第二話 ①
第二話
1
君塚と『スウィートワルツ ~春風に乗せて~』のファンの集いに行ったあの日から、四日が経過していた。
あれから、事務的な挨拶などを除けば君塚とほとんど会話できていない。まぁ、それでも他人と挨拶をしている場面さえほとんど見ない君塚が、俺には挨拶をしてくれるのだ。それだけでもかなりの優越感に浸れてしまう。
この前廊下ですれ違った時、何か声をかけよう思い、決死の覚悟で「今日はいい天気だな!」というと、「雨だけれど……」と返された。俺、何やってんだよ……
「はぁ……」
教室の机に両肘をつき、自分の情けなさに自分であきれ返る。
俺にもっとコミュ力とか積極性とかそういうのがあれば、もっと違うのだろうか。
でも、どうしても考えてしまうのだ。用もないのに話しかけたら迷惑なんじゃないだろうかとか、そんなネガティブなことを。
「な~に冴えない顔してんのよ」
「三谷……」
思い悩んでいると、三谷がやってきて俺の前の席に腰を掛ける。そして、身体の半分を俺の方に向けた。
「そういえばさ、転校生の噂、知ってる?」
少し興奮した様子で三谷は言う。そういえば、誰かが話しているのを小耳にはさんだことがある。どうやら、うちのクラスに転校生が来るらしい。
「聞いたことあるな」
「それがその転校生、外国人らしいのよ! ヨーロッパから来る金髪美少女らしいのよ!」
「へぇ……」
いかにも三谷の好きそうなミーハーな話題だなと思いながらも少し気になる。この時期に転校生というのも珍しいのに、それがさらに外国人の金髪美少女となるとなおさら。
「その子、今日から来るらしいのよ! 楽しみ~!」
そう言って三谷はクネクネと身をよじらせる。
「三谷っち! 転校生ちゃん、もう職員室にいるらしいよ! 見に行こうよ~」
「今行く~」
教室の扉のところから、三谷が普段仲良くしているリア充グループの一員が三谷を呼んだ。「じゃ、またね」と言ってから三谷は小走りで教室を出て行った。
「……相変わらずだなぁ」
そう呟いてから、なんとなく教室の音に耳を澄ませる。
「転校生、今日来るってよ!」「金髪美少女!」「外国人!」「ぶっひぃぃぃぃぃぃ!」
このように皆、転校生の噂に浮き足立っているようだった。
ふと教室の中央に腰掛ける君塚が目につく。
「こっちも相変わらずだなぁ……」
クラスの話題など全く関心がないという様子で、一人黙々とライトノベルを読んでいる。
2
「えー、今日は転校生を紹介する」
担任が頭をぼりぼり掻きながらダルそうに言う。
「それじゃあ、入ってきなさい」
担任の声と同時に教室の前の扉が勢いよく開かれた。
そして、噂の転校生が入ってくる。
煌びやかな金髪。吸い込まれそうになる青緑の美しい瞳。モデルのようにしゅっとした身体つきでありながら、出るところは出ている。噂に違わぬ美少女っぷりだ。
そんな転校生に教室じゅうから「おぉー」と歓声が漏れる。
転校生は担任の指示に従い、教壇の隣で立ち止まりこちらを向く。
「じゃあ、自己紹介して」
「ハイ!」
担任の言葉に元気よく頷く転校生。
「ワタシはミスト・サンストーンといいマス!」
明るい笑顔で言う。どうやら、少しぎこちないところもあるが日本語は問題ないようだ。
「ヨーロッパの小国、キングダム王国から来ました!」
キングダム王国……全く聞いたことないな。ていうか、キングダムと王国って意味一緒だろ。
「日本での生活にはまだ慣れないのデスが、みなさんヨロシクデス!」
最後に元気よくそう言ってペコリと頭を下げた。
教室じゅうから拍手と歓声が送られる。その後、すぐにクラスメイトたちは質問を投げかける。
「サンストーンさんって彼氏いるんですか!?」
「いるかいないかで言うと、いないことになりマスね……」
つまりはいないらしい。
「キングダム王国ってどんなとこ~?」
「人口約三百人~三万人のヨーロッパに位置する小さい王国デス!」
三百人から三万人って流石にどう考えてもおおざっぱすぎるだろ。
「どうして日本に来たの?」
「ワタシのパパが転勤になったからデス!」
「お父さん何の仕事してるんですか?」
「ずっと家にいて、家を警備していマス!」
ニート! それをニートって言うんだよ! ていうか、ニートがどうして海外に転勤する必要があるんだよ!!
「入りたいクラブとかありますかぁ?」
「いろいろやってみたいデスが……国語の教科書音読部だけは絶対に嫌デスね……」
そんな部ないから! これ絶対小さいときに国語の教科書の音読させられたことがトラウマになってるだろ! 俺も漢字読めなくて泣いたことあるからスゲエわかるわ!
「はい。一限始まるから質問はここまで」
担任が言う。まだまだ転校生への好奇心が収まらないクラスメイト達は「えぇー」と口をそろえて言った。
「ふつつか者ですが、今日からヨロシクお願いしマス!」
最後に笑顔でもう一度ペコリとお辞儀をし、担任に指定された席に着いた。
そんなこんなで金髪美少女転校生ことミスト・サンストーンさんの自己紹介は終わり、一時間目の授業が始まった。