表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

僕とお祖母ちゃんと、九十九神と、

僕とお祖母ちゃんと、九十九神と、


【主な傾向】オリジナル、jngp'12 Summer 投稿作品(一次選考漏)

【関連作品】私とお祖父ちゃんと、九十九神と、

【厳重禁止】無断転載、無断転記、無断引用、無断使用

つくも‐がみ【付喪神】=九十九神

器物がある年を経過するとそこに宿るとされる精霊または妖怪

人に寄り添い良い道へと導いてくれるものもいれば害を加えるものもいる(インターネット調べ)






そんな九十九神に僕は遇った。

一瞬では無くそれは数日の間びっしりと。

僕が中学一年生だった頃の夏の出来事―…






【僕とお祖母ちゃんと、九十九神と、】






村田菊江宅/玄関




「お邪魔します。」



玄関扉を開けるなり声を上げた。

室内はシンと静まり返っている。

留守かと思い辺りを見回せば玄関端にキチンと揃えられた一組の靴を見付けた。

僕は遠慮なく玄関先に腰を下す。



「あら いらっしゃい。」



左靴を脱ぎ終えたところで背後から声が掛かった。

勢い良く振り返る僕に祖母は笑う。



「お祖母ちゃん、来たよ!」



よく知る廊下を歩き居間へと入る。

視界に映した景色は去年と全く変わらない。

カレンダーも去年と同じ農協で無料配布されているものだった。

細かく言えばカレンダーに印字されている数字がちょっとだけ見易くなった…ような気がしないでもない。

僕は背負っていたリュックを畳へと下す。

序に腰も下した。



「今日は幸大が来るから苺を買って来たの。」



一息吐き終わったところで祖母は居間に姿を見せる。

木製のお盆の上には言葉通り涼しげなガラスの器に山盛りいっぱいに盛られた苺が見えた。

どう見てもこれは一パック丸ごとだ。



「お祖母ちゃん これ量が多くない?」

「何を言っているの。幸大は成長期でしょう この位直ぐに食べてしまうわ。」



お絞りを差し出し楽しそうに笑う祖母に僕は苦笑いを零す。

絶対に食べ切れない。

苺は嫌いじゃないけれど普段こんなに食べない。

かと言って残すのも悪いよなぁ…僕の為に用意してくれたものだろうし。



「ちゃんと練乳も買ってあるわよ。」

「お祖母ちゃん 天才!」






居間で苺を頬張っている間お客さんが数人来た。

インターホンを使わず皆玄関先で祖母を呼ぶ。

田舎は大体インターホンなんて有って無いようなものだ。

僕も祖母の家に入る時は使わない。

流石に都会ではそう言う訳にいかないけれど。



「幸大君来ているの?」

「ええ さっき着いたばかりなの。居間で苺を食べているわ。」



「夏休みいっぱい居るの?幸大君進学校に通っているし ウチの子の勉強見てくれないかしら。」

「じゃあ 幸大に聞いてみないといけないわね。」



玄関先の会話は居間にまで丸聞こえだった。

と言うか廊下も窓も全部開けてあるから嫌でも聞こえる。

これで空き巣が入らないと言うところが田舎の凄いところだ。

尊敬する。



(進学校に通ったところで…)



噛んだ苺を喉へ送りながら昨日までの生活を思い出す。

進学校に通っているからと言って何も凄い事はない。

ただ親の金で入っただけだ。

僕は何もしていない。



「幸大 お隣の山田さんが幸大に恵ちゃん達の勉強を見て欲しいって言っているけれど…どうする?」



お喋りを終えた祖母が何時の間にか居間へと戻って来た。

僕は練乳のチューブを押しながら祖母に言葉を返す。



「良いよ。」



僕の返答に祖母は嬉しそうに笑う。

そんな祖母を視界に入れながら僕は子供らしくない事を考えた。

例えば僕が話を断ったとしたら近所での祖母の評判は落ちてしまうのだろうか。

勿論断るつもりなんて更々なかったけれど…少しだけそんな事を考えてしまった。

嫌なやつだ。

僕は。






苺を完食した僕は軒下へと移動する。

風鈴の音が心地良い。

風も気持ち良い。

マンションの窓外からサンサンと降り注ぐあの太陽熱と同じ太陽とは思えない程この土地の太陽は穏やかに感じる。



「幸大にはゆっくりして貰いたいのだけれど お願い事を一つ良いかしら?」



空になったガラスの器を片付けに行った祖母がその身一つで僕の左隣に腰掛ける。

ただ腰を掛けるだけではなく胸の前で両手を合わせて、だ。

祖母は今年で八十三歳になる。

言動と仕草が可愛らしいのは恐らく祖母が男兄弟ばかりの家に生まれた唯一の女の子だから…だろう。

曾祖父は祖母を溺愛していたと昔母親から聞いた記憶がある。

勿論曾祖父は母親にも優しかったそうだ。

この親にしてこの子ありと言わんばかりに祖母もまた僕の母親を溺愛したらしい…が。

僕の母親と僕にまではどうやらその遺伝は受け継がれなかったようだ。



「大工仕事?」

「いいえ お大工仕事は去年沢山して貰ったからもう十分助かっているわ。」



僕は毎年夏休みに入ると二週間祖母の家で過ごす。

時期はバラバラ。

去年は八月の後半二週間だったし一昨年は七月の後半二週間。

今年は八月の前半二週間。

自分で何となく行きたいなと思った直感で二週間遊びに来ている。

勿論祖母には予め確認を取ってから。






祖母の暮らすこの町は年に一度夏に町内会の旅行が催される。

祖母はこのイベントに積極的に参加をしているらしく毎年旅行の為数日間家を空けるのだ。

だから祖母の予定もちゃんと把握しておかなければならない。

旅行中と知らず家の前で立ち往生なんてまっぴらごめんだ。

と言うのも僕が小学一年生の時、母親が祖母の了承を取らず僕を祖母の家まで送ってくれた事があった。

"どうみても留守だろう"と言う空気が漂う玄関の前で僕と母親は三時間位立ち尽くし丁度祖母の家の前を通り掛かったお隣の…山田さんのご主人に祖母が山田さんの奥さんと共に町内会の旅行に行っている事を聞いたのだ。

