと?」
いったい何を望んでいるんだ、メリアさんは。わけが分からない。
「……あのー、こんなことしてる私が言うのもあれなんですけどー、情とか無いんですかー?」
「情?」
「まさか無いとは言いませんよねー? 私もミュラには多少の情はありますしー……」
「……愛情とか友情とか、そういうの、ありませんけど」
何を当たり前のことを聞いてくるんだろう。
「そういうのって、物語の中だけじゃないんですか?」
「……」
「あーば……」
ん? なんだろう。場の空気が変わった気がする。おかしいな、変なことは言っていない筈なのだけど。
あ。もしかしたら、異世界だからそういうものが存在しているのかも知れない。
「……あらー。ワタナベさんって、結構狂ってる人なんですねー」
「失礼ですね。僕が狂ってるなんて、そんなわけないでしょう。僕はどこにでもいる、いたって普通の高校生ですよ」
「コウコウセイがなにかは知りませんけどー、他のコウコウセイの方たちにとっても失礼なことを言ってると思いますよー」
シグさんもそう思いませんかー? と同意を求めるメリアさんに、シグは大きく頷くように体を震わせながら「あば!」と言った。
あれー?
「……あーあ、なんか冷めちゃいましたー。貴方たちを生け贄にするの、止めにしますー。シグさんはともかく、ワタナベさんは殺しても生き返りそうですしー」
「僕、そんな人外じゃないですよ」
「心のない人間は人間じゃないんですよー」
私も大概だと思いますけどー、ワタナベさんはもうちょっとイッちゃってるんですねー。
そう言ってくすくすと笑うメリアさんは、本当にもうその気がなくなったようだ。シグを地面に下ろし、持っていた弓矢もどこかに消え去った。
「あーば、あばーば?」
「シグ、怪我はない? ……うん、ないな。良かったね」
「あば!」
僕らは死ななかった。




