私とお祖父ちゃんと、九十九神と、
私とお祖父ちゃんと、九十九神と、
【主な傾向】オリジナル、「僕とお祖母ちゃんと、九十九神と、」続編、書き下し
【関連作品】僕とお祖母ちゃんと、九十九神と、
【厳重禁止】無断転載、無断転記、無断引用、無断使用
つくも‐がみ【付喪神】=九十九神
器物がある年を経過するとそこに宿るとされる精霊または妖怪
人に寄り添い良い道へと導いてくれるものもいれば害を加えるものもいる(インターネット調べ)
この現代社会…そんな良く解らない想像上の生き物を信じる人間がいるだろうか。
下らない質問だ。
そんな人間居ないだろう…私だって信じてはいなかった。
今こうして私の目の前で新茶を味わうこの少女を見るまではー…
【私とお祖父ちゃんと、九十九神と、】
マンション/安藤宅リビング
「さっきは驚かせちゃってごめんね。」
「いえ 大丈夫です。」
自称九十九神様の撫子さんは私へそう詫びると新茶を口に運ぶ。
"うん美味しい"と呟きながら撫子さんはもう一度湯呑へとその口を付けた。
私以外には見えない事と最近では見慣れない格好を除けば何処にでも居るようなただの可愛い少女だ。
「可愛いなんて 照れるわね。」
「!?」
「ああ 私神様だから貴女の考えている事読めちゃうの。」
"気にしないで"と笑う撫子さんに私の顔は引き攣る。
そんな事を言われて気にしない人間なんていない。
て言うか…本当に撫子さんって神様なんだー…
「貴女の驚き方 似てるわ。」
撫子さんは持っていた湯呑を机上に置くと私へ微笑んだ。
懐かしむようなその視線に何となく私は撫子さんが私と誰かを重ねているのではないかと思った。
私の勘は当たった。
「貴女は祖父と知り合いなんですか?」
「ええ 八日間一緒に過ごした仲よ」
「…八日…ですか…」
"思ったより短いな"と内心にて突っ込みを入れ…ハッと顔を上げる。
改めて視界に納めた撫子さんの目はつり上がっていた。
ばっちり私は心を読まれてしまったようだ。
「そうね でも貴女のお母さんより私は幸大の事をよく知ってるわ。」
フンと勢いよく鼻を鳴らしながら撫子さんは私を睨む。
そして撫子さんは明日斎場へ持って行く為に除けた祖父の荷物へとその視線を留めた。
生前祖父が大切にしていたもの…好きだったものー…
祖父の棺へ入れようと思っていたどれも細かなものだ。
「母を 咎めますか?」
私は思わず尋ねてしまった。
撫子さんは私の言葉にその視線を動かさない。
私は撫子さんの様子を窺いつつ…もう一度撫子さんへ口を開く。
「母が祖父の事を好きではないと知っていて 貴女は死んだ祖父の恨みを晴らす為に…私の前に現れたんですよね?」
撫子さんは漸く私とその視線を合わせた。
けれど撫子さんの表情は怒っている訳でも笑っている訳でもなく無表情ー…
ただ瞳はとてもまっすぐだ。
「私が貴女の前に現れたのは貴女がそこの桐箱に触れたからよ。」
「えっ…」
そう言いながら桐箱を指差す撫子さんにつられ私も背後…桐箱へと視線を向ける。
桐箱に触れたか触れていないかと問われたなら触れた。
お葬式の準備に追われる両親から祖父の遺品を整理するよう言われ先程触れた。
ある意味触れたてほやほやだ。
「貴女のお母さんが幸大の事を好ましく思っていなかった事は知ってるわ 私ずっとあの桐箱の中に居たんだもの。」
撫子さんの声に私は慌てて視線を戻す。
撫子さんは机上へ視線を落としていた。
「でも だからと言って貴方のお母さんを咎めたりはしない。好意と言う感情は強制するものじゃないの。」
"ただどうせ撫子って名前を付けるのなら貴女のお母さんより貴女の方が良かったわ"と続けながら撫子さんは私と目を合わせた。