あの時の母親の顔は今でも忘れない。

鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

運よく町内会の旅行がその日までだった為僕と母親はそれから更に三時間の時を経て漸く祖母と会う事が出来た。

祖母に怒られる母親を新鮮に思いながら僕は祖母が出してくれたオレンジジュースを飲んだ気がする。

いや飲んだ。

確かあれはオレンジジュースだった。

あれから数年経っていると言うのに意外と人間と言う生き物は『出来事』を鮮明に覚えているものだなぁ。

そしてそれがキッカケで翌年から自分で祖母に予定を確認する事にした。

母親任せではなく僕がちゃんとしなくちゃって…






「草むしり?」

「それもお願いしたいのだけれど…」



祖母の家へ泊まる間何かお手伝いをしようと閃いたのは小学四年生になってからだった。

丁度その年入院していた祖父が息を引き取った。

老衰だった。

気丈な祖母が泣くのを僕は十歳にして初めて見た。

祖父が亡くなった事は勿論悲しかった。

けれど何時も明るい祖母の泣く姿が当時の僕にはとても印象的で…その光景は今も僕の心に大きく刻まれている。

あの時は無性に祖母を励ましたかった。

祖母に元気になって欲しかった。

笑って欲しかった。

泣いて欲しくなんてなかった。

そう言う気持ちを込めて十歳の僕は祖母に提案したのだ。



『お祖母ちゃんの家に泊まる間 僕がお祖父ちゃんの代わりに何でもお手伝いするから、泣かないで。』



代わりになんてなれる筈がないのに馬鹿な事を言ったと思う。

でも祖母はそんな僕に笑ってくれた。

"ありがとう"と。

嬉しかった。

言い出したその年の最初の手伝いは草むしりだった。

一昨年は草むしりと家中の大掃除。

去年は大工仕事をした。

お隣の山田さんのご主人に教わりながら棚や収納箱を作った。

夏休みの自由研究で発表しなければならなかったので丁度良いと軽く考えていたのだけれどやり始めると何もかもが上手くいかなかった。

出来上がりも下手くそで恥かしい出来栄えだった。

でも祖母は喜んでくれた。

"嬉しい""ありがとう"と言ってくれた。



「言ってくれれば何でもするよ。」



祖母は少しだけ躊躇した後…その口を開いた。



「倉庫のお掃除をお願いしても良いかしら?」






祖母の家は木造建ての一軒家だ。

二階はなく一階のみ。

だがその一階が広い。

とてつもなく広い。

今年中学生に進級したばかりの僕の目線には広く映る。

だけどもう少し僕が大きくなったらきっとこの家を狭く感じるのだろう。

ずっと前に家族で祖母の家に泊まった事がある。

その時父親の頭は今にも天井に付きそうだった。

懐かしい…






村田菊江宅/倉庫前




「お祖母ちゃん これは?」

「どれどれ ああ…これはもう使えないわね。」



僕は今祖母の家の裏庭に建っている倉庫の中で要るものと要らないものを分別している。

どうやら祖母は祖父が亡くなってからずっと倉庫には立ち寄っていないらしい。

思い出の品でもあるのかなと気を遣えば単に倉庫に用事がなかっただけと言われた。

流石だ。



「ちょっと待って!そのミシンどう見ても錆びてない?」

「大丈夫 まだ使えるわ。」

「いや 絶対使えないでしょう?」



何を言っているのだと思いつつ祖母がミシンを『要るもの』の方へ指示した為僕は大人しく従った。

思い出の品なのだろう。

祖母の顔付きが何時もに増して柔らかい。



「この長靴は?」

「ちょっと見せて。ああ…穴が空いている…残念だけれど捨てるわ。」

「この箒は?」

「あら そんなところにあったのね。その箒は幸大のお母さんが魔女ごっこするって言って持ち出してね…学校近くの丘でお友達と走って転んで大泣きして帰って来たのよ。ほら!柄の部分がぱっくり割れているでしょう?あの子今でこそあんな風だけれど昔はお転婆だったのよ?」



楽しそうに笑う祖母の話を聞きながら母親の幼い頃を想像する…がどう頑張っても想像出来なかった。

母親が魔女ごっこって。

あの母親が…



「じゃあ 箒は『要るもの』?」

「いいえ 『要らないもの』で良いわ。」

「良いの?思い出でしょう?」

「良いのよ。もう十分思い出を貰ったから…それに使わないものを残しておくとちっとも片付かないわ。」



祖母は呆気なく箒を『要らないもの』とした。

祖母の基準がいまいち解らない。

けれど僕は指示通りに手足を動かした。



「この傘は?」



倉庫の奥に古い傘が大量放置されていた。

どれも錆びていたり穴が空いていたり…そしてカビ臭い。

洋傘数十本に和傘が数本。

更にその傘達の下に…まるで隠すように置かれている木箱。

僕は全てを祖母の前へと差し出した。



「全部『要らないもの』で良い?」



問い掛けに祖母は目を細める。

カビ臭いと言う不快から目を細めたのだと思い僕は祖母の返答も待たずそれらを『要らないもの』としようとした…が―…



「その 木箱は残しておいて。」






村田菊江宅/風呂場




労働の後のお風呂は気持ちが良い。

祖母の家のお風呂は今時珍しい五右衛門風呂だ。

祖母の年齢を考えれば一般家庭に設置されているユニットバスの方が入浴し易いと思う。

五右衛門風呂だと足腰が辛い筈だ。

でも祖母はこの五右衛門風呂をユニットバスに替える気はないらしい。

お風呂に関しては祖母は強情だった。



「疲れたぁ…」



溜息と共に肩を鳴らす。

ポキッポキッと良い音がした。

明日もきっと良い音が鳴るだろう。

何せ倉庫掃除はまだ途中…明日に持ち越しなのだから。



「…」



昼間の出来事を振り返る。

祖母が残しておいてと言った木箱は他の『要るもの』と異なり祖母が部屋へと持ち帰ってしまった。

よほど大事なものだったのだろう。

一切その中身や理由を説明する事無く…けれど祖母は大事そうに木箱を抱えていた。

祖父が祖母に贈ったものだろうか。

特別なそれが少しだけ気になった。



「幸大 ご飯ですよ。」

「はい。」






村田菊江宅/客間




祖母は予め布団を干してくれていたらしい。

布団を敷く途中でお日さまの匂いが鼻を掠めた。

良い匂いだ。

敷き切った布団の上にうつ伏せる。

祖母の家に居る間の二週間は毎日この匂いが堪能出来るのだと思うと何だか贅沢な気持ちになる。

家では自分の布団はあまり干さない。

干しても取り込んでくれる人間が居ないから―…






僕の家は両親が共に働いている。

父親は名の知れたIT企業に勤めており現在外国に海外赴任中だ。

年三回程度しか日本には帰って来ない。

母親は食品会社の開発チーフを任されている。

母親は非常に集中力に長けている為子ながら彼女は研究者向きだと思う。

ただ没頭し過ぎてご飯を疎かにしがちだけれど…今は新商品開発に向け朝早くから夜遅くまで奮闘中だ。






このご時世両親が共に働きに出ているなんて珍しい事では無い。

周りにも沢山いる。

ただ皆と唯一異なるのは両親のどちらも夕方を過ぎても家へ帰って来ないと言う事。

僕の家は両親共に正社員な為残業は仕方がない。

正直、僕の母親は炊事が苦手なタイプなので仮に夕方に帰っていたとしてもその日の夕食は九割外食だ。

若しくはインスタント。

テレビ等でよく『外食は身体に良くない』だの『インスタントは体調不良を起こす』だのと言う言葉を聞くけれどまだ自分で作れない年齢の人間に対してその辺りは少し目を瞑って貰いたい。

