第一話 ⑤
7
改札をくぐり、10分ほど歩いたところで君塚は立ち止まった。
「ここよ」
そう言って君塚は建物を見上げた。釣られて俺も見上げると……
「たこ焼き屋……?」
こんなところでファンの集いをするのか? しかも妙に寂れてるし、少し、というかかなり入りにくい空気が醸し出されている。
「須藤君も早く入ったら?」
気付くと、君塚は店に足を踏み入れていた。行動に全く躊躇がないな。
「今行く!」
そう言って、少し立て付けの悪い扉を支えて中に入った。
「いらっしゃい!」
店に入ると寂れた空気とは裏腹に、元気のいい店員さんが出迎えてくれた。
若い女性だ。二十歳前後くらいか? 活発そうな雰囲気があり、髪をポニーテールにくくっている。キレイで元気なお姉さんと言った雰囲気だ。
「あんたら『スウィートワルツ ~春風に乗せて~』のファンの集いに来てくれたんやろ?」
店員さんは笑顔で言った。集いのことを店側が把握しているのか。
他に客はいないし、きっと貸し切りなのだろう。
「ええ。そうです。私は君塚夜明と言います。『スウィートワルツ ~春風に乗せて~』は私にとって人生の一部だと思っています」
君塚が頷きながら言う。人生の一部ってなんだよ……
「お~。嬉しいなぁ。そっちの子もか?」
店員さんは俺の方を向く。
「ええ。彼は新参だけれど、れっきとしたファンです。名前は須藤君」
君塚は迷いなく言いきる。ファンというわけではないのだが……
「そかそか。初めまして君塚ちゃん! 須藤君! ウチは『スウィートワルツ ~春風に乗せて~』の作者こと宮部 和や。よろしゅうな!」
え!? この店、作者さんの店なの!?
ファンの集いに作者さんが来ることは決して不自然ではないし、作者さんが兼業で店を経営していることも不自然ではない。けれど、作者さんの店で集いをするのか?
「いや~まさか二人も来てくれるなんて嬉しいなぁ! 恥を忍んで作者自ら主宰したかいがあったわ!」
そう言って嬉しそうに君塚の手を握って握手する。君塚も「お会いできて光栄です!」と言い、手を握り返す。
ていうか、作者が自分で主催したのかよ。しかも、参加者二人で喜ぶってどうなんだ。
まぁ……あれだけ個性的な作品を作る人だ。少しくらい変わっていても不思議じゃないよな。
「あの……大変失礼なのですが、参加者は私たちだけなのですか?」
「ごめんなぁ……でもウチの本、各巻三冊づつしか売れてへんし二人でも上出来やわ!」
いや、その三冊って君塚が買った保存用、観賞用、布教用じゃねぇか。
「いえ。私は先生とたくさんお話できるので嬉しいです」
「そか? じゃあ、今日はウチのおごりや! なんでも好きなもん注文しぃ!」
そう言って宮部さんは俺達を座席へと案内し、テーブルにメニュー表を置いた。
メインメニュー
たこ焼き6個 300円
たこ焼き82個 4100円
「おかしいだろ! 6個の次がなんで82個なんだよ!? しかも、6個300円と82個4100だと一個あたりの値段変わらないじゃないか! 普通は多く頼むと安くなるんだろ!?」
あまりに釈然としない値段設定に憤慨してしまう。
「でも、おもろいやろ?」
「面白くないです! つか、受け狙いなんですか!?」
宮部さん……やっぱ変な人だ。
「ごめんなさい宮部先生。彼、生理中でイライラしてるみたなの……」
「俺、男!!」
宮部さんは「そうか~生理は辛いな~」と呟いてからまた次のメニュー表を置いた。俺の話、聞いてないだろ……
トッピング
ねぎ 50円
まるごとトマト 120円
マヨネーズ(止めたほうが良い) 999999円
「トマト! まるごとってなんだよ! そのまま置くだけだろ絶対!! あとマヨネーズやる気ないだろ!」
「須藤君。宮部先生はマヨネーズアンチの第一人者よ? その道ではかなりの有名人なのに、知らないの?」
「知らねぇよ! それに、その道ってどの道だよ!」
そう言えば、作品の中でもマヨネーズとオイスターソースの戦争をやってたっけ。確か最後はマヨネーズ大魔王を倒しにマヨネーズ工場へ行く流れだったな。
「ウチ、マヨネーズだけは許せんのや!」
「じゃあ、もうメニューから外せばいいのに……」
「ウチはたこ焼きのプロや! プロは仕事に私情を挟まへん!」
「いや、おもいっきり私情挟んでるじゃないですか……」
なんと宮部さんは俺のツッコミを完全に無視。「プロ根性に感動しました……」とか目を輝かせて言ってる君塚に「せやろ~」と照れ笑いを返している。そしてそのまま次のメニュー表を出した。
ドリンク
コーラ 150円
水 800円
オイスターソース(おすすめ!) 100円
「水800円! どこのイタリア料理屋だよ!!」
「自慢やないけど、ごっつええ水道水使っとるねんで?」
「いま水道水って言いましたよね!?」
「まぁ、本音を言うと水よりオイスターソース頼んで欲しいねん」
「オイスターソースがドリンク欄にあるのは何故かというツッコミは、野暮でしかないんでしょうね……」
確か、作品でも主人公の健太は重度のオイスターソース厨だった。それにしても宮部さん、完全に自分のやりたいように作品書いて、やりたいように店経営してるよな……本当に自由奔放でマイペースな人だ。
「これでメニュー全部やけど、注文どないする? おごりやし、好きなだけ食べや!」
「私はたこ焼き82個とオイスターソースでお願いします」
「そんなに食えるのか……?」
「こう見えても私、町内会トリュフ大食い大会で6位になったことがあるの」
「そ、そうか……」
どや顔の君塚。トリュフの大食い大会とかどんだけ金持ちの町内会なんだよとか、六位という順位に微妙さを感じながらも、とりあえず頷いておく。
「須藤君はどないする~?」
「じゃあ俺は、たこ焼き6個とコーラでお願いしま――」
「なんやて?」
「たこ焼き6個とコーラ……」
「なんやて工藤?」
「須藤です!」
「たこ焼き82個とオイスターソースやんな?」
「いや……」
「……」
凄い威圧感を持って無言で見つめてくる宮部さん。
「……もう、それでいいです」
俺は諦めた。