私は撫子さんが続けた言葉に少しだけ…ほんの少しだけ親近感を抱いた。
"神様も好き嫌いするんだ"と。
「好き嫌いもするわよ 後悔だって…」
"また私の心を読んだ"と思ったその時撫子さんは急に口を閉じてしまった。
口を閉じ唇を噛み…撫子さんの視線は再び机上へと下がる。
直感で"この人は何かを後悔している"と思った。
そして推測で"その後悔とは祖父の事ではないか"と勘ぐった。
私の心が読めているのに否定せずだんまりを続けていると言う事はつまり"そう"なのだろう。
私は一度撫子さんから視線を外し…身体をずらせー…
正面の撫子さんに対し正座を崩さないまま頭を下げた。
「撫子さんがどんな後悔をしているのかは解りません でも祖父との別れを惜しんでくれる事は嬉しいです。ありがとうございます。」
「…私はそんなつもりで… 貴女の前に…出て来た訳じゃ…ないわよ…」
"言ったでしょ貴女が触れたからだって"と続ける撫子さんに私は顔を上げる。
撫子さんの顔は悲しみに満ちていた。
「貴女が桐箱に触れたから…だから私は今ここに居るのよ。」
「本当に?」
撫子さんの顔を見ていたら"私が桐箱に触れたから出て来た"と言う説明が急に疑わしく思えた。
この桐箱は私の記憶が正しければ祖父は何度も触れていた。
祖母だってきっと触れているだろうし母だって一度は触れている筈だ。
"私が触れたから出て来た"と言うのはおかしい。
恐らく撫子さんは"自分の都合で出て来た"のだろう。
私が触れたからと言うのは建前で…いやもしかすると撫子さんは人を選んで出て来たのかもしれない。
さっき撫子さんは自分で言っていた。
"ずっとあの桐箱の中に居た"と…"好き嫌いもするわよ"とー…
「出て来るんじゃなかった…」
ぼそりと撫子さんが溜息と共に言葉を零す。
私は改めて撫子さんへジッと視線を留めた。
「私は 幸大の人生を狂わせちゃったの。」
撫子さんはその胸の内を静かに紡ぎ始めた。
「私は幸大の家庭を壊しただけじゃなく 幸大の将来も変えちゃった。私のせいで幸大は自分の娘から疎まれるような父親になったのよ。」
私の母は祖父の事を疎んでいた。
疎むと言っても祖父の人間性を批難していた訳ではなく祖父の生き方が気に入らないのだと昔…母自らが私に教えてくれた。
"賞一つ取れないような技術を意固地に続ける父の神経が信じられない"と愚痴る母の言葉はもう何十何千回と…嫌でも私の耳に入って来た。
母はプライドが高い。
お金にならないような仕事を続ける祖父の事を…慎ましやかな毎日の生活を"恥ずかしい"と否定し続けた結果が恐らく今の母だ。
母にどんな過去があったのかは私は知らない。
聞いた事もなければ聞かせてと強請った事もない。
ただ物心がついた時には既に母と祖父との間に溝が出来ていると感じた。
祖父との同居を始めてからも母は必要最低限の事しか祖父と話をしなかった。
「その桐箱 開けてみて。」
「えっ…」
母と祖父の事を振り返っている途中撫子さんが再び私の後ろに立て置かれている桐箱へと指を差す。
私は撫子さんから直ぐ背後にある桐箱へ再びその視線を留めた。
「…」
「危険物じゃないわよ。」
撫子さんの言葉にゆっくり両手を伸ばす。
桐箱に結ばれた上品な紐を解きー…
実は今まで一度も見た事が無い桐箱の中身…蓋を開けた。
「…傘…?」
古く錆びたカビ臭い和傘が上品な布に包まれている。
正直桐箱に入っているものがこれだとは思わなかった。
もっと高価な…例えば歴史的価値のある貴重なものだと勝手に思い込んでいた。
ぶっちゃけこれは"何て事の無いただの古傘"だ。
「それ 私の本体よ。」
「えっ!?」
「私 その傘に宿る九十九神なの。」