どれだけ騒がれようと食べないよりは食べた方が断然良いに決まっている。

家庭科の授業が進めば僕の料理の腕だって少しは上がるだろう。

せめて母親は超えたい…そうだ。

祖母に料理を教えて貰おう。

母親が忙しい事は伏せて料理に興味があると言って…ああでもー…

祖母は勘が良いから僕の隠し事なんて直ぐにばれてしまうだろう。

そうなったら…やっぱり母親が悪いと言う事になるのかな。

それは困る。

これ以上僕の事で煩わせたくない。

またあんな風になってしまったら今度こそきっとー…






その日何時の間にか眠ってしまった僕は夢を見た。

赤い和傘を差した袴姿の女の子に微笑まれる夢だ。



「決めたわ。」






外から聞こえるラジオ体操の音楽に目を開ける。

見慣れない天井に眉を顰めるも直ぐにここが自分の家では無い事を思い出した。

昨日から祖母の家に泊まっているのだった。

急いで上半身を起し腕も伸ばす。

ゴキッと良い音がした。



「おはよう 幸大。」



布団をたたみ服に着替えー…

台所へと顔を出せば既に朝食の準備が整っていた。

誰かに作って貰う朝食は久しぶりだ。

少し嬉しい。



「おはよう お祖母ちゃん。」



席に座ればお祖母ちゃんは僕の向かいの席へ腰を掛け…ようとしてまた席を立った。

どうやら戸棚から何かを出してくれるらしい。



「後でお布団を干すのを手伝って欲しいわ。」

「うん。」



僕の返事に祖母は嬉しそうに笑う。

そして戸棚から出した味付きのりの袋を僕にくれた。



「これ 美味しくて好き。」

「幸大は昔からこれが大好きよね。」



家では朝食は何時もパンだからご飯と言うのは新鮮だ。

のりも美味しい。

そして誰かと会話しながらの朝食も久しぶりだ。

凄く楽しい。



「今日はどう過ごすのかしら。」

「先に宿題を済ませて 午後から昨日出来なかった分の倉庫の掃除をするつもり。」

「じゃあ 私は幸大が勉強している間にお買いものに行こうかしら。」

「ついて行こうか?」

「大丈夫よ お隣の山田さんのご主人に乗せて行って貰うから。」

「そうなの?」

「有り難いわよね ご近所付き合いって大事よ。」



"田舎の良いところはこう言うところなのかもしれない"と思いながら僕は祖母と美味しい朝食を続けた。






村田菊江宅/居間




「ごめんくださいな。」



祖母がお隣の山田さんご夫婦と買物に行っている間来訪を告げる声が聞こえた。

僕は鉛筆を机上へ置き畳に下していた腰を上げる。



「すみません 今お祖母ちゃん買物に…」



祖母の不在を告げようとして僕の言葉は止まる。

玄関先に立っていたその人は…否その女の子はとても奇妙な格好をしていた。

僕と同じ位の年齢に見えるその女の子が身に着けているものは袴だった。

洋服でもなければ着物でもない。

袴。

昔遠足で行った歴史資料博物館の入口でマネキンが着ていたものだ。

記憶にある。

袴にブーツ。

大正時代の…女の人の服装だ。



「…」



でも現在は平成。

どう考えても普段着とは考えにくい。

コスプレだろうかと玄関先に立つ女の子を僕は廊下から遠慮がちに見る。



「ごめんくださいな。」



女の子は肩までの黒髪を揺らしながらまた同じ言葉を発した。

こちらの目を見てしっかりと尋ねる女の子に僕は恐る恐る口を開く。



「あの どちら様ですか。」



その問いに女の子はにっこりと笑う。



「九十九神です。」

「…は…?」



思わず眉間へ皺を寄せた僕に女の子はまたにっこりと笑った。






「理解して頂けたかしら?」



麦茶を飲む女の子の向かいで僕は頭を捻る。

この女の子は他の人より少し思考回路が複雑らしい。

女の子の説明は全く意味が解らないものだった。



「それで 九十九神さんは何の用で…」

「だから!貴方の願いを叶えに来たって言ってるじゃない!」



ダンとちゃぶ台に両手を叩き置く女の子…九十九神さんに僕はビクッと両肩を跳ね上げる。

怖い。

何でキレたんだ。

女の子って怖い。

九十九神さんは僕の前で思い切り舌打ちをすると再びその口を開く。



「もう一度説明をするからよく聞くのよ?私は九十九神。貴方のお祖母さんが大切にしている赤い和傘に憑りついた精霊。私がこの世に生まれて昨日が丁度九十九年目。その記念すべき日に貴方はこの私に触れたの。だから生誕記念に貴方の願いを一つだけ叶えてあげるって言ってるの。」



