後編
三ノ宮時雨は学校一の美少女で成績優秀、運動神経抜群で女子の体力テスト一位。周りからの評価も高く、誰から見ても優等生。完璧女子高生だ。
一部の学生の間では聖女と呼ばれているぐらいだ。
だから、目の前にいる三ノ宮時雨があの三ノ宮時雨本人だとは到底思えない。
翠色の瞳、鋭く伸びた耳、白銀に染まった髪はまるで人ではない。しかも、彼女の現在着ている服装だが身体にピッタリと張り付き、肌の一部となっているみたいで身体の線がよくわかるようになっている。なんと言うか、エロい。スカートも月の光で照らされると透けている様に見える。
さらに彼女が人ではない証拠として重要なのは背中から生えている様に見える羽。綺麗な模様が描かれ、先程からピクピクと振動している。
「驚かしたよね。ごめんなさい」
「いや、そのなんと言うか、君はあの三ノ宮時雨さんだよね」
「私の知る限り、三ノ宮時雨は秋月君と同じ高校二年生でどこにでもいそうな普通の女の子しかいないね」
「じゃあ人違いだね。僕の知る三ノ宮時雨さんは普通ではなく、聖女と言われるような女の子だから」
不思議な事に僕は学校では全然喋れないのだが、この不思議なこの空間ではスラスラと言葉がでる。
「そ、そんな人知らないよう。私だって普通の女の子だよ! いや、普通ではないけど、聖女だとかそんな人間じゃあないから!」
不思議な姿をする自称“三ノ宮時雨”は素早くツッコミを返す。しかし、この自称“三ノ宮時雨”さんは確かにあの三ノ宮時雨に似ている。瞳の色や不思議な耳、背中の羽など違いはあれど、昼間にかけてきた声と完全に同じですごく可愛い。
「分かったわ。じゃあ、人型になるから見ててよ」
そう言うと、彼女はなにやらブツブツとわからない言葉を唱えた。すると、彼女の周りが光だし、耳や髪の色が変化し、羽も消え出した。
さらに、綺麗な翠色の瞳も黒色の瞳になった。髪も黒髪になった。
変化した姿は確かにあの完璧女子高生の三ノ宮時雨だった。
「ふう。どう? これで納得した?」
「あ、ああ。疑ってすいませんでした」
「ううん。いいの。いきなり、こんな話信じろって話の方が難しいよね」
「でも、さっきの姿は一体?」
「驚かないで聞いてね。私、エルフの末裔なんだ」
エルフ。民間伝承などで伝えられる妖精。その生物は魔法を使い、不死であったりする。さらには身体能力が高く、知能が高い。
でもそれは本の中に存在するファンタジーの生き物。この世界にいる生き物ではない。つまり、宇宙人並の異生物なのだ。そんな存在を簡単には信じることは普通出来ない。普通なら。
「信じられないよね」
「信じるよ」
「え?」
ぽかんと口を開けて固まっている。
現実、目の前にいるのだ。信じない訳にもいかない。
彼女はエルフの姿に戻った。元の姿でいる方が楽みたいだ。
さらに僕は目の前にいる妖精。エルフにとても興味が湧いていた。それもあの完璧女子高生の三ノ宮時雨がヒトではなく妖精だったなんて。僕には聖女なんかよりずっと魅力的に見えた。
「すごく綺麗だ」
思わず声に出していた。
「き、綺麗だなんて。この姿を見てそんなこと言うの君が初めてだよ」
恥ずかしいのか両手をもじもじさせている。可愛いなぁ。
「他にも誰かに見られているの?」
正直、僕が初めてエルフの姿で会った人間ではない事に少しガッカリした。
「うん。昔ね、でもその時はとても不気味に思われたの。なんだお前は! ってね。しかも、石を投げつけてくるし」
誰もが僕と同じように感動するわけではない。むしろ、ヒトの姿をしない羽の生えた謎の生物は困惑と恐怖を抱くだろう。しかし、いきなり石を投げるなんて酷い奴らだ。
「君はその人たちになにかしたの?」
「声をかけたわ。あなたたちは誰? ってね。その人たちは今の私たちくらいの年だったと思うわ」
喋る彼女の目には涙が浮かんでいる。
「あの頃はまだ人間のことをよく知らなかったの。もちろん、夏になると沢山人がこの森に来たから見たことはあったけど、まさか石を投げてくるとは思わなかった」
彼女は人間に傷つけられたにも関わらず、今は人間に混じって生活をしている。
「ならなぜ、君は高校なんかに?」
僕なら二度と人間に関わらないようにする。魔法が使えるならやり返してしまうかもしれない。
「五年くらい前にね。すごく寒い日の夜に一人で森の中に人間が迷って入ってきたの。その人を知るために私は人間に変身しているの」
五年前。
僕は初めて一人で『翠の森』に来た。
「最初は怖くて、遠くから見ていたわ。でもその人間はただ月を眺めていたの。じっと、見つめていた。ここにくる人間は夏に虫を取りに来ては木に乱暴する人ばかりだったから寒い冬に人間が来ることなんてなかった。だから、とても不思議な人間だと思ったわ」
