第四話 ③
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その後、しばらくしてから君塚も登校して来た。
最初教室に入って来たとき、一瞬驚いた表情をしたが、すぐに悟りきった顔をして席に着いた。
「君塚……」
俺は自分の席に座り、小さく呟く。
君塚はズタズタに傷付けられた机の上で、いつものようにカバーもかけずにラノベを読み始める。
「……」
その姿を見て感じる。やはり君塚は強い。
俺ならこんな事があったら、きっと学校にすらこれなくなる。
「さて、どうしたものか……」
クラスメイト全員が敵となり、君塚とも若干の気まずさを持ったこの最悪の状況を脱却する術は思いつかない。
……。
キーンコーンカーンコーン。
いろいろ考えているうちに授業が始まった。
「授業始めるぞー」
先生が教室に入ってきて、言う。
「なんだこれ……」
先生は黒板にわずかに残る君塚への罵詈雑言を見て呟く。
「これ書いたの誰だよー」
そう言ったあと、
「ま、ほどほどになー」
とだけ言って、何事もなかったかのように授業を始めるのだった。
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「……やっぱりか」
放課後、帰ろうと思い靴箱に向かうと、俺の靴は水浸しになっていた。
今はこの程度で済んでいるが、今後を考えると少し怖くなってくる。
「……」
あ、そういえば、教室に体操服を忘れた。
そう思い立ち、俺は教室へと戻る。
教室にたどり着くと、やはりと言うべきか、複数の生徒が俺の机に群がり、俺の体操服を切り刻んでいた。
「お、須藤じゃん」
お調子者の越智が言う。
「あちゃー、バレちゃったかぁ」
にたにたと笑いながら、ギャルの南が言う。
「へへっ。まぁいいじゃん。本人の前で切ってやろうぜ」
不良っぽいサッカー部、久野が言う。
まわりの取り巻きどもも、皆にやにやと笑っている。
「やめろよ」
俺ははさみを持って俺の体操服を切っている立中の腕をつかむ。
「お前ら、須藤を捕まえろ」
立中の一声で、周りの取り巻きどもが一斉に俺をとらえにかかる。
「……っ! おい! 離せよっ!」
俺は必死にもがくも、多勢に無勢。あっさりと捕まってしまった。
「須藤~お前ほんとバカだな~」
立中が俺の前に立ち、挑発するような口調で言った。
「バカはどっちだよ……っ!」
俺は立中を睨みつける。
「……ちょっと痛い目見ないとわかんないかもな。久野、やれ」
そう言うと、久野が俺の方に向き、思い切り脛を蹴り飛ばしてきた。
「痛っ!」
激痛が走る。
けれど、そんなことお構いなしに久野は俺の腹を拳で殴る。
「ぐふっ!」
一瞬胃の中の物が口まで押し寄せるも、寸前で飲み込む。
「須藤」
今度は立中が手に持ったはさみを俺の頬につきつけた。
刃の切っ先がギラリと輝く。
「お前がちゃんと反省したなら、辞めてやるけど……どうだ?」
「……」
身体も心も限界だ。
辛い。怖い。逃げたい。
けれど、俺は息を飲み込む。
「反省すんのは、お前の方だ……」
「……ふざけやがって」
立中を低い声でそう言うと、はさみを開き、俺の頬に密着させると、ゆっくりとスライドさせた。
「っ……!」
すーーーっと肌が切れるのを感じる。
視界に赤い筋が見える。
「みんな、次はどこを切ろうか?」
頬からはさみを離し、立中が言う。
「いいぞ!」「腕切れ!」「首!首!」「刺しちゃえ!」「目潰せ!」
取り巻きがガヤガヤと騒ぐ。
俺は、そいつらの狂ったような笑顔に恐怖した。
空気とういものは、ここまで人を狂わせるのか!?