九十九神さんは赤いリボンを揺らしながら力説した…が正直やはり意味が解らなかった。

そもそも『赤い和傘』って一体何の事だ。



「あの 和傘って?」

「木箱の中身よ。」



言われてハッと思い出す。

木箱って…昨日のあの木箱の事か。

あの中身は和傘だったのか。



「ちょっと 聞いてる?」

「えっ!」



ブスッとした声に慌てて意識を戻す。

そしてそのまま顔を上げれば九十九神さんのあからさまな不機嫌顔が視界へと映る。

だから怖いって。



「あの 何で僕?」

「貴方が私に触れたからでしょう。」

「だから 僕は君に触ってなんて…」

「昨日最初に触れたのは貴方でしょう それにあのお祖母さん!昨日あれからずっと観察していたけれど全然欲が見えなくて…」

「え 家を覗いていたの?」

「覗いた訳じゃないわよ。居たのよ家に。」

「それって不法侵入…」

「だから 私は和傘だって言ってるでしょう!」



ダメだ。

やはり理解に苦しむ。

意味が解らない。

確かに昨日は倉庫を掃除して木箱に触れた。

けれどその中身の和傘が人に化けるなんて有り得ない。

あってたまるか。

悪いけどそんなファンタジーを信用するような年齢はとうに過ぎた。

つまりこの女の子…九十九神さん(変った名字)は近所のファンタジー好きな家の子なのだろう。

昨日もきっと外で掃除の様子を見ていたんだ。

大体あの木箱の中身だって僕はこの目で確認してはいない。

和傘と言うのは九十九神さんの妄想かもしれない。

否…九十九神さんの中できっとあの木箱の中身は『赤い和傘』と言う設定なのだ。

それに仮に木箱の中身が和傘だとしよう。

仮に。

仮に和傘だとしたら何故それだけ木箱に入っていたのだろう。

そもそも倉庫に保管してあっただけのものを『大切にしていた』と呼んでも良いものだろうか。

確かに祖母は木箱を目にした時嬉しそうだった。

倉庫の中にあった沢山の『要るもの』の中から木箱だけをわざわざ自室へと持ち帰った程だ。

大切かと問われれば大切なものなのだろうがあの保管の仕方で『大切にしていた』と言うのは何かちょっと…大分無理がある。

本当に大切なものだとしたら肌身離さず傍に置いておくものではないだろうか。

幾ら木箱に入れていたからと言って倉庫の床には置かないだろう。

それも沢山の錆びた傘達と一緒に―…



「…」



何だ。

呆気ない謎解きだ。

僕は九十九神さんから目下の宿題へと視線を移す。



「お祖母ちゃん もう直ぐ帰って来るから後はお祖母ちゃんと遊んで。」

「貴方 私の事全く信用してないわね。」



信用不信用以前に有り得ない。

向かいに座る九十九神さんを放置したまま僕は宿題の続きに取りかかる。

またキレるかと思いきや意外にも九十九神さんは僕に食って掛からなかった。

大人しくちゃぶ台に肘を付きそのままテレビを見始めている。

他人の家で凄い寛ぎようだ。

だが突っ込んだらまた煩そうなので僕はひたすら黙る事にした。






「ただいま!」



玄関先から祖母の声が聞こえ僕と九十九神さんは揃って顔を上げる。

祖母ならこの女の子を上手く説得し家へと帰してくれるだろう。

僕は腰を上げ玄関へと急いだ。



「お帰りなさい 荷物持つよ。」

「ありがとう 卵が入っているから割らないように気を付けてね。」



祖母から荷物を受け取り台所へ向かおうとする間居間からこちらを覗いている九十九神さんと目が合う。

丁度良いと僕は背後で靴を脱ぐ祖母へ声を掛けた。



「お祖母ちゃん お客さん。」

「あら 誰かしら?」

「九十九神さん。」

「九十九神さん…?」



人の名前を呟き首を傾げる祖母は珍しい。

九十九神さんは僕とそれ程年齢が変らないであろう外見の女の子だ。

もしかしたら下の名前とか…あだ名で呼び合っているのかもしれない。

でも僕は九十九神さんの名字しか知らない。

しまった。

下の名前も聞いておくんだった。



「九十九神さん…聞いた事のない名前ね。どちらに見えるの?」

「居間で顔を出している あの女の子。」



解り易く指を差せば九十九神さんは居間から顔を覗かせた状態で祖母にペコリと会釈した。

何でか解らないが少し恥ずかしがっているようだった。

何でだ。

謎だ。



「あらまあ 幸大のお友達?」

「えっ…」



そんな訳ない。

九十九神さんと対面したのは今日が初めてだ…と言うかー…

祖母も九十九神さんを知らないのだろうか。

どうも知らないっぽいな。

だとすると九十九神さんはこの近所の子供ではないのか。

おいおい…一体この九十九神さんは何者なんだ。



「貴方 私の事信じていないようだから信じさせてあげる。」



九十九神さんは何時の間にか俺の目前に立っていた。

あれ。

つい今まで居間から顔を出していたのに。

何時の間に移動をと考えていた矢先―…



「久しぶり!お祖母ちゃん!」



九十九神さんが祖母にぎゅうと抱き付いた。

そして次の瞬間信じられない事が起こる。



「あら 撫子ちゃん!」



祖母が九十九神さんを抱き締め返したのだ。

それも恐らく九十九神さんの下の名前付きで。

どう言う事だ。

祖母はついさっきまで九十九神さんを知らない風だった。

一体どうなっているんだ。



「撫子ちゃんは何時まで此処に泊まるのかしら?」

「私も 川角幸大と同じ時間、泊まるわ。」



どう言う事だろう。

僕は自分の名前を九十九神さんに伝えてはいない。

何故九十九神さんが僕の名字を知っている。

下の名前は祖母が呼んだから分かったにしても名字は今の今まで一言も僕は名乗っていない。

祖母の家の表札は母親の旧姓だから九十九神さんに僕の名字が解る訳…ある。

あった。

そう言えば宿題をしていたノートにフルネームが書いてある。

見たのか。

成程。

今僕はまるで名探偵の気分だ。

では次の謎に取り掛かろう。

九十九神さんもこの家に泊まると言うのは一体どう言う事だ。



「あの お祖母ちゃんと九十九神さんって一体どう言う関係…」



恐る恐る聞いてみる。

九十九神さんは何故か得意気な表情をしていた。



「何を言っているの 撫子ちゃんは幸大のイトコじゃないの。」

「イトコ?」

「まあ 忘れてしまったの?ほら幹夫伯父さんの娘さんじゃない。」



ちょっと待った。

違う。

幹夫伯父さんには確かに娘がいるけれど名前は『彩』だ。

彩姉ちゃんは今年大学受験を控えた高校生。

十八歳だ。

撫子と言う名前でもこんなに外見が幼くもない。

彩姉ちゃんは茶髪で髪も短い。

背だって高い。

お化粧もしている。

九十九神さんと彩姉ちゃんとでは似ている個所が一つとしてない。

全くの別人だ。

別人もいいところだ。

祖母は何を言っているんだ。



「お祖母ちゃん 幹夫伯父さんの娘は彩姉ちゃんだよ。」

「幸大 何を言っているの?撫子ちゃんよ。」

「違うってば!撫子なんて名前の子 ウチの親族にはいないって。」



事実を告げただけなのに祖母の顔は悲しそうに歪む。

ちょっと待て。

どうしてこうなった。






