第一話 ⑥
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「すんません……町内会トリュフ大食い大会6位なめてました……」
俺は膨れ上がった自分の腹をさすりながら言う。
「あの時の死闘はこんなものじゃなかったわ」
ハンカチで口元を拭いながら、しれっとした表情で君塚は言う。
君塚は自分のたこ焼き82個と俺の残したたこ焼き21個の計103個をたいらげたのだ。その華奢な身体のどこにそれだけのたこ焼きが入るんだよ……
「どやった~? うまかったやろ?」
「ええ。最高のたこ焼きでした。ごちそうさまでした」
「量はあれでしたけど……味は美味しかったです。ごちそうさまです」
俺と君塚はそれぞれ感謝と感想を述べた。
「ええってええって! ウチの店、全然お客来んし、良かったらまた来たってや! 次はお金もらうけどな!」
宮部さんの言葉に若干の苦笑いを返す。
その後、手がオイスターソースでべたついていたので、洗面所を借りて手を洗わせてもらった。
洗面所から戻ると、君塚と宮部さんは『スウィートワルツ ~春風に乗せて~』について語り合い始めていた。
「やっぱり花子は三巻のパンチラシーンが最高だと思います」
「わかっとるやん! 絵師さんにも力入れて書いてもろてん!」
47歳のパンチラ……
「ジェニファーは2巻の、嫌がる健太に無理やりジンギスカンを食べさせるシーンが良かったですね。不覚にも涙してしまいました……」
「ウチも書いてて泣きそうになったわ……」
嫌がる健太にジンギスカンを食べさせるシーンがどうやって感動展開になるんだ? 逆に気になるな……つか、ジェニファーって一巻でも健太を殴ってたし、かなり暴力的だよな。
「智子は流石メインヒロインですよね。健太からのプロポーズに涙するシーンはあまりにも健気で……」
「最後にどのヒロインを勝たせるか迷ったんやけどな……智子にして正解やったわ」
健太が最後に選んだのは智子だったのか……アラフィフや暴力女より二次元を選ぶ気持ちはわからなくもない……のだが、それラノベとしてどうなんだ?
俺が心の中でいちいちツッコミを入れていることなんていざ知らず、二人はわいわいと会話を続ける。
「ところで、須藤君はどうや?」
宮部さんが俺に話題を振った。突然のことで少し驚いてしまう。
「ウチの本、読んでくれたんやろ?」
「そうですね……」
少し考えてしまう。正直、宮部さんの本は意味不明だし、その魅力は俺にはあまり良くわからない。でも、今日こうして本人に会ってみてわかったことが一つだけあった。
「……宮部さんが、心から楽しんで書いてるんだなって、そう思いました」
自分と同じ関西弁のキャラを出したり、マヨネーズを熱烈に批判したり、無駄にオイスターソースを持ち上げたり……とてもまともな人間の考えるものとは思えない。けれど、自分の「好き」という気持ちに正直に書いているということが伝わってきた。
「……せやな~趣味全開で書かせてもろとるわ。そのおかげで全然売れへんけど」
愚痴のように聞こえるかもしれない。けれど、宮部さんの顔は笑顔だ。
「ウチの書く本って変やろ? 自分でも分かっとるねん。でもな……」
一瞬の間を開けてから堂々と言い放つ。
「でも、書くのが好きやねん。ごっつ楽しいねん!」
そして、微笑しながら一言付け加える。
「それに、あんたらみたいに、例えほんの少しの人でも、ウチの本を好きやって言ってくれたら最高に嬉しいしな! ほんま、今日はありがとうな!」
宮部さんのその言葉が胸の奥で反響する。例え評価されなくても、書くのが好き。そして、ほんの少しの人であっても、自分の作品を好きと言ってくれたら嬉しい……か。
それから、俺たちは相変わらずの下らない会話に花を咲かせたのだった。