撫子さんの言葉に思わず私は顔を上げ…直ぐに"すみません"と謝罪する。
撫子さんは"本当の事だから"と小さく笑った。
「私ね 幸大を救いたかったの。」
「救う…?」
「幸大 今の貴女より酷い家庭環境だったの。だから…助けてあげたかった。」
そう紡ぎ膝を抱え始めた撫子さんに私はドキリと胸を打つ。
今の家庭環境に私が不満を持っている事を撫子さんは見抜いていた。
私は三人家族の一人っ子だ。
一人っ子は甘やかされて育つと言うイメージが世間では強いみたいだけど私の家は違った。
所謂放任主義と言うやつだ。
自分の事は自分でする。
高校に進学してから両親は二人とも私を子供ではなく一人前の大人として扱い始めた。
子供扱いされなくて嬉しいと言う気持ちよりもとうとう見放されたと思う気持ちの方が強かった。
仕事優先で夜遅くにしか家へ帰らない父親と私の話を聞いてくれない母親ー…
私は私の話を聞いてくれない両親に不満と諦めを持っていた。
家族三人で食卓を囲んだ記憶なんてもう何年もない。
昨日祖父のお通夜の前に親戚と一緒にお寿司を食べたけど…昨日のあれは家族で食卓を囲むと言うのだろうか。
「…祖父は…おじいちゃんは…私よりもっと寂しい生活だったの…?」
私の問いに撫子さんは首を頷かせるも振るもせず…ただぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「私のせいで 幸大はもっと寂しくなっちゃったの。」
「えっ…」
キュッと唇を噛む撫子さんから私は目が離せなくなる。
今の言葉はどう言う意味なのだろう。
「私が余計な世話を焼こうとしなければ 幸大の両親は離婚しなかったかもしれない。職人になる道だって選ばなかった筈。」
「えっ… じゃあ祖父は…」
「私を直す そんなバカみたいな理由で職人になったのよ。賢かったのに…幸大だったらもっと別の職業につけたのに…」
"バカよね"と零す撫子さんの正面で私は驚きを隠せないでいた。
だって祖父は私にー…
『お祖父ちゃんは何でサラリーマンにならなかったの?』
『…舞はサラリーマンのお祖父ちゃんが良かったか?』
『ううん 舞は職人のお祖父ちゃん好きだよ。舞の傘直してくれるし…でも…お母さんが…』
「撫子さん… あれは貴女の事だったんだわ」
「えっ…」
祖父は私に言ったのだ。
『昔ね ある人の傘を直すって約束したんだ。お祖父ちゃんはその人にどうしてももう一度会いたくて…それで頑張って腕を磨いて…気付けばお祖父ちゃんはその人の事もこの仕事も…とても好きになっていた。』
祖父は撫子さんの事を恨んでなどいない。
それは完全に撫子さんの思い違いだ。
祖父はただ…ただ祖父はー…
「祖父は 貴女にもう一度会いたがってた。」
「!」
母に疎まれながらも祖父がこの職から離れなかった理由。
決して器用とは言えない指先を日々動かし続けた理由…勿論自分の仕事にプライドを持っていたのだろう。
でもそれ以上に祖父は撫子さんとの再会を願っていたのだ。
「本当に祖父が撫子さんを恨んでいたとしたら この職を選んでいなかったか途中で放り出していたと思う。でも祖父は放り出さなかった。母に疎まれても祖父はこの仕事を続けた。あの桐箱だって今日まで大事に残してた。」
そこで一度私は口を閉ざした。
あとは私の心を読んで貰おうと思った。
祖父より先に逝った…祖父の人生を支えて来た祖母がほほ笑む仏間の隣で私はこれ以上言葉に出来ない。
「…っ…!」
撫子さんの目から大粒の涙が零れた。
葬式場/出棺準備
「舞 そんなもの入れないの!」
怒る母を無視し私は家から大事に抱きかかえてきた桐箱を入れる。