村田菊江宅/倉庫前




「心配しなくても ちょっと幸大のお祖母ちゃんの記憶を弄っただけだから。」

「元に戻るんだろうな。」

「幸大の願いを叶えたら直ぐにでも。」

「じゃあ お祖母ちゃんを元に戻して。」

「そう言う願いは残念ながら聞き入れられません!」



自称和傘の精霊…九十九神の撫子は軒下で足をバタバタと動かしながらかき氷を頬張る。

何と言う自由さ…これが神様か。



「ちょっと 心の声聞こえているわよ。」

「…」



倉庫を掃除する僕に撫子は叱咤する。

撫子はどうやら本物の神様らしい。

撫子は祖母の記憶を操作しこの家の親族であると言う架空設定を勝手に作り上げ祖母の記憶に自分を組み込んだ。

僕の願いを叶えるまでは居座るつもりらしい。

正直大変迷惑な話だ。

自然溜息が洩れる。

何て厄介な神様に憑かれてしまったんだろう。



「だから!幸大の考えている事全部聞こえるって言ったでしょう!」

「痛っ!石を蹴るな!」



撫子は人の思っている事が読めてしまうらしい。

流石神様だ。

そう言う特殊設定好きさんは堪らないだろうが僕はやりにくくて仕方がない。

こっそり悪口も言えないなんて…



「あ 今手に持っているものも捨てちゃダメよ。それも思い出が詰まってるから。」



祖母ではなく何故か撫子が指示を出す。

何でも『神様の目』で持ち主にとって思い出深いものとそうでないものを見分ける事が出来るらしい。

はっきり言おう。

僕は疑っている。

だから祖母が昼寝から起きたら一度撫子の判断を確認して貰おうと思っている。



「大事にされたものって物に魂が宿るの。魂が宿ったものって 人間には見えないけれど凄く綺麗な光を放つのよ。その光りで見分けているの。」



撫子は得意気に言う。

今更だが僕がこの女の子を『九十九神さん』ではなく『撫子』と呼び名を変えたのは祖母の手前呼び難かったからだ。

撫子を『九十九神さん』と呼ぶ度祖母は何とも言えない表情を浮かべる。

その空気に耐え兼ね、僕は『撫子』と呼ぶ事にした。

決して親しい間柄になったとかではない。

文字ばかりでは解り難いと思うが顔を合わせてまだほんの数時間だ。

それから敬称を付けていないのは撫子が僕の事を呼び捨てにするから…何となくムカついて僕も敬称を付けずに呼んでいる。

敬称とはそもそも漢字で書くと『敬う』と言う―…



「幸大 グチャグチャ煩い。」

「だから 石を蹴るなって!」






村田菊江宅/台所




「お祖母ちゃん あの木箱なんだけど…」



精霊の癖に撫子はお風呂に入ってしまった。

大して働いてもいないのに一番風呂だ。

神様だからと言われてしまえばそれまでなのだが…何か納得いかない。

寧ろ僕の方が汗臭い。



「ああ…あれね。そう言えば 幸大には中身を見せてはいなかったわね。」

「中身って 何?」

「何だと思う?」



エンドウのすじを取っていた祖母の手が止まる。

祖母はニコニコと笑っていた。

所謂ご機嫌だ。



「うーん 何だろう?」



正直僕は撫子の妄想を信じてはいない。

でも今日の昼間に片付けた倉庫の、撫子が『神様の目』で行った分別は確認した祖母の答えとぴったり同じだった。

つまり撫子の指示と祖母の指示は重なったのだ。

偶然なのかそれとも―…



「ふふふ ちょっと待っていて。」



祖母は椅子から立ち上がるとそのまま廊下へと足を進める。

恐らく木箱の中身を教えてくれるつもりなのだろう。

僕は祖母を待つ間祖母の代わりにエンドウのすじをひたすら取った。



「これで赤い和傘だったらどうしよう…」



台所でぽつり独り言を零した。






「これよ。」



木箱ごと持って来たそれを祖母は開ける。

木箱の状態でも十分カビ臭かったが蓋を開けた途端埃臭さも強まった。

そして木箱の中から姿を見せたのは和紙に包まれた『赤い和傘』だった。

撫子はどうやら本当に神様だったようだ。

あれが神様。

想像してたのと何か違う。

全然違う。

ショックだ。

あれが神様。

未だに信じられない気持ちでいっぱいだけど信じるしかない。

否…信じざるを得ない。

僕は胸にモヤッとした感情を抱えながら祖母が見せてくれている『赤い和傘』へ視線を落す。






年季が入っていると言う言い方で良いのだろうか。

傘はカビ臭く虫食いの穴が幾つも空いていた。

見た目も綺麗とは言い難い。

僕の目にはただのガラクタにしか映らない。

でも…祖母にとってこれはガラクタではないのだ。

撫子が居ない今、僕はこの『赤い和傘』について詳しく聞くチャンスだと思った。



「これってお祖父ちゃんからの贈り物?」

「いいえ これは私の父親…幸大の曾祖父にあたる人が買ってくれたものよ。」



祖母はゆっくりと和傘について話してくれた。

祖母はあまり裕福な家に生まれなかったが家族の仲は良かったらしい。

男兄弟だらけの中で唯一、女の子として生まれた祖母は両親からも兄弟からも可愛がられたそうだ。

祖母は幼い頃から自分の家があまり裕福でない事を悟り我儘を言わなかったのだと笑った。

欲しいものがあっても絶対に口にはしなかったと懐かしそうに笑った。

何でも言ったら最後ー…

曾祖父(祖母にとっては実父)は食費を切り詰めてでも祖母の欲しい物を買い与えてしまう位祖母を溺愛していたそうだ。

だから当時はとてもじゃないけれど我儘を言えなかったと言う。

何とも実に祖母らしい理由だと思った。

祖母の欲の薄さはきっとこの時に形成されたのだろう。

然しそんな祖母が唯一零してしまった我儘があると言う。

それがこの『赤い和傘』らしい。



「学校でね お友達が綺麗な赤い和傘を持っていたの。それがどうしても欲しくなってしまって…」



祖母は曾祖父の前で零してしまったそうだ。

『赤い和傘』が欲しいと。

勿論曾祖父は二つ返事を祖母に返し直ぐに祖母に赤い和傘を買い与えたそうだ。



「あとで知ったのだけれどこの傘 どうもとても有名な職人さんが手作りしたものらしくてね…結構高かったらしいの。」



曽祖母(祖母にとっては実母)からその話を聞いた途端祖母は嬉しいと言うよりも申し訳ないと言う気持ちが勝ってしまったのだそうだ。

祖母は再び曾祖父の前ではもう絶対に欲しいものは言わないと決めたらしい。

だからこの『赤い和傘』が両親からの最初で最後の贈物なのだそうだ。






職人の手で作られ命を吹き込まれた和傘。

お店に飾られていたのか何処かの旅商人から買い取ったのかは定かではないが祖母の手元に辿り着くまで大切に扱われて来たのだろう。

何と言っても九十九神が憑く位だ。



「そんな大事なものを他の傘と一緒に倉庫に保管しておくなんて…」



僕の批難に祖母は楽しそうに笑う。



「きっと私が嫁ぎ先にまでこの傘を持って来たから お祖父ちゃん妬いちゃったのね。嫁いで少しした頃この傘行方知れずになってしまったのよ。探したけれど見付からなくて…結局お祖父ちゃんが別の傘を買って来てくれて…ふふふ。きっと今頃天国で私に怒られちゃうってドキドキしているわよ。」



