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第一話 ⑦

   9


 帰りの電車、中途半端な時間帯ということで乗車客は極端に少ない。

 電車のガタンゴトンという音のみが鳴り響く車内で、俺は君塚に話しかけた。

「宮部さん……凄い人だったな。なんというか、大物だった」

「そうね。実際に会ってみて、やはり素晴らしい人だったわ」

 君塚は宮部さんにえらく執心のようだ。

「すごいよな。作品も自由に書いて、お店まで自由に経営して……本当にマイペースに生きてるよな」

「ええ」

「俺にはできないから……うらやましいな」

 周囲の目ばかりを気にして、オタバレしないようにだとか、そんな小心者の俺にはとても真似できない生き方だ。

「もしかして須藤君、あなたオタク趣味隠してるの?」

 君塚が疑うような眼差しを向けてくる。しかし、名探偵ばりの推理力だ。どうしてわかったのだろうか。

「よくわかるな」

「なんとなく、様子を見ていればわかるわ」

 俺はそんなにわかりやすいのかと思う気持ちと、君塚が俺の様子を見ていたという言葉に対する気恥ずかしさが混ざった不思議な感情へと陥った。

「実はさ、この前オタバレしたんだよ。幼馴染に」

「……」

 君塚は黙って聞いている。その表情はいつもの無表情なのだけれど、どこか柔らかく、優しい表情のように見える。俺の希望的観測かもしれないけれど。

「そいつオタク嫌いでさ~、これまでずっと隠してたんだよ」

「どうして隠すの?」

 淀みのない瞳で聞いてくる君塚。どうしてってそれは当然……

「バレたら印象が悪くなるだろ?」

 と、言ってから気が付いた。君塚はクラスでカバーをかけずにラノベを読むようなオープンなオタクだ。オタバレは世間への印象が悪いことは事実だとは思うが、別に君塚を否定するつもりで言ったわけではない。そのフォローを入れなくては……

「いや、別に君塚のやり方を批判するわけじゃないよ」

「わかっているわ。ただ……」

「ただ?」

「もったいないなと、思って」

 もったいない……どういう意味だろうか。頭の上に疑問符を浮かべる俺を見て、君塚は説明を始める。

「今日の須藤君はとても楽しそうだったから。宮部先生や私とくだらないオタクトークをしている時のあなたは」

「……」

「私の思い過ごしかしら?」

口をつぐむ俺に対して、疑問を投げかける君塚。

当然、君塚の言うとおり今日は楽しかった。なんやかんやと文句を言いながらも、やっぱり楽しかった。

「そりゃあ……楽しかったけどさ……」

 だけど、それとこれとは話が別だ。君塚や宮部さんはオタクだから、同じオタクに嫌悪反応がないだけなんだ。

 相手が一般人だと話が違う。現に俺はオタバレした三谷と距離ができている。

「……私はね、自分のことが大好きなの」

 何の脈略もなく唐突にナルシストな自己主張を始めた君塚。俺はただ驚き、首をひねることしかできない。

「教室で堂々とカバーもかけずにラノベを読んだり、情報の授業中にパソコンでギャルゲをしたり、地元の映画館に一人で女児向けアニメを見に行ったり、フィギュアを買ったその場でパンツの色を確認したり……そんな自分が大好きなのよ」

 後半は初めて聞いた情報で正直驚きも大きいが、君塚が自分の行動を恥じるどころか、自信を持っているのだということが伝わってくる。

「確かに、私のことを変人だと言って後ろ指を指す人もいるわ。でもね、例え100人に否定せれても、自分で自分を100倍肯定してやればいい……そう思うの」

 確かに、君塚はクラス内では変人のレッテルを張られ、率先して話しかける人はほとんどいない。けれど、今日一日君塚と遊んでみてわかった。君塚はそんな自分に満足しているのだ。他人がなんと言おうと、自分は自分。自分の好きなことを素直に実行するのみ。そういうスタンスなのだ。

「君塚は強いな……」

 君塚の言いたいことは良くわかる。けれど、臆病な俺にはその生き方を理解はできても真似はできない。やっぱり人の目線は気になるし、今、三谷にされているように他人に自分を否定されることが怖いのだ。それに……

「俺は自分で自分をそんなに肯定できないよ。臆病で周りの目ばかり気にして、隠れオタクな自分をとても肯定できない」

 この言葉は、君塚を羨む言葉だ。俺は君塚みたいに強くなれない。だから、強い君塚に嫉妬しているのだ。

 こんな卑屈さは八つ当たりでしかない。かっこわるい。男として情けないとさえ思う。けれど、言わずにはいられなかった。

「それなら……」

 後ろ向きな言葉でいっぱいになった俺の脳みそに、君塚の声が届いた。

 はっとして君塚の方を向く。

「……あなたが自分を肯定できないのなら、足りない分を私が肯定するわ」

 真剣な表情で言う君塚。俺は君塚の意図するところが察知出来ず、首をかしげる。

「例え周りの目ばかり気にする臆病者だとしても、須藤君は魅力的だと思う。だから、私はあなたを肯定する」

 俺の目をまっすぐに見据えて言う君塚。逸らしそうになる目を懸命に君塚に向ける。

 そう言えば、宮部さんも言っていた。

――『例えほんの少しの人でも、ウチの本を好きやって言ってくれたら最高に嬉しいしな!』

 なんとなく泣きそうになる。君塚の優しさに。俺の弱さに。

「ありがとう……」

 自分の一番弱いところを、自分の一番嫌いなところを、君塚は肯定してくれた。

それは本当に嬉しいことだった。

 気が付けば、さっきまでの醜い感情はきれいに消え去っていた。

「君塚みたいにはなれないけど……話してみるよ、その幼馴染と」

「ええ。きっとわかってくれる」

 最初俺は、君塚は冷徹で近づけないやつ……という印象を持っていた。きっとクラスのやつらだってそう思ってる。

 けれど、今俺に向けられている優しい表情を見ていると、それは間違いだったと確信できる。

 まぁ、確かに不思議なやつだとは思うけれど……だからこそ、今はもっと君塚のことを知りたいという気持ちが俺の中で肥大化しているのだった。


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