その日の夜はとても寒くて満月がとても綺麗だった。
「それから、毎年その人間は冬の満月の夜に姿をあらわすようになったわ。それでただ見つめているの。この空を」
僕はただ冬の星空に、月に魅入られたのだ。五年前、森で遊んでいたがそのまま暗くなり迷いこんでしまった。そこまで広くない森で迷ってしまうなんて、今思うとあの日迷ったのは今日この日の出会いのためだったのだと自分の都合のいいように思えてしまう。
「とても気になって私は魔法を使ってその人間がどんな人間か調べたわ。そして二年前、十五から十八歳の子どもが通う高校と言われる場所に通うことが分かったわ」
「魔法が万能すぎるよ。プライバシーなんてゼロじゃないか!」
「知るためには仕方がなかったの。それで私は同じ高校に通うことにしたわ」
やってることが妖精のすることじゃないな。まるでストーカー。しかも、魔法を使えるという上位ストーカー。ストーカーに狙われた人は大変だな。
「そしてあなたを見つけたわ」
ストーキングされてたのは僕でした。でも、目の前の可愛い顔でドヤ顔の彼女、完璧女子高生の三ノ宮時雨にストーキングされていたのならそれもいいかと思える。可愛いって卑怯だ。
「でも、全然声をかけられなかった。私の近くにはいろんな人がいたし、秋月君はなんか暗いし……」
「僕のこと調べたんならその辺も調べようよ! 声かけられてガッカリされたら申し訳なく思うじゃん!」
つい、暗いという単語に反応してしまった。そのリアクションに三ノ宮時雨は驚いていたが、突然笑い出した。
「アハハッ! なんだ。そんな大声出せるんだね。ここにいるときは静かだし、学校でも静かだから暗い人なのかなって思ってたの」
またもや暗いと言われた。そんなに暗いだろうか。いや、他人とはあまり関わらないようにしていたのは確かだし、そう思われても仕方がないか。
「ねえ、なんで一人で月を見ていたの?」
「えっ?」
「私はね、ずっとあなたにそれを聞きたかったの。こんなに寒いのにいつもじっと月を見てなにを考えていたの?」
それだけのために高校に入ったというのか。そんなことのために怖い思いをさせた人間に混じって生活していたのか。
「その前に、怖くはなかったの? 高校なんて君を傷つけた歳の奴がたくさんいる場所で下手したらばれるかもしれないのに」
「怖かったよ。けどなによりもあなたと話してみたかった。危険かもしれないけど、あなたみたいに穏やかそうな人間だっているかもしれないって思えたし」
ぼくはただ、人と喋るのが得意じゃないだけで穏やかかどうかよく分からない。もちろん、ケンカがしたいとか思わないけど。でも、僕と喋りたいという好奇心のような気持ちであっても僕と喋ってみたいと思ってくれただけで僕はとても嬉しかった。
「そうか。僕はね、人と喋るのが苦手でいつも一人だった。家にいてもやることないし。あまり来たことがなかったこの森に来たんだ」
「うん」
「そして、運悪く迷ってね。日も落ちて出口が分からなくて適当に歩いていたらここにたどり着いたんだ。初めて来たとき驚いたよ。ここだけ木が生えてなくて月の光がすごく差し込んでいて。だから空を見たんだ。大きな満月は僕の心を引き付けたよ。こんなにも綺麗なものが目の前で広がっているなんてってね」
「うん、わかるよ。ここはエルフにとっても居心地がいいしね。月の光は私たちに魔法力を供給してくれるんだ」
確かに先ほどから羽を広げてまるで月から力を得ているようだ。羽は先ほどから光を増している。
「それから僕はここで、しかも冬の澄んだ天気のいい満月の夜は一人で森に来るようにしたんだ。さっき、なにを考えているかって聞いてきたよね。ごめん、なにも。何も考えていないんだ。ただ頭をからっぽにして月を見ることがとても楽しいんだ。寒いとか関係ない。おかしいでしょ?」
三ノ宮時雨はじっと僕の顔を見つめていた。
「おかしくなんてない。やっぱり面白い人」
僕はなんだか嬉しかった。こんな意味の分からないことを否定しないで面白いなんて言ってくれるなんて。
気付いたら僕は彼女の手を握っていた。すこし驚いていたけど、彼女も握り返してくれた。
「僕は君に出会えてよかった。僕に興味を持ってくれてありがとう。いきなりだけど友達になってくれませんか」
「はい。あなたに会えてよかった。私を怖がらないでくれてありがとう」
僕らは今日初めて友達になった。
「僕は“秋月八代”ただの人間です」
「私は“三ノ宮時雨”ただのエルフです」
彼女との出会いは不思議な出来事の始まりで、これはまだ僕と妖精の物語の始まりの話。