"仕方のない人なんだから"と祖母はとても嬉しそうに懐かしんだ。

どうやら倉庫に木箱を放置したのは祖父らしい。

何十年越しの悪戯だ。

そんな悪戯をするような人には見えなかったけれど…祖母の話から祖父が意外とお茶目だった事が読み取れた。



「はあ 良いお湯だった!」



ハーフアップからポニーテールへと髪型を変えた撫子がやはり袴のままその姿を見せる。



「撫子 ちゃんと着替えろよ。」

「むっ これはさっきのと柄と質が違うのよ!」






村田菊江宅/客間




「どう 願い事は決まった?」



布団を敷く途中で撫子が布団に乗っかる。

邪魔だ。

そしてゴロゴロ転がるな。



「布団の上に乗るなって。退いて。」

「そう言うお願い事は聞き入れられません…て言うか もっとちゃんとしたお願いを言いなさいよ!」



逆ギレし始めた撫子を放りさっさと僕は布団を敷き終える。

今日は疲れた。

どっと疲れた。

もう寝たい。

今直ぐ…あれ。



「そう言えば 撫子は何処で寝るんだ?」

「お祖母ちゃんの部屋 夜は和傘に戻って力を蓄えるの。じゃないと翌日人間の姿になれないから。」



"ずっと和傘に戻ってもう化けるな"と考えた瞬間撫子に思い切り枕をぶつけられた。

痛い。



「添い寝してあげようか?」

「結構。」



地味に痛かったそれを撫子にもぶつけ返す。

それから直ぐ修学旅行生顔負けの『枕投げ』と言う熱い競技が僕と撫子の間で幕を開けた。






村田菊江宅/居間




「随分沢山文字を書くのね。」

「宿題だよ。」

「へえ…さっぱりだわ。」



撫子が祖母の家に泊まり六日目の朝が来た。

段々撫子の自由さに慣れて来た僕は最初に比べれば撫子を軽くあしらえていると思う。

あくまで自己申告だけれど。

それから僕が宿題をしている間だけは何故か撫子は大人しかった。

撫子なりに気を遣ってくれているのか単に文字に興味がないだけか。



「ところで 何この四角いもの?」

「携帯電話。」

「触っても良い?」

「良いけど。」



"これは単に文字に興味がないだけだな"と僕は携帯電話を撫子へと手渡した。

撫子は物珍しそうに携帯を触り始める。

予めオートロック設定にしてあるので幾ら触っても画面は変わらないけれどと思った矢先…目前で画面が変わった。

おい。

他人のパスワード(心)を勝手に読むな。



「文明の発達って凄いのね。」



感心する撫子に僕も"神通力って凄いな"と厭味を返した。



「お父さんとお母さんの画面は触るなよ。」

「どうして?」

「二人とも忙しいんだ。仕事の邪魔はしたくない。」

「…」



何か言いたそうな撫子を無視して僕は鉛筆を走らせる。

撫子は僕に声を掛けたそうだったが諦めたみたいだった。

僕に向けていた視線を再び携帯電話へと向けている。

僕もさっさと宿題を片付けてしまおうと教科書に集中した。






村田菊江宅/倉庫前




「幸大 お使いをお願い出来るかしら?」



蝉がジージーと鳴く気だるい午後…祖母に声を掛けられる。

先程済ませた買物で買い忘れがあったらしい。

僕は埃まみれの手を叩きながら祖母のお願いに二つ返事を返した。



「おつりでアイスクリームを買って良いわよ。」



祖母に見送られながら僕と撫子は祖母の家を出た。

祖母に頼まれて買物に行くのは去年の夏休み以来だ。

これから向かう小さなスーパーはお菓子が安くて結構気に入っている。

まあお菓子と言うか七割駄菓子なのだけれど…て言うか―…



「何で撫子もついて来るんだ!」

「私もアイスクリーム食べたいもの。」



僕は頭を抱える。

僕の見間違いでなければ撫子…お前ついさっきもアイスクリームを食べていたじゃないか。

僕がこの暑い中一人倉庫掃除をしている横で…何て神様だ。



「さっきのアレは何だよ。」

「えっ アイスクリームだけど?」

「…」



神様って皆こんな感じなのかな。

僕が神様に対して理想が高過ぎたのかな。

でも庶民から言わせて貰えばアイスクリームを一日に二個食べるって贅沢だろ。

お腹壊すぞ。



「あ 人間じゃないからそう言うのは平気。」

「…」



もう話す事を止めた。

早く買物を済ませて掃除の続きを―…



「その袴 目立つな。」



左隣を歩く撫子を改めてよく見た。

袴にブーツ…どう見てもコスプレだ。

目立つ。

目立ち過ぎる。

自己主張が激し過ぎる。

どう足掻いても大注目間違いなしだ。



「どうして?目立って何が悪いの?」



しれっと撫子が首を傾げる。

何が悪いって…そんなのいちいち言わなくったって解るだろう。

察しろ。



「注目されるだろう。」

「良いじゃない 注目されたって。」



"何故注目されたらいけないの"と聞き返す撫子の言葉に僕は大事な事を思い出した。

撫子は人間ではなく九十九神である。

神様だ。

人間とは感覚が異なるのだろう。

成程。

僕とした事が。

相手は注目されてなんぼの神様だった。



「解った 僕が撫子の分のアイスクリームを買ってくるから撫子は家に戻って。」

「嫌よ 私だってアイスクリームを選びたいもの。」

「…」






田舎道/畑沿い砂利道




「美味しい!」



ご機嫌にアイスクリームを食べる撫子の少し後ろを歩く。

スーパーへは人の少ない時間帯に入ったので数人の目には触れたものの都会のように騒がれたり写真を撮られると言う事はなかった。

見ず知らずの小母さんに可愛いわねと袴を褒められ撫子は終始ご機嫌のだった。

つまり僕の取り越し苦労に終わる。

でも大騒ぎにならなくて本当に良かった。

ホッ。



「幸大 願い事は決まった?」



振り返る撫子に少し目を見張る。

今まであまり気にはしなかったが撫子はこの暑さの中汗ひとつかいてはいなかった。

"人間じゃないんだなぁ"と改めて思う。



「じゃあ お祖母ちゃんが長生きしますように。」



僕の願いに撫子は笑う。

おい。

真剣に願ったんだぞ。

笑うな。



「良い子ね。でも そう言うのはダメ。」



撫子は口に含んでいたアイスクリームを喉へと通した後再びその口を開いた。



「人は必ず死ぬの。死なない人間なんていないわ。誰にでも 寿命は決まっているの。」



撫子の言う事は尤もだった。

尤も過ぎて何かムカついた。

黙る僕に撫子はまた口を開く。



「幸大の本当の願い 願えば叶えるわよ。」



撫子の言葉に僕は大きく瞳を見開く。

何故なら撫子の言おうとする事が解ったからだ。

否本当は気付いていた。

撫子はきっと最初からこの願いを叶えたかったのだ。

だけど―…



「仕事の邪魔はしたくない。二人とも僕の為に働いているんだし…迷惑は掛けられない。」



撫子の提案を断る。

だって言えない。

言える訳がない。

今更だ。

今になってこんな事…ずっと我慢していた今までの僕が馬鹿みたいじゃないか。



「そう…」



帰り道僕と撫子は一言も口を利かなかった。






村田菊江宅/台所




撫子が祖母の家に泊まり八日目の昼を迎えたその日事件は起こった。

何時ものように居間で宿題をする僕の耳に台所から物音が聞こえたのだ。

顔を上げた僕の正面でテレビを見ていた撫子も同じように顔を上げる。

聞き違いでは無いその物音に僕と撫子は畳へと下していた腰を上げた。



「お祖母ちゃん…?」



撫子と二人物音が聞こえた台所を覗く。

すると胸を押さえた祖母が床に膝を付けていた。

僕は慌てて祖母へ駆け寄る。



「お祖母ちゃん!」

「幸大 ちょっと…救急車…呼べる?」



ヒューヒューと口から息を出す祖母の姿に僕は情けなくも上手く自分の身体が動かせない。

どうしよう。

どうしよう。

そんな事を考えていたら祖母の身体が床へと沈み始めた。

僕は泣き出しそうになるのを必死に堪える。






どうしよう

どうしたら



誰か

嫌だ



助けて

お願い



お祖母ちゃんが

おばあちゃんを



誰か

怖い



嫌だ

怖い



怖い

怖い



お父さん

お母さん



どうしよう

誰か助けて



助けて

助けて



神様

神様






パンッ!