ふつうなら、人を切るなんて絶対に言わないし、ましてや実行しない。
けれど、こいつらは、君塚や俺を敵として、自分たちを正義と疑わない。そして、皆が切れと言うから自分も切れと言う。さらに、実際に切る。
これは一種の集団催眠なんじゃないのか。
「じゃあ……次は、首いっちゃうか!」
立中の一声に、取り巻きどもが「うぉぉぉ」と声を上げる。
俺はどこまで傷つけられるんだ? 流石に殺されることはないと思いたいが、今の空気だとそうも言っていられない。
「さぁ、いくぞ」
立中が少しずつ俺の喉に刃を近づける。
やばい――
「何してるんデスか!?」
もうあと数ミリで喉に届くという所で、教室にサンストーンさんが入って来た。
「何って、須藤を処刑してるんだよ」
久野が言う。
「サンストーンちゃんも一緒にやんべ!」
南が言う。
「止めて下サイ!」
サンストーンさんはそう叫ぶと、ズカズカと速足で俺の方へ歩いてきて、俺を捉えている数人から俺を引き離そうとした。
「皆サンおかしいデス! こんなのおかしいデス!」
サンストーンさん一人の力では当然俺を引き離すことなんてできない。
けれど、サンストーンさんの行動を見たためか、取り巻きの数人が俺から手を離した。
すると、それに釣られて全員が手を離した。
「サンストーン。邪魔するなよ」
立中が言う。
「嫌デス! なんでこんな事するんデスか!? みんな仲良くしまショウよ……!」
そう言って、ぽろぽろと大粒の涙を流し始める。
「……」
一瞬の沈黙。
流石に、外国人の転校生を泣かせてしまっているというシチュエーションに罪悪感を覚えるヤツが多いようだ。
「チッ。今日は勘弁してやるよ。行くぞ」
そう言って、立中とその取り巻きたちは教室から出ていった。
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「サンストーンさん……ありがとう助かった」
「それより、頬の傷……大丈夫デスか!?」
サンストーンさんの言葉で思い出した。頬を切られたのだった。
「あ、ああ……たいしたことないよ……」
「ワタシ、保健室から消毒液と絆創膏取って来マス!」
そう言うと、ばたばたと教室を駆け出して行ってしまった。
「はぁ……サンストーンさんが来なかったら、やばかったかもな……」
そう呟き、鞄からティッシュを取り出そうとした時――
「須藤君……?」
教室の前の扉から、君塚が入って来た。
なんてタイミングの悪い。俺は傷を見られまいと顔を背けるも、時すでに遅し。君塚は頬の傷にしっかり気が付いたようだ。
「君塚……」
「そ、その傷……どうしたの?」
そう問うてくる君塚の目は、今にも泣きだしそうな感じだった。
「あ、いや……大丈夫だよ」
「嘘」
君塚は、自分の鞄からハンカチを取り出し、俺の方へ来る。
「……」
そして、無言で俺の頬にハンカチを当て、止血してくれる。
君塚の手から、彼女のぬくもりが伝わり、少し緊張してしまう。
「ねぇ、須藤君。正直に答えて。これ、立中たちにやられたのよね?」
「……」
「ごめんなさい……私のせいで……」
頬に触れる手がわずかに震えている。
「君塚のせいじゃないよ」
こんなありきたりな言葉しか出てこない自分を呪いつつも、素直な気持ちを口にする。
「ごめんなさい……」
そう繰り返す君塚の瞳から、涙がほろりと零れ、その美しい顔に一筋の線を作った。
「君塚……」
あの君塚が涙した。
自分がいくらいじめられても、全くといっていいほど反応を見せなかった君塚が。
「須藤君……本当にごめんなさい……」
涙はぽとぽとと床に染みを作る。
「君塚……」
俺は、震えながら涙を流す彼女を抱きしめた。
「怖い……」
「え?」
腕の中で君塚が小さく呟いた。
「怖くて、しょうがない……」
「こんな状況だもんな……」
「ううん。そうじゃない」
「……?」
俺は抱きしめる力を強くして、君塚の話に耳を傾ける。
「これまで、いじめられる事なんてよくあったわ。けれど、私は自分の事が大好きで、自分で自分を肯定する事で耐え抜いてきた……だから、この程度のこと、なんてことないと思ってた」
「……うん」
「けれど、今は怖くてしょうがないの! あなたが傷付くことが! 私のせいであなたが傷付くことが!!」
俺の腕の中で力なく震える君塚は、小動物のようだった。
「やっぱ、君塚は優しいよな」
「え……?」
「だってそうだろ? 自分が傷付いても泣くこともないのに、俺のために涙を流してくれるなんて」
「違う」
「え……?」
低い声でぼそりと呟く君塚に対し、聞き返す。
「違うわ……」
そう言って君塚は俺の腕から離れた。
「私は……私は、あなたが思うほど良い人間じゃない!」
「……君塚!?」
頭を抱え、叫ぶように言う君塚。
「私が本当に怖いのはあなたに嫌われる事! あなたが私の傍にいることで傷付いて、それを私のせいだと思って私を嫌いになることが一番怖いの! 私はそんな身勝手な人間なの!」
そう言って、手のひらで顔を覆い、膝から崩れ落ちる。
「……こんな自己中で欲にまみれた自分が大きらい。本当に、大嫌い」
そう言って涙を流し続ける。
君塚は、これまで自分で自分を強く肯定することで自我を保ってきた。
けれど、今、君塚はそれが出来なくなっている。
「それなら……」
俺は君塚の目線に合わせてしゃがみこむ。
「須藤……君………?」
「前に、ジレンマの話をしてくれたよな?」
以前、君塚から、お互いの針が痛くて近づけないハリネズミの話を聞いた。
「例え近づくことで傷付いたとしても、やっぱり好きな人の傍にいたいよ」
「――!」
「大丈夫。君塚が自分で自分を好きになれないのなら、その分俺が好きになるから」
「……須藤……君」
「だから、笑顔見せてくれよ」
「……でも、私」
「大丈夫だから!」
少し強引に君塚を引き寄せ抱きしめる。
「……うん。ありがと」
抱きしめているから表情はわからない。
けれど、大丈夫。きっと笑顔だ。
たまにしか見せないけれど、とても魅力的なその笑顔が俺は大好きだ。
「何があっても嫌いになんてならない。いつだって君塚の味方だ」
「……うんっ」
鼻をすすり、小さく頷く。
それに呼応するように、俺も心の中で誓う。
――君塚を、絶対に守る。