祖父の周りに飾られた沢山の花を潰さないよう気を付けながら私は桐箱より手を引いた。
「舞っ!!!」
「良いじゃないか お義父さんが大切にしていたものだ。」
声を荒げる母から父は私を庇ってくれた。
私は目を閉じ祖父に祈るフリをして父に"ありがとう"と心の中で感謝をした。
この桐箱を棺桶に添える行為は先ず母に反対されるだろうと思っていた。
けれど撫子さんと祖父の関係を聞いてしまったら…私はどうしても添えてあげたいと思ってしまったのだ。
墓地/村田家墓前
祖父の身体は火葬場であっと言う間に"祖父だったもの"となってしまった。
さらさらとしたとても軽いそれは一握り撒けば数秒と待たず空気と交わりその一部となってしまうだろう。
そう考えると何とも不思議な気分だ。
「舞 マッチを取って。」
「はい。」
新しく祖父の名前が加わったお墓に手を合わせる。
勿論祖母に対する詫びは忘れない。
幾ら人ではないと言っても祖父を想う神様も今日からこのお墓に加わるのだ。
お墓の中で変な三角関係が起きませんようにと願わずにはいられない。
(でもきっと… お祖母ちゃんなら撫子さんと友達になれると思う…何となくだけど…)
私が撫子さんと会話をしたのは昨日が最初で最後だった。
今日は撫子さんの姿を見ていなければ傘へ呼び掛けても返事は貰えなかった。
だから傘は…桐箱は私の独断で燃やしてしまった。
残し母にゴミとして捨てられるのならば一緒に燃やしてしまった方が良いと思ったのだけど…今更"これで良かったのか"と私は突然の不安に駆られている。
何故ならー…
(神様を燃やしちゃった… 事になるのかな…)
ちょっと…いやかなり不安だ。
変な祟りが起きないと良い。
そして祖父と撫子さんが無事に再会していますように。
「舞 行くわよ。」
「はい。」
つくも‐がみ【付喪神】=九十九神
器物がある年を経過するとそこに宿るとされる精霊または妖怪
人に寄り添い良い道へと導いてくれるものもいれば害を加えるものもいる(インターネット調べ)
撫子さんは自分の事をきっと害を加える部類だと思っていたのだと思う。
でも私は撫子さんは人に寄り添い良い道へと導いてくれる部類だと思う。
きっと祖父もそう思っている。
「お父さんお母さん あのね。進路の事で…ううん…これからの事で相談したい事があるの。」
私の背中を押してくれた九十九神様の撫子さん。
ありがとう。
End
<あとがき>
「僕とお祖母ちゃんと、九十九神と、」の続編になります。続編と言うよりは救済作です。誰でもない、私にとっての。一次選考漏した作品ですが、自分の中でどうしても続きを書いてあげたいと思った為、書き下しました。結局主人公は九十九神の少女と再会出来ないまま、寿命を迎えました。いえ、正しくは再会出来なかったのではなく「見えなくなってしまった」と言う設定です。大人になった主人公は神様を見る事が出来なくなってしまったのです。九十九神の少女の方はその間主人公を見ていました。神様と人間の恋は甘酸っぱいものではなく、非情なものだと思います。すみません、私の趣味です。孫と九十九神の少女が接触出来たのは、言わずもがな、孫が未成年(大人になる前の段階)だからです。孫は孫で色々抱えています。この家系はどうも家族間での悩みがネックみたいです。ちなみに孫は九十九神と関わりましたが災いは降りかかっていません。最終的に神様を殺していますがそれは神様自身が願った事、孫に起きる筈だった災いは九十九神を殺した事によって九十九神自身が請け負いました。続編にして漸く皆が救われたと言う感じです。作者としては親心として、続編を書けて良かったと思っています。あとがきに頼ってばかりで本当に情けないですが、今後も精進します。