叩音が耳に入った…と思ったと同時ー…

左頬に熱さと痛みを感じる。



「しっかりしなさい!お祖母ちゃんは救急車を呼んで って幸大に頼んだのよ!」



撫子の叱咤に僕は我に返る。

そうだ。

救急車。

僕がもたもたしているだけ時間は無駄だ。

撫子に祖母を任せ僕は携帯電話で救急車を呼ぶ。

電話口で祖母の状態を告げ僕は祖母の家の住所やありとあらゆる質問に答えた。



「撫子 お隣の山田さんを呼んでくるからお祖母ちゃん見てて!」



僕は靴も履かず玄関からお隣の山田さんの家へ向かう。

インターホンを押しながら更に大声で扉を叩き続けた。

何時の間にか涙が頬を伝っていた。



「幸大君 どうしたの。」

「お祖母ちゃんが倒れたんです。助けて下さい!」

「えっ!」



山田さんの奥さんは直ぐに祖母の家に来てくれた。

そして苦しそうな祖母を救急車が来るまでずっと励ましてくれた。

"大丈夫ですよ""直ぐに救急車が来ますからね"と。

山田さんの奥さんのように祖母を励ます事が出来ない自分が情けなくて…僕はずっと玄関で泣き尽した。

中学一年生にもなってみっとも無いと思ったけれど涙が止まらなかった。

泣く事しか出来なくて…自分の事でいっぱいいっぱいだった僕はその時の撫子の様子を気にする余裕が無かった。

そんな余裕は持てなかった。

だから後から凄く後悔した。

僕の心の声が撫子を追い詰めていたなんて…その時の僕は思いもしなかった。






小林総合病院/個室




山田さんの奥さんとご主人と…奥さんのお母さんに付き添って貰い祖母の家から少し離れた小林総合病院と言う病院で僕は祖母の回復を待つ事になった。

色々と検査をした結果医者による診察は不整脈で落ち着いた。

年を重ねるとどうしても臓器の機能は衰えるのだと医者は説明してくれた。

元々祖母は不整脈を患っていたらしい。

祖母が眠る横で山田さんの奥さんからそう教えて貰った。

初めて知った。

僕の中で祖母はずっと元気なイメージがあったから…驚いた。

知らなかった。



「幸大君 小母さん達は帰るけれど小父さんは幸大君のお母さんが来るまで居るから何か困った事があったら何時でも

声を掛けてね。ああ…今煙草を買いに行って居ないけど。」



心配そうに呟く山田さんの奥さんに頭を下げる。

僕が混乱している間に山田さんの奥さんは僕の母親と連絡を取ってくれた。

小父さんも明日仕事なのに一緒に病院に泊まってくれるってー…



「ありがとう ございます。」

「良いのよ それよりお祖母ちゃん…急を要するものじゃなくて良かったわね。」



山田さんの奥さんの言葉にまた涙が溢れた。

嬉しかった。

傍にいて貰えて。

心強かった。

そして思う。

大人びていると周囲に言われ良い気になっていた自分は馬鹿だ。

結局何も出来なかった。

大人に頼らなければ生きていけない…僕はまだ子供だ。



「本当に ありがとうございました。」



背中を撫でてくれた山田さんの奥さんの手はとても温かく…酷く懐かしく感じた。






「吃驚させちゃってごめんなさいね 幸大。」

「ううん 大丈夫。」



日付が変わった頃薬で眠っていた祖母が起きた。

僕は祖母に一言告げると仮眠室で眠る山田さんのご主人へ祖母が目を覚ました事を告げに行く。

山田さんのご主人は眠いだろうに僕と一緒に祖母に宛がわれた部屋へとついて来てくれた。

それから上手く説明出来ない僕に代わり山田さんのご主人が祖母に経緯を説明してくれた。

それを隣で聞いている最中…突然病室の扉が勢いよく開く。



「お母さん!」



扉を豪快に開けたのは僕の母親だった。



「弘子 来てくれたの?」

「当り前でしょう!もう…吃驚したわよ!」



相当急いで此処まで来たのだろう。

母親の顔と髪はグシャグシャだった。



「幸大 一緒に救急車に乗ってくれたんだって?ありがとうね。」



僕に気付いた母親はそのまま僕を抱き締める。

母親に抱き締められるなんて何時ぶりだろう。

そう言えば母親の匂いってこんな匂いだったなと思った瞬間…僕の目頭はみるみる熱くなった。



「でも僕 何も出来なくて…全部…小父さんと小母さんが助けてくれて…」

「それでも お祖母ちゃんの傍に居てくれて…ありがとう。」



まるでコアラの子供のように僕は母親にしがみ付きながら泣いた。






次に目を覚ました時は翌日の昼だった。

僕が泣き疲れて寝ている間に山田さんの小父さんは家へ帰ったらしい。

そして山田さんの奥さんが朝一番で祖母のお見舞いに来てくれたそうだ。



「幸大 私まだ三日位検査があるみたいなの。悪いけれど…あとでお母さんと家に戻って着替えを取って来てくれないかしら?お母さん一人だと何処に何が仕舞ってあるか解らなくて混乱しそうだから。」

「うん 解った!」



僕の二つ返事に祖母はゆっくりと微笑む。

僕も嬉しくて笑顔を返したところで医師へ挨拶に行っていた母親が病室へと戻って来た。



「幸大 起きたの。」



母親のスッピンを見たのも何年ぶりだろう。






道路/車内




「幸大 お祖母ちゃんにはまだ話してないんだけど…お母さん…今任されている仕事が終わったら会社を辞めてこっちに引っ越そうと思うの。」



車を運転しながらそう呟いた母親に思わず視線を向けた。

だって母親は―…



「辞めてどうするの。」

「どうするって お祖母ちゃんを一人にしておけないじゃない。」



母親の言葉に胸がざわつく。

この人は何を言っているのだろう。

確かに祖母の体調を思えば一人にしてはおけない。

誰かが傍で見ていた方が良いに決まっている。

祖母だって一人で暮らすより母親や僕と暮らした方が良いだろう。

きっと楽しい。

毎日祖母と暮らすのは凄く楽しいと思う。

でも―…



「お母さんはそれで良いの?」



母親は正面から一瞬目を離し助手席の僕へと視線を向ける。

運転中の為その視線は直ぐにまた正面へと戻されてしまったけれど。



「幸大はお祖母ちゃんと暮らすの 嫌?」

「嫌じゃない。僕が心配してるのはお母さんの事だよ。」

「お母さんは大丈夫よ。」

「またノイローゼになったら どうするつもり?」



言わなくても良い事を言った自覚はある。

でも事実だ。

車内は益々重苦しい空気になった。






僕の母親は僕を身籠ってから仕事を辞め出産してからも暫くは専業主婦をしていた。

けれどそれはほんの数年。

自由に外へ出られないストレスから母親は体調を崩した。

病気の一歩手前まで母親は心身のバランスを損なった。

らしい。

幼かった僕は当時の事をはっきりと覚えてはいない。

何処にでもいるお喋りな人達からそう言う話を聞かされた。

僕が覚えているのはぼんやりと…だけれど父親と母親の口論する姿ぐらい。

残像として浮かぶ程度だ。

それから少しして母親は仕事へ復帰した。

元々有能だった母親の復帰に会社は両手を挙げて喜んだ。

これも何処にでもいるお喋りな人達から聞かされた。

僕は母親の仕事復帰と同時に保育所へと預けられ…そして僕達家族は今に至る。

今の僕が居る。






村田菊江宅/門前




「じゃあ お母さんはお隣へご挨拶に行くから幸大はお祖母ちゃんの着替えを取って来て頂戴。」



祖母の家の前に停められた車から降りる。

母親の後ろ姿を見送り僕も祖母の家へと足を踏み入れた。

母親は車内で僕が零した『言わなくても良い事』に一切触れなかった。



「…あれ…?」



玄関から祖母の部屋へと進む中…気付く。

気配がしない。



「撫子…?」






村田菊江宅/菊江部屋




祖母の着替えを鞄に詰め終え僕は祖母の部屋を後にする。

そのまま居間と台所…お風呂場も覗いた。

やはり撫子の姿はない。

一体何処にいるんだ。

本体であるあの『赤い和傘』の中に戻っているのだろうか。

僕はもう一度祖母の部屋を覗き…そして気付く。



「木箱が…ない…?」



祖母の部屋に置いて有る筈の木箱が無くなっていた。

一体どう言う事だ。

倒れる前に祖母が移動させたのだろうか。

それとも泥棒が入って…盗まれた…?



「…ッ!」



僕は家中を走る。

居間も台所も…僕に宛がわれていた部屋もお風呂場もトイレも。

全部。

全部。

けれど撫子の姿も木箱も何処にも無かった。

どうしよう。

無くなってしまった。

撫子が消えてしまった。

祖母の大切な思い出も。

どうしよう。

どうしよう。

呆然と立ち尽くす僕の耳に換気の為開け放した窓から風鈴の音が響く。

そう言えばまだ一か所…探していない場所があった事を思い出した。






村田菊江宅/倉庫




「撫子 居るのか?」



真っ暗で蒸し暑い倉庫の中で声を出す。

すると奥で僅かに発光している何かが見えた。

謎の発光体を目指し倉庫の奥へと足を踏み入れる。

謎の発光体の正体は本体である和傘を抱えた…撫子だった。



「何でこんなところに…」

「私 何も役に立てなかったから。」



撫子は顔を上げなかった。

けれどその身体はまるで蛍が放つ光のように発光している。

僕は初めて人間寄りでは無い撫子の姿を見た。



「神様の癖に 私は人の命も救えない。」

「だって 撫子は物に取り憑く神様だろ?人の命を救う神様とはまた違うんじゃないか?それに自分で言ってたじゃないか。寿命は変えられないって…」

「変えられない。うん…私が役立たずな事も変わりないわ…」



和傘を抱き締め小さく丸まる撫子に胸が痛んだ。

理由は解らない。

よく解らないけれど…このまま放ってはおけないと思った。



「消えたりしないよな。」

「消えちゃいたい…」

「まだ僕の願い叶えてないだろ!」

「幸大 私なんて要らないから消えちゃえって願って。」

「ふざけるな!」

「大真面目に言ってる…」



顔を上げない撫子に近付き発光するその肩へ手を置いた。

手を置いた瞬間光りの粒がぷくりと身体から離れまるでシャボン玉のようにふわふわと頭上へ上って行き…小さくなって消えた。

消えてしまった。

このままでは何れ撫子も消えてしまうのではないかと僕の脳内で警告音が鳴り響く。



「お前の身体が光ってるのって…」

「…」



撫子は顔を上げない。

恐らく…予想だけれど昨日の夜は本体に戻らなかったのだろう。

きっと今の身体の状態も人間に化ける力が弱まっているからだ。



「何で本体に戻らなかったんだよ!今からでも戻れ!和傘に入れ!」

「嫌だ!」

「撫子!」

「絶対に嫌だ!」



強情な撫子に苛立つ。

何で言う事を聞かないんだよ。

このままじゃ消えちゃうんだろう。

ふざけるなよ。

どいつもこいつも。

何で僕ばかり置いて行こうとするんだよ。

お父さんもお母さんも。

ずっと良い子で待ってるのに。

良い子にしてれば見てくれるって…振り向いてくれるって思ってー…

だから僕は一生懸命弱音も我儘も吐かずに…勉強だってちゃんとして…学校だってサボった事ない。

それなのに…どうして皆僕を見てくれないの。

置いて行くの。

嫌だ。

もうこんなの嫌だ。

置いて行かないで。

傍に居てよ。

僕はまだ一人じゃ何にも出来ないんだ。

置いて行かないで。

行かないで。

一人にしないで。

一人は、嫌だ。



「幸大…」

「撫子 願い事が決まった…」



自分でも驚く位抑揚のない声だった。






「お邪魔します。」



祖母の家に足を踏み入れる。

電気にガス…水道が止まったその家は酷く埃臭かった。

けれどそのまま足を進める。

誰も居ないその家はとても静かだ。

蜘蛛の巣を払いながら居間の雨戸を開ける。

埃に混じって少し錆臭い臭いが鼻をつく。

眉を顰めながら差し込む太陽の光を浴びた。

外は晴天。

良い天気だ。



「あ そうだ…」



雑草を掻き分けながら倉庫へ向かう。

完全に錆びてしまっている扉を半ば強引に開けながら、奥へと足を進めた。

倉庫内は家の中以上に埃臭くカビ臭い。

ここでも蜘蛛の巣を払う。






祖母が他界して八年。

両親が離婚して五年。

あの夏休みから九年が経った。

俺…川角幸大は去年成人した。



「あ あった!」



手探りで探し当てた木箱を抱き上げる。

随分と埃かぶっていたみたいで三連続でクシャミが出た。

次いで鼻をすする。

ハンカチは忘れた。



「さて と。」



お隣に住む山田さん夫婦に挨拶だけをし俺は再びこの地から離れる。

今日俺がこの場所に来たのは取り壊される事がつまった祖母の家を見納める事が一つ。

祖母が他界した数ヶ月後この土地の所有者は伯父となった。

そしてこの土地は伯父によって再来月…売られるのだ。

伯父がこの土地を手放す事に反対はしていない。

勿論賛成もしていない。

言うと事態がややこしくなるから言わない。

まだ大人になりきれていない俺が言ってどうにかなる事では無いから…言わない。

余計な事を言って良かった事なんてないのだ。

でも言った事によって進んだ道もある。

その道を選び進んだ事に俺は後悔していない。

言えて良かった。

ちゃんと…自分の口でー…






何時もほんの少しの勇気が欲しかった。

吐き出したかった。

今まで我慢していた事を全部。

実際は吐き出した事により家族はバラバラになってしまったけれど…でも俺の心はスッキリしていた。

そして勉強になった。

言っても良い事いけない事。

我慢しなければいけない事。

我慢しなくても良い事。

言っても良い我儘。

言ってはいけない我儘。

変わるキッカケをくれたのは…撫子だった。

もし撫子が俺の前に現われなかったら俺はどんな未来を進んでいたのだろう。

俺は自分で自分をちゃんとコントロール出来る大人になれていたのだろうか。

 





あの日撫子は俺の願いに泣きそうな顔で頷きそのまま消えてしまった。

撫子が消えた瞬間何とも言えない喪失感が心に広がり…ふと実感する。

ああこれが『失う』と言う感覚なのかと。

自分で願っておきながら勝手なものだ。

母親が探しに来るまで俺は倉庫で一人…泣いていた。






電車に揺られながらカビ臭い木箱を開ける。

和紙で包まれた赤い和傘は九年前以上に虫食いが進んでいた。

ちょっと引いた。



「ウソウソ ちゃんと新しく貼り替えてやるからな。」



木箱に蓋をし視線を車窓へ移す。

九年前の続きを楽しみに俺は誰も居ない車両で鼻歌を唄った。

今日俺がこの場所に来たのは取り壊される事が決まった祖母の家を見納める事が一つ。

それから―…






つくも‐がみ【付喪神】=九十九神

器物がある年を経過するとそこに宿るとされる精霊または妖怪

人に寄り添い良い道へと導いてくれるものもいれば害を加えるものもいる(インターネット調べ)




そんな九十九神に俺は逢った。

まるで一瞬のようなその数日は幻では無く確かに本物で現実にあった事で…今も俺の中で生きている。

大切な思い出として。

俺が中学一年生だった頃の夏の出来事―…






『将来職人になるから 撫子を綺麗に直してやるから…だから僕が直すまで眠ってろ。その代り…直したらちゃんとお礼を言いに出て来いよ!それが僕の願いだ!!』






End

<あとがき>

九十九神と言う精霊を題材にしようと思い付き、色々調べてみました。私は今までずっと九十九神は良い精霊だと思っていたのですが、調べるうちに害を加えるものもいると知り、衝撃を受けました。天の邪鬼な私は「だったら害を加える方の九十九神を書こう!」と意気込み、この作品が生まれました。主人公は器用貧乏な上、両親は不仲と言う設定です。主人公ははっきりと口に出してはいませんが、両親の不仲をどうにかしたいと思っています。まだまだ甘えたい盛りの中学生です。九十九神自身は自分が害を加える精霊だとは思っていない為、何とか主人公の両親の不仲を解消したがります。後半で九十九神が急に弱音を吐いているのは、何となく自分が害を加える側の精霊なのではないかと自分自身を疑っているからです。また、終盤で主人公の祖母が他界したのは寿命ですが、両親の離婚は主人公と九十九神が関わったからです。あと、解り辛いですが、成績優秀な主人公は高校進学をせず、中学校卒業と同時に職人弟子入りしています。九十九神にもう一度会う為です。言わずもがな、主人公のこの行動も九十九神が関わった事により発生したものです。「九十九神により主人公の人生は大きく狂わされた」と言う部分を意識しました。ただ、あくまで主人公は自分の納得した人生を歩んでいます。客観的に見て「害を与えられちゃったな」と言う感じにしたかったのです。ふんわりと。あとがきに頼ってしまってはまだまだ力不足です。精進します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